国指定特別史跡/熊本城

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日本三名城のひとつ熊本城は、名将加藤清正が幾多の実戦の経験を生かし、慶長6年(1601年)から7年の歳月と心血を注いで築城したものです。


大小天守閣をはじめ、櫓(やぐら)49、櫓門18、城門29を数え、城郭の広さは約98ha(東京ドーム21個分)、周囲約5.3kmにも及ぶ豪壮雄大な構えで、清正流石垣と呼ばれる優美な石垣と、自然の地形を巧みに利用した高度な築城技術で知られています。




☆頬当御門(ほほあてごもん)


天守閣へ向かう正面入口です。

入園料 おとな 500円、こども(小中学生) 200円


☆入園券


☆優美にして堅牢な石垣


熊本城は明治になって建物が次々と取り壊され、西南戦争では貴重な天守閣や本丸御殿までも燃えてしまいましたが、石垣はほとんどが残りました。熊本城の最大の特徴はなんと言ってもこの石垣です。優美にして堅牢な石垣は「清正流」と呼ばれ江戸時代から名を馳せていました。


☆斜め後方から見た天守閣


☆正面から見た天守閣


○天守閣炎上

西南戦争薩軍総攻撃の3日前、明治10年(1877年)2月19日午前11時ごろ御天守御廊下付近から出火し、天守閣と本丸御殿一帯が全焼しました。原因は台所からの「失火説」、薩軍の「放火説」、鎮台自ら火をつけたとする「自焼説」がありますが、時代遅れの天守閣を焼き、兵に籠城を覚悟させるため、司令長官の谷干城(たにたてき)が命じ、参謀の児玉源太郎が火をつけたという説が現在では有力になりつつあります。


現在の天守閣は昭和35年(1960年)に、総工費1億8,000万円をかけて鉄筋コンクリートで外観復元されたものです。


☆天守閣入口


☆天守閣内部は鉄筋コンクリート造です


☆最上階の展望所


☆展望所からの眺望


☆展望所からの眺望


☆出口へ通じる通路


☆天守閣出口


宇土櫓(うとやぐら)


熊本城内に建設当時から残る唯一の多層櫓。地上5階地下1階、他の城郭では優に天守に匹敵する大きさです。往時の熊本城にはこのような5階や3階建ての櫓が林立し、まさに難攻不落の巨大要塞でありました。


☆宇土櫓の説明板


トリップアドバイザーがサイト上に過去1年間に投稿された口コミを元に、「行ってよかった!日本の城ランキング2015」を発表しました。本年で3回目の発表となるトリップアドバイザーの城ランキングによりますと、「熊本城」が3年連続で1位を獲得し、圧倒的な人気を証明しました。参考までに2位は松本城、3位は姫路城です。


天守閣の見学を終え、頬当御門から城外に出て振り返ってみますと、改めて熊本城のスケールの大きさ・広さに圧倒させられました。熊本城だけでなく、熊本市内の商店街や繁華街も活気にあふれ、旅人にもう一度訪れてみたいと思わせてくれる、とても魅力に満ちた街でした。