箸を選ばず/無駄についてのお話 | フォト短歌Amebaブログ

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お盆が過ぎ、岩手県南は少しずつ朝晩の涼しさが増し、次第に秋めいてきた。
秋と言えば収穫の秋、そして読書の秋とくれば当然・・の秋。
そんなことで、久方ぶりに北上市の農家レストラン「さん食亭」に顔を出した。入店前はそれほどお腹は減ってはいなかったが、バイキングスタイルについつい。
新鮮な野菜をふんだんにチョイス、マーボー豆腐や肉団子、唐揚げなどなど。漬物はズッキーニが絶品だった。
カレー単体でも勿論美味しいが、ご覧のスクランブルエッグをカレーにトッピングすることで、コクの有る味わい深いエッグカレーに大変身。
実に美味しく頂きました。本当にご馳走様でした。

他にも、デザートやドリンクも豊富にあるが、本日はこれのみに。それでも999円、千円札でお釣りがくるなんて幸せ幸せ! 
本当にご馳走様でした。

農家レストラン「さん食亭」
〒024-0043
住所:岩手県北上市立花1地割43-4
電話:0197-61-3911
http://ameblo.jp/cokeme/entry-10672521147.html


フォト短歌Amebaブログ-フォト短歌「箸を選ばず」



<無駄についてのお話>
「そんなの無駄遣いだ」「時間を無駄にするな」「無駄金だ」などなど、無駄という言葉は至極あたり前のようにあちらこちらで聞こえてくる。確かに無駄だと思える「犬に論語」や「牛に経文」などの格言はある。
無駄の意味として、「役に立たぬこと、益のないこと、また、そのもの」と広辞苑には載っており、イメージとしては極めてネガティブで主観的な印象が強い。
だが一般的な会話の中で、用いられる無駄という主観的な言葉の核心に触れると、多面的要素が多分に広がってくるのである。

書店のハウツウ本のコーナーを通ると、決まって節約方法や無駄遣い克服術などの指南がずらっと並んでいる。
勿論節約することを否定するつもりは毛頭ない。
生活していく上で、節約や倹約の自己抑制を課せながら、この厳しい世の中を生き抜く上で、必要でしかも致し方ないことなのかもしれない。

ま してや、不安定で、しかも信用を欠く政治に対する狐疑心は拭えず、先が見えないその場凌ぎの政策や政争を繰り返す現状を目の当たりにしていれば、将来に対 する不安は積もるばかりであって、節約を良しとし、倹約精神を全面に出して将来に向けて貯蓄にまわす、などの無駄を極力排除したいと思うのは至極当然のこ とだ。

しかしながら、「無駄」は本当に「無駄」なのだろうか。「必要なもの、こと」以外は、その人にとっては無駄かもしれないが第三者にとっては必要な物かもしれない。
例えば、靴下を購入しに衣料品店に入り、ついつい衝動買いでTシャツを買ってしまった。また、シャンプーを買いにスーパーに買い物に入った際、ついつい誘惑に負けてお菓子を買ったりするが、目的要否云々から言えば、目的物以外は全て無駄ということになる。

し かしながらその無駄な筈のTシャツは、何処かの縫製工場で作られるが、その売上の一部はそこで働く人達の賃金となり、お菓子の原料となる小麦や砂糖は小麦 農家やサトウキビ農家で栽培され、それを包んでいるビニール袋はビニール工場の売上となり、その袋に印刷されたプリントは下請会社の印刷工場の売上につな がり、そこで働く従業員の生活を支えている。
そしてまた、それらの原料となるものを提供するところがあって、裾野は無尽蔵に広がり、形をなす物全てに、其れ相応の関わりが持たれている。そしてそこに関わってくる全ての人達の生活に貢献することになるのである。
無駄だ無駄だと人は言うが、ある意味に於いては、「この世に無駄なものなど何一つない」と言えるのではないだろうか。

たとえ直接的に関わらなくとも、間接的に何らかの形で関わっているのではないだろうか。
お金は天下の回りもの。お金を使うことによって何時かは回ってくる。
そのことによって経済は活性化され、流通や循環を生むのである。
今の日本の個人資産は約1560兆円、対外純資産は約296兆円で世界一を20年間保ち続けているとのことだ。主な大企業が抱える内部留保は267兆円もあるとの推計だ。

無駄使いし過ぎるのも考えものだが、貯める一方での宝の持ち腐れは尚更問題だ。寧ろその行為が、「ただただ無駄を生んでいるだけ」と言えるのではないだろうか。



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