蔵馬「貴方の美しさを根本的に自覚するとしたら、
君はどうする…?」
飛影「お前はお前らしくあっても、お前らしくあってはいけない、そういうことだ」
「お前は『死』にすら値しない…」
残酷めいた蔵馬の言葉は、鋭い牙を剥いた獣そのものだった。
白い靄からその正体を現した戸愚呂は、薄気味の悪い植物、邪念樹の中に抱き込まれるような形で自身を喪失していた。
何故だァァ、何故死なない??
ブッ殺してやる
ブッ殺してやる
ブッ殺してやる
心の奥底から淀んだ狂気が全身を震撼させている。
まだ熱の籠もった血肉の感触が好きだった。
それが時間の経過ごとに、ただの肉片と化する様をこの手で実感できる。
この手が、このオレが、目の前のコイツの命を今まさに奪ったのだ。
皮膚が裂け、大動脈が破裂し、体温を保つ全ての器官が鼓動を含めて青ざめ、一瞬硬直する。
次の瞬間の、自分はもう助からないと悟ったときの、あの表情以上にそそるものなど、ありはしない。
生きている、という実感から、生きていた、そして死にゆくまでの変化を辿る。
それを見届けるのは快感以外の何物でもない。
それが…何故??
蔵馬…、こんなにも滅茶苦茶な生命体を持っていたのか?
美しいと崇め立てられた顔は今では潰れ、エメラルドを刻み込んだような瞳の光も奪われた。
それでも唇が笑みを称えている。
臓器も滅茶苦茶に飛び散り、固まりかけた血液で目も当てられない状況になっているというのに、それでも立ち上がろうとする。
何度攻撃を与えても、何度蔵馬の体を打ち抜いても、こちらの手が止むと、一息ついては起き上がる。
それはどんなに傷口の状態が絶望的でも、だ。
今度は…、今度は…、その脚をズタズタに引き裂いてやろう…。
そうだ。
何故、そんな単純なことに気付かなかった?
前進する脚がまだ健在だから、こちらに近づいてくるだけだ。
正常な思考がマヒしているな。
これじゃまるで…。
オレが手に掛けてきた雑魚妖怪共と同じレベルじゃないか。
惑わされるな。
奴は不死身ではない。不死身の体など、存在しない。
ふー、ふー、と呼吸が荒くなり、尋常ではないほど心拍数が上がっていくのを感じる。
「キエエエエッッ」
手刀が鋭い鎌のように変形し、ぐにゃりと曲がり伸びる腕が狙いをつけて蔵馬の脚に切り込んだ。
骨まで断ち切った…か…?
この感触は…。
戸愚呂はクツクツと笑い始めた。
歩みを進めようとして一歩前に踏み出される、その片方の脚はもう上部だけだ。
蔵馬はその一歩を踏み出して見事に体勢を崩した。
ほぉぉ~れ…、もう動けまい…。
『やれやれ…』
蔵馬は初めてそこで溜め息をつくと、まるで靴を履くように切り落とされた足首の部分に切り離された自らの脚を乗せた。
「は…はははっっ。何をしている? お前のそれには接着剤でもついてるのか?」
『…追いかけっこをするのは飽きたか? それなら、ひと思いに殺してやるよ』
「その、よく喋る口も切り落としてやろうか? 蔵馬…」
蔵馬はそれを聞くと笑い始めた。
戸愚呂は、それを挑戦的な意思表示と取り、怒りで唇を噛み締めた。
くぉんの~…、バカにするのも大概にしろよ。
目にもの見せてやる。
どこのツラ下げてそんな発言ができる??
