本日もご覧くださりありがとうございます♪
ビスクドール | アンティークの通販店舗
ワールドドール(World-Doll) 店主の佳山です!(^^)!
本日は1月13日ですので、正月気分もとっくに抜けている方がおおいのではないでしょうか(^^♪
僕は、相変わらず激務のワーカーホリックですが(笑)、最近、仕事が楽しくなってきました☆
今までは、本当に必死で、余裕がなかったんですが、このようにブログ発信をすることによっ
て、僕の考えや、お人形の歴史、知識、情報などを伝えることにより、皆様と少しでもつながる
ことができればいいな、と思っております☆
本日の兵庫県尼崎市の空はどんよりとした雲が広がっていて、今にも雨が降りそうな雰囲気です
なんだか、イギリスのような天気ですね(笑)
僕が取り扱っているものがヨーロッパのものがほとんどなので、自然と、ヨーロッパの歴史につ
いて、調べたり、勉強するようになりました。
最近興味深い記事があったので、時間がある方は、下記のリンクをクリックしてみてくださいね(^^♪
大阪都構想は東西ドイツの統合みたいなもの
上記の記事で、
「兵庫、神戸はイギリス。昔から貿易で外に開かれる。プライドが高く騒々しく下品な大阪(ドイツ)や古くさい京都(フランス)とは別と自負している。「京阪神」というまとめ方(そもそも順番がよくない)を嫌っている。丹波あたりのことはアイルランドを見るような目で見ている。」
これは、本当におかしくて、笑ってしまいました(^^♪
まったくその通りだとおもいましたね。
ぼくは兵庫県尼崎出身で中学まで尼崎で、高校から神戸の学校に通いました!
神戸は一言でいうと、お洒落かもしれないけど、カッコつけで、実はそんなにかっこよくはな
い!といった感じですね(笑)
そう、尼崎が大阪文化の影響を受けすぎて(まるで植民地)、神戸とは同じ兵庫ですけど、
まったく違う感じですね。
だから、高校時代は、ちょっとしんどかったですね。
でも好きですよ神戸は☆
前置きが長くなってしまいましたね。僕の高校時代の話は、あまり興味ないと思いますが、また
機会があれば、掲載していきますね(^^♪
それでは、本題です。
#####################################################
1849 年、ジュモーはパリの博覧会で銅メダルを受賞しました。
博覧会の審査員は、 「キッド(ボディー)ドールは、パリがこのような卓越した技量と様式、そ
して世界中に低価格で輸出できるしくみを持っていることを証明した。競合の恐れが全くない。
この事実は、ピエールジュモーの博覧会の展示を殊更興味深いものにしている。
彼の総所得は 12 万フランで、ほとんどの製品は輸出されており、中国でも知られている。」と報告の一部で述べています。
さらに、「ジュモー氏は今ちょうど低価格製品の限界にまで達したところのようである。同時
に、彼は女王、侯爵、キャラクタードールの製作においても成功を収めている。」と付け加えて
います。
ジュモーは、さらに、最安で 1 ダース 12 フランから最高で 1 つ 150 フランで卸売され
た人形の衣装一式セットでもよく認知されました。同じ審査員の報告によりますと、この
衣装セットは人形と9つの衣装から成ります。博覧会でのベストセラーアイテムは、4 フラ ン
50 サンチームで売られたセットで、24 インチの人形と 26 の衣装が入っていました。
「人形製造は本当に驚くべきものである。衣装を着た人形は、単なる遊び道具ではなく、
しばしば外国人に対して我々の流行を発信する役割をし、近年アメリカやインドに向けて
欠かせない輸出貨物となっている。 」とこの報告書は締めくくっています。
1851 年、ロンドンでビクトリア女王の配偶者であるアルバート公により計画、主催され
た、初の国際万国博覧会で、ジュモーは金メダルを受賞しました。博覧会の審査員はジュ
モーの展示について以下のようなコメントを残しています。 「衣装をまとった人形自体には
賞賛すべきポイントはない。しかし、衣装それ自体は非常に美しい。 」しかしながら、1867
年には、ジュモーはパリ博覧会で銀メダルを受賞、初めて言及するに値するのは、人形の
ヘッドを作ったことです。 1873 年のウィーン博覧会では、ジュモーの作品はまた賞賛を受け、
金メダルを受賞しました。この博覧会のフランス語の報告書では、彼の作品について長い記述が
されています。
それによりますと、「パリのジュモー氏、最初の、そして一番重要な人形メーカーである彼
が、これまで我々が磁器のドールヘッドを外国からの輸入に頼るしかなかった状況から解放して
くれた。彼は、これまで我々がドイツのザクセンから購入していた製品よりも美という観点で越えた。」
1876 年のフィラデルフィア博覧会では、ピエール ジュモーはドールヘッドとボデイー部門の金
メダル受賞者として表に記載されています。「洗練されたコレクション、もっとも当世風なスタ
イルを着飾り、ヘッドは完成されたイミテーションで(生きているようだ)、
上等なセンスと、機械的な構造において卓越した技量を持っている。
#####################################################
続きは、次回にしますね(^^♪
次回はジュモーの年表を掲載する予定です。
些細なことでも構いませんし、雑談でも構いませんので、
