これこそが由来

クリスマスプレゼントを買い求める客でピークに混み始めたショッピングセンター(ショッピングセンターと言うのもどうなのか・・といつも書きながら思う1本道だけの買い物ストリート)。
私はまだ義母へのクリスマスプレゼントを買っていない。
物の多い義母には消費物を買うようにしている私は、いつもチョコレートとキャンドル、ハンドクリームと何か・・そんな使い切り出来るものを買う。

客商売をしていて何であるが、人はクリスマスにどれだけ金と時間を使うのかと年末いつもそう思う。
だから月初に入る給料はほぼプレゼントで消える。
学校の先生や習い事の先生、ほんのちょっとの気持ちを買うが、数が多いので出費も多い。

そんな中、うちの村では互いの庭で獲れた林檎で作ったジャムやイチジクの砂糖煮の瓶詰したものなど、手作りのものをおすそ分けして配る習慣がある。
また、趣味でリースを作る隣の奥さんからは、いつもミニサイズのリースを頂く。
牛牧場経営の友人からは、ある年はチーズであったりバターであったり食べ物が届けられる。
「クリスマスに誰もが食べ物にありつけますように」それが本来のクリスマスプレゼントの意味なのだと友人が教えてくれた。
宗教に関係なく、1年の終わりに食べ物にありつける。
その習慣が素晴らしいと思う。

そんな中、オーストラリアに住む嫁(私の夫の兄嫁)はクリスマスにハーレーダビッドソンと体重80キロを遂に切ったのでティファニーの指輪を希望し手に入れる予定だと自信のフェイスブックに書いていた。
全身刺青を入れたのは、ハーレーダビッドソンに恰好良く乗る為だったらしいが、今年遂に首から下全ての身体に墨が入ったので、今月から美容外科で若返り術を受け始めた嫁。
いま嫁は「切らない若返り術」を受けたばかりで、顔中、四角い型と針穴だらけの顔で客の髪を切っている。

「食べ物にありつける有難さ」・・・そんな由来も知らぬであろう。
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