はたらく日本の女性を元気にするブログ! Produced by WOMenLABO

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エン・ジャパンを『世界で一番、女性が活躍する会社にするプロジェクト』に参加する女性メンバー達のブログです。


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こんにちは、コピーライターの佐藤です。

 

中途入社して3年目。仕事にも慣れ「楽しい!」と思うことも増えました。一方で、友人の転職話や華々しい出世話を聞き「私のやりたいことって、これでいいんだっけ?」と時々迷うのも正直なところ…。今回お伝えするのは、そんな迷える中堅女子にこそ知って欲しい『自分に合ったキャリアプランの描き方』

 

インタビューしたのは、システム企画開発部の田沼さんです。エン史上最大級のビッグプロジェクト(*)で大活躍した、スーパーウーマン田沼さん。全社キックオフで表彰されていたのも記憶に新しいですよね。でも意外にも、そうやって仕事を楽しめるようになったのは最近のことなのだそう。

 

「最初、私にとって仕事って “お金を稼ぐためのもの” でしかありませんでした」 ―― 意外な一言からはじまったインタビュー。彼女のキャリアに迫ります。

 

*社内の全組織を横断した販売管理システム刷新

 

 

 

仕事選びの軸は、「稼げるかどうか」だった

 

2014年、経理職としてエンに中途入社した田沼さん。それまでの経歴を聞くと、意外な答えが返ってきました。

 

「高校を卒業していくつか仕事をしたのですが、仕事選びの軸は“時給が高いかどうか” 。とにかく稼ぐために、色んなバイトをしていた時期もありました。夏は野球場でビールの売り子、年末には神社の巫女としてお守りを売ったことも…(笑)」

 

その後、バイトから派遣社員に。

 

「専門スキルがあれば将来もやっていけるはず、と経理の勉強をしはじめたんです。そして、派遣の経理アシスタントとして働くことになりました。」

 

 

経理として、正社員に

その後、24歳で正社員としてエン・ジャパンに入社。経費処理、子会社の経理全般、税務処理、決算対応…と、業務の幅を広げていきます。

 

「ようやく正社員になれたから、経理として目の前の仕事にひたすら打ち込みました」

 

でも…と、田沼さんはこっそり教えてくれました。

 

「仕事ってやっぱり、上手くいくことばかりじゃない。思うようにいかない時期もあるじゃないですか。正直に言えば、”3年頑張ってスキルを上げて、もっと稼げる会社に転職しちゃおう”って思ってた時期もあったり…(笑)。この頃は、自分がやりたい仕事が何なのか、とか考えたこともなかったのかもしれません」

 

「巻き込まれた」仕事が、自分を変えるきっかけに

そんな経理・田沼さんに、思わぬ転機が訪れます。それは「社内の経費精算をシステム化しよう」というプロジェクト。社内の推進メンバーに選ばれたのです。

 

「私に声がかかったのはたまたまで。せっかく任されたんだから、出来る限りやってみよう、と思ったのが最初でした」

 

プロジェクトでは、経験のない業務に挑戦することも多かったそう。そして “たまたま” 任された新しい仕事がきっかけとなり、田沼さんの仕事に対する考えが少しずつ変わり始めます。

 

仕事の「やりがい」って、こういうことか

「まず、社内を飛び出して出張できたのは楽しかったですね(笑)システムの使い方を、現場の営業さんにレクチャーするために、エン・ジャパンの各拠点を回ったんです」

 

横浜、大阪、名古屋、福岡…と各拠点を訪問し、説明会を開催していった田沼さん。

 

営業さんからは「これで経費精算が楽になります!」という感謝や「こんな機能もつけられませんか?」といった要望をもらうこともありました。

 

「実際に社員の人たちと話して、リアルな声を聞けた。そこに、今まで経験したどの仕事でも味わったことのない喜びがあったんですよね。もっとこの人たちの役に立ちたい、と自然に思えたというか」

 

 

みんなのために、改善できることはもっとある

「現場で働く皆さんの声を実際に聞いて、バックオフィスとして出来ることってもっとあるな、と思いました。」

 

さらに続けてこう語ってくれました。

 

「経理って、決まった仕事をミスなく着実に進めることが求められる場面が多いんです。業務改善のアイデアが出ても、そこまでなかなか手が回らないこともある」

 

そういった現状を目の当たりにして、田沼さんは自分に何ができるかを考え始めたそうです。

 

「もしかしたら、何かを変えたりそのために周りを動かしたり…ってことが私は得意なのかもしれない。それで、みんなの強みがもっと活きたら素敵だなって。みんながもっと働きやすくなるように、仕組みを見直そう。ないものは作ろう。結果、喜んでくれる人が増えるって楽しいことだなと」

 

様々な歯車がうまく噛合いはじめた頃、前代未聞のビッグプロジェクトに参加するチャンスがやってきます。

 

エン・ジャパン史上、最大級のプロジェクト。上司との出会い

田沼さんに次の声がかかりました。それが3年越しで進める「販売管理システム」の刷新プロジェクト。

 

「社内でも50名近くが関わっている大掛かりなプロジェクトで。私は経理業務を知るメンバーの一人として、招集されました。エンジニアの皆さんと進める仕事で、下手したら彼らの会話がわからないことも…。やることも無数にありました。でも、このシステムが無事に稼働すれば、全社員がもっと働きやすくなる。だからやる意味は大きいと思っていて」

 

飛び込んだ先で、新たな出会いもあったそうです。

 

「プロジェクトマネージャーとしてみんなを先導してくださった、上司の﨑山さんと阿部さん。タイプの違う2人の仕事を見たり、仕事を教わったりする中で、自分がもしプロジェクトマネージャーの立場だったらどうするかな? と考えることも増えました」

 

そして長い期間を経て、無事プロジェクトは終了へ。その後、田沼さんは大きな決断をして、社内を驚かせます。

 

29歳、経理からIT専門職への転身。「異動できないなら辞めます」

「このままシステム企画開発部で、本格的にITを学びたい。そう思って、異動願を出したんです。もしこれでOKをもらえなかったら、会社を辞めるって思っていました」

 

何がキャリアチェンジの決め手になったのでしょうか?

 

「より大勢の人の役に立つ仕事をしていきたい。そう思った時に、道を変えるなら今しかないと思いました。ITはどんどん新しい技術が生まれる領域。勉強すれば、自分のできることも拡張させられると考えて。技術に精通したエンジニアや、プロジェクトマネ―ジャーのもとで学べることって、チャンスしかないなと」

 

IT面から組織の課題を解決できる人になりたい、と話してくれた田沼さん。

 

「今まで経理としてお金の流れを学んでこれたし、過去の2つのプロジェクトを通して、社内の各部署とのつながりもできた。現場のことも少しはわかります。だからあとはITの知識を身につけたら、最強になれるんじゃないかな?とも思ったり(笑)」

あの時模索したからこそ、今の仕事を楽しめる

最後に「田沼さんにとって仕事とは?」と尋ねてみました。すると、少し照れながらも素敵な答えが。

 

「今の私にとって仕事って、“自分をつくるもの” なのかなって思います。仕事のミッションが変わるごとに、仕事に求めるものも、楽しいと思う瞬間も変わっていった。そういう1つひとつの経験が、今の自分をつくってくれたのかな、と」

 

日々忙しくしていると、将来のことまで考える余裕はなくなってしまうもの。でも悩んだときこそ、目の前の仕事を大事にする。そのうえでチャンスがあれば、恐れずにつかんでみるべき。それが、今の自分には思いもよらない“本当にやりたい仕事”との出会いにつながるかもしれません。

 

自分なりの目標を持てるようになれば、おのずと仕事も心から楽しめるようになる――。田沼さんの言葉には、そんな力強いメッセージが込められているように感じました。

 

【編集後記】

入社時と比べて、しょっちゅう壁にぶつかることはなくなりました。ただその分、新しいことを経験したり成長実感を得たり、という回数も減ってしまったかも…。そんな状況になんとなく焦りを感じていた私にとって、今回田沼さんのお話を聞けたのは本当に幸運なことでした。

 

仕事を楽しめるかどうかは、自分の心意気次第。今任せてもらえている仕事の「楽しい!」と感じる瞬間をつきつめたら、自分にもまだまだ新しい可能性があるのかも。いつか私も「あのころがあったから、今の自分がある」と言えるように、目の前の仕事から改めて大事にしていきたい、と思ったのでした。

 

(文・佐藤 遥 / 編集・平野 潤 / 撮影・日野 将志) 


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 「マネージャーになった当初は、上手くいかないことも多く『こんな自分で大丈夫なのか』と思うようなことばかりでした。」 

こう語ってくれたのは、又吉さん。 福岡での独立拠点立ち上げを牽引し、新たなマーケットを開拓した立役者。現在約10名のメンバーを統括する、マネージャーを務めています。 
立ち上げてから、2年で業績を3倍に。社長賞を受賞し、いま社内でもっとも活躍している女性の1人です。 

時に優しく拠点メンバーたちの相談に乗り、時に厳しいアドバイスもしてくれる。マネージャーとしてメンバーから絶大な信頼を寄せられている又吉さん。 
しかし、取材でお話を聞いてみると、現在のポジションに至るまで、さまざまな不安や葛藤があったそうです。 


「マネージャーになる前の私は、チームリーダーを任されていたもののプレイヤー色が強め。少人数のマネジメントしか経験したことがなかったので、正式にマネージャーとしての打診をもらったときは、不安もありました。」 
 

そんな中でも、当時の先輩社員に背中を押してもらい、マネージャーの道へ。彼女が大切にしてきたのは、まっすぐに「目の前の仕事」に全力で向き合うこと。やったことがないことばかりの状況で、「できない」ではなく「どうしたらできるか?」を考え続けた。 


