男と女 その十 | ライター海江田の 『 シラフでは書けません。 』

男と女 その十

女は寒さに震えて目を覚ました。

なぜ、こんなに身体が冷えてるのか。


ふと横に目をやると、男が掛け布団を独占していた。

何をどうやったのか、きれいにぐるぐる巻きだ。

男が好んで食べるフランクロールによく似ていた。

ちっともおいしそうには見えないが。


思い出した。

大昔、カフカの『変身』を読んだ男から、「もし俺が虫になっても一緒にいられるか」と、しつこく訊かれ辟易したことがあった。

そのとき、どう答えたかは憶えていない。

いまなら「踏み潰してやるわ」と答えるだろう。


女は、レトルトのおかゆを温め、簡単な朝食を摂った。

しばらくすると、寝室からのそのそ起き出す音が聞こえてきた。

さて、どうしてくれようか。

女は正座し、待ち構えた。


「あなたが、憎い」

「すまんかった」

「許さない」

「俺が悪かった」

「勝手な人。無意識の所業、それが本心。わたしのことをどうでもいいと思っている」


男は黙った。

窮地を乗り切る策を案じているようだ。


「フッキの代表入り、おめでとうッ」

「関係ない。昔の男よ」


男はまた黙り込み、洗面所に向かった。

ソファーに戻ってくると、ゆったりした動作で煙草に火をつける。


「聞いてくれ。美しい目のためには、他人の美点を探すこと。そう言った人がおる」

「誰?」

「オードリー・ヘップバーン」

「それで」

「いったんゼロにしよう。そして、互いのいいところを見よう」


女は考えた。

そして、ひとつも浮かばないことに愕然とした。


「それでよかろうもん。ヴェルディのことも、しばらくは。以前はやることなすこと疑わしかった。なにせ遮るものが多すぎた。いまは違うぞ。少なくとも、臭いものには蓋という対応ではない。この際、いいところを探して、育てよう」


男はいつの間にか、話をすり替えようとしていた。

見え見えの手であったが、信じられないことに女はこの餌にバクッと喰いついた。


「いつか……いいことあるの?」

「あるに決まっとるやんけ」


男は寝巻きを脱ぎ、素早く着替えている。


「朝霞のお義父さんとお義母さんに、来年のシーチケ買ってもらおうかな」

「いいやん。話してみ」


カバンの中身を点検した男は、玄関に向かった。


「でも、来年は上がるの無理だよね」

「ちょっとね。それはさておき、同志よ、変革の後押しをするんだ」


ささっとドアを開け、家を出る。

そこで、腹が減っているのに気づいた。

行きがけ、パン屋に寄っていくことにした。






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