(能舞台前。舞台を向いて座った体勢の寿三郎。寿一に背中を向けたまま話しかける)

 

寿三郎「なぁ、寿一」

 

寿一「あ?」

 

寿三郎「『隅田川』は、世阿弥の息子の元雅(モトマサ)の作なんだけれど。渡し船の上で母親は行方不明の息子はすでに死んでいたと知り、対岸の墓で南無阿弥陀仏を唱えるだろ?」

 

(寿三郎の後ろ姿へ少し歩み寄りながら)

 

寿一「そこをやってたんだよ、今。」

 

寿三郎「そこで・・・、死んだ息子の亡霊を出すべきか出さざるべきか、世阿弥と元雅との間で論争があったらしいんだ。」

 

寿一「なんで? だって出なかったら分からねぇじゃねえか。」

 

(寿一、かすかに肯定し)

 

寿三郎「元雅はそう言った。だが世阿弥は、出すべきではない、と。役者の力で亡霊を客の前に浮き上がらせるのだと。それが能だと。」

 

寿一「俺が息子だったら出てくるよ。だって会いてぇもん。出るなと言ったって出てくるよ」

 

 

(寿一の答えに、思わずフと笑声になりながら)

 

寿三郎「ああ、そうか。お前だったら出てきちゃうかぁ。ああ、そうか、そうかぁ」