序奏 過去と現在と未来の先 | World Time End
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序奏 過去と現在と未来の先

凡庸で至極、一般的な平均的女子高生・・・それが私、清宮凛だ。

今日も今日とて一応、高校ぐらいは出ておきなさいと、言う周囲のありがたい忠告を受けて十二月末の寒い中、布団から起き上がるとさっさと身支度を始める。

台所に行けば、もう既に二人の兄は出かけ、おおよそ僧侶とは思えない父、泉樹が腰まで届く髪を無造作に・・・まとめもしないで、おたまを握って味噌汁をかき回していた。

「父さん、せめて料理する時ぐらい縛ってよ」

衛生上と言うか、精神面で髪の毛が入っていそうで気持ち悪いのは、きっと凛だけじゃない・・・

「良いじゃないか、似合ってるだろ?!」

剃髪もしないで酒は飲むし、魚も肉も食べる父は本当に生臭坊主の代表格だった。

しかも魚や肉を食べる日なんか、お経をあげてから食べるのだ・・・

本当に信じられない。

「ご飯、食べて学校に行く」

台所の隅にある小さな卓袱台の前に一汁三菜と言った、定番的な朝食を並べると座布団を敷いてから座った。

清宮家は案外と狭いので場所が取れなかったら、立ち食いだったりする。

黙々と食事をしていれば、珍しく泉樹が新聞なんか読んでいたりする訳で・・・普段、番組表ぐらいしか目を通さないのを知っている凛にとっては、驚きだった。

「あんだよ。不満そうだな、ちび」

咎めるのではなく、むしろ拗ねると言った表情で・・・

「父さんが感じていること、そのままだと思うけど」

泉樹の表情が一瞬、引きつったがお構いなしで凛は味噌汁を啜る。

「通り魔事件だよ、女子高生が連続して襲われているヤツ。喋れる奴の証言だと、得体の知れない『化け物』だとさ」

お前も気をつけろよと、泉樹は凛の短くてくせが酷い髪を思い切りかき回した。

「せっかく手入れしたのに・・・!」

凛が怒って立ち上がれば、何かが落ちた気配がした。

見れば白い木製の簡素な念珠だった。

「お守りってやつだよ、明日から冬休みだろうが・・・休み中、怪我したちびの面倒なんて俺はご免被るからな」

途中までは娘思いの台詞だったが、段々と自己中心的に・・・

余計な一言、これが悪いところだと、凛は心の底から思った。

「まぁ、いいや・・・行ってきます」

泉樹の行為を無碍にした場合、一方的な報復が恐ろしいので凛は黙って、その念珠を制服のポケットに突っ込むと、リュックを背負って家を出た。

玄関から挨拶をして出かけたのが運のツキで、当分の間以上に渡って家路に着けなくなることは、まだ凛さえも与り知らぬことだった・・・

「手袋、持って来ればよかった・・・」

冷える手をさすりながら歩く凛の息は白く、足取りも重い。

無理なことだが早く暖かくなってくれれば良いと、願わずにいられなかった。

そうして、いつもの通学路を歩いているはずだった。ここの道を抜けた先は商店街がある、かなり大きな通りで交通量も激しく、死亡事故も数え切れなかった。

「何で・・・前後、同じ景色な訳?!」

まるで鏡で写し取ったかのように・・・先にはもうこれ以上の道はなく、ただ迷路の様に同じ景色が前後で対のように広がっているのだ。

これにはさすがの凛も驚いて、

「痛い・・・現実だ、紛れもなく」

定番通りに頬を抓ってみたが、その痛みは紛れもなく現実のものであった。

そうやって半分、混乱して油断していたのはかなりの誤算だった。

「っ・・・」

強烈な負の気配が凛の背後へと忍び寄ると音もなく、凛へと襲い掛かる・・・!

「これって、あの得体の知れない化け物?」

背筋に冷水をかけられたかのような気配に凛が背後を振り返って見れば、それは黒い靄の様な影にも近しいナニカ・・・

驚いて尻餅をついた凛は間一髪で、化け物の攻撃を避けたが腰が抜けてしまったのか動けない。

容赦なく襲い掛かる影だったが、

「いたー!間に合ったぁ」

誰かの声に化け物の気配が逸れ、声のする方へと猛スピードで襲い掛かっていった。

「危ない・・・!」

誰かが巻き込まれようとしているのに、何も出来ない凛は歯噛みをしたが逸れは杞憂だった。

むしろ・・・

「私・・・もう一人いる?!」

凛と似通ったセーラー服を着た、もう一人の凛は長袖だったが白という色合いからして、夏服だと思えた。

その、もう一人の凛は左手に念珠を持ち、軽やかに敵の攻撃をかわしながら何事かを呟いていた。

一瞬だった・・・化け物の足元に何かしらの円陣が浮かび上がると、断末魔の悲鳴さえもなく一気に消滅した。

もう一人の凛が一息をつくと、背後に白衣を着た自信たっぷりの顔をした青年が現われ、凛に何事かを告げていた。

「やっぱり、ミハルだったんだね」

その言葉の真意が分からず、視線の先である背後には同じ年格好をした少年がいて、いつの間にか凛の肩を掴んでいた。

「私の体・・・どうなって?」

見れば凛の体は沼地にはまったかのように、腰から下が地面に吸い込まれているのだ!

あっと、思った時には既に遅かった。

地面に吸い込まれ、暗闇をさ迷った凛が次に見たものは・・・

「ちょっ・・・何で、猛吹雪なのよ?」

完全に視界がホワイトアウトした、どこかの雪原だった。