最近、街中でYohji Yamamotoの洋服やアイテムを着用されている方を多く見かけます。

↑このロゴを街中で見かける事が非常に多くなった。

ここ数年、殆ど見かける事が無かったのですが、

最近になって爆発的に増えてきている印象があります。

其れもその筈、近年Yohji Yamamotoはコレクションの際だけでなく、

様々な場面で他のメゾンとのコラボレーションを積極的に行なっているからです。

Yohjiのコレクションでは近年Dr.Martinsとのコラボレーションがあったり、

最近ではNEW ERAとのコラボレーションが行われています。

特にNEW ERAに関してはここツーシーズン程連続でキャップのリリースがあったと記憶しています。

そして、今季はアパレルまで出てきている。

それが軒並み即日完売の勢いなのだから、

街中にYohjiが溢れても何ら不思議はないというお話です。



ただ、Yohjiを思い浮かべると、僕は必ずCOMME des GARÇONSを思い浮かべてしまいます。




1980年代初頭、世界のファッション業界に衝撃を与えた『黒の衝撃』

一般的に黒には『喪』のイメージが強く、

永く敬遠されてきた歴史を覆した日本のデザイナー達。

その只中にあったのが、Yohji Yamamotoこと山本耀司と

COMME des GARÇONSのチーフデザイナーである川久保玲だった。

その影響は今日も継続していて、日本で黒と言うとこの両者を思い浮かばれる方も多いのではないでしょうか?

今日までその両者の類似性は比較され続けてきた。

かく言う自分も類似性には共通点は多々あるとの認識を持っている。

個人的な解釈ではあるが、両者の相違性は根本の部分では真逆のアプローチであると感じている。

それは着用する人間自身の捉え方。

COMME des GARÇONSは個性を希求し、Yohji Yamamotoは個性を廃棄させるという印象がある。

『廃棄』と評しましたが、否定している訳では御座いません。

別の言い方をすれば、着用する人間の潜在的な能力を問うか否かとも言えます。

これは偏に、デザインというものの考え方の相違。

デザインするからには、それを手にした人間の自由に委ねるCOMME des GARÇONSと、

セットアップすれば、世の美意識の確かな人間の殆どは『美しい』と評する完成品を提供するYohji。

そう考えると自分としては凄く府に落ちるのです。

読んでいる方にはYohjiに否定的な印象を与えるかもしれませんが、そこは肯定もしますし、否定も致します。

洋服に対する印象で僕は山本耀司と川久保玲では、川久保玲を支持します。

ただ、それはプライベートな状況で着用する場合に限定した場合の事。

例えば、制服というフィールドに立つならば、僕は圧倒的に山本耀司を支持する。

事実、山本耀司は古くは三菱銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)やJR東海の制服を製作し、

最近ではレアル・マドリードのユニフォームのデザインも手掛けている。

制服を川久保玲がデザインしたとなってしまうと、

企業という集団のアイデンティティを問われかねないものが出来上がる事が想像できる。

というような思索をずっと持っていたのですが、

どうやらこの思索は当たっていたようで、

両者のデザイナーとして歩み出すきっかけにその理解に確証を得ました。

川久保玲がデザイナーを志したのは、

『自分のイメージに合う洋服がどうしても見つからない』

という動機であり、

山本耀司がデザイナーを志したのは

『元々、母親が洋裁店を営んでいた』

という動機であった。

前者は極めて芸術家的な動機であり、

後者は職人的な動機である。

この初期衝動が未だにこの二人のデザイナーを比較対象とし続けているという点に、

これ以上の証があるものであろうか!

と納得した所で、この考察を締めようと思う。

芸術家はCOMME des GARÇONSを着て、

職人はYohji Yamamotoを着ればいい!

という結論である。

尚、異論は受け付けないような受け付けるようなである。