白駒妃登美特別講演会「台湾で教えてもらった日本の心」 | xiaoTANYAのブログ

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台湾のバンドMary See the Future 先知瑪莉を中心に、お気に入りのアーティストのライブ、音楽と歌詞について書いています。最近は台湾生活一般についても発信しています。


テーマ:
白駒妃登美 特別講演会
「台湾で教えてもらった日本の心」
2015.11.1.Sun 久我山会館


日本の近現代史の中でも、太平洋戦争終結までの昭和史については、学校では詳しく教わったことはありませんでした。
いろいろな史実を私が知ったのは、成人してからです。
台湾の音楽や映画が好きになったことから台湾の歴史にも興味を持ち、そこから、日本の歴史をも知ることになって行ったのです。

白駒妃登美さんの講演は、「台湾の歴史から日本を知る」という点から共感できただけでなく、新たな着眼点も見つけることが出来ました。

白駒さんが台湾に興味を持ち始めたのは、東日本大震災の頃から。
日本と台湾には国交がないことに対しての複雑な思いも、語っておられました。

最近WGIPについて盛んに議論されていますが、白駒さんが日本人としての罪悪感から、戦前の植民地について話した時、知人であるインドネシア人の大学教授からこんなことを言われたそうです。

「日本が戦前、統治していた国は今どうなっている?先進国になっているでしょう。」

台湾について言えば、日本統治時代になってから識字率が全人口の8割以上に向上し、インフラ整備が整い、治安も良くなった、ということが挙げられます。

特に、「教育こそ最優先すべきもの」とした、日本の統治政策のあり方を認識し、誇りに思いました。もちろん、そこには人々を洗脳する、という目的もあったかも知れませんが、今まで1パーセント未満だった識字率が70パーセントまで上がり、終戦頃には90パーセントになった、というのはやはり評価すべきことでしょう。

特に私が感銘を受けたのは、「芝山岩」の六氏先生のエピソードです。抗日運動で犠牲になった6人の先生の中には、
吉田松陰の甥、楫取道明もいます。

生命より大切なもののために生命を尽くすことで、生命の大切さを知る。

戦後の日本は、口先だけの「生命の大切さ」の教育のせいで、世界的にみても自殺者の多い国になってしまった、と、白駒さんは嘆いておられます。

白駒さんが紹介してくださった、日本時代生まれの台湾の友人たちの言葉が印象に残っています。

「『ほんわか』『ふんわり』『ぽっかり』、こんな微妙なニュアンスを表現できる言語って、日本語以外にないでしょう。」

最近の日本人の表現力は、随分乏しくなっている気がします。私自身も、語彙の少なさ、文章力の拙さを日々感じているところです。
日本語が表現豊かな言語である点に関しては、日本語には漢字、ひらがな、カタカナがあるのが素晴らしい点だと、白駒さんも語っておられました。カタカナのおかげで、様々な外国語を日本語の中に取り入れることができるのです。
白駒さんと友人の方の言葉から、自分の母語である日本語を大切にし、磨いていかなければならないと痛感しました。

また、台湾人がどうして親切なのか、という質問にある友人は、

「それは日本人が台湾人に教えてくれたものだよ。」

と、答えられたそうです。
この言葉を素直に受け取ってみて思うのは、いったい今の日本に、このような親切心がどれだけ残っているのか、ということです。毎回台湾に行って私が感じるのは、台湾には、日本ですでに失われてしまった「良き日本」が今も残っている点です。

台南で神様として祀られている、日本人ゼロ戦パイロット杉浦茂峯の廟に神輿を奉納するプロジェクトにも参加されている、白駒さんの宗教観も興味深いものがありました。日本古来の宗教は、神が天の上から人を牽制する、海外の宗教とは根本的に違うと言われました。これについては、クリスチャンである私としては、「Jesus is my friend」ですので、少し違和感を覚えましたが、
「神人同体」についてのお話は、感慨深いものがありました。

さて、白駒さんの講演の中でも、最も盛り上がったのは、映画KANOについてのエピソード。
白駒さんは大のKANOファンで、もう7回も見ているそうです。20回ぐらいみたら、嘉農が逆転優勝するんじゃないか、と、本気で思っているくらいなんだとか。
「野球」と「Baseball」はまったく別物で、日本と台湾の「野球」には「剣道、柔道、華道、茶道」のような「野球道」とも呼べる精神がある、というお話も印象的でした。

日本時代の方からKANOについて感想を聞くと、ダメなところがふたつあると言われたそうです。

一つ目は、差別的な新聞記者から、球児たちが質問される場面。

「日本人は手を挙げて。」

当時は原住民も漢民族も「日本人」でしたから、もし、そのような質問があれば、全員手を挙げた、ということです。
当時区別があったのは「内地」「外地」の違いであって、内地人も外地人である台湾人も「日本人」だったのです。

そして二つ目のダメな点。それは俳優たちの日本語が下手過ぎるところだそうです。日本時代の台湾人は「日本人」であったわけですから、完璧な日本語を話せる人がたくさんいます。まあ、この評価は、演技力や日本語能力ではなく、「野球」ができる、という基準で配役が決まった映画ですから、役者たちには少し残酷かも知れませんね。

ところで、日本統治時代に外地から甲子園に出場したチームは、嘉義農林高校以外にもいくつかありました。ただ、チームのメンバーは日本人だけで構成されており、嘉農のように、日本人、漢人、原住民からなるチームはなかったそうです。それぞれの民族の長所を生かし、選手を育んでいった近藤兵太郎の方針には、感服させられるものがあります。

この映画には八田與一も登場します。
今年の春烏山頭にいった時、ダム工事の事故で犠牲になった人の碑を見ました。亡くなられた順に、日本人、台湾人の区別なく名前が刻まれています。白駒さんも、この碑のことに触れていましたが、人々から尊敬される人物とは、近藤兵太郎といい、八田與一といい、人を差別することなく、平等に扱うことのできる人格者である、ということですね。

白駒さんがある時原住民の友人に、日本時代、差別を受けたことがあるか、と聞いたそうです。

「同級生に『蛮人』と、言われた時があるわよ。それでその子と喧嘩になったの。その時(日本人の)先生は、その同級生に、そのような言葉を使ってはいけない、と厳しく教えたあと、私たちふたりを叱ったの。『喧嘩は両成敗』だって。」

この方の言葉から、確かに差別はあっただろうが、この教師のように多くの日本人が、差別を良しとはしなかったのだろう、と白駒さんは語っていました。

最後に、白駒さんが「感違いして欲しくないこと」として語られたことがあります。
日本が一方的に台湾に与え続けたわけではなく、台湾から与えられたものもたくさんあった、ということです。

この「台湾から与えられたもの」、これこそ我々日本人がしっかり噛みしめて行くべきものなのではないか、と、私は考えます。





「本当は語学が得意な日本人」の著者、李久惟さんも会場にいらっしゃいました。




「KANO」のノベライズ本を執筆された豊田美加さんと、白駒妃登美さん。






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