第一奏 理を奏でる識者
「穴にはまって落ちたのは、幸運だったのかな?」
雪原に放り出された凛はとにかく風雪をしのげそうな場所を探して、何もしないまま凍死するのは本望じゃないと、一大決心して一歩、前へと踏み出したのだが・・・
直後に雪の中へ足を思い切り突っ込んで、田んぼの泥へと足を突っ込んだかのように抜けなくなったのだ・・・そうして、もがいた結果がどこかの地下道らしい場所に落ちるという、ある意味でラッキーな結果が待っていたのだ。
「別に寒くもないし、誰かが整備しているみたいだし・・・何とかなるでしょ」
地下道には一定の間隔で足元に灯りが灯された、ランタンがあった。
少し暗いが苦労するほどではない。
凛は足元を確認しながら、ゆっくりと確実に灯りの灯る先へと歩いていった。
そうして、大きな扉へと突き当たると、勝手に開く。自動ドアか何かだろうか?
扉の先には荷物置き場だろうか、雑然と大小様々な荷物が置かれていた。
薄暗いので転ばないように、気をつけながら凛がもうひとつの扉の前に立つと、今度は開かなかったので自分で開けた。
「人が・・・沢山いる」
どこかの研究施設なのか、白衣を着た人たちが行き交い、所々で立ち止まって談笑していた。
何とかなると思っていた凛だが、物凄く甘かった・・・
「あぁっ、もうヤダ!」
誰に話しかけても聞いてくれないし、凛の存在などないもののように振舞う周囲の人間達に完全に嫌気がさしていた。
まるで、これはドラマか何かのワンシーンで、ずっとその場面を演じ続けているかのような不気味さも覚える。
困り果ててしまい、しかもお腹は切ないことに空腹を訴えてきて・・・しかも眠い。
「これだけの施設なら非常食とか、医務室とかも完備してあるよね」
開き直った凛は強かった!
探索を始め、宿直室らしい場所を見つけた凛は戸棚からプルトップの缶に入ったパンの缶詰と、同様の缶に入った水を発見すると残らず平らげた。
そうすると眠くなってきて、
「ふぇ・・・おやすみなさい」
敷きっぱなしらしい万年床のベッドへ、何の警戒心もなく寝こけてしまったのは豪胆だと思われるが、当人はまったく持って気にしていなかったりする。
目先の欲望を、とりあえず達成できた凛は異様な気配で覚醒するまでそのままだった。
「背筋が寒い・・・空調らしいの利いているはずなのに」
施設内は足を踏み入れた瞬間から、快適な温度が保たれていた。
それが今、自分を値踏みするような視線とナニカが徘徊する気配、そして極めつけは金縛りが凛を苦しめていた。
そして、
「ひゃっ・・・!何?!」
獣の雄叫び、むしろ悲鳴に近いその音を聞いた瞬間、凛の頭は強烈な痛みに支配された。
そのまま何時間、たったのだろう・・・
ようやく異様な気配と頭痛から開放された凛は、心身疲弊したまま部屋を後にすることになった。
「絶対、何かおかしいって!」
部屋を後にした凛が見た光景は、昨日と同じで?白衣を着た人たちが行き交い、所々で立ち止まって談笑していた。
そして、ある事に気づく・・・それは、
「あの人、昨日と同じ場所を歩いてる。しかも三回目だし・・・」
目に留まったのは一人だけ白衣を着ていない、誰か。
廊下の端から端まで歩いていって、途中で荷物を落とす。それから暫くすると戻ってきて、また初めから同じ行動を繰り返す。
気味が悪いのを通り越して、不可思議な感じさえ受ける。
凛は、その人間の歩く場所を先読みして、行動を遮れば・・・
「えっ・・・すり抜けた?!」
その瞬間、ある答えに至ってしまった凛は頭を抱えた。
何気なくスカートのポケットへ手を入れた凛は、何かの感触を感じてそれを取り出す。
それは泉樹が渡した念珠で、呆けていた凛は手を離してしまった。
「なっ、何で追っかけてくるのー?!」
重くない筈の物なのに、涼やかな音を立てて落ちた念珠の音を聞いた瞬間、今まで無関心そのものだった人たちが一斉にこちらを向くと、目の色を変えて猛スピードで追いかけきたのだ・・・!
とっさに拾ってしまった念珠を持って、凛は帰宅部で体力もないのに全力疾走する羽目になった。
どこをどう走ったのか、もう分からない・・・
凛はある部屋に身を隠すと、誰も来ないことを願っていた。
「外に出たら、きっと猛吹雪だよね」
少し寒い部屋、息は白くないけどため息をついて、返事のない独り言を呟いた筈だった。
「吹雪なのは間違いないな・・・第一、時間軸から狂っているからな」
驚いて声も出なかった・・・!
背後からした声に振り返れば、教師の様にかっちりした服装の、紫玉の瞳をもつ青年だった。
「何だ、自分が見えるのか?」
問題はそこなのか、そう問いたくなってしまうが、何故か言い返せなかった。
「心力は、強いな・・・後は調律できるかどうかだが」
顔を近づけられて、その瞳を見れば本当に吸い込まれそうだった。
「誰なの?あの追っかけてきた人達と・・・」
「近しい存在だが、自我はある。似て非なる存在だ」
おいでと、誘われるがまま手をとった凛は数瞬後、気絶しそうなほど驚愕する事になる。
「ロボット?これ」
それは華奢なフォルムの、機動性重視と言った鈍いグレイの機体だった。
「奏祈と言う。恐らく、凛が考えているモノと近しいだろう」
何故、自分の名前が分かるのか、そう凛が聞こうとした瞬間・・・!
『・・・・・・・・・・!』
声にならぬ声を上げる、あの凛を襲った影の化け物が大量に部屋へと押し入ってきたのだった!
「凛、何をした?」
「私だって知らない!シオンは知って・・・つっ」
シオン、何故か彼の名を知らず凛は呼んでいた。
彼の名はシオンだと言う、確信と共に・・・
「凛はアレの正体が知りたいか?」
「ちょっと・・・いや、かなり怖いけど何とかしないと生命の危機だろうし・・・」
シオンは薄く笑うと、
「切実で面白いな・・・凛、手を」
右手を軽く上げると、凛にその手を取るように示唆する。
何の考えも、思いも抱かずにその手をとった凛は直後に激しく、後悔する事になった。