「痛みは生きている証拠だなんて言われても綺麗事に過ぎない!」 


そんな事を思った方もいますよね






どんな事でもどんな状況でも [体の痛み] [心の痛み] を抱えた時に思うことは色々。


「あれが悪い、これが悪い」


「アイツのせいだ!」

 

「悔しい」 「悲しい」 「自分ばかり」


と嘆く人もいます。







誰かのせいにしたり、痛みの原因を探ろうとネットで調べると思います




例えば「〇〇の痛み スピリチュアル」など


そんなふうに調べたことはありませんか?





生霊の仕業や誰かの恨みやその他諸々、原因を誰かに擦り付けて 自分の傲慢な考えを正当化させ

良い悪いに執着していませんか?


人のせいにしたり、何かのせいにした事で 痛みは解決するのでしょうか?



痛みは、何かに気づく為の通過点に過ぎません。





痛みを経験したことで次からの行動を変化させるチャンスがあります。








「自分は悪くない、痛くした奴らが悪い!」


そんな事で成長できません。






各々の痛みはその人しか知りません。


不幸自慢した事で得られるのは虚しさです。


「どうせ私の痛みを知らないくせに!」と言われても仕方ありません。


だって当事者じゃありませんし感覚そのものはその人だけの感覚です。


分かりようがありません。





だからといって、「知らないくせに」の一言で問題は片付かず、助け舟の手綱を離したも同然です。





痛みや苦しみは、自分で解決するからその身の成長が出来るんです。






痛いからとずっとうずくまっていては、周りも見えず気が付くと悪化しているかも知れません。




最初は助けを言ってください。


恥ずかしくありません。





本来無一物 私達は生まれた時も死ぬときも無一物です。


プライドもいりません。


もし助けて貰えたら感謝を言う事が大事です。





助けてもらって当たり前のかんがえは捨ててください。


せっかくの試練が台無しになります。




生きているから見守られ、導きがあり、辛くても大丈夫です。





皆が幸せになりますように







最後まで見て下さり有難う御座いました。