ブログネタ:やめたいのに、やめられないものは? 参加中


異例の厳戒態勢で行われた長野市の聖火リレー。野口選手も北島選手も北京五輪代表で、アテネ五輪に続く連覇が懸かる。日本のエースでもある2人が「もしや」の危険も抱えながら走った。それ自体、異常な状況だった。
 今年3月、中国チベット自治区ラサで大規模な暴動が起き、中国当局がこれを鎮圧。人権問題に敏感な欧米諸国が反発し、各国首脳の北京五輪開会式ボイコット論にも波及したが、聖火リレーはそうした勢力にとって、示威行為の格好の標的となった。
ギリシャ・オリンピアでの採火式で、活動家が妨害行為を働いたのが始まり。その後、ロンドン、パリでエスカレートした。サンフランシスコでは安全確保のため、市当局が突如コースを全面変更。混乱は避けられたが、沿道の市民には何も知らされなかった。

聖火リレーのニュースが流れる度に違和感を感じるのは私だけでしょうか?確かに古くは戦前のベルリン大会でヒトラーが国威発揚に利用して以来、「政治とは無縁の民族の祭典」とは名ばかりの話題には事欠かないのがオリンピックであることは確かです。そもそも誘致合戦で各都市が多大な金を投じていたりすることから、違和感を覚えます。
今回のチベット騒動に端を発した一連の騒ぎは、中国の秘密主義とチベット支持グループの過激なデモンストレーションに問題ありと思っています。どちらも聖火リレーを利用して世論にアピールしたいとしか思えない行動です。「国境なき記者団」の考えも理解できません。本来中立公正でなくてはならないマスコミ人が、こういう主張をすることが正しいことでしょうか。

「やめたいのにやめられないこと」私の事ではなく、IOC国際オリンピック委員会がそう思っていることは、ズバリ今回の聖火リレーではないでしょうか。