「事業計画書も書いたこともないし、とくに立ち上げ期はうまくいかないことばかりでした。最初はダメダメなマネージャーだったと思います。でも、できないことは先輩や上司に相談して、とにかくできること、やれることをコツコツ積み重ねてきました。マネージャーにチャレンジしてよかったなと思います」 
 
まずはチャレンジしてみるーー前向きな想いが大切であることを、又吉さんは教えてくれました。又吉さんが歩んできたマネージャーになるまでの道のりを、ご紹介します。 

 

【又吉さんプロフィール】2009年4月に新卒でエン・ジャパン入社。大阪でアルバイト事業、中途採用、新卒採用、福岡で人材紹介と様々な拠点・事業に携わる。エン・ジャパンの人材紹介事業「エン エージェント」の福岡拠点のマネージャー兼責任者として組織運営に加え、多くの企業・転職希望者を支援。

 

毎年、異動希望を出していました。 

 福岡営業メンバーたちをマネージャーとして導き、輝かしい業績を残し続ける又吉さん。福岡拠点の立ち上げに声が掛かったのは、入社6年目のこと。 
 
「何が理由で声をかけてもらったのかは分からないのですが...毎年部署異動の希望調査の項目に全てチェックを入れていました。どこかに異動したいと思っていたわけではないけれど、『異動』はチャンスだと捉えています。

いろんな部署やチームのなかに身を置いたほうが、経験の幅は確実に増えますよね。何百人と社員がいる中で、まずは手を上げなければ誰にも気づいてもらえない。だから毎年チェックしていました」  

チャンスを貪欲に求め続けた又吉さん。新卒で入社してから、異動したのは2拠点4部署。新卒採用、中途採用、人材紹介...さまざまな環境に自ら身をおき、その先々で人並み以上の実績を出していきます 。 

そして、今度は「福岡への異動」という最大の変化がやってくるのでした。 
 


毎月の業績をクリアするのに精一杯。 

異動先の福岡は、立ち上げの真っ最中。チームメンバーは、新人2人と又吉さんだけ。 
 
「想像以上に小さな部署でした。自分自身も最前線で営業活動に励む傍ら、新人育成も業績管理、マネジメント業務も事業計画の作成も。上司がおらず、人数もすくないので、すべて自分でやらなければいけない状況でした」 

そして、その後会社からマネージャー職への挑戦を打診されます。喜びの反面、不安も大きかったといいます。 


「業績面でも少しずつ安定してきたとき、事業部長から『マネージャーに立候補しないか』と言われて、正直すぐに回答できなかったんです。チャレンジしたい思いが強かったのですが、異動後結婚して家庭もあったため、ひとりで意思決定していいものか悩みました。」 


新拠点のマネージャーというプレッシャー...悩んだ又吉さんがそれでもマネージャーを引き受けることになったのは先輩社員からの一言が背中を押してくれたのだそう。  
 

「まずはやってみれば良いんじゃない?」 

社内で頼りにしていた先輩で、女性としてのライフイベントを経て長く活躍されている方の一言に、又吉さんの張り詰めていた気持ちが軽くなったという。 

 
「なんだかほっとしたというか、肩の力が良い意味で抜けたんです。すでに事業計画の作成や新人の育成など、マネージャーとしての仕事は任せてもらっているし。自分自身がやりたいと思えているのであれば、責任をもってやり切ってみたいと思えたんです。その一言を受けて、早速主人にも相談しました。すると『絶対チャレンジしたほうが良いよ』と応援の言葉をもらえたことも、励みになりました。」 


異動をチャンスと捉えて手を挙げた頃の気持ちを思い出し、チャレンジしてみようと決心。ようやく又吉さんは昇格の打診を受け、マネージャーとしての一歩を踏み出すのでした。 


 
マネージャーだからといって、1人で抱え込まなくていい 

 はじめは不安も多かったという又吉さん。最大の心配は、地理的に離れた拠点だからこそ、周囲に助けてくれる人がいないこと。 

「業績が思うように上げられないとき、部下をどう教育して良いかわからないとき。すぐそばに頼れる相手がいないことに戸惑いました」 

そこで、又吉さんが選んだのは、「とにかく助けを求め、相談しまくる」こと。 

 「事業部長に自ら定期的なMTGの場を設けてもらうことを提案したり、マネジメントがうまくいっている東京のマネージャーにいきなり電話をして相談してみたり。直接関わることがなかった方にも貪欲にアドバイスをもらいに行きました」 

自分ひとりで解決しようとしなくてもいい。できる人に積極的に頼って、相談していく。課題を抱え込まずに、柔軟に動いていく姿勢が突破口に。 

そして、マネージャーに挑戦してから約2年。周囲のアドバイスを糧に福岡拠点独自の事業戦略と部下マネジメントが評価され、又吉さんは全社でもっとも活躍した社員に送られる社長賞を受賞。社長賞の受賞者として、そして福岡拠点を導く「マネージャー」として、全社で注目を集めることになったのでした。  

「今では相談することより、されることの方が多いですね。自分が経験したことが後輩の役に立つなら、それ以上の喜びはありません」と話す又吉さん。頼れるマネージャーとして、女性先輩としての頼れる姿が、そこにはありました。

 

 

【編集後記】 

「挑戦しないより、挑戦して失敗する方が何倍もカッコいいと思うんです」 

又吉さんはインタビュー中、そう笑顔で話していました。 

「失敗する=カッコ悪いと思うから、みんな挑戦しないのかもしれません。でも、エン・ジャパンには挑戦する人を称賛する賞もあるくらいだから、もっとチャレンジしてみても良いと思います」と、力強く語っていた又吉さん。変わることを恐れず、とにかく貪欲に新しいことへ挑んできた又吉さんだからこそ、その言葉には説得力があるのでした。 

確かに、「部署異動で手を挙げる」「まずはやってみる」など、はじめは小さなきっかけかもしれません。ですが、それが自分を変える大きな力となり、自分の想像を凌駕する、良い結果をもたらすこともあるのでしょう。 

又吉さんの前向きな生き方に背中を押された、自分がいるのでした。 

(文 板垣外 / 編集 野村愛 ・大原しおり) 


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こんにちは。エン・ジャパン 大阪コピーライターの熊谷です。

入社して4年。仕事は楽しくやりがいを感じています。最近では「このさき家庭を持ったら、子どもが出来たら…?」と、将来を考えることも増えました。

 

そこで今回は、企画グループで活躍する熊倉さんにインタビュー!(熊倉、熊谷…名前が似てますね)

 

熊倉さんは、3歳の女の子の育児に奮闘するママさん。会社では、みんなが円滑に仕事を進められるよう部内の仕組み作りなどを担当しています。

 

上司からも部下からも頼りにされる熊倉さんですが、「育休明けの危機感は今でも忘れられません(笑)」と話してくれる一面も。

 

ライフステージが変わるなか「危機感」をどう乗り越えたのか。彼女の活躍を支える「スマートグロース制度」と共に、ご紹介します!

 

※スマートグロース制度とは、育児や介護を理由に、時短を希望する正社員のための制度。従来の『時短勤務制度』に加えて、2017年に新設されました。「ライフステージの変化で働き方に制約が生まれた社員も、意欲・能力に合わせた仕事を続けられるように」という想いから生まれました。

詳細はこちら→女性社員のための新制度登場!

 

【熊倉さんプロフィール】

2013年、営業として新卒入社。産休・育休から復帰した後、制作企画へ異動。「スマートグロース制度」を活用し、子育てと仕事を両立している。

 

子どものために出社・退社を調整。「スマグロ」でフレックスに働く

 「おはようございます!」

熊倉さんは毎朝、お子さんを保育園に送って9時半頃出社します

 

「スマートグロース制度を使って、フレックスで働いています。11~15時の間に会社にいればOKで、出退勤の時間は自分で決められるんです」

 

通常の時短勤務制度の場合、出社・退社や就業時間はあらかじめ決まっています。もしお子さんの発熱などがあれば、午後休をとったり欠勤になったりと、少し対応が異なってきます。

 

「子どもを病院に連れて行ってから出社したい、子どもが寝た後に少しだけ仕事しよう…と、柔軟に働けるようになりました」

 

働き方が変わっても、「期待されている」と思えた

それに、職場の仲間に「時短勤務だから」と変に気を使われることもないといいます。

 

「良い意味で、求められているものは何も変わりません。意見やアイデアも求められるし、プロジェクトも動かす。上司には“配慮はするけど、遠慮はしないよ”と言ってもらってます」

 

確かに、人によっては「本人の負担になったら悪い…」と、必要以上に気を使うケースもあるのかもしれません。

 

「気にかけてくれることはありがたいですが、遠慮されるのは悲しい。肩身も狭くなるし、いつかギクシャクしてしまうと思うんです。その点、スマグロ適用者の場合、働き方に制約ができたとしても、自分の意志・能力に合わせて仕事を任せてもらえる。だから変わらずに挑戦し続けられます」

 

 

「時短」と「スマグロ」には年収の差も。家計を支えるママになれた

 

「収入面でも大きな違いがあって。通常の時短勤務と比べると、スマグロは+100万円くらい年収も変わってくるかもしれません」

 

 

フルタイム勤務の社員と同じ裁量があるからこそ、給与には「みなし残業代」が含まれています。そのため従来の時短勤務と比べても給与は高くなります。

 

子育てと仕事、時間とお金、そしてやりがい…どれも妥協せずに働けるのが、この制度の特徴なのかもしれません。

 

「私はスマグロが使えない…」はじめに抱いた危機感

熊倉さんが子どもを授かったのは、入社2年目のこと。

 

