菅原は、泉さん、山本さん、白田さんとともに、準決勝に進むことになった。
これは絶対番狂わせだったんだと思うわけだ。
というのも。
放映はされなかったんだが、準決勝前に、選手たちがお互いのライバルと
バチバチという絵を撮ることになったのであった。
菅原は泉さんとともに、バリ式エステ。例の、花びらがびっしり浮かんだ
香いのいいバスにつかって、エステ。ぜったいギャル曽根が勝ち残ることを
イメージしてたに違いないよ、と、ひがむ菅原。でも絶対そうでしょう。
違うとは言わせないよ。
ともあれ、エステ。
どっひゃーーーー。
菅原は肩こりのしない体質の人間にありがちな、
くすぐったがりである。いやだなあー。
水着も持ってきていないことであるし、菅原は脚のマッサージだけに
してもらった。いい匂いのするアロマオイルで足裏も丹念にマッサージして
くれている。
泉さんは同じ部屋で、ベッドにうつぶせになって、全身マッサージを
受けていた。中村有志さんは、頭に花の飾りまでつけて、花風呂に浸かっている。
あー、極楽極楽。
なんだが、撮影のためのエステなんわけで。ライバルバチバチのシーンを撮らないとね。
菅原が
「だって、さっきの豚バラ串で、最後は追いつかれたけど、白田さん以外
みる必要もなかったって言うか」
とガンを飛ばせば、
「虫がなにか言ってますねえ」
と、泉さんが凄む。
二人とも、期待されるとそれ以上のことを言ってしまうところが似ていた。
リラックスタイムのはずが、全然豚バラの脂は消化できない
感じであった。とほほ。胃のツボでもマッサージしてほしかったよ。
この撮影の後、少しだけ選手がコーヒーを飲みながら話す時間が持てたのだが、
白田さんと山本さんは、プールで泳いだり、インタビューを交互に受けたりして、
「すっかり体力消耗しちゃったよー」
と笑っていた。この二組の撮影は、結局遣われなかった…だったら、
もう少し休ませてくれた方がありがたかったです。でもまあ、ただで
足裏マッサージを受けられたのはラッキーでしたが。
曽根さんと実桜ちゃんは、たしか、この日の夕ごはん前のフリータイムに
エステに行ったんである。もちろん、自分たちのお小遣いで。
やっぱり、勝つとそれなりの厚遇が待っている大食い王なのであった。
さて。
菅原がなにげなくコーヒーを飲もうとすると、
「菅原さん、それブラックだよ」
と、男性3人があわてて止めたんである。
フェミニストの3人は、女性は砂糖とミルクをいれたコーヒーを
好むものだと思っていたようだった。
いや、だから豚バラの脂がまだ胃のまわりに
べっちゃりと残っているから、消化の助けにならないかなーと思って。
そう言うと、それならいいけど、と3人はブラック・アイスコーヒーを
飲むのだった。菅原も飲むのであった。
「全然お腹空いてないんですけど」
菅原がぼやいた。ぼやいたというより、訴えてみた。
「白田さん、お願いですからあと2時間遅くしてもらえないですか」
菅原は白田さんなら、なんでもできると思っていたんである。
ところが、
「菅原さん、僕にはそんな力はないんですよ」
であった。そうだったのか。長年番組に貢献してきた白田さんが、
「準決勝、遅くしてください」と言えば、すぐにそうなるかと思っていたが、
それは考え違いだった。
考えてみると、菅原はけっこう厚かましいことを
言っていた気がするが、勝負の前に人は足掻けるだけ足掻くので、これも
ありだと思います。足掻いて、足掻いて、どこかに光を見出したいわけだ。
コーヒーを飲みほしたところで、菅原と男性3人は、次なる舞台へと
案内された。
ホテルのスイートルームであった。しかも、パティオにプライベートプールがある。
すげー贅沢。贅沢の極みだ。も、もしかして、今日勝った人は、またホテルが
グレードアップするわけでしょうか。このスイートに泊まれるの?
