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今日の労働判例

【日産自動車(管理監督者性)事件】

横浜地裁H31.3.26判決(労判1208.46

 

 この事案は、執務中に脳幹出血で死亡した従業員の遺族(妻X)が、会社Yに対し、管理監督者という名目で支払われなかった残業代の支払いなどを求めたものです。裁判所は、管理監督者性を否定し、残業代などの支払いを命じました。

 

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、管理監督者性を判断する枠組みとして、①経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働者を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているか、を挙げています。①は「経営との一体性」、②は「人事権」、③は「処遇」、と言えるでしょう。

 この判断枠組みに関し、1つの見方は、どこまで高い地位の従業員か、という見方です。従業員の中でも特に上位の者は、経営にも近いし、権限もあるし、という、下から上に向かうベクトルがイメージできます。そして、この見方は、中間管理職を広く管理監督者と位置付けてしまった日本の人事の発想です。ここまで権限が委譲されていれば、という発想だからです。

 けれども、近時の裁判例や行政の動向は、管理監督者性を厳しく吟味します。

 そこでは、2つ目の見方が採用されているように思われます。

 それは、使う側と使われる側のどちらか、という見方です。組織運営のために、管理職者にも相当の人事権などが委譲されますが、その権限の種類や大きさが重要なのではなく、すなわち従業員の中で多少上位にあるとしても、経営が決めたことを遂行するだけであれば、しょせん「使われる側」です。すなわち、会社を動かす決定に関わっているか、責任を負っているか、という、上から下に向かうベクトルをイメージすべきです。

 すなわち、使う側は、単に有する権限と責任が重いだけでなく、会社という大きな船の方向を決め、実際に操舵している立場にある、ということです。

 このように見ると、上記①~③は並列ではなく、①が最も重要(操舵室で船全体の方向性判断に影響を与えている)であり、②(中間管理職者は多かれ少なかれ人事権が委譲されている)や、③(経営に関与しなくても、専門家であれば高給取りになり得る)は、副次的な判断要素です。

 結局、色々な裁判所が、色々な判断枠組みを示して、苦労しながら管理監督者の認定を行っていますが、そこでは、「使う側」「使われる側」という仕分けが行われている、と見ることが可能なのです。

 

2.あてはめ

 裁判所は、従業員が②③に該当するが、①に該当しないと認定しました。重要な会議にほとんど参加せず、参加しても何の権限もないからです。

 このことからも、①が特に重要で、②③は補充的副次的な判断要素である、ということが理解できます。

 

3.実務上のポイント

 バブル期、「スタッフ職」も管理監督者に該当する、という行政解釈が示され、全国の大手企業の管理職が軒並み管理監督者扱いされる運用が定着しました。これは、経営に関わる仕事をしている、というだけの理由であって、②③には該当しません。①についても、自分は決定せず、情報提供や意見を言うだけで、言うなれば、操舵室の各種計器の役割りと言えるでしょう。

 けれども、「スタッフ職」は管理監督者であるといわれることは少なくなりました。いわゆるホワイトカラーエグゼンプションの問題であり、残業時間の管理対象外とすべき理由も、経営との一体性ではなく、残業時間による業務管理に向いていない、という業務の性質に着目し、それに適合したルールで管理すべきだからです。

 管理監督者の認定がどんどん厳しくなっていますが、これはバブル期に弛緩してしまった運用を元に戻す動きであり、健全な状態に戻す健全な動きです。人件費の増加や労務管理の負担の増加など、会社にとって楽ではありませんが、働き方改革への対応と合わせて対策できる問題でもあります。従業員の健康的で創造的な活動のために、ゆとりある職場環境を作り出す一環として、管理職者の残業代支給基準や運用を見直すべき時期が来た、と考えるべきです。

 

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、

毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

その中から、毎週、特に気になる判例について、コメントします。