春分の日にふきあれた春の嵐。

 

深いところにしまいこんでいた感情を
浮き立たせてくれました。

 

ちょうど、桜が咲きはじめたりもしていました。

 

 

 

 

非常事態宣言へとコロナの緊張が

高まっていた昨年も、

同じように桜は咲いて、散っていきました。

 

あれから1年。

ネガティブな感情が沈んだ

大地のもろもろを吸い上げて、

1年かけてふたたび開いた桜。

 

 

桜は、

戦没者追悼の同期の桜を

思い出させてくれました。

 

 

 

 

それだけではなく、もっと近年、
 

私にとっては、
さよなら昭和平成の会社人間

(いまの言葉でいう社畜
うながしてくれる

桜でもあったと、思い出しました。

 

 

1年ぶりにほころんだ桜は、

自分の奥底にためこんだ感情も、

ほころばせてくれたのです。

 

 

 

 

 

3月23日はシータヒーリングの実践会。

 

ペアワークのテーマとして私は、

フリーで自由に
働くことへの恐れ

を選びました。

 

 

ちゃんと働かないと、

会社にかよって、長時間、働くのはあたりまえ。

 

働くことは義務。

 

夢を追うと仕事(収入)を失う

 

自由でいると社会から脱落する

 

・・・

 

ペアワークの相手は20代前半の

冥王星射手座世代

 

ありがたいことに、

私が経験した、会社のために生きる時代、

会社人間の時代を、

まったくご存知ないかたでした。

 

 

私たち、会社人間世代のあたりまえとは
無縁のかた。

 

冥王星乙女座世代、バブル体験組には、

 

仕事がなく、

社会は理不尽なところだった

冥王星天秤座世代とはまた違う、

 

働くことへの複雑な感情

根付いているのです。

 

 

 

 

 

 

いまの私は、個人事業主。

ですが、

ご縁をいただている占いの館に、

週に5日、終日10~12時間

待機させていただいています。

 

会社勤めとかわりません。

ですが違うのは、固定給(時給)ではなく、

鑑定報酬が収入となること。

 

お客さまがいらっしゃらなければ、

待機のみでは収入が発生しません。

 

個人事業主、

フリーランスなのに、

会社人間のような

通勤での勤務を続けているのです。

 

 *

 

非常事態宣言が発令されてからも、

私は、出演日数、時間ともに

変えることが

ありませんでした。

 

 

だって、このお仕事で

生計をたてるんだから。
義務だから。

 

占い師は館で待機することが
お仕事だから。

 

 

むしろ、

お客さまが少なくなった分、

出演日数を増やすことで対応しました。

(週4日を週5日へ)

 

ステイホームの風潮とは、真逆でした。

 

 

 

まるで。

 

世の中の流れと逆行して、

会社人間をつづけているかのようでした。

 

 

私は、乙女座ステリウム(集中)
(太陽水星金星1ハウス乙女座
 天王星冥王星2ハウス乙女座)

 

真面目に

ルーティーン(お決まり)の仕事をさせたら、

12星座でピカイチの乙女座人間。

 

 

そこに仕事があるから・・・

は、すべてに優先します。

 


 

折りしも。

 

2020年は行動力の火星が、

エネルギッシュ牡羊座(火星のホーム)に

あったのに

長期間、逆行していました。


 

動きたいけど、動けない。

 

 

2020年は2+2=4
数秘4でじっと耐える年。

 

 

私自身のパーソナルイヤーも

数秘4(22)の、

根性論で耐える年。

 

 

乙女座は地の星座。

地の星座は、大地に根付くエレメント。

 

風の時代のひとつ前の地の時代は

まさに、

牡牛座、乙女座、山羊座的なことが

社会の基準になる250年間だったのです。

 

 

仕事は耐えること。

働くことは、我慢すること。

自分の時間を犠牲にして捧げるもの。

 

 

ステイホームで

心地よさをあじわいながら、

収入を得るなんて不可能。

 

 

仕事を持ち帰って、

自宅でサービス残業することは

ありました。

自宅で仕事しても収入にならない
(サービス残業)という思い込みもありますね。

 

 

 

 

