ハロウィンが無事に終了。
結局、義母宅には誰も来なかった。
翌日からはクリスマス戦略開始である。
この時期は会社が膨大な金額のノルマを課してくる。
12月までにどれだけお金を落としてもらうか、そこが勝負である。
うちの店舗は店員がクリスマスにちなんだ恥ずかしいデザインのセーターを着るくらいで基本、クリスマスらしい飾りはしない。
いつも思うが、私がイギリスで見たどの百貨店の飾り付けよりも、大阪の阪急デパートのクリスマス時期の飾りが一番気合いが入っている気がする。
私は今年から恥ずかしいデザインのセーターを職場の売り場で着るのをやめた。
イギリスに住み、住めば住むほどに矛盾を見出したからである。
よくよく考えてみれば、キリストの誕生日など私にとって普通の日なのに、皆に合わせてセーターを着るのも変だと気が付いた。
そもそも自分の中に全くクリスマスを待ち遠しいと思っていない事はイギリスに来た時から明確で、それは会いたくもない夫の兄弟家族と義父母の間に流れる変な空気を苦痛に感じながらも、クリスマスだからとその場に行かねばならない絶対感を最初に感じたから、私がクリスマスを苦痛以外の何物でもないと感じるようになったかもしれないが、しかし私はクリスマスを待ちわびてはいないのである。
しかしながら矛盾しているが、会社のクリスマスパーティーには参加する。これは私の中で忘年会的に捉えているから行くのだと思う。やはり酒を酌み交わせば不思議と関係は深まる。
私はイギリスに来て酒の交流が大人社会において、いかに大事かを知った。
だから共に食べて飲み、歌って踊ってハッチャケたら、翌日からチームワークの結束が強くなる。
悲しいかな同僚とは距離が近くなるのに、何度クリスマスを共に過ごしても、義兄と嫁とは距離が縮まらない。
いつわりの作り笑顔で過ごすクリスマスだからだろうか…
クリスマスの謎である。