1 甲の罪責

 1 乙の身体に加えた暴行について

   甲は乙の腹部を右の拳で1回殴打し,また乙の顔面を右膝で3回殴るという不法な有形力,即ち「暴行」(刑法208)を加えている。その結果,乙は加療約1か月間を要する上顎左側中切歯,側切歯牙破折及び顔面打撲等という身体の生理的能の毀損即ち,「傷害」(204)を負った。

   よって,上記乙に対する行為により,甲には傷害罪(204)が成立する。なお,当該行為において,乙による急迫不正の侵害はないため,甲に正当防衛(361)は成立しない。

 2 丙の身体に加えた暴行について

   甲は,丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り,丙の頭部を右脇に抱え込んで締め上げるという「暴行」を加えている。その結果,丙は加療1週間を要する腹部打撲等の「傷害」を負っている。

   よって,上記丙に対する行為により,甲には傷害罪(204)が成立する。

 3 乙を車から振り落とした行為について

  (1) かかる行為について,甲に殺人未遂罪(203条,199)が成立するか検討する。

  (2)ア まず,殺人罪の実行行為性が認められるには,生命侵害の現実的危険性を有する行為が存在しなければならない。

   イ 本件では,乙が飛び乗った甲の車があった場所は,片側3車線のアスファルト舗装された道路であった。そして,繁華街でもあり,その日は週末でもあったことから,車の通りもだいぶ多いことが想定される。

     そして,甲の車は車高が高いタイプのものであったから,乙がそのような高さから地面が硬いアスファルト道路に落ちれば,乙において重大な傷害が生じることも考えられる。

     また,乙が車のステップ部分に乗ったまま,信号の色も変わっているため,乙が振り落とされれば3車線という交通量が多い道路において,後続車にひかれることも十分考えられる。

     さらに,甲は,車のアクセルを踏み込んで加速するとともに,ハンドルを左右に急激に切るなどして,乙を振り落とそうとする行為をしている。車の速度が時速50キロメートルという高速度に達していたことにも鑑みるならば,乙が落下することで,道路上にたたきつけられたり,後続車にひかれる危険性が現実的なものとなっている

   ウ そうだとすれば,甲が乙を振り落とした行為は乙の生命を侵害する現実的危険性を有する行為といえ,殺人罪の実行行為性が認められる。

(3) これにより,乙は頭蓋骨骨折及び,脳挫傷等の大怪我を負い,一命は取り留めたものの,意識は回復せず,将来回復する見込みも低いと診断されている。

    ここで,人の死について,脳死を基準にすれば殺人の結果は生じているとも思える。もっとも,罪刑法定主義の見地から鑑みれば,基準のあいまいな脳死説に立つのは不当と考える。明確性の観点からは,人の死は,呼吸の停止,瞳孔の拡大,脈拍の停止で判断するべきである。

    本件では,乙は一命を取り留めているため,脈拍の停止はない。

    よって,殺人の結果は生じておらず,未遂にとどまる。

  (4)ア それでは,甲に殺人の故意は認められるか検討するに,その判断においては,実行行為の危険性についての認識の有無や,行為後の状況を考慮して検討する。

   イ まず,実行行為自体の危険性は前述の通り,乙の生命を侵害する現実的危険性を有するものである。そして,甲は,乙が車高の高い自身の車に乗っていることを認識しつつ,乙を振り落とすために敢えてアクセルを更に踏み込んで加速するとともに,ハンドルを左右に急激に切って車を左右に蛇行運転させている。

     次に,甲が乙を車から振り落として,乙が頭部を路面に強打するという危険な落下の仕方をしているにもかかわらず,甲は何も心配することなくそのまま逃走した。

   ウ 以上の事実に鑑みれば,甲は乙が死亡する可能性を認識し,あえて実行したという認容も推認することができる。それゆえ,甲には殺人について少なくとも未必的な故意が認められる。

  (5) よって,甲には乙に対する殺人未遂罪が成立する。

 4 以上により,甲には,乙に対する傷害罪(204)と丙に対する傷害罪(204)と,乙に対する殺人未遂罪(203条,199)が成立し,これら併合罪(45条前段)となる。

2 乙の罪責

 1 甲の腰背部付近を蹴った行為について

  (1) 乙のかかる行為により,甲は腰背部打撲等の怪我をしているため,乙の行為は傷害罪(204)の構成要件に該当する。

  (2) もっとも,乙の行為は丙を助けるためになされたものであるから,正当防衛(361)として違法性が阻却されるか検討する。

    まず,甲が丙の頭部を締め上げていたのであるから,「急迫不正の侵害」が存在する。

    次に,確かに,乙は甲にやられた仕返しをしてやろうという思いもあるものの,丙を助ける意思と併存して丙に暴行を加えていることから、「他人の権利を防衛するため」になされたものといえる。

    そして,「やむを得ずにした行為」とは必要最小限の行為をいうところ,甲は普段から体を鍛えていて腕力に自身があった。そのような甲による両手を組んでの丙の頭部を締め上げる行為を防ぐためには,甲に気付かれない背後から腰背部を蹴る必要があり,かつ不相当な行為でもない。それゆえ,必要最小限といえ,「やむを得ずにした行為」にあたる。