「シングルマザーとしての子育てで、大変なこともありました。でもなんとか無事に育休も明けて、職場復帰することになったんです」

 

そして復帰して1年、仕事と家庭の両立に慣れたころ、会社で時短勤務者向けの新しい制度が生まれることになりました。それがスマートグロース制度です。

 

「単純にいい制度だな、と思いました。 でもスマートグロースを使うには一定のグレード(※)を満たしていることが必要で。実はその時、私は基準からまだまだ遠い地点にいたんです。ヤバい!と。危機感しかなかったです」

 

実はこの頃、熊倉さんは “同期入社の仲間と自分を比べて、引け目を感じていた” とも教えてくれました。

 

(※)グレード…エン・ジャパンでは、社員の能力・実績に応じて「R」や「H」といったグレードを決めています。

「スマグロ」という目標が、やる気に火をつけた

「そんな時、上司の高橋さんが言ってくれました。“熊倉さんには期待しているし、これからの頑張りは全力で支援する。だから制度の適用を目標にして、頑張ろう” と。」

 

もともと「この会社で好きな仕事を続けたい」という気持ちが強かったという熊倉さん。面談を通じて、決心が固まったと言います。

 

「シングルマザーだからこそ、私は限られた時間の中で成果を出す必要がありました。だからビジネスパーソンとしてレベルアップして、グレードを上げたかった。そして自信を持って“会社に貢献している”と言えるようになりたい。決して低くない目標です。でもある意味、スマートグロースという目標を明確にしてもらえて気がラクになった。何を目指せばいいか分かりやすくなったからだと思います」

 

こうして、新しい目標に取り組む日々がスタート。「いつまでに」「どんなアクションプランで」仕事をしていくか。熊倉さんは、1年後の制度適用を目指して目標を決めました。

 

無茶だと思った上司の要望。高い壁を乗り越え「裁量ある働き方」に

「私の目標は、制作部のあるべき姿を考えること。そして、その姿になるために課題になっていることを解決すること。そのためのタスクを100%達成することに全力をかけました」

 

そして熊倉さんに任されたのが、一見「無茶」とも思われるプロジェクト。数百万円をかけて開発を進める、社内システムの企画でした。

 

「そもそも、システム企画なんてやったことがない(笑)。でも、部全体の生産性向上につながるシステム、とても大事なプロジェクトだとは分かっていました。上司・高橋さんはサポートしてくれる一方で、要望は少しずつ上っていく。会社で泣いたことなんてほぼなかったのに、この時は隠れて泣きました(笑)何か一つクリアすると、次の壁にぶつかる。そしてまた乗り越えて、次の仕事へ…気づけば以前の私ではできなかった仕事も、クリアできるようになっていったんです」

 

地道な努力が功を奏し、4ヶ月後には携わったシステムがリリースに。その後の評価で、正式に『スマートグロース制度』適用社員に認められました。

 

 

家族、同僚、上司、部下にも好影響があった

制度が適用されて、周囲にもプラスの影響があったと教えてくれました。

 

「会社には色々な働き方の社員がいる。フルタイムで頑張る人もいれば、時短・スマートグロースの人も。限られた時間の中、いかに生産性を上げ、質の高い仕事をするか、みんなで話し合い工夫することで、組織が少しずつ変わっているのは良い点だと思っています。」

 

そして現在、熊倉さんはチームのマネジメントも任されているのだそう。

 

「私が子育てしながら働くことで、メンバーの選択肢が広がるといい。“こんな働き方ができるんだ”と思ってもらえたら嬉しいです」

 

そして最後に熊倉さんは語ってくれました。

 

「生きていれば、絶対不安ってあると思うんです。でもそれって結局自分で動かないと解決できないんですよね。だから、不安の原因は整理する。必要なら周りに相談する。そうしたら解決に向けて頑張ればいいだけだから。私にとってスマグロは、不安を取り除いて前に進むための制度になってくれたのだと思っています」

 

熊倉さんが手に入れたもの。それは、自分の未来を自分で選び取る力なのかもしれません。

 

 

編集後記

スマートグロース制度の話を聞いたとき、正直「自分とは遠い話」と心のどこかで思っていました。

 

しかしインタビューを通じて感じたのは「本人の強い意志と、上司をはじめとした周囲の理解や支援があれば、スマグロは決して遠くない」ということ。そして活用したほうが、絶対的に選べる未来が多いということでした。

 

自分の将来を改めてしっかり考えるキッカケもくれる。それがスマートグロース制度の魅力なのだと感じます。

 

【取材・文 熊谷 美里】 


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こんにちは。エン・ジャパンのコピーライター、青木です。
 
今年で入社5年目。これまでの日々を振り返ると、「こんな仕事をするためにコピーライターになったんだ」と嬉し泣きするような日もあれば、「私の書くものはきちんと届いているのかな?」と不安で眠れない日もありました。
 
特に新人時代は、思うようにコピーが書けずもがいていたのを覚えています。少しも自信が持てずにいた当時、仕事上で心強い存在だったのが、今回ご紹介する長南(ちょうなん)さん。2014年に新卒で入社した営業です。彼女とは、1年目に同じ業界を担当していた縁で、これまで何度もタッグを組んできました。

 

 

長南さんは、初対面の印象こそキリッとした雰囲気ですが、話しだすと “親戚のおねえさん” のような親しみやすさがある人。仕事となれば、それぞれの企業が抱える課題や、その打開案を分かりやすく説明してくれます。気安く意見を言い合える相手であり、お客様との向き合い方を教えてくれた先輩です。
 
彼女を頼るのは私だけではありません。 企業の経営者からは「長南さんはうちの人事顧問だ」と相談され、社内では「ソリューションの長南」と名高い存在。 

しかし意外なことに、彼女は自身の新人時代を「同期の中で、自分が一番ダメだと思っていました」と振り返ります。そして、周囲に対して劣等感を抱いていたからこそ「指名で頼られる営業」になる努力ができたのかもしれない、と言うのです。
 
いったい、どのようにして劣等感を乗り越えてきたのでしょうか。どうすれば、周囲との差に苦しむだけで終わらないでしょうか。彼女の答えから分かったのは、彼女が貫いてきた「基本に忠実であれ」という姿勢の大切さでした。

 

【プロフィール】長南 安香 『エン転職』への求人広告の掲載、エン独自の適性テストや教育プログラムの導入など、様々な商品・サービスを提供。2017年には、事業部内でシンボリックな活躍をした営業として「ベストプレーヤー賞 特別賞」を受賞。

 

「自分なんて同期に勝てっこない」…劣等感に悩んだ内定者時代。
 
長南さんがエン・ジャパンを選んだ理由は「自分にとって一番キツそうな会社だったから」というストイックなもの。覚悟を決めて内定を承諾したものの、入社前には自信が持てずに鬱々としていたと言います。
 
「劣等感しかありませんでした。同期はみんなデキる人に見えたし、面接をしてくれた先輩もキラキラしているし。それに対して自分は話すのが上手なわけでもないし、コレといった特技や知識があるわけでもないし...到底この人達みたいになれる気がしない…私なんてきっと2~3ヶ月で辞めちゃう! と思って、不安で仕方なかった」
 
内定者が集まる場では、自信たっぷりに振る舞う同期たちの姿に引け目を感じる。先輩女性の商談に同行すれば、その内容のレベルの高さに驚く。覚悟していた以上に、自分との差を意識させられたそうです。
 
しかし、具体的に何をして不安を拭えば良いかも分からない。志望していた企業に内定が決まってからの時間といえば、残り少ない大学生活を謳歌する人も多いでしょう。しかし長南さんは、今でも「あのときが、気持ち的に一番キツかったかも」と思い返すほど、辛い心境で過ごしていました。

 




自信がないからこそ、とにかく真似る。相談する。
 
そうして迎えた4月。自身の予想に反して、長南さんは同期の中でもスムーズに成長していきます。
 
「企業に電話なんてできるわけない!と怯えていたけれど、そんなことはなくて。意外とアポイントはもらえるし、企業の皆さんも優しく接してくれたんですよね」
 
「自信がないから、入社してからとにかく成功例の真似をしました。先輩から教わった台詞をそのままメモして、電話口で言うんです。一切アレンジしない完全な真似。でも、それが良かったんですね」
 
電話口でのトークはもちろん、商談の場で話す内容も、研修で教わった基本を守り続けたそうです。
 
「研修で習った、他社との差別化ポイントを伝えるようにしました。求人を出す前の採用基準作り、見極めのための適性テスト、定着・活躍のフォローまで長期的に伴走します、というエンのスタンスですね。お客様に “全く知らなかった” と驚かれることもありました」

 



教わった内容を端折ったりアレンジしたりしなかった理由について「自分は優秀じゃない、自分で何かをやるのが怖い、と思っていただけ」と笑う長南さんですが、成功例の取り入れ方に工夫がありました。
 
それは、「1つの案件で最低3人の先輩に質問する」ということ。
 
たとえば、同じ企業にアポイントをもらうためのトークでも、3人の先輩に聞けば3パターン出てきます。同じ「社員が定着しない」という課題の解決法でも、3人の先輩に聞けば違う解決策が出てくる。全案件で「最低3人に質問」を習慣づけた結果、自然と顧客の課題に切り込むレパートリーが増えていきました。
 
そして、入社1年目の12月。

長南さんは、採用を支援していたIT企業の社長から「応募者の中から、誰を採用するべきか迷っている」という相談を受けます。そのときの長南さんはもう、応募者や社員の適性テストの結果を吟味し、組織の状況と照らし合わせながら社長とディスカッションできるほどになっていました。
 