 

 

世の中は ステイホーム

 

お仕事のご相談をいただくと、

世の中が変わって、お仕事も変わっていくからと、

 

風の時代になったことも織り込みながら、

とうとうとリーディングをさせていただく。

 

 

だけど、

私の実情は、コロナ以前となにも変わらない。

むしろ、不自由に。

 

 

どんどん自宅サロンでの

お仕事をふやしていらっしゃる同僚に

指摘していただいて、

ようやく、

きちんと言語化できました。

 

「それってだよね。

 風の時代ってあれだけ話してるのに。」

 

 

 

1回目の緊急事態宣言のときには、

罪悪感が浮上してきました。

 

ステイホームなのに、
埼玉から東京へと通勤してきていいものか・・・

 

 

日本人の大半が感じていたであろう、

うつしてしまったらどうする?
ステイホーム守らなければ、の、

 

同調圧力と、罪悪感。

 

 

 

会社人間には、

逆の同調圧力がありました。

 

仕事しなければ、

会社にいかなければ、って。

 

 

 

 

 

 

私は、2つの会社で正社員を経験しています。

 

 

入社は平成2年。

社会人になってから、

男女雇用機会均等法が施行されて、

女性でも22時以降の残業ができるようになりました。

 

 

ひとつめのM社は、

会社人間になることを賞賛している会社でした。

 

年に2~3回、新入社員が入社し、

4~5か月の研修を経て、実務に配属されていました。

 

当時は草分けだった

システム(ソフトウエア)開発業界。

 

M社は、とくに、
大学中退でもやり直せる会社として、

未経験者を募集していました。

 

 

 

 

先だって、私は、

大学生のときに旅したエジプトで、

エジプト人男性と結婚の口約束をしました。

 

私立の中高一貫女子校の出身で、

共学の大学にすすみ、一人暮らし。

 

そこで、いまになって振り返ると、

性的虐待だった異性関係を
体験することになりました。


そんな日本での異性関係に心が折れて、

エジプトのクレイジーさ、自由さに

心を奪われてしまったのです。

 

 

相手に恋愛感情があったかは

いまとなっては謎。

 

 

卒業後、

エジプト人の彼氏がひとまず日本にくるか、

私がエジプトにいくか、

関係は進展しませんでした。

 

学校の先生になる、と、
広島の大学にすすんだ私が、

はじめての海外ひとり旅から帰って、

不真面目になってしまったと、

母は嘆きました。

 

母にとって私は優等生。

真面目にまっとうに働くことが、

あたりまえに期待されていました。

 

 

 

 


私には、

夢を追って、おひとよしで、

借金をかかえて事業に失敗しつづける父がいました。

 

私は、母とおなじ中高一貫校にかよって、

学級委員で、

成績もかなり優秀。

 

母から、伯母から、

父の愚痴をきかされつづけて育ちました。

 

 

夢を追うとお金をなくす。

おひとよしだと失敗する。

 

こういったの思い込みが

刻まれていきました。

 

 

 

こうした背景があって、

人生につまづき、うしろめたさを感じていた私は、

 

いまでいうなら超ブラックなM社の

社会人研修の沼に、

どっぷりと、はまりこんでいきました。

 

 

 

 

常務のご講義をうけさせていただきます。
から、はじまり、
 

ありがとうございました。

で終わる研修の日々。

 

毎日、22時、23時まで会社にいて、

帰りは終電です。

 


研修生なので、もちろん、

残業している意識はありません。

 

会社の風土に染まり、

お給料いただいて

研修を受けさせていただけてありがたい、です。
 

 

 

7時すぎに出社し、

事務所がある階まで階段でのぼります。

研修生は、エレベーター使用禁止。

 

掃除し、常務にごあいさつさせて頂き、

8時半に出社される上司のみなさまに、

お茶をいれさせて頂くことから、一日がはじまります。

 

 

研修は、まずは「社会人研修」

会社人間になる研修です。

 

 

技術研修に進むには、

常務のご判断で、

社会人研修が修了しなくてはなりません。

 

 

はやく立派な会社人間になって、

会社に貢献させて頂かなくては、

常にあるプレッシャー。

 