是非お気軽にお問い合わせくださいませ♪
お問い合わせはこちら→お問い合わせ
ショップはこちら→ビスクドール | アンティークの通販店舗【ワールドドール】
お客様との心と心のつながりを大切に日々精進しております。
ワールドドールをどうぞよろしくお願いいたします♪
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て、僕の考えや、お人形の歴史、知識、情報などを伝えることにより、皆様と少しでもつながる
ことができればいいな、と思っております☆
本日の兵庫県尼崎市の空はどんよりとした雲が広がっていて、今にも雨が降りそうな雰囲気です
なんだか、イギリスのような天気ですね(笑)
僕が取り扱っているものがヨーロッパのものがほとんどなので、自然と、ヨーロッパの歴史につ
いて、調べたり、勉強するようになりました。
最近興味深い記事があったので、時間がある方は、下記のリンクをクリックしてみてくださいね(^^♪
大阪都構想は東西ドイツの統合みたいなもの
上記の記事で、
「兵庫、神戸はイギリス。昔から貿易で外に開かれる。プライドが高く騒々しく下品な大阪(ドイツ)や古くさい京都(フランス)とは別と自負している。「京阪神」というまとめ方(そもそも順番がよくない)を嫌っている。丹波あたりのことはアイルランドを見るような目で見ている。」
これは、本当におかしくて、笑ってしまいました(^^♪
まったくその通りだとおもいましたね。
ぼくは兵庫県尼崎出身で中学まで尼崎で、高校から神戸の学校に通いました!
神戸は一言でいうと、お洒落かもしれないけど、カッコつけで、実はそんなにかっこよくはな
い!といった感じですね(笑)
そう、尼崎が大阪文化の影響を受けすぎて(まるで植民地)、神戸とは同じ兵庫ですけど、
まったく違う感じですね。
だから、高校時代は、ちょっとしんどかったですね。
でも好きですよ神戸は☆
前置きが長くなってしまいましたね。僕の高校時代の話は、あまり興味ないと思いますが、また
機会があれば、掲載していきますね(^^♪
それでは、本題です。
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1849 年、ジュモーはパリの博覧会で銅メダルを受賞しました。
博覧会の審査員は、 「キッド(ボディー)ドールは、パリがこのような卓越した技量と様式、そ
して世界中に低価格で輸出できるしくみを持っていることを証明した。競合の恐れが全くない。
この事実は、ピエールジュモーの博覧会の展示を殊更興味深いものにしている。
彼の総所得は 12 万フランで、ほとんどの製品は輸出されており、中国でも知られている。」と報告の一部で述べています。
さらに、「ジュモー氏は今ちょうど低価格製品の限界にまで達したところのようである。同時
に、彼は女王、侯爵、キャラクタードールの製作においても成功を収めている。」と付け加えて
います。
ジュモーは、さらに、最安で 1 ダース 12 フランから最高で 1 つ 150 フランで卸売され
た人形の衣装一式セットでもよく認知されました。同じ審査員の報告によりますと、この
衣装セットは人形と9つの衣装から成ります。博覧会でのベストセラーアイテムは、4 フラ ン
50 サンチームで売られたセットで、24 インチの人形と 26 の衣装が入っていました。
「人形製造は本当に驚くべきものである。衣装を着た人形は、単なる遊び道具ではなく、
しばしば外国人に対して我々の流行を発信する役割をし、近年アメリカやインドに向けて
欠かせない輸出貨物となっている。 」とこの報告書は締めくくっています。
1851 年、ロンドンでビクトリア女王の配偶者であるアルバート公により計画、主催され
た、初の国際万国博覧会で、ジュモーは金メダルを受賞しました。博覧会の審査員はジュ
モーの展示について以下のようなコメントを残しています。 「衣装をまとった人形自体には
賞賛すべきポイントはない。しかし、衣装それ自体は非常に美しい。 」しかしながら、1867
年には、ジュモーはパリ博覧会で銀メダルを受賞、初めて言及するに値するのは、人形の
ヘッドを作ったことです。 1873 年のウィーン博覧会では、ジュモーの作品はまた賞賛を受け、
金メダルを受賞しました。この博覧会のフランス語の報告書では、彼の作品について長い記述が
されています。
それによりますと、「パリのジュモー氏、最初の、そして一番重要な人形メーカーである彼
が、これまで我々が磁器のドールヘッドを外国からの輸入に頼るしかなかった状況から解放して
くれた。彼は、これまで我々がドイツのザクセンから購入していた製品よりも美という観点で越えた。」
1876 年のフィラデルフィア博覧会では、ピエール ジュモーはドールヘッドとボデイー部門の金
メダル受賞者として表に記載されています。「洗練されたコレクション、もっとも当世風なスタ
イルを着飾り、ヘッドは完成されたイミテーションで(生きているようだ)、
上等なセンスと、機械的な構造において卓越した技量を持っている。
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次回はジュモーの年表を掲載する予定です。
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