差別だから?差別じゃなくても? | りおみーのブログ ニュースとお笑い芸人に不毛な突っ込み
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主にお笑いのネタに関して、時々ニュースに関して、「これってどういう事?」をロジカルに分析してます。


差別はダメ。

では差別じゃなかったら?

□□□□□□□□□□□□

少し遡ります。

昨年9月、Aマッソのライブ公演でのネタが差別だとして批判されました。

村上:「大坂なおみに必要なものは?」
加納:「漂白剤。あの人日焼けしすぎやろ!」

もちろん賛否両論あります。

擁護意見は、
本人に「差別の意図は無い」だろうと想定して、
わざわざバッシングする事ではないという意見が多いようです。

批判意見は、
「差別の意図」の有無を問題にせず、
人種という微妙な問題を扱う事自体が悪いとか、
無知、勉強不足に基づくものだと批判します。

差別的表現(※)は「差別だから悪い」ではなく、
差別的表現は、
差別か否かの問題ではなく、
「悪い事とされているから悪い」と言われているように思います。
(※)今回の様に差別とも受け取られかねない表現をこの記事では「差別的表現」と呼びます。

私が読んだネットの記事の多くも、
基本的に批判的にとらえていました。

そしていくつかの記事では、
Aマッソの他に、
「絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス」で披露され批判されたダウンタウン浜ちゃんのブラックフェイス問題と、
金属バットのライブネタの発言を取り上げ、
同列に並べて批判していました。

三つとも同じ様な差別と受け取る人が多いという事でしょうか。

私の感覚では、、、

ダウンタウンのブラックフェイスは、
不快感は全く感じない、、、

金属バットのネタは、
ストレートな差別的表現のわりにはそれほど不快感は無く、
攻めてる感じが面白い、、、

Aマッソのネタは、
不快感を感じるのも理解出来る、、、

…って感じです。

この違いは何だろう?って思い、
ちょっと笑いの面から考えてみました。

□□□□□□本来の差別の笑い□□□□□□

そもそも差別の笑いとは、
第三者を対象とした下方評価を形式的要件とする笑いです。

< 基準 >:(一般的に)スタンダードと解釈される水準と比較して
< ズレ >:(第三者の)劣位にあると解釈される水準
<ツッコミ>:「アホちゃう?」「足、短かっ!」「どんだけ下手くそやねん!」など

< ズレ >は、
劣位にある要素を提示する事で、

<ツッコミ>は、上記のように、
ストレートにその「劣位」に突っ込みたくなる笑いです。

過去記事で言及した、
白人が黒人に扮して笑いにする「ミンストレルショー」の「ブラックフェイス」は、
この下方評価の笑いそのもの。

過酷な環境に置かれている黒人が、
それにも関わらず陽気に振る舞う事を、
ディスコミュニケーション(自分達とは違う感性)と感じ、
そんなディスコミュニケーションをまともではないとしてバカにする下方評価の笑いでしょう。

自分達の感性がまともである事を前提として、
自分達と違う人達をバカにする訳ですね。

< 基準 >:過酷な環境に置かれれば苦しむはずにも拘わらず
< ズレ >:過酷な環境に置かれても陽気に振る舞う
<ツッコミ>:「何へらへらしてんねん!」

< 基準 >:過酷な環境を苦しく感じるまともな感性と比較して
< ズレ >:過酷な環境を苦しく感じないおかしな感性
<ツッコミ>:「こいつら頭おかしい!」

ブラックフェイスは、
そのディスコミュニケーション(=自分達とは違う事)を象徴的に表現したものです。

人種差別が倫理に反するという感覚の無い時代の笑いです。

…とは言え、
現在も差別の笑いが存在しない訳ではありません。

昨年は教師による教師いじめの問題があり、
その映像の中でけらけら笑っていたように、
いじめる側がいじめられる側をバカにして笑う場合などは、
この差別の笑いです。

□□□□□□逆説的差別の笑い□□□□□□

ただ、今の時代、
差別は倫理に反するという考えは、
広く共有された価値観。

差別的表現で笑いがおこる事はありますが、
差別は悪い事という価値観を共有する私達は、
下方評価の笑いのフォーマットのみで笑う訳ではありませんよね。

では何で笑うかというと、
差別的表現は避けた方が無難にも拘わらず、
そこに踏み込む「禁忌の侵犯」を、
ディスコミュニケーションと感じて笑うのでしょう。

< 基準 >:差別的表現は好ましくないにも拘わらず(禁忌)
< ズレ >:差別的表現をする(侵犯)
<ツッコミ>:「あかんやろ!」「何、言うねん!」

この笑いが成立する前提は、
差別はいけないという価値観の共有です。

差別的表現は、
差別が許されない事だからこそ笑いになる、
非差別を前提とする笑いである、
…という逆転があります。

Aマッソの件に関して朝日新聞系のサイトは、
擁護意見のライターのコラムを載せた後、
全文削除し、
「差別表現は、差別する意識の有無にかかわらず、それが差別を温存・助長することにつながることが問題だと、弊社は考えています」
と掲載。

