涙目エッセイ

涙目エッセイ

今日という素晴らしい1日を存分に楽しみましょう。その足しに僕のエッセイを読んでもらえたら嬉しいです。

Amebaでブログを始めよう!
 服が好きだ。見るのも、着るのも、買うのも好きだ。最近は古着に魅力を感じている。古着は滅多に人と被らないし、僕自身、流行りに乗っかり過ぎた服装になるのが好きじゃないからだ。だからと言って、月に何万も服にお金を使っているわけでもない。むしろ、服好きを名乗っていいのか怪しいくらい出費は低いかもしれない。

 僕の買い物の仕方は、店内を満遍なく見回して、まずは直感で選び、試着する。選ぶ服のポイントを三つに絞るなら、「買うなら勝負服」「早速明日から着る服」「三年以上は着る服」だ。あえて服に無駄なお金を使わない、服が好きだからこそ、長くその服を大切にしたいからだ。

 元々ファッションに対して意識したのは早い方だったと思う。当時小学三年生、物心がついて初めて渋谷に行ったときのことだ。街ゆく人々がとてもお洒落なのを敏感に反応し、自分の格好を凄く恥じたのを覚えている。今思えば、誰も九歳の少年など見てもいなかったし、ある意味小学生らしい格好だったが、下を向いて歩くのに必死だった。

 しかしながら、服を自分で買うようになったのは少し遅めで、中学2年生のときだ。初めて買った場所はしまむらだった。あの首周りにチェーンがくっついている服だ。あの時、自分では凄く気に入って、思わず色違いで白と黒を買った。服を買う楽しさを初めて知った瞬間でもあった。
 
 もう一度確認だが、僕は特別服に高いお金をかけているわけではない。でもようやく、選ぶ服のポイントに挙げられた「三年以上は着る服」の条件を満たすためには、ある程度お金をかける必要があることを学んだ。母には昔から、「安物買いは銭失い」という言葉を耳にたこができるほど言われた。でも、お金がないのにそのようなことを言われても説得力に欠けるなと、自分の中では特別響かなかった言葉でもあった。そうした結果、次の年も着るような服がないというのは当たり前だった。

 もう少しで春の陽気になる。果たして、昨年着た服を何着着るだろうか。着ない服が多ければ多いほど、僕は買い物が下手だと思っている。最近の僕のこだわりは大人っぽい服だ。といっても、もう20歳になっているし、もう大人ではないかとも少し思った。昨年流行ったバイカラーの白と青のTシャツなど着そうにもない。これからは飽きのこない、濃いめの色の服でも着ようかと思う。

 僕がお洒落をする理由は、正直少しでも服の力を借りて、自分を格好良く見せるためだ。イケメンではないので、狙うは「雰囲気」イケメンだ。今、逆にダサく見えるような服が人気だったりする傾向があるが、その格好は僕の期待には合わない。あくまで格好良さが服には欲しい。だから、良く着る服の傾向が変わったりする。しかし、服の系統をキッパリ分けてはいない。服もあまり捨てない。「もう着ない服」と「着てない服」は違うと思う。「着てない服」は、また着る機会がある。その時期を待つのも楽しい。買うなら、そういう服を買いたい。

 ファッションは自己満足だと思う。だから自由だし、自分らしさを表現できるいい機会だと思っている。ルールがないから気分を服装で表現できてしまう。そこが面白い。性格も読み取れるかもしれない。人に流されやすい人は、服装にも表れるのではないだろうか。流石にそういう人の服装からは何も読めないだろう。もし後ろから、「私さ、あの人きっとお洒落だと思うんだけど、顔かなりイマイチじゃない?」という声が聞こえたら僕の大勝利。