    よって,乙には正当防衛が成立し,違法性が阻却される。

  (3) 以上により乙の上記行為には傷害罪が成立しない。

 2 甲の左前腕部を切り付けた行為について

  (1) 乙のかかる行為により,甲は加療約3週間を要する切創を負っている。それゆえ,乙の行為は傷害罪(204)の構成要件に該当する。

    なお,乙に殺意はないと考える。なぜなら,乙は逆上してナイフで切りつけたものであって,創傷の部位も身体の枢要部ではないからである。

  (2) 次に,乙の行為は,甲の乙丙に対する暴行と時間的場所的に接着しているため,正当防衛状況が継続しているとして正当防衛として違法性が阻却されるとも思える。

    もっとも,乙丙が甲に暴行を加えた後,甲は形成が不利になったとして,乙丙から全速力で逃げ出している。即ち,すでに甲による急迫不正の侵害がなくなっている。また,乙は甲を痛めつけてやらねば気持ちがおさまらないという積極的加害意思で上記行為に及んでいる。そうだとすれば,乙は「急迫不正の侵害」がないにもかかわらず甲に傷害を加えたもので,量的過剰の正当防衛にあたる。

    よって,乙に正当防衛は成立せず,傷害罪の違法性も阻却されない。

  (3) よって,乙には傷害罪が成立する。

 3 以上により,乙には傷害罪(204)のみが成立する。

3 丙の罪責

 1 甲の頭部を殴打した行為について

  (1) 丙は,甲の背後からその頭部を右手の拳で2回殴打するという「暴行」を加えている。これにより,甲は加療2週間を要する頭部打撲という「傷害」を負った。

    よって,丙の行為は,傷害罪(204)の構成要件に該当する。

  (2) もっとも,丙の行為は正当防衛(361)として,違法性が阻却される。

    なぜなら,丙は,暴行を続けている甲が乙に向かっていこうとしたために暴行を加えたのであって,「急迫不正の侵害」が存在し,乙という「他人の権利を防衛するため」に「やむを得ずにした行為」だからである。

  (3) よって,丙には傷害罪は成立しない。

 2 乙が甲にナイフで切りつけた行為について

  (1) かかる行為につき丙も傷害罪が成立するか。乙丙の甲に対する正当防衛行為が成立するにあたって,丙が乙に対し「助けてくれ」と呼びかけ,乙丙の協力関係がそのまま継続して,丙自身にも乙に成立した傷害罪が成立するか検討する。

  (2) この点,協力関係の継続の有無は,①行為の状況の変化や,②協力者の態度の内容を見て判断すると解する。

  (3) まず,①行為の状況の変化については,初めは一方的に甲が乙丙に対し暴行を加えていたところ,乙丙が反撃した後は,甲は対抗することなく全速力で逃げ出している。即ち,すでに甲としては暴行を継続する状態にはなくなったのであり,乙丙としても正当防衛行為をする必要がなくなっている。

    次に,②協力者の態度の内容については,乙が逆上して甲を追いかけていたところ,丙は,乙が何をするか分からないと心配して2人を負い掛けている。即ち,外形的には乙丙の協力関係は消滅していないようにも思えるが,丙の内心は乙を止めるつもりであった。そして,丙は乙に対し,「やめておけ。ナイフなんかしまえ。」と叫んで乙の行為を制止しようとしている。また,乙が甲にナイフで切りかかったところ,すぐに乙の両肩をつかんで後方に引っ張り,乙を甲から引き離している。

    以上の事実に鑑みれば,正当防衛状況が消滅した後に,丙は乙の傷害行為を止めるために2人を追い掛けていたものということができる。それゆえ,乙丙間の正当防衛における協力関係は継続していない。

  (4) よって,丙は,乙に成立した傷害罪の罪責を負わない。

 3 以上により,丙には犯罪が成立しない。

以上。

-------------------------------------------------------------

【追記】

刑法は論理性が現れる科目だと思います。自分の場合は答案を書く練習が必須。

(1)甲の罪責

 正当防衛を落としたのが痛い。実行行為と殺意の認定で満足してしまった。そして、事実の評価が実はできていない。足りない。事実の羅列に少し近い。

 正当防衛を落としたため、自招侵害の論点も出てこない。

(2)乙の罪責

 現場共謀落しが残念。その結果、丙の罪責でウルトラCな、刑法理論ではない議論をやってしまっている。

 正当防衛で量的過剰の処理の仕方如何。判例のように、侵害終了の前後を一体として捉えられるかどうかを検討するべきであったのでは?行為の一個性か。

(3)丙の罪責

 共謀の射程忘れ故に、意味不明な作文を作ってしまった・・・。


刑法は知識より、如何に論理的に書けるかで差がつくと思われる。

2年連続総論は続きすぎだから、来年は各論なのかな?今後新実例刑法各論をやる予定。