「採用が難しい小規模なIT企業でしたが、無事に内定が決まりました。それで、社長から “長南さんはうちの人事顧問だよ” とまで言ってもらえた。本当に嬉しかったです」

 




いつしか “私らしい強み” を持った営業になれていた

テストや教育など、採用の前後の工程まで踏み込んで提案するには、当然ながら組織のことを知らなくてはなりません。組織を知るほど、想定していなかった課題も出てきます。一見すると、面倒に思えること。それでもあえて長南さんは、長期的に伴走するという提案から軸をぶらしませんでした。
 
「だって、そのほうがエンらしいじゃないですか。やっぱり、商談に行くたびに感じるんです。どの企業も、スタンスや考え方、事業や採用に対して抱える課題が違うってことを。そうなるとやはり、求人広告ひとつであっても適した内容は変わります。適性テストや教育プログラムまで導入するとなったら、もう何百通りもあるんじゃないかな。それなのに、売ることだけを最優先にはしたくなかった。

あれもしなきゃ!これもしなきゃ!そうだ、別の会社で聞いたこんな制度を導入してみたらどうだろう? なんて、頭をフル回転させる。いつも “この企業のために何か新しいことができないか” と考えているから、飽きません」

 

 

彼女の営業としての姿勢は、着実に社内にも知られていきました。次第に、社内の各所から「大切なクライアントを長南さんに任せたい」と声がかかるように。
 
そして、数百人いる営業組織の中で1、2位を争うほどの年間売上を記録するまでになったのです。
 
「私は販売力のある営業ではないと思います。でも、真似から始めて、組織の深掘りという “私らしい強み” が確立してきました。そこにきちんと成果もついてくるようになった。もし2~3年目で悩んでいる人がいるなら、こんなふうに営業を続けていく道もあるんだってことを知ってほしいです」
 
自分のことを、大きく見せるわけでも小さく見せるわけでもない。あくまで基本を守り、等身大の自分で勝負を続けている長南さん。だからこそ、彼女の思いは社内外にしっかりと届くのかもしれません。


 

 

 【編集後記】
私が長南さんと出会ったのは、コピーライターとして中途入社した年です。
 
当時の長南さんは入社半年。既に「しっかりした新人」として知られ、厳格なベテランコピーライターからも信頼されていました。気安く話せて頼れる存在だと思いつつ、内心「同い年でこんな優秀な人がいるのか」と歯噛みしていた記憶があります。
 
そのため、今回のインタビューで初めて聞いた「劣等感しかなかった」という言葉に驚きました。長い間、私は長南さんを誤解していたのかもしれません。「最初から何でもできる長南さん」だと思って羨んでいましたが、「何でも吸収できる長南さん」であり、吸収したことをまっすぐ自分の糧にしていたのですね。
 
「自信がない」と言うだけなら誰でもできます。劣等感を、自分への言い訳にしてしまうこともあるかもしれません。でも、劣等感も糧にして「基本に忠実であり続ける」と決め、ブレない行動を続けたから、今の長南さんがある。いつでも明るくペースを乱さない彼女の、地道な努力と強さを垣間見たインタビューでした。

【取材・文 青木みさき】 


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こんにちは、WOMenらぼ編集部の藤田です。

コピーライターとして入社し早10年。長い年月の中では、メンバーのマネジメントで頭を悩ませた経験もありました。「女性メンバーとどう接すればいい?」「頑張ろうとする女性をどうマネジメントしたらいいの?」と感じている方は、きっと少なくないはず。

 

そこでインタビューしたのが、執行役員の沼山さんです。「世界で一番、女性が活躍する会社」の実現を目指すエン・ジャパンで、多くの女性メンバーをマネジメント。「事業部のエースとしてリーダーを務める仲野さん」「関西の事業責任者として活躍する石田さん」「全社MVPでママ営業の谷山さん」といった活躍人材を育成してきたカリスマです。

 

今回は、マネジメントの極意から苦い失敗談まで、赤裸々に語ってもらいました。マネジメントに苦手意識のある方はもちろん、「自分は大丈夫!」と自信満々の方にも、ぜひ読んでほしい内容です。

 

沼山祥史

2005年、営業として入社。2年目でリーダー、3年目にはマネージャーに昇格。新規事業、人事などを経験し、現在は女性社員が多く在籍する「派遣会社支援事業部」の事業部長として、組織のマネジメントを行う。

 

【沼山流・マネジメントの極意 その1】

メンバーと向き合う、ピンチは一緒に乗り切る ―― それが信頼関係になる

上司としての「基礎の姿勢」を教えてくれたのが、人生で初めて持った女性メンバーの存在でした。

 

当時私は営業3年目。その子は新卒1年目で、“嬉しい時は喜ぶ” “理不尽なことがあれば怒る” と喜怒哀楽がハッキリしていました。はじめは女性のメンバーとどう接すれば良いのかよくわからず、とにかく一緒に仕事をする中で糸口をつかもうと思ったんです。

 

たとえば営業先のリストアップも、「ここいけそうじゃね!?」なんて言いながら一緒にやる。商談にも同行する。受注したら一緒に喜ぶし、失注したら「何がダメだったのか」を一緒に考える…当時、パチンコメーカーのお客様を受け持っていた彼女。「パチンコはやったことがない」と言うので打ちに行ったことも(笑)。一緒に仕事をする中で、仕事の悩みからプライベートのことまでどんどん話してくれるようになりました。

 

組織変更の直前、彼女の直上司でいられる最後の月、彼女は「今月は沼山さんのために達成する!」と言ってくれました。そして彼女はその月のMVPに。自分のこと以上に嬉しかったです。

 

もしピンチを迎えているメンバーがいれば、一緒に乗り越えようと考えます。入社7年目の頃、異動して人事部のマネージャーになったのですが、ある女性社員が「私もう無理です、どうやって採用活動を進めたらいいのかわかりません」と。入社目標もありますし、現場からは「一刻も早く人材がほしい」という強いニーズもある。それだけでなく、彼女は受け入れの研修もやっていた。板挟みと膨大なタスクの中で、大きなプレッシャーを感じていたんですね。

 

そこで私は「じゃあ俺も一緒にやるよ!」と。ただ、面接なんてやったことなかったので、必死に勉強しました。文字通り、手探りの状態でしたね(笑)。

 

上から指示するだけでは、信頼は得られません。メンバーが困っていたら、自分も飛び込んで一緒にやってみる。“自分が辛い時にも逃げずに向き合い続けてくれた” というプロセスこそが、信頼関係につながるのです。

 

 

【沼山流・マネジメントの極意 その2】

矛盾した行動・不誠実な行動はしない ―― 筋の通った姿勢が、メンバーからの信頼を生む

逃げない、隠さない、正しいことを正しくやる――今でも後悔している、苦い経験から得た教訓です。

 

営業マネージャーになると、自分より年上の女性をメンバーに持つことになりました。その女性は、営業成績はグループ内でトップ。当時、新たにチームリーダーを選出する必要があったことから、私は迷わず彼女に打診しました。

 

マネジメント志向ではなく、「ハイプレーヤーとして活躍したい」という意志をハッキリ持っていた彼女。一度は打診を断られてしまったんです。「それでも」と私が食い下がると、「リーダーミーティングに出なくていいなら…」と譲歩してくれました。私は特例とも言える要望を受け、彼女に半ば強引にリーダーになってもらったのです。

 

しかし、周囲の見る目は違いました。根は優しい性格ですが、人との接し方が不器用なところがあり、勘違いされやすいタイプだった彼女。周囲はリーダーミーティングに参加しないことに対し、「まあ、あの人だから仕方ないよね…」と。私の判断だったにも関わらず、あたかも「彼女のワガママによってミーティングに参加していない」と思われてしまったのです。

 

周囲から孤立し始める彼女を、私は守らなかった。本人の希望もキャリアも考えることなく、こちらから無理にリーダーをお願いしたにも関わらず。真剣に向き合うこともせず、その後、私と彼女との関係も悪化していきました。さらに、特例を許した私の未熟な判断によって、周りの士気まで下げてしまった。私のマネジメント人生における最大の後悔です。

 

日頃、「今月は必ず目標を達成するぞ!」と志の高いメッセージをどれだけ発信しても、上司自身がサボったり、矛盾した行動を取っていたらどうでしょう?当然メンバーからは「結局口だけ」「本気ではない」と思われてしまう。そうしたことが積み重なると、誰も上司を信頼できなくなります。上司は、自分を信じてくれる人、意欲のある人を裏切ってはいけません。

 

 

【沼山流・マネジメントの極意 その3】

虚勢を張らず、等身大でいられるように ―― そのための努力と成長を続ける

メンバーを持って間もない上司にありがちなのが、虚勢を張ってしまうこと。「上司はメンバーよりも優れた存在でなければ…」という焦りからでしょう。

 

気持ちはわからなくもないですが、逆効果。メンバーは、上司が考えている以上に、上司の人間性や本質の部分を敏感に察知するもの。「ああ、この人強がってるな」と思われるだけです。

 

虚勢を張ってしまうのは、裏を返せば自分に自信が無いからです。それならば、虚勢を張らなくとも自信を持ってメンバーと向き合えるよう、自分の実力を高めるべき。

 

「力が足りていない」「信用に足らない」と感じたら、努力でカバーする。仕事で成果を出すために、必要な知識やノウハウを身につける。そして、誰よりも諦めずにやりぬく。メンバーをコントロールしようとするより、自分自身を変える方が簡単です。

 

 

【沼山流・マネジメントの極意 その4】

まずはメンバー1人ひとりを知る ―― 尊重し、「活躍できる環境」を作る

「メンバーが仕事に打ち込み、能力を最大限発揮できる環境をつくること」。上司の大切な役割です。第一歩として必要なのが、1人ひとりの置かれている状況、大切にしているものを理解すること。

