寝る寝るねーる

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さて元旦から遂に休みになった私は一応、元旦だけ正月らしき料理を作り、子供達と人生ゲームなど正月らしき事をし、2日の昼は恒例のたこ焼きを作り、洗い物をし始めたあたりから目の痙攣が一揆に来た。
眼鏡をかけても視界が震える為、これはアカン・・・と思い、子供らがゲームをやっているのを見ているつもりが、そのまま寝てしまった。

起きたら夕方の5時過ぎで、外は暗闇になってしまっていた。
その日の夜も再び私は8時過ぎに寝てしまい、起きたのは翌朝7時半であった。
さすがにそれだけ寝たので、翌日の目の痙攣は治まった。
やはり自覚無き疲れなのだろうか・・

それでも3日は朝から頭痛がしていたので、今日も出かけず家でダラダラ。
こんな時間も年に1度。
地獄の学校送迎も無し、お稽古事も無し、この6日間の休みはゆっくり体を休めるよう店長からのご褒美かと思い、ダラダラ過ごす事にした。

そんな今日、義母から夫に電話が入った。
夫と子供は30日から、私は25日以来家族で義母を訪れていなかった為、ご立腹である事は承知していたが、私も自分の時間に陶酔中である。
義母は夫に「クリスマスの飾りを片付けに来て」と頼んだようで、夫は1人で出かけて行った。
会いたい口実か本当に片付けて欲しいのかは分からない。
自分ではしない人であるから、片付けて欲しいだけなのかも知れないが・・

帰宅した夫が落ちていた。
「どないしたん?」と私。
「お母さんが・・また落ちてんねん・・気持ちが・・寂しいて・・死にたい位寂しいて・・怒鳴って言われた」と夫。
「お母さんの言う通りに動いても、お母さんの孤独は埋められへん。それは夫を亡くした悲しみで、それを私らが埋める事は出来へん」と私は言った。
「そうやねん、どうしょうも無いねん」と夫は言った。

この会話で私は目の痙攣を再び発症、そして例年通り義母を訪れなければならない、行ってやらなければ可哀想、もっと一緒に時間を過ごしてやらねばならない、寂しいのだからアノ人は・・という暗示にかかってしまいそうになるのである。
しかし、私は耐えた。
ほんなら私の母親はどうなる。
もう13年も我が娘と正月を過ごせない。
30日まで息子や孫に囲まれ過ごし、片付けてくれる息子までいる。
これだけ時間を割いても怒鳴って孤独を訴える義母。
今年もまたこれか・・と苦笑いの私である。

孤独に打ち勝つ事が、義母に残された人間修行なのだと思いながらも、自分が歳を取った時、せめて我が子に「私は孤独なんだ」と怒鳴らぬババアにならねばと、義母を見ていてそう学ぶ。
今年も学びの1年になりそうである。
今日も痙攣が酷いので早よ寝る。
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