Chapter _ 3-1 事件の手がかり

「ここがイェビンの家だ……事故が起きた場所でもある。」

 

私は何も答えず、ただ黙って建物を見上げた。
外観は年季が入り、外壁は赤いレンガ造り。昔ながらのワンルームといった佇まいだった。

 

「中へ入ろう。」

 

先輩に続いて建物の入り口を通り抜けると、1階には101〜110号室までの部屋がびっしり並んでいた。
私たちは被害者の部屋である109号室へ向かって廊下を奥へと歩いていった。

 

ドアの前に立つと、会長が静かにノブを回した。
「カチャリ」
鍵は掛かっておらず、ドアロックも形だけで作動していなかった。

 

無言のまま、私たちは一歩ずつ玄関を踏みしめ部屋へ入った。
初めて目にした現場の様子は、想像以上に当時のまま残されていた。
違う点といえば、床を覆っていた水と、そこに横たわっていた遺体がないことだけ。
それ以外は事件写真とほぼ同じ配置だった。

 

部屋に足を踏み入れたところで、先輩が口を開いた。

 

「ここがイェビンの部屋だ。見ての通り、掃除はまったくしていない……。建物そのものが母さんの所有だから、現場をそのまま保存できたんだ。」

 

会長の家族の話を聞いても、私はあまり驚かなかった。
昨夜、チャンヨン先輩から聞かされた内容が頭に残っていたからだ。

 

——会長の父親は地方警察庁の庁長。
——母親は有名な実業家。

 

だからこそ、事件資料まで手に入れることができたのだろう。

 

「そうですか……」

 

短く返事をし、私は先輩とともに部屋をゆっくり見回した。

 

内部には、記録にあったような争った形跡は一切なく、
玄関のこじ開けられた痕跡もなかった。

 

私は被害者が倒れていたベッド、踏み台に使ったとされる椅子、
水が出しっぱなしだった浴室など、順に確認していった。

 

そして――
この“普通に見える部屋”の中で、どうしても引っかかる点が四つあった。


① 冬なのに、開いたままの浴室ドアと止められた排水口

冬場にボイラーを入れていたこと自体は自然だ。
だが——
なぜ浴室の扉が開け放たれ、水を出したままにし、排水口まで塞いでいたのか。
そこがまず不可解だった。


② 椅子の位置がおかしい

自ら椅子を踏み台にして首を吊ったのなら、
椅子は倒れた拍子に遺体の真下か、その近くにあるはず。
だが実際には、被害者の位置から明らかに遠く離れていた。


③ 血液から検出された睡眠薬

会長に確認したところ、イェビン先輩は常用している睡眠薬がないという。
しかし解剖結果では、睡眠薬成分とアルコールが同時に検出されていた。

 

——誰かに飲まされたのか。
——それとも自分で飲んだのか。
その点が大きな謎として残った。


④ 遺書の内容が不自然

もし素面で書いた遺書なら、
家族・友人・恋人への謝罪や感謝の一つもあっていい。
しかし残された遺書には、自分を責める文章ばかりが並び、
感情の偏りが極端だった。

 

——酒を飲んだ状態で書いた可能性が最も高い、
と私は感じた。


「会長、イェビン先輩って……お酒、強かったんですか?」

 

私の問いに、会長は少しの間も置かず淡々と答えた。

 

「いや。イェビンは酒に弱い。飲んでもすぐ眠ってしまう。
ましてや遺書を書いて、そのまま死ぬなんて……あり得ない。
だからこそ、俺は“自殺”じゃなく“他殺”だと確信している。」

 

そう言うと、会長は再び静かに部屋を見回し、
新たな手がかりを探し始めた。

 

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