 

特に女性の場合、結婚や出産などで働き方が変化することも多い。あまり帰りが遅くなれば旦那さんも心配するだろうし、お子さんがいれば仕事を第一優先できない時だってある。仕事と同じくらい、家庭でお子さんや旦那さんと過ごす時間は大切なものなんです。

 

メンバーが大切にしていることを知り、私自身もそれを尊重する。そうしなければ、私が大切にしてほしいことだって大切にしてはもらえません。

 

プライバシーに関わる話は、いきなり質問したって怖がられます。聞くだけで問題になることもあるでしょう。だから前提として、こういった話ができる信頼関係をつくる。そのためにはまず自己開示からして、少しずつ相手に心を開いてもらうんです。そういった積み重ねがあるからこそ、メンバーとの日々の何気ない会話でも「出身地や今住んでいる地域」「趣味や飼っているペット」「お子さんの名前、歳、好きなこと」といった話題が自然と出てくるのです。

 

最後に ―― たくさんのメンバーを持ってきましたが、実は、マネジメントの方法に男性も女性もあまり関係ないとも考えています。基本的に、手加減もしません。ただ、どちらかといえば女性の方が人の気持ちに敏感です。上司という以前に1人の人間として適切に配慮し、尊重する。「この人は信じられる」と思ってもらうこと、信頼関係を作ることが大事だと学びました。

 

 

編集後記

メンバーのマネジメントに悩んでいた当時、

部署も全く違う沼山さんに何度か相談していました。

 

「上司とメンバーの関係に問題がある時、その原因は往々にして上司にある」

 

最初に言われたその言葉を、思いもよらない言葉に感じたのは、当時の自分の未熟さゆえ。

そして、何が問題で、具体的にどうすべきかアドバイスをいただきました。

その通りに行動を変えることで、問題は改善していったのです。

 

今回のインタビューで改めて気づかされました。

当時悩んでいたことの原因は、やはり私自身にあったということ。

変化の起点は、上司がつくる。他人を変える前に、自分が変わる。

その姿を見たら、メンバーもきっと変わってくれる。そう信じること。

私が沼山さんから学んだ行動規範です。

 

[取材・文/藤田 浩]

 


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「やりたいと思うことに、とにかく手を挙げ続けてきました。チャンスは巡ってくるものじゃない。自分の手で生み出すものだと思うんです」

 

この言葉が、取材の後もずっと私の心の中に残っています。

 

やりたいと思うことに対して、臆せずに手を挙げ続けること。“変化”を積極的に選んでいくこと。彼女の芯の強さに自分も近づきたいーーそう強く思いました。

 

お話を伺ったのは、エン・ジャパンのWebマーケターを務めている 入社7年目の福島さん。『仕事をお願いしやすい』という声や『福島さんがいるとパッと周りが明るくなる』『常に前向き』など、上司や同僚からの信頼はとても厚く、生き生きと輝き続けています。

 

今でこそ、「Webマーケター」という肩書きで活躍している彼女ですが、もともとはWebや広告とは無縁、「営業」がキャリアのスタート。営業からプロモーション部への異動という前例の少ないキャリアを自ら開拓し、2017年には"社長賞”(*)を受賞。

 

成果を出し続けることができるのはなぜなのか?積極的にチャレンジし、成長機会を自らの手でつくっていく、彼女のスタンスが見えてきました。

 

*社長賞...全社員の中から四半期で最も高い成果を残した人に与えられる賞

 

■成長のチャンスは、身近なところに転がっている

今の福島さんしか知らない私にとって、営業時代について伺った内容はとても意外なものでした。

 

「営業の頃、クライアントやチームから必要とされている感覚はありました。ただ、会社の中で替えのきかない存在かといわれると、そうではなく…。胸を張って自分は会社にとって必ず必要な人材だと言えないことに悔しさも感じていました」

 

このままではいけない。もっと、仕事にコミットしたい。でもどう変えたらいいのか、なにがしたいのかもよく分からない。漠然と仕事に対する停滞感を抱えたまま、入社3年目を迎えます。

 

転機は、自ら手を挙げたことからはじまりました。

 

「私がいた営業部ではプロモーション部とタッグを組んで、業界紙とアライアンスを組んだり、転職希望者向けのイベントを開催したりといった取り組みをしていたんです。たまたま実行委員のメンバーを有志で募集していて、最初はほんとに純粋な好奇心から手を挙げたんですよね。営業数字を上げるだけではない仕事のおもしろさを感じられそうだなって。実際やってみたらすごく楽しくて。プロモーションの仕事をやってみたいと思ったんです」

 

■「やりたい」だけでなく、「どうすれば貢献できるか」を考え抜く

3年目も半ばに差し掛かった頃。プロモーション部の社内公募の発表がありました。

 

「率直にチャンスだと思いました。絶対に逃したくない。やりたいとすぐに応募しました。やったこともないこと。本当にできるのか、もちろん不安はありました。ただやりたいという気持ちだけは強くあったんです」

 

そして、チャンスを掴むために行動していきます。実践したことはシンプル。自分がどう貢献できるのか、これまでの経験や考え方を徹底的に掘り下げていくことでした。

 

「社内公募の要件を見て、どういった人材が求められているのか。考え方や経験など、自分のどういった部分が組織に貢献できるのかをとにかく考えていきました」

 

■求められているのは、仕事を自らつくっていくこと

念願叶って、手にしたプロモーション部への異動。しかし、異動して数週間後、上司から問われます。

 

「福島さん、社内公募の面接で言っていた "自分がやりたいこと" 、今やってる?」

 

その言葉で福島さんは気づきます。これまでいかに受け身で仕事をしてきたかということ、そして組織として何が求められているか知ろうとしなかったこと。

 

「ここでは、できること、やりたいことを発信して仕事をつくっていくことが求められている。こういった意識がないとポジションがなくなっていく、評価してもらうことはできないんだと気づきました」

 

上司からの言葉をきっかけに、行動に起こしていきます。

 

「仕事をつくるために、知識を増やさなきゃいけない。上司に読むべき本を聞き、とにかく片っ端から読んでいく。わからない専門用語があれば調べる。それでもわからなければ、チームの人たちに教えてもらう」

 

さらには、目の前の業務だけではなく「事業への貢献」というミッションからブレイクダウンして、やるべきことを探し、実行していきました。

 

変わらなくてはいけない、変わりたいと思いながら、簡単には変われない人は多い。福島さんはどうして自分を変え、すぐに行動に起こしていくことができたのでしょうか。

 

「みんなが高い意識で仕事に取り組んでいる中、私だけできない、と言うのは絶対に嫌だと思ったんです。それぞれが強みを持って価値を発揮している。私もその中で必要とされる存在になりたいと思いました」

■いつかのやりたいことのために、自分を磨き続ける

そしてインタビューの終盤、伺うことができたのが組織の中で求められる自分になるために、武器を磨き続けることでした。

 

「社内でなにか一つでも1番頼られる存在になりたい。ある種その強みが組織での自分の価値になっていくと思っています。たとえば、私は「クリエイティブ全般」を強みにしようとおもいました」

 

どんな強みを身につけていくのか。福島さんの場合は、”自分の好き”を極めていくこと。

 

「もともとコピーライターになりたいと思っていたこともあり、広告のコピーや表現をつくったりクリエイティブを考えるのが好きで。プロモーションの仕事は常に最新の情報や競合情報が目まぐるしく変化します。他社の広告バナーの事例を収集し分析したり、広告クリエイティブの勉強会に参加したり、常にインプットを欠かさないようにしていました。自分の好きなことを突き詰めたら武器になる。次第に、広告のバナーをつくるなら福島さんだと、上司に一番に名前を挙げてもらえるようになりました」

 

そして、強みを増やし続ける。そのためにも、どんどん新しいことに積極的にチャレンジしている福島さん。最近では、社内のマネジメント業務にも挑戦しています。

 

「やる前から、できるかどうかは考えません。とにかくチャレンジしてみて、足りない知識やスキルは補っていけばいい。そうすることで向き不向きも分かりますし、経験にもなりますよね。」

 

この姿勢の裏側には、福島さんの仕事への考えがありました。

 

「やりたいことに、いつ出会うかわかりません。それは明日かもしれないし、何十年後かもしれない。ただ、そのときに力がなくてできないのは悔しいですよね。だからこそ、どんなことでも興味を持ってやってみる。好きなこと、面白そうなことはとりあえず勉強してみる。頭で考えすぎるよりも、やってみてから考えていったほうが経験は増えていくし、チカラになっていくと思っています」

 

インタビューの中で、とても印象的だったのが仕事について語る福島さんの笑顔。その笑顔の根源には、自ら行動し、切り拓いていったからこそ得られた仕事のおもしろさがあるのかもしれません。

 

[取材・文/越智 良知]

 

 


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こんにちは、WOMenらぼ編集部の杉田です。

 

人材紹介サービス部門(「エン エージェント」)のコピーライターとして入社して、3年目。目の前の仕事に全力を注いできましたが、年次が上がるにつれて、今後のキャリアについて考えることが増えました。

もちろん、マネジメントへの挑戦を考えることもあります。でもその一方で、「管理職って大変そう」「自分にできるのだろうか」というのも正直な気持ちです。

 

もしかしたら、私と同じようにマネジメントに対して「人の面倒を見てあげられるか不安」「挑戦するのには勇気がいる」と感じる方は、他にもたくさんいるのかもしれない。そこで今回はマネージャーとして活躍する相川さんにお話を伺ってみました。

 

 

