高島史於・Tシャツ
作品について
1991年~97年。 毎年ジャマイカに通い、ボブ・マーリィ夫人、リタ・マーリィをはじめ、
多くのレゲエ・アーティストとフォトセッションを行う。
写真をCDジャケットやコンサートポスター、雑誌などに掲載していた。
写真は、レゲエコンサートの舞台上で撮ったジャマイカン・シンガーのハーフ・パイント。
一度、雲に隠れた夕陽が顔を出した。淡く、赤い夕陽を背景にドレッド・ヘアーが舞った。
夕陽が強すぎると、彼がシルエットになってしまう。ショートヘアーだと面白くない。
最高の感動の舞台がセットされた。
300ミリ望遠レンズを構え、1枚OKがあればいい、と夢中でシャッターを押した。
シャッタースピードは1/60。
夕陽の沈むのは早く、チャンスは5分。
彼がレゲエのリズムに合わせて、動き回る。背景に太陽が来るように、僕も動き回る。
現像があがると、80カットの内、ブレがなく、絵になっている写真が2枚あった。
メチャクチャ嬉しかった。こんな写真は2度と撮れない。
「ONE LOVE」はボブ・マーリィのヒット曲。大好きな曲だ。
震災後、世界中から愛のメッセージが、日本に向けて寄せられている。
ボブ・マーリィが歌う「起き上がれ、立ち上がれ」、そして、
「ひとつの愛、ひとつの心、みんながひとつになれば、気分は最高」と。
亡くなられた方々に、心から哀悼の意を表しながら、合掌。
被災した方々に、1日も早く日常の生活が戻ること、そして、
レゲエを楽しむ日々が来ることを願うばかりです。
このTシャツを購入する
高島史於プロフィール
高島史於(たかしまふみお)プロフィール
写真家
日本舞台写真家協会会員
日本ベトナム友好協会会員
1948年 東京生まれ
日本大学 芸術学部 写真学科3年次にアーティスト集団(株)ドゥーハウスを設立し大学を中退。
渋谷にて小劇場を運営し、演劇、ダンス公演、写真展、美術展などを企画プロデュースする。
アート活動の他にコマーシャル・フォト制作などを行う。
写真集「マスク・ブリューレ」フランス、セザール・ランシリオ社刊
「日本の写真展」ドイツ・ハンブルグ工芸館展示。写真集:デュモンフォト社刊
長野延吏子作品写真集「エレメント」出版
1994年~海外取材に取り組む。
16年間、117回の海外取材を通し、フォトエッセイなどを雑誌に発表する。
2009年 韓国・仁川広域市「訪問の年2009」の広報大使に任命され、1年を通して観光プロモーションのお手伝いをする。韓国文化院(東京)、射水市(富山)にて個展開催。
写真個展、グループ展、多数。
儘田能光・Tシャツ
タイトル
「絆」Kizuna
作品コメント
多くの命、多くの家や町
そこでの暮らし、思い出や希望
すべてを流され奪った大津波。
復興へは永く苦しい道のりですが
やがて芽が出て、花が咲き、
明るい明日へ羽ばたくときが
きっときっとやって来る。
このTシャツを購入する
儘田能光プロフィール
儘田能光(ままだよしてる)プロフィール
1951年—東京生まれ。
1973年—ビジュアルデザイン研究所卒業。
同年より、田中一光デザイン室に勤務。
1974年—K&Iデザイン事務所に入社
1976年—日本デザインセンターに入社、永井一正氏に師事する。
1991年—儘田デザイン室を設立。現在まで国内外において
幅広い創作活動を展開している。
儘田デザイン室ホームページ
ママダミネコ プロフィール
ママダミネコ(ままだみねこ)プロフィール
1952年—東京生まれ。
1973年—ビジュアルデザイン研究所卒業。
デザイン会社勤務。
1977年—夫と共同で立体作品を制作。
二人展を開催、企画展に多数出品。
1991年—儘田デザイン室勤務。
1999年—絵本制作を始める。
儘田デザイン室ホームページ
長部トオル・Tシャツ
作品タイトル
「TSUYOI KOKORO ・AKARUI EGAO」
便利で快適な暮らしを追いかけているうち、気がついたら化石燃料を使い果たそうとし、原子力エネルギーに頼り、「電気」がなければ何も出来ない生き物になってしまったことを、今回の大災害で思い知らされました。これからのエネルギー源の選択や私たち一人ひとりの生き方、考え方に多大な影響を及ぼしたことは明白です。二次三次・・・被害の連鎖がこれ以上広がらないこと祈ることしかできませんが、せめて「明るく元気」の出るようなTシャツを着ていただいて、少しでも前を向いてみんなで力を合わせて強く生き抜きたいという願いを込めました。
このTシャツを購入する