 

お仕事の合間をぬって、

突然いらしてくださる常務のご講義を待ち、

 

研修生の間でグループ討論したり、

研修ノートを書いて過ごす日々。

 

 

会社人間になるために、
会社に不利益をもたらす

集団の規律を乱す考えかたを矯正

していくことが、

研修の目的。

 

 

研修生の間も敬語で話し、

感情を乱して涙する人も多数。

 

 

2週間もたたないうちに、

同期がどんどん辞めていきました。

 

 

辞める者は落伍者。

とてつもない敗北感と挫折感。

 

 

 

私は真面目で熱い

学級委員のような立ち位置で、

みんなの感情をトリガーする役割でした。

 

落伍してしまいそうな

同期をはげましたり。

 

常務室へと、訴えにいったり。

 

 

同期には私にとってキーマンとなったかたが

何人かいらして。

 

 

1人は、トランペットがすきな男性。

 

会社は大阪でしたが、

彼も私も神戸で。

 

 

彼が「落伍者」となり、辞めることを決意した日、

一緒に帰って、

神戸のメリケン波止場で、

よどおし海をながめて夜を明かし、
きらきらと輝く朝日をみました。

 

 

何を話すでもなく。

 

海をながめてぼんやり。

 

 

「トランペットをつづけるって夢、

 あきらめられへんから。辞める。」

 

「せやね。がんばって。」

 

翌朝、

駅で、お別れしました。

 

 

「がんばってな。」

 

「おう。」最後は笑顔。

 

 

ここでまた、刻み込んだ思い込みがひとつ。

 

働くことは夢をあきらめること。

 

 

 

 

 

 

 

研修をすすめていくうち、

私は、

エジプト人と結婚してエジプトにいくなんて、

社会人として普通じゃない。

と、思うようになっていました。

ちゃんと矯正されていたんです。

 

 

感情が高まって、

常務室へといき、

常務に打ち明け話をし、許されました。

 

「ここでがんばったらいい。」

 

感動ともに、決心します。

 

 

常務に認めていただける、

立派なМ社社員にならなくては。

 

 

 

働くことで、

会社人間になることで、

道をはずれかけた私の人生が、

まっとうに戻る。

 

 

その後、

大阪大学を中退した同期と、

よく話すようになりました。

 

おたがいにはげましたりして、

親密になっていきました。

 

 

だけど、

M社は、社内恋愛禁止。

 

 

彼は私の「犠牲」となって、

研修なかばで辞めていきました。

 

 

残った私は、

いろんな感情をおさえて、

ただひたすら、会社人間になることに

邁進しました。

 


エジプト人の彼氏にも、

別れの手紙をだしました。
いただいた指輪をそえて。

 

 

・・・

休日、お得意先さまで、緊急対応が発生したとき、

A社は、だれも出社しない。

 

休日でも、出社するのが我が社の人間。

 

そういう我が社だから、選ばれる。

勝ち残っていける。

・・・

 

 

そんなご講義を受けさせていただく研修です。

 

携帯電話もスマホも普及する前。

仕事があるなら、休日返上してあたりまえ

 

 

 

 

 

 

M社にいたのは、3年10か月。

 

 

大半は、

客先に派遣されて、

某クレジット会社の業務システムの

改修作業を担当させていただきました。


別の大手ソフトハウスが請け負って、
破綻しかけたプロジェクトの立て直し。

 

 

M社さんにお願いしてよかったと、

いって頂けるよう、がんばれと、

帰社したときには、常に、

発破をかけられていた私たち。

 

 

 

・・・当時。

派遣される場合、派遣社員の単価は、

経験年数で決まっていました。

 

ここで。

個人情報がネットにあふれる現代では

考えられないようなことが横行していました。

 

単価をあげるため、

経験年数に下駄をはかせる、のです。

 

 

私は、派遣として出向する際、

年齢をプラス4歳にするからと、

聞かされました。

 

出向当時、私の実年齢は24歳。

 

それが、28歳として、ふるまう。


派遣先さまとの私的な会話は

原則禁止のМ社です。

 

出身大学は、といった会話になるとき、

いちばんひやひやしました。

 