ふざけるな
ふざけるな
ふざけるな
戸愚呂は蔵馬が履き直した足首を蹴り飛ばし、そのまま前に倒れ込んでくる状態を見計らって、右腕と左腕をほぼ同時に斬り落とした。
自然と口元が緩む。
これだ。
この快感だ…。
オレが求めてやまないものだ。
だるまに近い状態になった蔵馬はいよいよその肢体を支える手だても失い、更に戸愚呂の懐へ前のめり状態で飛び込んでくる。
ヒャハハハハハハアア~~~…
これでジ・エンドだぜ。
全て終わりにしてやる。今、ラクにしてやるぜ~。
せいぜい死んでから霊界の奴らと仲良くするんだな…。
腹部を突き貫くために変形した鋭い釘の先端状態を体の表面から浮き彫り出させている戸愚呂に、審判が下された。
やわらかな蔵馬の髪からそれ以上に長く鋭い刃が何本も伸び、戸愚呂に倒れ込む重力を借りて先に突き貫いたのだった。
「ぐ…あっ…、貴…様……!!」
蔵馬の頭が戸愚呂の少し手前で制止している。
既に斬り落とされていた腕が、倒れた状態の戸愚呂に向かって伸ばされたかと思うと、その先が複数以上の蔓に変化した。
「うぅ…、うわっ!! 何をするつもりだ…?」
顔が潰れているために表情が読み取れない。
その腕が反動をつけて、体勢を崩したままの戸愚呂に撃ち込まれた。
ぎゃあああああああああっっ
「あ…、あぁぁ~…、や、やめてくれ~…。オレが悪かった…」
戸愚呂の腹部の側面から背部にかけて、先ほどのにゅるにゅると自由に不気味にひしめく蔦が突き貫いている。
それは少し間を置くと、蔵馬の腕に変化し、もう片方の腕が同様に反対方向から戸愚呂を突き貫いた。
黒く酷い悪臭を漂わせる血液が、派手な飛沫を上げて飛び散った。
まるで戸愚呂を抱き込むような形になった蔵馬は、そのまま自分の中に引き込むように更に手前に引き寄せた。
「はっ…、よ、よせええええええええええええええ!!!」
戸愚呂の胸骨全面に向かって蔵馬の頭が傾いてくる。
それが戸愚呂の体の表面に触れると、そこが溶けるように融合していき、その沈み加減で背部へと蔵馬の再生した顔ができてくると背中に透過するように向こう側に向かって突き出された。
オレの血肉を媒介にして再生しやがった…。
だが、オレには体内のどこかに無限に再生する臓器を持っている…!
こんな奴にオレがやられるはずもない…!!!
『……まるで、重油のような血液だな…。…命を繋ぐとは言え、…あまりいい気持ちしないな』
蔵馬は完全に再生した腕の感覚を確かめ、顔の側に持ってきた指先を見遣った。
「うぐぐ…、おのれ…」
蔵馬にかっさらわれた体の体積を失ったボロボロの状態で戸愚呂は再生を待った。
『もう…、お前とのお喋りには飽きたんだ…。静かにエサになっててくれるか?』
「は…、バカな…。ま、待てよ」
『お前の一部がオレの中にも入っている。……とりあえず脳の言語を司る部分だけは確実に破壊する…。それ以外に気に食わないところがあれば、それも破壊する…』
「ま、待て…!! この場でオレを生かせば…」
蔵馬は薔薇棘鞭刃を振り落とした。
バ…カな……、俺が…くたばる…だと…?
だが…、それも、もう…良かろう…
くひひひ…
薄暗い闇の根底で、邪念樹が相変わらず戸愚呂を抱き込んだまま養分を吸い続け、ゆらゆらと不気味に蠢いている。
首から上部分だけになり、放心状態になった戸愚呂をぬいぐるみのように抱きかかえた蔵馬が口を開いた。
『底の見えない泥沼の上にも、…慈悲深い蓮の花が咲いていることを…いつか知れたらいい…』
耳元で囁かれる声はもう聞こえないー…。
蔵馬「貴方の美しさを根本的に自覚するとしたら、
君はどうする…?」
飛影「お前はお前らしくあっても、お前らしくあってはいけない、そういうことだ」