「メンバーとして営業をしていた頃、毎月の目標はもちろん達成していたし、プレイヤーとして評価もいただいていました。でも同時に少し停滞感も感じていて。今思うと、自分で自分の成長をとめていたのかもしれません」

 

そう語ってくれたのは、入社8年目を迎えた相川真里和。人材紹介サービス部門(「エン エージェント」)でマネージャーを務める人物です。

「でも、避け続けてきたマネジメントにいざ足を踏み入れてみたら、どんどん視野が広がった。自分で自分に限界を作っていただけだったのかもしれないなぁ、と今では思うんです」

 

相川のキャリアを通じて、“停滞感を突破する方法” を探ります。

 

プレイヤー志向。「マネジメント」という選択が頭になかった

 

いわゆる “売れっ子営業” だった彼女。成果を出し、お客様企業に喜んでもらうことにやりがいを感じていた相川は、根っからのプレイヤー志向でした。

「営業の仕事は好きでした。お客さんも好き。不景気や部署異動を経験して、ある程度できるという自信もあった。でも、一種 “飽き” を感じるようになっていたのも事実です」

 

当時、入社2年目。物足りなさを感じ、刺激を外に求めて真剣に転職を考えた時期もあったそうです。

「でも結局現場が好きだったので “管理職になる、マネジメントに挑戦する” という選択肢はありませんでした」

そんな相川に、ついにリーダーの打診がされます。入社5年目、事業部の拡大に伴ないマネジメント層が必要になったのです。

「正直な所、最初は少し迷っていました」

しかし、リーダーになったことで、新しい仕事の面白さを知ることになります。

 

初めて持つチーム、ぶつかった壁


「マネジメントもなんとかなるだろう、って最初は思っていたんです。今まで、自分なりに工夫することで乗り越えてこられたから」。

リーダーとなりぶつかった壁。それが、人に教えることの難しさでした。

「いま自分が普通にできることも、メンバーにとっては難しかったり、進め方がわからなかったりする。過去に私もつまずいた部分だったりするから、アドバイスや指示はできるんです。でも、なかなかすぐに理解してもらえるわけではない。伝わらなくてはじめは悩みました」

しかし同時に、自分自身の伸びしろを感じるきっかけになったともいいます。



マネジメントとは何か、自分なりに考えた

 


「今までお世話になった上司とのやり取りを振り返りました。そうしたら私、人に管理されたり指示されたりするのが嫌だったと思い出して。きっとメンバーだって、管理されたいわけじゃない」

そこから、考えはじめます。

「私が指示するのではなく、メンバー一人ひとりが自分で目標を決められれば、自主的に行動できるようになるはず」

そこで彼女は、メンバーを知ることからはじめました。

「一人ひとりと話して“今後、どうしていきたい?” と問いました。仕事でもそれ以外のことでもなんでもいい、会社の中でどうこうというより、これからどう生きていきたいか、という部分まで聞いていきました」

その中で印象的だったのが、新卒入社のある女性メンバー。

「なりたい姿を聞いても、なかなか思い浮かばない。彼女も、過去の私と同じように、仕事に飽きを感じている頃でした。だから、新しいミッションを任せてみたんです。それが、チームリーダーの仕事。後輩に仕事を教えたり、メンバー全員で目標に向かえるよう旗振りをしてもらったり。自分の成果だけ見ていた頃と比べると、きっと最初は大変だったはずです」

しかし彼女の行動がメンバーの変化につながり、チームの成果となりました。半年で事業部の「チーム賞」を受賞するまでに、全員が成長したのです。

そうして次第に、相川なりのマネジメントの考え方も出来上がっていきます。

マネジメントって、管理することが目的じゃない。メンバーと一緒になって個人や組織の目標・理想を考えたり、叶えたりしていくのが役目。そのために最大限コミットするだけ。そう気づいたら楽しく思えてきたんです」

 

 

新しいことに挑戦して得た、仕事の面白さ

 

 

メンバーからリーダー、そしてマネージャーと役割が変わる中で、いくつも発見があったといいます。

時には、今までやったことがないことに飛び込んで視野を広げることも大事。それに、飽きや停滞感は自分次第で変えられる。そう気づけたのは大きかったです」

続けて、こう語ってくれました。

「マネジメントの経験って武器になるものだし、自分のキャリアを考えてもやった方がいい、そんな風に思うようになりました。もし昔の私のように悩んでいる人がいたら、一回経験してみればいいよと伝えたい。合うか合わないか考えるのは、やってみてからでも遅くないですし」

そして取材の最後、こんな話を聞くことができました。

「今まで自分の成果しか興味がなかったんですが、最近はメンバーの成長を見たり、目標を叶えて喜んでいる姿を見たりするのが一番嬉しい。それになんだか最近、自分が見たメンバーが私に似てきたんですよね。私がかつて言ったことを、後輩に話していたりする。“伝わってるな” と感じると、やってきて良かったなぁって思います」

プレイヤー志向だった相川が、マネジメントを経て得たもの ―― それは次の成長と、仕事を楽しむ術だったのかもしれません。

 


編集後記

 

インタビューでは、相川さんの「芯の強さ」に触れることができたように思います。相川さんはこれまで、女性の上司の下についたことがなかったそうです。つまり、お手本がない中での管理職へのチャレンジ。

それでも相川さんは、「出来上がったロールモデルには、特に興味がない。前例がないなら自分で作ればいいと思っています」と力強く語ってくださいました。

「かっこいい…。相川さんの部下になりたい」。そんな本来の趣旨とズレた思いを抱くとともに、「自分から行動を起こしていこう」「マネジメントにもチャレンジしてみよう」と、勇気をもらえた取材でした。ありがとうございました!

[取材・文/杉田 洋平]


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こんにちは、WOMenらぼ編集部の藤本です。
 
エン・ジャパンに入社して3年目。仕事にも少しずつ慣れてきた一方で、ちょっとした焦りを覚えることがあります。

このまま今の仕事を続けていて、どこでも活躍できる人として成長できるのだろうか、ということ。そんな漠然とした不安を抱きはじめた頃、周りを見渡して目に留まったのが、私の上司、大友さんの存在です。

彼女はコピーライターとしてキャリアをスタートし、入社8年目にはマネージャーとしてメンバーの活躍を支援。そして、入社11年目に制作ディレクターへと職種を転換。現在は関東拠点の求人広告の制作部隊を束ねるマネージャーを務めています。

社内外からは”名指して”仕事の依頼が舞い込んでくる大友さん。職種が変わっても、成果を出し続ける彼女の姿に、私は憧れを抱いていました。

彼女の「強さ」の源を知りたい。私も少しでも近づきたい。

そう思い立って、お話を伺う機会をいただきました。



■「最低限の仕事ができる」止まりの新人時代
 

マネージャーとして目覚しい活躍をしている大友さん。しかし、入社した1~3年目の頃、目立った実績を出せずに悩んでいた時期がありました。

 


「もともと飲み込みが早いタイプで、入社当初から同期の中では早く独り立ちして仕事をこなすことができていたんです。当時は、『最低限のことがしっかりできる』というのが私の強みだったんですよね。ただ、誰しも年次を重ねていくなかで最低限のことはできるようになる。いつのまにか同期は社内で表彰される存在になっていて、私は全然受賞できませんでした」

 


実績を出せない焦り。同時に、仕事の「慣れ」から生まれる停滞感があったといいます。

 


「求人原稿は書けるけど、どの案件も変わり映えしない同じ内容になってしまって。いま考えると、広告に対する知識不足や見識の狭さが原因なんですけど、当時はどうしたらいいのか分かりませんでした。仕事の質を上げられてない自分がすごく情けなかったし、変わらなきゃいけないなって思っていました」

 

 

■ 「肩書き」を取っ払えば、もっと価値を発揮できる

 

大友さんに転機が訪れたのは、入社4年目の夏。本社・東京から、横浜の拠点への異動です。本社と比べて小規模の拠点。部署の垣根を越えて連携し、柔軟に対応していくことが求められます。

 


「異動前、本社にいたとき、『コピーライター』は社内にいて広告を書くことが仕事だと思っていました。『営業』、『コピーライター』、『ディレクター』と、それぞれ役割も明確に決まっていて、正直営業さんやディレクターさんがどんな仕事をしているのか、頭で分かっているようで、全然理解していなかったんですよね。コピーライターは、「待ち」のスタイルの仕事だとばかり思い込んでいました。


でも、拠点ではすぐ近くに営業やディレクターがいて、それぞれが日々どんな仕事をしているのかがよく見えた。職種関係なく、お客さんのために何ができるかを相談しあったり、自分の意見を伝えたりする機会も多い環境でした」

 


そんな中、彼女が見出したのは、「肩書きにとらわれない」ことの価値。

 


「良い原稿をつくるためにできることは、『書く』以外にもたくさんある。そう気づけたことはとても大きかったですね。ルーキーの営業に泣きつかれて、商談に一緒に同行することもありましたし、実際に採用活動に困っているお客さんとお話して、求人広告について知見を伝えることで感謝されたこともありました。


そうしたら見えてきたのは、『書く』ことがコピーライターの目的ではなくて、本当に大事なのは企業の課題解決に貢献すること。どうやったら採用活動を成功させられるかを、職種の垣根を越えて考えていく。コピーライターが価値を発揮できる場所ってこんなにもたくさんあるんだと、身をもって感じました」
 

 

「コピーライター」という肩書に捕われることなく、「自分にできること」を軸に、どんな仕事にもチャレンジしていった大友さん。その成果は社内広告賞の受賞、そして社内外から「大友さんにお願いしたい」と指名で仕事の依頼が集まるようになっていきました。



■「職種」や「肩書き」はなんでもいい


そして、入社11年目を迎えた今年の春。大友さんは、コピーライターからディレクターへと職種を転換。異なる職種へのチャレンジに、不安はなかったのでしょうか?


