先日の記事、

奪われるという思考があなたを貧しくする

の記事に、次のような

コメントが付きました。

ちょっと長いですが読んでみて

くださいね。

 

 

と言いますのは、

そういう経験をしている人、

そしてしたことがある人には

ちょっと立ち止まって考えてみる

チャンスになるかもです。

 

 


『人のために与えられる人間でありたい。』
つい最近まで私もそう思ってきました。
ですが、何故なのでしょう。
与えれば与えるほど 周りに

搾取されているような気になってしまい

 気分が悪くなり、今は与えるのが

嫌になってしまいました。


例えば、私は税や社会保障関係の知識が

多少あるのですが、周りから

『教えて!』『確定申告やって!』

など次から次へと言われてしまい、

はじめこそは与える精神で

やっていましたが、これは違うな

と思うようになりました。

会社員なので 知識はあるけれど

お金を頂いて仕事として

やっていないので、

無償で引き受けていましたが
この知識も資格を取得したり 

勉強したり、時間もお金も

かかっているのです。

物にしても、缶コーヒー1本から

始まり ちょっとしたプレゼントや

お裾分けなどやってきましたが、
(この時期我が家ではタケノコが取れます)
『ちょうだい ちょうだい!』と

一方的に言われるようになり、

所謂 たかられるようになりました。

一部の人ではありますが。


何かを間違えている・・。


はじめは自分の心が狭いのか?

と思いましたが どうも

そうではない気がしています。
与えられる人間になりたいけど、

搾取される人にはなりたくない。

今後 自分が気分良く上手に人に

与えられるようになるには

どうしたらいいのか?
これが私の課題となりそうです。

 

 

====

 

ここから回答です。

ご質問者様、心狭くないですよ。

与える精神は、与えたい!と

心から思って見返りなく与えるもの。

 

 

「ちょうだい、ちょうだい!」

と言われて、自分の意志を無視して、

与えて喜べるものでは

ありませんから。

 

 

自分のスキルを、その人のために

使ってあげたい、という心からの

気持ちがあるなら、やって

あげれるかもしれませんが、

それを当たり前のように、

「やって、やって」と言われたら、

なかなか快くよくは引受け

られないものです。

 

 

ま、関係性にもよりますが。

 

 

一回無償やってあげたから

次も期待して近づいてきたら

やってあげたかったら、

見返りなくやってあげる。

 

 

負担なら「ごめん、忙しくて無理」

とはっきり断ることです。

 

 

たぶん、断りづらくて、

断っていないか、断っても来るなら、

そういう関係性はいらないと思えば、

その人には近寄らないことです。

 

 

クレクレと人から搾取ばかり

しようとする関係性って

いるかな・・・

 

 

質問者さんのスキルは

タダで得たものではないですし、

時間も人生の一部で、

貴重なものだからです。

 

 

質問者さんとは状況が少し

違うかも知れませんが、

私は若き頃、利用されたことが

何度もありました。

 

 

質問者様同様、良かれと思って

親切でやってきたのに、

何度も何度もお願いされるようになり

疲弊しました。

 

 

そして、自分で自分を与えながらも、

相手に対して影では

「ほんと、図々しいんだから!」

と思うようにもなり、そんなふうに

思う自分を心が狭いとか

もっと寛容でなきゃ、なども

思ったことがあるのですが

あるとき気付きました。

 

 

自分が断らないから、

相手は頼んでもいい、と

思っているんだ、

 

 

・・・ということに。

つまり、自己責任だな、と

わかったのです。

 

 

一回親切を差し伸べて、

二回目もお願いされたら、

嫌だったら断ればいいだけでした。

 

 

いい顔をして、

嫌われたくないので、

引き受けていましたが、

それは相手にとっても

失礼なことだということを

知るのはずいぶん後のことでした。

 

 

質問者様は、ご友人に

親切でタケノコをあげて、

相手が喜ぶ顔を見て

嬉しかったと思います。

その時、与える喜びを

味わったかも知れません。

 

 

しかし、二回目はその人から

「またタケノコちょうだい」と

言われたときに「え?図々しい」

と思ったでしょうか?

あげたくないのにあげたでしょうか?

 

 

あげたくないときは、

あげなくてもいいです。

 

 

あげたくないのに、

言われるがままに

あげてしまいますと、

自分の気持ちに嘘をついて

あげることになり

気分が良いものではありません。

 

 

なので、このケースはたぶん、

質問者さまが断る、という

テーマなのかな、と感じました。

 

 

それができるようになりますと、

クレクレ星人は、質問者様には

近づいて来ないことでしょう。

 

 

与える精神は、

心から見返りなく与えたい、

と思った時にするもの。

 

 

そして、図々しくも

搾取しようと寄ってくる人々を

許さない確固とした気持ちも

必要かもしれません。

 

 

「搾取されてもいいよ~」

というのが心が広いか?

親切な行為なのか?と言ったら、

私は違うと思います。

 

 

相手に搾取させてしまうことで

被る害悪を、相手に許してしまう

ことになりますので、

そういうことはできるだけ

させないほうが親切かな、

と思います。

 

 

たとえば、貸したお金を

友人が返さなかったとします。

 

 

最初から、返さなくてもいい、

あげる、つもりで貸したのなら

いいですが、そうではない

貸し借りなどの場合、

貸し逃げさせた場合、

その負のエネルギーは

違う形で相手を襲います。

 

 

お金はエネルギーなのでね。

出したエネルギーと同等、

または、それ以上のエネルギーを

何らかの形で被ることになりますから。

 

 

因果応報とはそういうこと。

ですから、相手のためにも

返してもらうようにする。

 

 

ですから、すべて許すだけが

愛や親切ではないと言えます。

と言っても、これは私自身の

価値観ですが。

 

 

私もこういう仕事をしていますと、

タダで何かをしてくれ、という

人々がいます。

 

 

過去には

「セミナー代タダにして!」から、

「教えてください」系、

「自分のセミナー紹介して」系、

 

 

色んな人がいますが、

嫌なら断る、やりたいならやる、

ただシンプルにこれだけです。

 

 

タケノコは、あげたい人に、

または困っている人、

助けたい人、つまり

あなたが心から与えたい、と

思った人に与えることで

お互いの間で良いエネルギーが

行き交うものです。

 

 

状況が詳しくわかりませんので、

もし的はずれな回答を

していましたら、どうか

お許しくださいね。

 

 

ということで、コメントには

すべて目を通していまして、

時々このように質問みたいなことや

とても重要なコメントが

入ることがありますので、時々、

勝手ながら取り上げさせてもらいます。

 

 

何か質問がある方は、

コメント欄に書きますと、

運が良ければ、記事にてお返事

いたしますので、気兼ねなく

コメント欄をつかってくださいね。

 

 

また、辛いことがあったとき、

誰にも打ち明けられない、

という場合もどうぞコメント欄

使ってください。私が読んでいます。

ということでここまです。

 

 

5月号のカオラボは、

明日、4月30日配信です。

今回はとても大切な自分の

意識のコントロールの仕方に

ついてです。お楽しみに。