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「異星人の技術っていうのは、僕らからみればオーバーテクノロジーに見えるけど、蓋を開けてみればなんてことはない――彼らはただ、観測技術が優れているだけなんだ」
気を失ったままのミコトをゆっくり引き渡されながら、オレはバイザーの向こうを見上げた。
「数ある『もしも』を覗き込み、一番秀でた技術を借用する。あるかもしれなかった世界線から流用する、拝借する……そうして知識や技術を丸ごと盗んでくるから偏っているし、偏っているくせに実行力は強い。規模は小さいが、君が知っているものでいうなら『神界の夢』と同じだよ」
……ギョッとした。今、なんて言った?
「『神界』と言ったんだ。彼らは発想力が発達せず、冒険心もない。その代わりに君たちの地球を一つの模範解答とした。あの世界は結局、様々な意味で『楽』をしながら発展していただろう?」
バイザーの向こうの声は、少し笑う。
「なぜ君が『神界』なんて特別な場所に滞在しているのを知っているかって?――僕とそこの眼鏡の場合は少し特殊なのさ。これも借用だ。この世界はある意味で、君の知るそれと地続きなんだよ、『植苗くん』」
あえてだろうその呼び方は、完全に記憶の中のそれと一致している。
……虚構の世界で出会った、あの優しい時永先生と。
「……君の世界の技術や知識も、僕らはくまなく覗き込んでいる。覗き込んだ上で、現実が『間違わない』ように進んでいるというべきか……」
鳥肌が立った。
つまり彼らは似ているだけの愉快な他人ではない。
非現実の住人でもない。
「知っている」のだ。
オレが本来、とっくの昔に「ヒト」という生物ではなくなっていることを。
オレの世界のミコトが、ここまでクールな少女ではないことを。
そして――その原因の一端が。
「……ああ、知ってるよ」
バイザーの向こうは静かに言った。
「どこの世界に行ったとしても――『僕』が、褒められた大人でないことくらい」
――そう、この、原因の一端が。
別の世界の「自分自身」にあるんだと知っている。
「……あとは確率の問題なんだが、君はこのお話をメタ的な視点で見ていたかもしれない。『夢オチ』だと。ある意味それは正解だ。つながるはずもない場所、接点のないパラレルワールドなんて、意外とちょくちょく覗き込めたりもするものだ。天文学的な数値ではあるけどね」
――口角が下がる。
自分が「加害人物」と同じ立ち位置であることを充分に把握している。
そういった表情に見えた。
少なくとも「重ねられる、ダブってみえる」ことを見越した結果、被害者とコンタクトを試みている――そう、感じ取れた。
「ただ、垣間見たところで意味がない。本来なら夢や幻と変わりがない。確かにこれは君からしたら夢のようなものだろう――ただ、僕らにとっては現実なんだ。むしろ君の意識こそが、僕らからしてみればパラレルワールドを観測した際に発生した夢の残滓に過ぎない」
相手に自覚がないならば、他人のそら似だと思うことができる。
「……」
でもこれはなんだ? どう接すればいい?
ただの観測者? それとも初めて出会う関係者?
「イツキくん、君が今この世界を見下ろしているレンズ……つまり体だ、それはもう生物学的に一度死んでいる。それはそこの眼鏡なり、副司令のミコトなりがやさしく教えてくれただろう?」
『……』
眼鏡は黙り込んだままだ。嘘や隠し事の言い訳をするつもりはないらしい。
いや、話の邪魔はしないというだけだろうか?
「この世界線周辺でのみ発達し、繁栄した『地球外生命体』。それによって発生した、無差別なうどん爆撃テロ。それに巻き込まれたごく普通の男子高校生は、心が先に死んだ――」
あ、待って、オレの死因うどんだったの?
「体の命をつなぎとめたところで、心が再起不能になっていたら動かない。だから君を修復する際に使われた異星人由来の機構は、『異空間の観測』を開始した」
……バイザー時永はゆるりと呟く。
「つまり、『蘇生の可能性』を、【ここではないどこか】から探し始めたんだ。この体を使いこなすに相応しい人格の代わりをさがして、精神をさがして、遠くの『もしも』の世界にソナーを放った」
……その、当てずっぽうな「ソナーの信号」に引っ張られたのがオレだった……?