「10年間同じ組織に所属していたので、異なる組織に移ることには不安がありました。ただ、『企業の課題解決』という観点で見れば、仕事の目的はどの職種でも大差ないと思ったんです。コピーライターもディレクターも一緒。それに、肩書きを超えて生み出せる価値があることを拠点での仕事を通して実感していたし、これまで培ったコピーライターとしての経験を生かしてディレクターに教えられることもきっとあるはず。決断に迷いはなかったです」


企業の課題解決に貢献するというミッションは、メンバーにも受け継がれている。


「どんな仕事であっても、『課題解決』につながっていると思っています。なにが課題なのか、その要因はなにか?そのスキルを身に着けていくことが、どこの会社であっても活躍できる人になっていくはず」


最後に伺えたのは、今後の目標について。


「”自分のなりたい姿”に近づいていくメンバーを増やしたいです。マネージャーとして、そのためのステップを細分化して、着実に進んでいけるよういろんなチャレンジの機会をつくりたいですね。ディレクターが原稿を書いてみたり、コピーライターが取材に行ってみたりしてもいい。ときには、売り上げをつくるために営業にチャレンジすることだって、自分のキャリアにつながるかもしれない。

 

組織のみんなが『やってみたいこと』にチャレンジできる環境を整えていきたいですね。そして何より、自分で幅を決めるのではなく、いろんな仕事に挑戦して自分の可能性を広げていってほしい。会社とか職種にこだわらず、「個人の名前で勝負できる」メンバーを増やしていきたいです」

 



編集後記

パワフルな笑顔で私たちと接してくれる大友さん。ちょっとした悩み事はもちろん、夢や目標にも真摯に向き合ってくれる、尊敬する上司です。
 
大友さんのお話をお伺いして、「成長したい!」と思いながらも、最低限の仕事をこなすだけで満足していた自分に気づきました。
 
インタビュー中、大友さんはこのようにおっしゃっていたのがとても印象的でした。
 
「ただ行動するだけだと成長実感もないし、仕事がイヤになってしまう。だから、自分がいま何をどれくらいできるのかを把握して、自分がなりたい姿を実現するためには、何をしたらできるのか、ワンステップずつ決めることが大事。それができたかできないかを見極めて、着実に進んでいこう。闇雲に焦っても意味ないからね!」

夢はある。でもただ目の前のタスクをこなすだけだから、結果的に成長実感が得られず、焦ってしまう人もいる。そんな中で、枠をこえて「自分にできること」に挑戦できるのが大友さんの「強さ」の源だと思いました。
 
[取材・文 藤本 稀恵]


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若さやかわいさだけを武器にしていると、27歳くらいで賞味期限が切れるわよ

 

ズバリそう答えるのは、女性活躍推進の講演・ワークショップなどを多数手がけるプロノバ代表の岡島悦子さん。エン・ジャパンの女性社員向け講演会に参加していた当時入社2年目の私は、核心を突く言葉にハッとすると同時に、「早い段階ではっきり言ってもらえて良かった」と心底思いました。

 

 

いずれ出産を望むならば、勝負はそれまでに決まると思ったほうが良い。”また戻ってきてほしい”と思われる人材になっているかどうかが重要だから。そのために必要なのは、会社や上司との信頼貯金を積み重ねること

 

 

この視点を得てから、「信頼貯金」を意識して仕事をしてきたつもりですが、まだまだだな...と思うこともしばしば。


でも、私の周りには、まさにこれを体現している女性社員がいます。


入社6年目、27歳の仲野。「賞味期限切れ」とは程遠い、活躍中のエース営業。2013年に入社し、派遣会社を支援する部署で「大手派遣会社」の支援を担うチームリーダーを任されています。

 

<Profile>2013年入社、新卒事業部へ配属。2013年度4Qに、入社1年未満の活躍社員に贈られる「新人賞」を受賞。新卒事業の撤退とともに派遣会社の支援を行う部署へ異動。約1年間中小企業の担当をした後、大手企業を担当するグループへ異動。2017年度4Q、全社員の中からシンボリックな成果を出した社員が選出される「社長賞」を受賞。

 

■若さだけでは、社長の役には立てない


―仲野さんはずっと、私にとって「活躍している憧れの先輩」という印象でした。やっぱり1年目の頃から優秀だったんですか?

 

いえいえ、全然そんなことはありませんでした。むしろ全く自信がなくて。入社したとき、「自分は劣っている」って思ったんです。同期たちは皆、積極的に発言したり、教養があったりして、すごく優秀に見えた。

私はスポーツ推薦で大学に入っているから、勉強が全然できなくて。下のクラスの下の評価でなんとか単位をもらう、みたいなレベル。スタート地点が違いすぎるから、人以上に努力をしないと「普通」の土台に上がれない。そう思って、自分が頑張ればできることは全部やろう、と心に決めてやってきました。

 



-具体的にはどんなことを?



日経新聞や社長のブログは毎日必ずチェックしていました。インプットした情報はノートに貼って、そこに自分の意見をまとめていく。ただインプットするだけじゃなくて、「で、何が言いたいの?」を必ずアウトプットするようにしていました。このノートは商談にも持っていって、「他社ではこういう取り組みをしたら効果が出たそうですよ」と社長に伝えて、実際の営業トークに活かしていました。

当時は新卒採用のコンサルティングをする部署にいたから、社長商談が多かったんです。自分の若さなんて、クライアントにとっては何の価値もない。「こんな新人が社長に何を提供できるんだろう?」と怖くて仕方がなかった。基本的に自分に自信がないから、何かしらの事例や、信憑性のある話だったら信頼してもらえるんじゃないか。そう考えて、世の中の社長って何に悩んでいるんだろう?どんな情報があれば役に立てるんだろう?とひたすら知恵を絞ろうと決めていました。

 

■「仲野さんみたいな新人を採用したい」

 

 


-自信がないからこそ、コツコツ努力していたんですね。その努力が実ったと感じたのはどのようなときですか?


「仲野さんみたいに一生懸命考えてくれる新人って、どうやったら採用できるの?」って言ってもらえたときです。1年目の3月、最後に発注をくれた社長からの一言でした。頑張ってきたことが評価してもらえたんだと実感できて、もう本当にうれしかったですね。

実はその頃、新卒事業の撤退が決まっていました。数ヶ月後にはなくなると分かっている商品でどう価値を提供するのか、ひたすら考え続ける日々でした。



-なくなる商品を売るって、とても難しいことですよね。どんな風に考え、行動したのでしょうか。


商品を売るんじゃなくて、お客さんの課題解決をすればいいんだ、と考えたんです。「この商品を使うこと」ではなく、「新卒採用をすること」がクライアントにとっていかに良い影響をもたらすか、という提案をしました。

最後に発注をくれた社長は、元々新卒採用をやっていなかったのですが、私の提案を受けて始めてくれました。たとえ商品がなくなるとしても、採用ターゲットの設定の仕方や選考方法などのノウハウは伝えられる。残せる価値を提供することで、発注いただくことができたんです。

結果的に事業部内で1番の成績を残し、新人賞(*)を受賞しました。

*…入社1年未満で、シンボリックな活躍をした社員に贈られる賞。

 

■"変われない自分"でいたくない


自分に自信がない。社長との商談は怖い。でも、その怖さから逃げずに向き合って地道なインプットとアウトプットを続けた仲野。そんな努力が、成果や信頼に繋がっていきました。

新人時代に培った「コツコツ取り組む姿勢」は、その後のキャリアにおいても力を発揮することになります。

 

 


―仲野さんは、あらゆることにマニアックですよね。たとえば、”応募が集まりやすい原稿の書き方”とか。

 

そうですね。原稿の書き方はすごく研究しました。

大手の派遣会社は、数百件、数千件という単位で求人情報を掲載しています。その原稿一つひとつをどれだけ適切な形で届けられるか。そこにこだわることで、より多くのユーザーが、希望にかなう仕事と出会うことができる。そう気づいたのがきっかけでした。



―原稿一つひとつにこだわる。具体的に、どのように取り組んだのでしょう?


ユーザーを知ること、寄り添うことを大切にしました。

たとえば、未経験の仕事にチャレンジしようとしている人ってすごく不安だと思うんです。いくら求人に「未経験OK」と書かれていても、本当にそうなのかな?自分には難しいのではないか?と思い、応募をためらってしまう。そんなユーザーの背中を押すような原稿が書けないか。どういう言葉で伝えたら、チャレンジしてみようと思ってもらえるのか。それをひたすら考えました。

ユーザーの気持ちを知るために、社内の派遣社員の方に原稿を見てもらい、細かい言葉選びについてアドバイスをもらったり。社外の人と会ったときには、仕事について詳しく教えてもらって職種理解を深めたり。

そうやって得た情報を、求人原稿に活かす。その積み重ねで、適切な形でお仕事を届けられるようになり、派遣会社からの評価も上がっていきました。


-どうしてそんなに努力し続けられるんですか?


