ところで「うぶすなの家」についての説明がまだでした。
うぶすなの家まで、私と息子、若い女性がひとりを十日町駅西口で拾って、
集落のお母さん(と公式の文書やサイトにもあったのでお母さんで行くことにする)が案内してくれたのですが、
関西のやわらかな言葉の女性三人組がすでに奥に座っていて、
一人できた女性はお母さんの隣の助手席へ。
雪の壁の高さは予想していたとおりでしたが、
きちっと除雪されていて、乾いているアスファルト道路は予想外でした。
山道を登って行く途中で電波が途切れ、お母さんからこのあたりも中越地震で崩れたところで、
などと教えてもらって、うぶすなの家が中越地震で崩れた古民家を再生したものだということを、
この時知りました。古民家再生プロジェクトのひとつだとは知っていたのですが…。
いくつかのサイトの情報をまとめてみました。
「2004年の新潟県中越地震により半壊した越後中門造りの茅葺き民家(1924年築)を、2006年 「うぶすなの家」 (大地の芸術祭 作品)として再生、誕生させた。
1階には、日本を代表する陶芸家たちが手掛けたいろり、かまど、洗面台、風呂、そして地元の食材を使った料理を陶芸家の器で提供するレストラン。
2階は3つの茶室から成るやきものの展示空間。
温もりのあるやきものと茅葺民家、集落の女衆たちの溌剌とした笑顔とおしゃべりが人気を集めている。」
陶芸家たちの作品についてはまたべつにして、
では雛人形のつづきです。
一階も二階もその上の天井までが重なり合ったような不思議な空間で待っていたのは、
それぞれが物語を語り出しそうな個性の際立つお雛様たち。
こちらは二階へ向かう途中の低い梁と床の間にあったのですが、
お母さんの天井が低いから気をつけてという意味はお雛様に気を取られて頭をぶつけないようにということだったか…でもおかげでそそっかしい私が一度も頭をぶつけませんでした。
このお雛様はお顔まで布で作られています。
貝のような形に布を重ねて折っていますね。
男雛の顔の皺と女雛のすんなりした顔のちがいに、
表情が見える気もします。
傍の五人囃子ではなく、三人の稚児が愛らしい。
反対の側には石に描かれたおかめのようなお姫様。
もしかしたら、対の男雛は最初からないやもめ雛?
もとはそれぞれの組があった(と思われる)お雛様がこうして同じ場所にいると、
また新しい物語を聞かせてくれそうです。
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