もっともらしく感じますが、
浅薄な見方と言えるでしょう。


……とここまでの考察は差別的表現の笑いの一般論。

同じように差別だと批判される差別的表現でも、
そこにある笑いはそれぞれです。

□□□□□□ブラックフェイス□□□□□□

「絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス」におけるダウンタウン浜ちゃんのブラックフェイスに関しては、
過去記事で詳しく分析しました。

詳細は省きますが、
浜ちゃんのエディ・マーフィーの扮装は、
「下方評価」とも「禁忌の侵犯」とも無関係な笑いでした。

番組冒頭、着替えを済ませて登場した浜ちゃんに対する出演者達の突っ込みは、、、

「嘘やぁ!大変やと思うけど」

「だからこんな時間かかったんですね」

「ここまで変えてえぇの?」

そしてそんな格好をさせられた浜ちゃん自身の突っ込みも、、、

「こんなとこ(耳の中)まで塗ってんねん。めっちゃしんどい。」

これらは全て、
「手間をかけた事」
に対する突っ込みですね。

「笑い=突っ込みたい気持ち」から考えて、
出演者が何を面白いと感じていたかは明らかですよね。

< 基準 >:例年は手間をかけるネタではないにも拘わらず
< ズレ >:例年と異なり手間をかける
<ツッコミ>:「何、手間かけとんねん!」

登場の瞬間に出演者の意識を占めたのは、
「手間をかけた事」。

「肌の色が黒い事」や「黒人文化」に対する下方評価は、
意識の端にすら無いでしょう。

「笑ってはいけないシリーズ」を知らない人にとっては、
想像だに出来ないかも知れませんね、、、

「手間をかけた事が面白い」
…って。。。

ちなみに、
エディ・マーフィーの扮装からは他の笑いも生まれるのですが、
何れも差別とは無関係の笑いでした。

□□□□□□金属バット□□□□□□

エディ・マーフィーの扮装が差別とは無関係なのとは違い、
金属バットのネタは、
差別に直接的に言及するネタ。

全てのセリフではありませんが、
記事からの引用、、、

小林:「生麦を食べるのは人間にあらず。生米を食べるのは人間にあらず。生卵を食べるのは日本人特有の文化だ。すなわち日本人は人間にあらず。イエローモンキーなのである。」

友保:「差別が入ったわ。あんたムチャクチャやわ、ほんとに。名誉白人ぶってるもん、お前。」

小林:「黒人、白人、黄色人種、みんな合わせて地球人。」

友保:「いいね、いいね! 黒人も白人も黄色人種もね、差別なく、地球っていうひとつの星に住んでんねんから。地球人、差別なくキレイに生きよ。いいこと言ってんのよ、本当にねぇ。山田くん、ちょっと。コバちゃんに座布団、えぇ、40キロ持ってきて。黒人に運ばせてよ。」

小林:「なんで黒人に運ばすの。なんで黒人に運ばすのよ、お前。黒人が触ったもん座れるか!」

露骨な差別的表現ですね。

でも、すごく攻めてるなとは思うんですが、
私はあまり不快には感じません。

理由として3つ考えられます。

一つ目。

「差別は許されない」という事は、
私達が共有する「常識」です。

「常識」の笑いの面からの利点は、
「前フリ」として言及する必要が無いという事です。

「前フリ」として言及しなくても、
笑いのフォーマットの「基準」として感受出来ます。

だからこそ、
差別的表現一般論として「禁忌の侵犯」の笑いが成り立つ訳ですよね。

ところが金属バットのこのネタは、
わざわざダイバーシティを主張する発言をしています。

その発言を「前フリ」=「基準」として明示し、
その後に差別的表現をする事で、
「発言に矛盾がある事」を笑いにしています。

< 基準 >:差別を否定する発言をしていたにも拘わらず
< ズレ >: 差別の発言をする
<ツッコミ>:「言うてる事違うやろ!」「どっちやねん!」

潜在している「差別は許されないという常識」を、
ダイバーシティ発言で顕在化し、
その上で差別的表現をする事で、
「差別的表現一般」の笑いではなく、
「今ここでの発言の矛盾」の笑いに具体化しています。

つまり、
差別的表現の笑いの潜在的非差別性を、
わざわざ顕在化している訳です。

分かりやすく差別的表現をするという攻めた事をしつつ、
それは非差別的価値観が前提としてあるからこそ笑いになるという事を、
具体的に表明している訳です。

まぁ、ちょっとこじつけっぽいですが。

二つ目。

上記やりとりを読んでどう思います?

全体を読んで、
「何を言いたいねん!」
って突っ込みたくなりません?