「――勿論、精神そのものを可能性の彼方から呼び寄せても結局のところ「呼び寄せた」だけだ。つなぎとめる楔がない分、いつか、元の場所に戻る。君の場合は意識を失うと、手を離したゴムみたいに元の場所に戻るらしいね?」
――だから「毎日記憶がリセット」という設定になった。
正確にいえば、『この世界の記憶を持ち合わせるはずのない、別の植苗イツキ』が毎日、『微妙に違うパラレルワールド』からランダムに呼び寄せられていたのだ。
オレはふと、黙っている眼鏡を見た。
……こいつはそれを知った上で、嘘を……?
「……ただ、いずれ戻っていく意識だったとしても、無駄にはならない。ほんの少しの残留思念が残る。君は善良な人間だからな、初めて出会ったはずのミコトを心配したり、犬耳の顔面テロリストに親しみを感じたり……身の回り全てに突っ込んだり。どこの植苗イツキでも心の交流は欠かさなかった」
「……」
……なるほど……。
「その、少しずつ残っていく気持ちの欠片を集めて、蓄積している……その体は少しずつ、新しい心を育んでいるんだよ、イツキくん。君を含めたたくさんの『もしも』を束ねて、かつての死んだ自分を蘇らせようとしている」
「……理屈は、少し分かった……」
……分かった気がしただけだが。
「けど、そんなことが可能だと?」
――オレは問いかけた。
「……可能だと、君を修復する『観測機』は思ったんだろう。実際にその可能性を見たのかもしれない」
ピピ、と人工的な警告音がどこかからしたが、一瞬でプツッと切れる。
「……どんな人間に対しても、真っ正面から相手を受け止めるのが君の特性だ、イツキくん。どんなに目の前のそれが『見知った誰か』に似ていても、土壇場で切り替えがきく。別に切り離して考えることができるんだ。それを僕らは利用した。利用して『自分のいる世界』を守り続けたんだよ」
『……ああ』
バイザー時永の独白を受け、ようやく眼鏡が口を開く。
それは、迷ったような一言だった。
『……ミコトがいない世界を幾度も見た。ミコトと決別する世界を、幾度も見た』
それは恐らく、かつての総司令の記憶だろう。
重い一言はどうも一々、今までの眼鏡らしくはない。もっと彼は大胆だし、自由気ままだ。ただ、この時ばかりはきっと「戻った」のだろう。
設定されたばかりの頃の自分に。
――正しく言えば、ミコトと出会ったばかりの頃の純粋なAIに。
『……幾つも幾つも枝分かれしていく樹形図の果てに、自らが置かれた現在が、いくつもの奇跡で塗り固められていることを知った』
当初はただの技術者だった彼が――囚われた戦艦の中で行動し、異星人に気に入られ、選ばれた地球人として自由行動を許された。
そんな中、「逃亡を企画する」間に偶然触れた、エイリアン・テクノロジーがあった。
……この船の一室に置かれた『演算器』の概要をいっぺんに理解し、直感で操作――技術を盗み出し、「習得」することができたのは、仲間の中でなぜか彼だけだった。
『……機会を、無駄にしたくなかった』
短い時間でどれだけの可能性をカンニングしただろう。
どれだけのバッドエンドを見ただろう。
『ここまでの道程を――ひとつ間違えたらここまでつながっていない、その奇跡を。ああ、きっと無駄にしたくはなかった』
「可能性」を見るということは、枝分かれした先を見るということだ。
『今現在のルート』を含め、その未来を見るということだ。
『……このままでは、【この世界】のミコトは復讐の果てに自らを壊す。異星の観測機は幾度もそう、吐き出した』
「――だから、どこの世界に行ってもポンコツな僕の、代わりになる誰かが必要だった」
引き継ぐように総司令本体・バイザー時永は言う。
「僕の代わりに『あの子』を何度でも立ち上がらせてくれる。そんな人間が、確かにいたんだよ。――君のいた世界だけが教えてくれたんだ。どこの確率を見渡しても、ミコトに対応する『見知らぬ女の子』を助けてくれる人は君しかいなかった」
