「おめでとう、楠美」
連(レン)は町田(マチダ)とささやかに、楠美(クスミ)のお祝い会を開くことにした。
「二次会があれば招待するところだけど、簡単なレストランウエディングで済ませるつもりだからごめんねー」
「招待されてノコノコ出かけるほど、神経図太くないんですけどー」
連は楠美を睨む。
「まあまあ、痴話喧嘩しない」
とりなした町田は、「誰が痴話喧嘩だよ」と2人から声を揃えられて「相変わらずだな」とメニューに視線を落とした。
「それにしても、おばさん全然変わらないわよね。相変わらず息子ラブだし〜」
「勝手に会って盛り上がってんじゃないよ」
「で結局、カモられた金は戻ってこないわけ?」
町田が呼びボタンを押しつつ、連に視線を向けると、シンと空気が止まる。
「前から思ってたけど、お前って潔癖性なのに無神経だよな」
「本当、しょっちゅうテーブルの上綺麗にするのに、時々無神経なこと言うよね」
「潔癖と無神経関係ないでしょ」
町田が不貞腐れたように、枝豆を口に含みながらサヤを飛ばした。
「ねえ、ついでだから聞いちゃうけど、被害届出してないって本当?」
「お前も便乗するなよ」
「やっぱり楠美だって聞きたいんじゃん。カッコつけていい人ぶるのやめろよな」
そう言いながら町田も連の言葉を待っている。
「もう今更って感じだし。あの人たち捕まったみたいだから、もういいよ。何かこれ以上落ち込みたくないんだよ。マジで」
母親はしばらくはうろたえて、親戚のツテで弁護士に相談しようかとまで思っていたらしいけれど、ある日突然すっぱりと気持ちを切り替えたのか、何も言わなくなった。
「おばさんは、何て言ってるの?」
「しばらくはワーワーしてたけど、もうすっかり落ち着いたよ。引っ越すって言ったら、その時また手伝いに来るって張り切ってる」
「そうかぁ、やっぱ母は強しだね」
楠美はようやく納得したように、ジョッキを美味しそうに飲み干した。
「もうおばさんがそう言ってるならいいや。さぁ、心置きなく祝ってよ。元カノの幸せを」
「切り替え早すぎるだろ」
正直、咲耶(サヤ)には未練のような怒りのような曖昧な気持ちが残ったままで、時々夢に出てくる。あの時2人で仲良く家電を見に行った時のこととか、いつでも連の言葉をうんうんと聞いてくれた眼差しのこととか。
だからもうあれは工藤何とかという、詐欺で捕まった女ではなくて、突然現れて突然別れを告げられた咲耶と言う女だったのだと思い込もうとしていた。それが正しくないとしても、連は完全に自分を取り戻すまでは、真実と対面する勇気は持てそうにない。
「そう言えば母親から変なものもらったんだよなぁ。部屋片付いてるってのにさ」
連はバッグから先日母親のとし美から渡されたものを取り出した。
「何それ、片付け本?新道るいって誰?」
「おー知ってるぞ。片付け指導してるおばさんだろ?どうしたんだよ、そんなもの買って」
「いやいや、母親からもらったんだって。しかもさぁ、サイン本」
「ははははは、連くんへだって。こりゃどこにも売れないね」
「じゃあお前も本出したら?”カモられてミニマル”ってどうだ」
「町田、今マジで友達やめたくなった」
「町田くん、タイトルのセンスやばい」
町田と楠美が肩を震わせる横で、連は「生ビールお代わりね!」とやけになって叫んだ。
“これで良かったのかわかりません。ただ、片付けにはその人の今が映し出されるのかもしれないとは思います”
とし美からの丁寧な手紙を、新道るいは何度も読み返す。
詳しいことはわからないし、片付けることによって連が何を求めていたのか、それは本人にしかわからないことではあるけれど、”本人曰く、カーテンと冷蔵庫はあったほうがいいかも、ということでした”という記述を読む限り、彼なりの片付けにたどり着けるだろう気配はした。
新道るいはほっと息を吐く。
「何、今度は汚部屋男子かー」
佐川太一(サガワタイチ)が呆れた声をあげた。
「何でこう、中間がいないんですかね」
市川沙蘭(イチカワサラン)の恋はゴールが見えないようだ。
「中途半端な男は嫌だ、とか言うくせに」
「部屋に関しては困りますね、極端なのは」
「わがまま〜」
佐川太一が苦笑いするのを聞き流しながら、新道るいはメルマガの続きに取り掛かった。
今回のテーマは片付けにゴールはない、だ。(了)
お読みいただきありがとうございました。ミニマリスト連編はこれで終了です。いかがでしたでしょうか。感想などお聞かせください。
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