とか馬鹿な夢をみている菅原だった。
プールの前に出た菅原たちの前に、プリプリの海老のかぶりものをした
赤阪尊子さんが現れた。海老バックでぴょんぴょん後に跳ぶ。上手い。
後で聞いたら、中村有志さんに海老の動きを教わったそうだ。どんなことにも
手を抜かない伝説の女王・赤阪さん。すてきだ。
「食材は海老カツだあ!」
…と、テレビを見ていたみなさんの耳にも、男性3人の耳にもしっかり聞こえた
らしいんですが。
この時、菅原の耳だけが「海老カツ丼」と聞いていた。
どんな耳なんだ。
油ものが苦手でご飯なら負ける気がしない菅原の最後の砦、ご飯もの。
泉さんに勝てるとしたら、米しかない!
その気持ちが悲しい幻聴をもたらしたのであろうか。
「あー、また油ものかあ。でも、海老カツ丼だもんね。
ご飯ならなんとか…」
と、カラ元気を出す菅原に、男性3人が確実に一メートルくらい後退した。
赤阪さんの海老ダンスが憑依したかのような、後退ぶりだった。
信じられないものを見るような眼をした3人だったが、代表として白田さんが冷静に
云った。
「菅原さん、海老カツ丼じゃないです。海老カツです」
「ぎょええええええええーーーーー」
菅原の落胆は凄まじく、そのあと、一人トイレに入ったものの、鍵をかけ忘れる
という体たらくであった。うっかりドアをあけた泉さんを見ても、なんら
リアクションできない菅原であった。魂の抜け殻状態である。
油だ油だ準決勝、油だ油だ大食い王 あーたろうかあたろうよー。
油にあたりそうで、菅原はやる前から気が重かったんである。
会場まで、ばらけて歩く。それとも、一人になりたくて、ぶらぶら
していたんだろうか。そのあたりは記憶がおぼろだが、
とぼとぼ歩いていると、向こうからお世話係に降格となった曽根さんが
忙しそうにハッピで走ってきた。なにかを取りにいくところらしい。
「あー、曽根さんに代わって欲しいよ」
「何いってんの!頑張ってよ!」
「だって油だよ油。頑張りようがないよー」
ぼやきつつ、曽根さんに代わってもらえる作戦は無理だと思う菅原であった。
同時に、海老カツ、豚バラ串の順番だったら、たぶん、自分はいま
ここにいないと思ってもいた。それは一面、当たっていたかもしれない。
菅原の油ものに対する苦手意識は、
この頃信じられないほど強烈だった…
陽の傾いた砂浜に、舞台が用意されていた。
白い布をはったテーブル。隣の山本さんは、白いタオルをターバンのように
巻いていた。単に暑いからだが、どこか「月の沙漠」の王子のようだ。
菅原の耳に、あのうら哀しい「月の沙漠」のメロディーが流れてきた。
(あーあ。人は負けると分かっていても戦わなければならない時がある。
それは分かってるけど~)。
テーブルの上に並べられた皿。丸っこい海老カツが三個のっている。みるからに、
油をよーく吸っていそうな感じだ。ソースは甘辛酸っぱいものが一種類だけ。
今回は頼みのつなのレモンもない。完全な菅原殺し油地獄の世界である。
と。
「これ、手でもって食べてもいいですか?」
白田さんだった。
「箸で食べてたら、とてもじゃないけどやりにくいと思うんですよね」
ディレクターは躊躇していたが、他の選手にも意見を聞こうとして、、
「みんなは?」
と問うと、皆一斉に、首を縦に振った。菅原はだれよりも激しく首を振った。
全員手づかみで行くぞ!
白田さんがチームのキャプテンで、いま号令をかけた。
そんな錯覚に陥りそうだった。本気だと思った。
ずっと爪を隠してきた白田さんの本気が見られるのだと。
菅原は、瞬間、すべての弱気も迷いもふっきれた。
負けるもんか!全力で戦ってやる!
「いただきます!」
久々にお届けした「三宅智子さんと私」。いかがでしたでしょうか。
近日中に、続きを書きたいと思っている所存でございます。よろしく
お願いします。