「……」
……確かに、そうだったのかもしれない。
たとえばイヌカイは、自分の手が届く範囲の人間にしか責任を持たない。
自分のできる範囲は把握してて、だからこそ時々、オレと喧嘩になることがある。
躊躇もする。
オレにはそれがない。
……たぶんまだ、中身が若いからだ。
『……旧総司令、話は終わりだ。微かな異音を検知した――脱出する』
「ああ、さよならだ僕のコピー」
くびをすくめ、バイザー時永は笑った。
「……そろそろ潮時だと思ってはいたんだよ。地球を裏切ってまでここにいたのに、イツキくんの弱点が『ジャポニカ米と海苔のハーモニー』だと虚偽の記載をしていた件がバレたらしい」
『ガッ!? ここ数日おにぎり祭りだったのはそのせいか!!?』
突っ込むように眼鏡が叫んだ。
『ケンタウロス型がおにぎり発射する事例が多すぎて大変だったんだぞ!?』
「悪いね。――というわけで、僕はエイリアン側から見ても立派な裏切り者だ。この船はおよそ5分以内にナポリタンを投下されて爆発する」
「何してんの!?」
なんでナポリタンで爆発すんの!?
ってか何で出来てんのこの黒い船!? ああいや、聞くべきはそこじゃない!
「……あの、最後に一つ!」
「何かな?」
「なぜ、そんなことをオレに?」
明日には「この世界」からいなくなっているオレに、わざわざ説明する道理はない。
嘘の理由も、隠し事の理由もそういうことだろう。
――だってこの世界のオレに、いわゆる連続性というものはないんだ。
バイザー時永は言う。
「……そうだな……君が、僕の観測した中で一番ここから遠くて。かつ、しっかりしたイツキくんだったからじゃないだろうか。だって君、生き抜いたことはあっても、死にかけたことってないだろう?」
「…………。」
「この世界のイツキくんは君みたいなしっかりものの方がいい。……うん、願掛けのようなものさ。さあ、行きたまえ」
……バイザー時永に渡された、手の中のミコトがぴくりとふるえた気がした。
『……イツキくん、早く行け。ためらっている暇はない』
眼鏡はそっけなく言った。
『ミコトを背負うんだ。……うちの副司令を突発的な感情で「アホ」呼ばわりする旧司令なんて、放っておくに限る』
「……うん」
……突発的な感情。
いや、違うだろう。異世界の観測者。
「……分かった、メガプロさん」
――あなたはずっと、このミコトをアホだと思い続けてきたんだ。
「……イツキくん。泡沫の遭遇ではあったが、良い旅路(ゆめ)を」
「……あのさ、それはきっと、こちらの台詞だよ、地球防衛軍・初代総司令」
少し、きょとんとした表情が見えた気がした。
……ああ、やっぱりよく似ている。でも。
オレは結局、ミコトの世界を脱出した時と同じように――ミコトの世界の住人を見捨てた時と同じように、「別のことだ」と割り切りながら言った。
「……こちらのあなたも、素敵な『夢の終わり』を」
さすがはオレの世界とは別の時永先生だった。
何を言ったのか、一瞬で理解したらしい。
そう、これはいつか言えなかった「さよなら」だ。
……フッと笑ったそれが聞こえた気がした。
……家族をなくしたミコトの、唯一の生き方。
道しるべなんてどこにもない。
「生きる意味」をそこに見つけるしかなかった女の子の、そんな悲しいやつあたりがこのややこしい状況なのだとして。
それは、結局色々間違っているし、ミコトが果たして本当に「復讐」のみを考えて地球防衛軍に居続けたのか、否かは定かではないけれど。
それでも、その選んだ道のりを否定する為に、彼は時と場所を考え続けた。――その結果がこれなのだと、部外者ながらに分かった気がした。
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原作↓
・「世界創造××(ブログ版)」
・「世界創造×× ~誰かが紡ぐ物語~(小説家になろうリメイク版)」