金属バットの笑いは、
金属バット自体のディスコミュニケーション性にあると思います。

金属バット自体のディスコミュニケーション性が強いので、
表面的な言葉に拘わらず、
第三者のディスコミュニケーションや下方評価の笑いと感じにくいのかなと思います。

日本人の事も「人間にあらず」「イエローモンキー」などと発言している事をもって、
擁護の根拠とする意見もありましたが、
この発言も、むしろ、
発言全体をディスコミュニケーション化する手段。

意味不明な理屈を唱え、
…イエローモンキー呼ばわり、
…に対して決して論理的ではないツッコミ、
…かと思ったらダイバーシティの正論発言、
…それに賛成したにも関わらず、
…いきなり黒人に荷物係をさせ、
…その労働強制を否定しているのかと思ったら、
…差別発言。

言葉使いもそうですが、
やりとり全体を通して、
ディスコミュニケーションキャラ全開でしょう。

全体的な訳の分からなさに、
「何を言うてんねん!」
「どういう事やねん!」
って言いたくなります。

< 基準 >:論理的に一貫して理解出来る発言をすべきにも拘わらず
< ズレ >:論理的に一貫せず理解出来ない発言をする
<ツッコミ>:「何を言うてんねん!」「何が言いたいねん!」「どういう事やねん!」

そして、
その金属バットのディスコミュニケーション性を、
更に大きく感じさせるのが下記の三つ目。

三つ目。

他のコンビではなく、
金属バットだからこそ成り立つ笑いがあります。

ここまで考察してきて何なんですが、
金属バットというコンビ、
知ってます?

上記のような訳の分からなさも売りですが、
その特徴の一つが、
見た目の不気味さ、気持ち悪さ。

だからこそ、この差別的表現が相対化される様に感じます。

< 基準 >:人の事を気持ち悪がる様な見た目ではないにも拘わらず
< ズレ >:人の事を気持ち悪がる
<ツッコミ>:「お前の方が気持ち悪いわ!」「どの口が言うとんねん!」

…大変失礼な事を書いていますが、
ご容赦下さい。

表面的には差別的な発言ながらも、
その裏には自らに対する自虐的な笑いがあると感じます。

不細工キャラの芸人さんが、
アイドルやイケメン俳優、美人女優さんに、
「この不細工!」
って言って笑いを獲ったとしても、普通、
「人の容姿を悪く言って笑いを獲るなんて最低!」
とは批判されないでしょう。

そんな感じです。

…以上、
金属バットには他の差別的ネタもあるらしいので、
あくまでこのネタに関しては…です。

□□□□□□Aマッソ□□□□□□

では発端となったAマッソのネタはどうでしょう。

村上:「大坂なおみに必要なものは?」
加納:「漂白剤。あの人日焼けしすぎやろ!」

そもそもどんな笑いのフォーマットを感じて笑って欲しいと思っていたのでしょう。

ボケの言葉には、
「漂白剤」「日焼けしすぎ」とあります。

これらの言葉は、もちろん笑いのフォーマットを作り出すためのもの。

まず「漂白剤」。

人体に「漂白剤」を使う事や、
「日焼け」や「肌の色」に「漂白剤」を使う事は、
常識から逸脱します。

< 基準 >:漂白剤を使う事は間違っているにも拘わらず
< ズレ >:漂白剤を使うと発言
<ツッコミ>:「肌荒れるわ!」「落ちひんわ!」

「日焼けしすぎ」にも突っ込めます。

「日焼けしすぎ」た結果としての肌の色という訳ではありませんね。

< 基準 >:「日焼けしすぎ」た肌の色という訳ではないにも拘わらず
< ズレ >:「日焼けしすぎ」た肌の色と言う
<ツッコミ>:「日焼け違うわ!」

表に現れる言葉から推測される笑いはこんな感じです。

でも、これらの表に出ている言葉がつくるフォーマットが笑いにならないと、
直接は言葉に表れない価値感が浮かび上がって来ます。

「(大坂なおみの肌の色は日焼けした結果であり、日焼けをしていない)普通の状態の肌の色ではない」
「大坂なおみの肌の色は白くすべき対象である」

これらは間違った事なので、もちろん突っ込む事も出来ます。

「いや、別におかしくないわ!」
「そのままでええねん!」

でも、直接的に言葉として表現されず潜在しているだけに、
ツッコミ所としては受け取られにくい、つまり、
笑いとして消化されにくい訳です。

笑いとして消化出来ないディスコミュニケーションは、
ただのディスコミュニケーション。

「自分達とは相入れない差別的な価値観」として、
感じられてしまったのではないでしょうか。

言葉で表現されていないだけに、
「彼女達は無意識にそういう価値観を持っているんだ」
って思われる可能性が高いように思います。

擁護する人は、
「差別目的ではない」という事を根拠としています。

でも、
名目的には冗談でも、
無意識にそう思ってると受け取られると、
「差別目的ではない」という想定すら受け入れられにくいかもしれませんね。

□□□□□□おわり□□□□□□

あくまで笑いの面からの解釈です。

……金属バットとAマッソに関しては、
ちょっと強引な論理展開……かな?

納得するもしないもあなたしだい。。。


m(__)m


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