人間の心は不思議だ。
相手の気をひくために、わざと相手が不愉快になることをすることがある。
不愉快なことは、心の中でたしかな形を持っている。
自分と全く違った、おかしな形をしているから、上手く心の中で調和してくれない。
あらゆるところに引っかかってくる。
ぼくはこういう手を仕掛けてくる人間が不思議でしょうがなかった。
やられる側になるとよくわかる。
そういうことをされると、
好きになるどころか、相手を消してしまいたくなるからだ。
ぼくは、自分の感覚に敏感だ。
だから、自分が今何を感じているか、気づくことができる。
多くの人は考えをそのまま遊ばせている。
それだと、自分の集中を乱すようなことが起こったときに、自分に戻れない。
延々と、わけのわからないループにはまることになる。
その解決法はたくさんあるけれど、
ぼくの場合には、撮ったり、描いたり、文章にすることも、が解決の助けになる。
何か好きなことで延々と考えるのは、
別に構わない。
好きな映画の場面をひたすら回想して、
「この人の演技は好きだなー」と
ずっとやってることもある。
ロードオブザリング王の帰還の最後、
フロドが指輪をモルドールの火口に投げ込むシーンは圧巻だ。
イライジャ・ウッドが「僕の全演技力を集約させた場面」と評しているが、
たしかにそれだけ迫力がある。
あと、知らない人もいるかもしれないが、
ゴラムは完全なCGじゃない。
アンディ・サーキスという、
人外を演じる天才俳優が、白いスーツにモーションセンサーを付けて、地面を這いずり回っている。
こういう回想はいいものだ。
嫌なことがループしているときは、
インプット系のことは何をやってもうまくいかない。
そういうときは、なるべくアウトプットするようにしている。
そうすると、頭の感覚がすーっと静かに引いていくのがわかる。
その静かな状態では、何でも生み出せる気がする。
瞑想とかも試してみたけど、結局考えが自分の頭の中を回っていた。
やっぱり、無心になるには、何かをつくるのが一番だ。
ぼくは、ネガティブなことが嫌だった。
誰だってそうだと思うけど。
でも、ネガティブは創作の原動力なのだ!
(もちろん、ポジティブが原動力になる時の方が全然多い。ただ、「ネガティブも使える」ということだ。)
創作に取りかかるきっかけとして使うには、ネガティブはいい道具だ。
何かに没頭しているときは、すごくニュートラルな状態になる。
だから、結局、「ネガティブな状態で、その力をそのまま作品に込める」ことはないのかもしれない。
ただ、きっかけや、モチーフを提供してくれることは確かだ。
現にこの記事は、ぼくにちょっかいを出してくる不愉快なやつがいたおかげで書けている。
ものを書くには、テーマやきっかけが必要なのだ。
そういうやつは、消えるか、普通になるか、どっちかにしてもらいたいと思う。