基本的に、やっぱり怖いんです。ずっと同じ環境で仕事ができる世の中ではないと思っていて。環境が変化したときに、適応できないことが一番怖い。

適応できる自分でいるためには、今の環境で全力で頑張ること。そして、身につけた考え方やスキルを別の環境でも発揮できるように、その都度ないがしろにしないで整理しておくことが大事だと思っているんです。だから、一瞬一瞬を頑張る癖を、頑張ってつけている、という感じですね。



編集後記

いつも全力で、仕事に真摯に向き合っている仲野さん。社内外からの信頼は厚く、個人的にも尊敬している先輩です。

今回のインタビューを通じて、根底には「怖さ」「自信のなさ」があったということを初めて知りました。自信がないと、理由をつくって逃げてしまう人もいる。でも、逃げずに真正面から取り組むことができるのが、仲野さんの強みなのだろうなと感じました。

最後に、インタビュー後に仲野さんからもらったメールをご紹介します。

「臆病な性格は変えられないけれど、”怖いからできない”じゃなくて、”怖いけど、努力したらできるかもしれない。やってみたい”と思える人になれたらカッコイイし、もっと人生が充実するだろうなと思って取り組んでいます。自分で自分の可能性を閉ざすのは、もったいないから」

 

[取材・文 塩冶 恵子]

 


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「じつは、一度本気で会社を辞めようとしたことがあるんです」。──そう語ったのは、エン・ジャパンで営業を務める水野亜美。2008年に新卒でエン・ジャパンに入社し、現在は派遣会社の募集支援を行なう部署で「関西エリアの営業責任者」を任されている女性です。

名古屋拠点でキャリアをスタートさせ、5年目でチームリーダー、10年目で営業責任者と順調にキャリアを築いてきた彼女。10年間で名古屋・東京・大阪の主要マーケット全てを経験し、今や事業の柱とも言える存在として活躍しています。

『どんな話でも、最後までしっかり聞いて受け止めてくれる』という声から、『クシャッとした笑顔が癒やされる』『たまにお財布を忘れたりするところも可愛い』なんて声まで、後輩からの信頼もばつぐん。そんな、一見順風満帆に見える彼女なだけに、「本気で会社を辞めようとしたことがある」という言葉はあまりにも意外でした。

周囲を惹きつけるその天真爛漫な笑顔が曇ってしまうほど、彼女を悩ませたもの。それは、一生懸命な人ほど陥りやすい苦しみでした。そしてなぜ、彼女はそこから這い上がることができたのでしょう。

10年前、「辞めたい」と言った水野に、上司がかけたある言葉。「何かやりたいことがあるの?」。──そのひと言こそ、彼女が「目的意識」の大切さに気づくきっかけだったのです。


<Profile>
2008年新卒入社(名古屋拠点配属)。派遣会社の支援を行なう部署で4年間営業を経験し、その後東京本社へ異動。同部署で5年間チームリーダーを務めたのち、2017年5月から大阪拠点へ。同年秋には営業責任者に抜擢され、派遣会社支援事業における関西エリアのビジョン設定、営業戦略の立案などを任されている。

 

|「頑張ること」が、目的になっていた

水野がエン・ジャパンに入社したのは、2008年のこと。それは、リーマン・ショックが起こった年です。企業の採用意欲が一気に冷え込み、エン・ジャパンが提供する「採用支援サービス」が受け入れられなくなってしまった時期でした。

企業に電話をかけては、「採用活動なんてできない」と断られる日々。そんな状況にも必死にくらいつき何とか目標数字を達成していた水野ですが、先の見えない不安と恐怖に、「つらい」「もう頑張れない」と思うばかりだったといいます。

「周りを見れば、辞めていく先輩がいたり、苦しむ同期がいたり。社内全体にマイナスの雰囲気が流れていましたね」と、当時の苦い感情を思い出しながら語る水野。

「私自身も、日々の業務でいっぱいいっぱいで…。“これがイヤだ”という明確なものがあったわけではないけれど、とにかく、ここから逃げたかった」

そして、何とか1年を乗り越えた2年目の春。社内で希望退職の募集が出たタイミングで、彼女はついに、上司に退職の意思を伝えました。
 

その選択に、「目的」はあるか



「辞めさせてください」

辞職の意思を固め、意を決して思いを伝えた水野。しかし、上司が首を縦に振ることはありませんでした。

自身の営業活動やメンバーの育成で忙しいはずなのに、業務の合間をぬって何度も何度も面談の時間を作ってくれた上司。とがめるでも突き放すでもなく、「辞めてほしくない」という想いをストレートに伝えてくれたといいます。

「何かやりたいことがあるの?」

上司のその言葉に、彼女はふと考えました。

「私は、何のために会社を辞めるんだろう」。その答えは、何度考えても出てきません。

しかし、反対に「何のために続けるのか」と考えたとき。頭には、いくつかの解が浮かびました。そこで初めて、彼女は気づいたのです。「辞める」という選択は、追い込まれていた自分の「目的のない逃げ」だったことを。
 

一生懸命さは、時に人を盲目にさせる

とにかく目の前のことに必死だった1年目。小さい頃から「やるからには成果を出したい」と考えるタイプだったその一生懸命さが、かえって彼女を苦しめていたのでしょう。

その頑張りを一番近くで見ていた上司は、もしかすると分かっていたのかもしれません。彼女の中で、“目的“よりも「頑張る」という行為が大きくなってしまっていたことを。

「期待に応えなきゃ」「必死にやらなきゃ」という焦りが、すべての行動を“やらされている”というマイナス感情にかえてしまったのです。目の前のことに必死になるほど、目的を見失ってしまう。上司の引き止めを受けて、彼女はそのことに気づいたのでした。

 

|いつしか軸になった、「何のために」



「もう少し頑張ってみよう」。

上司との面談を通して冷静さを取り戻した彼女は、再びスタートを切りました。
彼女の中で、変わったことが一つ。それは、どんな業務もまず「目的」から考えるようになったこと。何のために、1日○件電話をかけるのか。何のために、このミーティングがあるのか。

「“何のために“に目を向けるようになったことで、今までつらいとしか思っていなかった業務にも、全て意味があると思えた」と語る彼女。物事の表層だけを見るのではなく「目的」から理解することで、つらい状況の中でも今度は道を見失うことなく進めたのです。

そしてもう一つ、彼女を支えていたもの。それは、自分を引き止めてくれた上司の存在。自分を信じ、最後まで諦めずに引き止めてくれた上司のためにも、逃げてはいけない。いつしか、彼女の「頑張る目的」になっていました。

たとえ周りから見たら些細なことでも、本人にとっては、何より大きな原動力。誰かのために。そんな「頑張る目的」があれば、人は何倍も大きな力を出せるのかもしれません。
 

強くなれたのは、クライアントがいたから

2年目の12月。大型案件の受注に成功したことをきっかけに長いスランプ期を抜け出した水野は、その後3年目、4年目と、どんどん成功体験を積んでいくこととなります。

彼女が何より大切にしていたのは、「達成にこだわること」と、「どんなときでも“クライアントのためになる仕事”をすること」でした。

営業として、数字に対する意識は強く持つ。しかし、絶対にクライアントを置き去りにしてはいけない。「どうしたら喜んでもらえるか」「どんな提案ならその企業の課題を解決できるのか」を考えられて初めて、成果がついてくる。その考えこそが、彼女の圧倒的強さだったのです。

そういった姿勢が評価され、5年目の春には東京本社へ異動。5年間にわたり東京でチームリーダーを勤め上げた彼女は、いつしか派遣会社支援事業部を支える存在になっていました。

「達成にこだわる」という姿勢だけでも、高い成績を残すことはできたかもしれません。しかし、それではきっと、彼女はどこかで「満足」や「飽き」を感じてしまったでしょう。

「達成」に天井はあるけれど、「クライアントのために」にはゴールも正解もない。「何のために」という考えは、気づけば彼女の10年という長い営業キャリアの基盤となっていたのです。

 

|社会をより良くしていくために

2018年6月。水野はいま、大阪の地で事業部のビジョンやミッション設定、営業戦略の立案にチャレンジしています。「責任者になってつまづいたことはありますか?」と聞いてみると、「つまづくことだらけですよ」と、笑いながら教えてくれました。

「今のポジションは、仕事を生み出して人を動かしていく存在です。今まで“期待に応えるため”に成果にこだわってきた私にとって、“自分がどうしたいのか“を考えるのはすごく難しいことでした」。

チームリーダーよりさらに上のポジションを任され、再び始まった奮闘の日々。しかし、彼女はもう、乗り越えていく術を知っています。「何のために」を、見失わないことです。

私は“何のために”事業の責任者を務めるのだろう。そう考えたとき、水野の頭には一つの「やりたいこと」が浮かびました。それは、「より多くの企業・求職者が、派遣業界にプラスのイメージを抱ける社会」を作ること。

「派遣で働きたいと思う求職者と、派遣で人を雇用したいと言う企業が少しでも増えるように。ただ業績を上げるために働くのではなく、派遣業界全体を変えるような仕事がしたい」。そう、力強く語る水野でした。



より良い社会をつくるために。それは、入社当初の彼女からしたら想像もできなかった「目的」でしょう。しかし、「何のために」と向き合い続けることで、彼女はうんと大きな「やりたいこと」に出会ったのです。

『水野さんはいつも、“それは求職者にとってどうなのか”、“クライアントにとってどうなのか“という言い方をします。どんな場面でも、目先の利益ではなく“社会にとって良いこと”を選ぶ人なんです』。これは、水野のもとで働くメンバーがあるとき語ってくれた言葉です。

迷ったり、つまずいたりしたら、何度でも「目的」に立ち返ろう。そうすることで、やるべきことが見えてくるはずだから──。彼女は今日も、そう唱え続けるのでした。



「明確にやりたいことがあったり、目的が全く見えなかったりしたら、別の道に進んだって良いと思う。でも少しでも頑張る理由が見えるなら、もうひと踏ん張りしてみるのもいいんじゃないかな?」

取材の最後に、彼女はそう教えてくれました。「何のために」だって、難しく考えすぎる必要はない。そう思ったら、肩の力がすっと抜けていく気がしました。
 

 

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[取材・文]長谷川 純菜