私の指金

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ある日の事。
私が夫に「日本の地方で閉鎖してしまった畜産農家で後継者の募集を受け付けているらしい」と言った事からそれは始まった。
後継者がいない畜産農家などが閉鎖されたまま放置され、それを再建すべく研修制度も付いた移住プランを支援してくれる地方がある。
私の第二の故郷、宮崎県にもそんな支援プランが実施されている。
何気に言ったそれが夫に引っかかった。
「それ、外国人の僕でも受け入れてくれるんやろか・・。仕事を覚えるのは早いけど、問題は言葉の壁。それでも大丈夫なら永住する事を真剣に考えようと思う」と言った。

私は耳を疑った。
いやいやいや・・畜産農家やで、大変やで、未経験やで、40過ぎてんねんで。
夫は「本気で調べて欲しい」と言い出した。

私は「あんた・・お母さんどないすんのよ?骨拾うんやろ?」と聞いた。
夫は「そんな約束してない」と言った。
「親孝行の為13年前に戻って来たけど、もう十分やったと思う。もう自分と家族の為に今後を考えても罰は当たらんと思う」と言った。
急な展開・・
そして翌日、何も決まっていないのに夫は義母に「もしかしたら来年にでも日本に移住するかも知れん。死に目に会われへんかも知れん」と言いに行った。

義母はそれからふさぎ込んでいる。
私に会っても目を合わせてくれない。
私の指金と思われたか・・それともショックか・・・どちらもであろう。

数日して義母は夫に言った。
「いいわ日本に帰りなさい。私は妹夫婦の近くに越す」と言った。
「あの子達なら私を孤独にさせない。面倒も見てくれるし、連れ出してくれる」と何かを決意したように言った。

夫や私だって仕事を持ちながら、その合間に何とか義母の孤独を埋めようと頑張って来た。
義父が亡くなってからの5年半、出来る限り全てのお出かけと旅行、週末や週1には義母に付き合って来た。
義母優先で時間を割いても結局、義母の孤独は埋められず義母は満足しない。
夫が何故、その話に「行く」と言ったのか本音は言わないが、もしかしたら無限の義母の孤独と不満をもうこれ以上埋めて行く事に限界を感じていたのかも知れないと思った。

実現するか否かは勿論未定。
子供の学校の事、言葉の事が最も大きな問題であるから。
しかしながら義母を看取らねばならない、それが私達夫婦の役目であり運命であると日本が恋しい気持ちを押し殺して来た私にとって、予想外の夫の反応に驚いた冬の初めである。
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