違い

今年もクリスマスパーティの時期が近付いて来た。
職場のパーティは来月末である。
最近は行って楽しいと思えるほど英語力が付いたか、イギリス人のハシャギっぷりに慣れたかパーティ慣れして来たか…いづれかであろう…。
先日、18歳の若いバイトとパーティに誰が来るのか話していた時の事。
彼女が「ベッキーは来ない。あの子は何にも来ない。飲み会にも来ないし高校の時から付き合いが悪く浮いていた」と言った。
ベッキーとは私が唯一この職場において仕事が真面目だと認めている学生バイトの女の子で、エホバの証人を信仰している。
だから当然、クリスマスパーティには来ない。
私はちょうど良い機会だと思い、「私も仏教徒やから、ホンマはクリスマス祝わへんねんで。ただ私の信仰があるようで無いから、クリスマスパーティはご飯を食べに、飲みに行く感覚で行ってんねん。別にキリストの誕生を祝うみたいなのは全く無くて、私の場合はクリスマスに関連した曲を聴いても良いし、何というか、クリスマスはあくまで普通の日やけど嫁に来た先の家庭がクリスマスの日に皆んな集まるからご飯を食べに行く的な感覚」と言ってみた。
そこに、ベッキーが来た。
バイトの女の子は「じゃあ12月25日はあなたにとって何の日?」と私に聞いたので、「日本にいた時はケンタッキーフライドチキンを食べる日で、イギリスに来てからは義母ん家にご飯を食べに行き、意味のわからんジョークを聞かされ終わる日」と答えた。
バイトの女の子は笑った。
私がそう言ったからか、ベッキーも笑いながら「そうそう。ただの休日」と笑った。
バイトの女の子は仏教徒とエホバの証人を目の前にし、目をキラキラさせながら「お酒は飲んで良いのか?」「彼氏は作って良いのか?」など質問ぜめにして来た。
なぜクリスマスを祝わないのか、これを祝うのが当然の人からすると祝わない人は変人、変わり者に見えるのだろう。
しかし、それは他宗教をよく知らないからであって、知れば「そういう事なのか」となる。
だからうちの子も私によく聞く「お母さんは誰を信じているの?」の答えに対して「お母さんはお母さんの経験で学んだ事実と自分の強さを信じている」の意味が分からないのだと思うが、違いを知れば受け入れるのも抵抗がないのでは無いかと思う。
しかしながら、ベッキーは信仰が強いから質問の答えにブレが無いが、私の適当仏教徒ほどエエ加減なものは無いなと実感した。
キリストを信じて無いのにパーティに行く…私は変な人に間違いない。