私は新卒入社なので、
М社での経験年数をプラスすると、

大学卒業年度が変わってくるのです。

 

 

 

我が社の人間は優秀だから、

経験年数を加算しても許される。

 

 

・・・これは、

私の中で矛盾を引き起こしました。

 

だけど、

矯正され、社風に染まった状態では、

ただただ、働き、お役に立てることが、

喜びだったのです。

 

 

 

他社よりもつねに、

優秀でなくては完璧でなければ

 

・・・

 

私は、

占いの館で、周りを気にし過ぎてしまう

ときがあります。

 

 

優秀で、

選ばれつづけなければならない。

 


当時の思い込みが

大きく影を落としているのはあきらかです。


 

・・・

 

会社人間。

 

テレビでは、24時間働けますかの
キャッチコピーのCM

 

システム開発の業界は「デスマーチ」と

よばれるようになります。

文字通り、シの行進。

 

 

午前様は当たり前、

午前2~3時まで残業して、

会社の経費でタクシー帰宅。

 

 

身体は疲労していたのでしょうけれど
 

長時間労働で感じる

妙な連帯感やエクスタシー

ありました。

 

 

冥王星天秤座世代にはないであろう、

冥王星乙女座世代のお仕事観。

会社を自分と同一視し、

 

真面目に働くことで

高揚感に達成感を得る。

 

 

会社に貢献できることが

自分の存在価値。

 

 

 

さまざまな思い込みは、

それが、当時、都合よく、

サバイバルするために必要だったからこそ、

刻み込まれて、保持されつづけます。

 

 

実際、私が

 

車の免許なしで、

限界集落や過疎地にいっても、

お仕事にご縁をいただき、

働き続けてこられたのは、

 

会社人間時代の思い込みがあったから

ともいえます。

 

過疎地にいたときに

リーマンショックを迎えましたが、それでも、

ありがたいことに、ずっと、

 

派遣のお仕事をいただき続けることが、

できていたのです。

 

 

義務である仕事をできる喜び、

圧倒的に不利で仕事が少ない状況でも、

生計をたてさせていただける安心感。

 

職場に通って、

お仕事さえさせていただければ。いい。

 

 

 

 

ネガティブな思い込み、

ネガティブなブロックがある、

というわけではなくて、

 

人は、生きていく上で、
そのときには必要だからと

採用した思い込みを、信念として刻み込む


その信念が、

ときに、足かせとなって、

環境の変化に適応できなくなることがある。





環境が変化したなら、

自ら刻んだ信念を、

必要に応じて、変えていけばよい

のです。

 

 

 

 


 

 

会社人間、会社につくす、

冥王星乙女座世代。

1957年から1971年に

生まれた世代です。

 

 

冥王星乙女座世代の中でも、

 

革新刷新チェンジの天体、

天王星も乙女座にあった世代は、

(1962~1968年生まれ)

 

 

 

仕事(家事も)に感じてきた
義務感を、解放し

チェンジさせていく役割をになう世代です。

 

 

 

私のいた会社は極端な例ですが、

おおかれ少なかれ、

 

長時間労働して、会社人間であることに
エクスタシーを感じて、

仕事してあたりまえの
義務感を背負っていることでしょう。

 

 

 

この義務感、

会社人間としてエクスタシーを
感じてきた経験は、
これからの時代には
適合しなくなってくるでしょう。

 


風の時代は、

フリーランス、

フレキシブル、

フレンドリー

お仕事のキーワードになる時代。

 

 

 

 

 

3月29日、天秤座の満月です。

 

天秤座は、

社会との関わりを扱うサイン。

 

 

社会との関わりで、

もういらなくなった「あたりまえ」は、

 

感謝をもって、手放していきましょう。

 

 

天王星、冥王星が

ともに乙女座にあった世代こそ、

 

率先して、

 

正社員

会社人間がすばらしい

仕事は根性でこなす義務だ

 

という

地の時代のスタンダードを

アップデートしていかなくては、です。

 

 

もっと自由に、

夢をかなえながら、

義務感ではなく、創造性をもって、

楽しくはたらいていきましょう

 

 


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