『引退ブログ Vol.4 #27 清水朝陽』(武修館高等学校出身)
ブログをご覧の皆様こんにちは、今年度主将を務めました背番号27番の清水朝陽と申します。
長いようで短かったような、短いようで長かったような大学生活が先日の卒業式をもって幕を下ろしました。今思えば入学当初抱いていた大学生活像とは重なるものばかりではありませんでしたが、確かに私自身が歩んだ道のりであり、何にも変えられない貴重な時間を過ごすことができました。
長くなってしまいますが、私が弊校に入るまでの経緯と大学生活での思い出を綴りたいと思います。
私の早稲田との出会いは、幼い頃地元で行われたインカレを見に行ったときに遡ります。その大会で優勝したチームであり、地元の大先輩が活躍されているチームということで臙脂のユニフォームに幼いながら強く憧れを抱いたことを覚えています。しかしながら、各進路選択で早稲田への受験を考えましたが、ホッケーを高いレベルでやりたい思いが勝り、北海道に残ることを選びました。小学校の途中から転校という形で始まった北海道での生活は私の想像の何十倍も充実したものになりました。ホッケーに打ち込めたこと、今でも親友と呼べる友達と出会えたこと、久しぶりに会ったにも関わらず家族のように迎えてくれる方々と出会えたことなど。私の今を形作ってくれた環境と、素敵な方々との出会いがありました。
そして長年の思いが身を結び、憧れの早稲田大学に入学することができました。初年次は大学生活でついにアルバイトというものを経験し、社会の一部になった実感を持ちます。早朝の練習後すぐにシャワーと朝食を済ませ、満員電車に揺られて1限に行き3限で帰宅する。学校がない日にはアルバイトをしたり友人と遊んだりとそんな毎日でした。私の思い描く体育会の大学生像そのものです。部活動では黒川さんがチームに加入する以前のダソムさんのメニューがハードなものも多く、かなり大変な思いをしました。持ち物の連絡係をしていましたが、ハードなメニューの日は持ち物である程度察しがつくため他の誰よりも先に気持ちの準備を始めていました。
2年目からついにゼミの活動が始まりました。体育会の仲間がおらず少し肩身がせまい思いでスタートを切りました。しかし、情に溢れる先輩と同期のおかげで私の学生生活に彩りが加わります。
部活動では、秋リーグで東洋を倒したあの試合は私の競技人生の中でもかなり印象的な試合です。アジアリーガーを多く輩出する強豪校に自分たちでも勝てると結果で証明した瞬間でした。
3年目1番お世話になった方々を最後勝利で送り出せなかったことが、この4年間で最大の後悔かもしれません。多くの時間を共に過ごさせていただいた1学年上の先輩方が、チームのために時間を割き、取り組む姿を見て自分も見習わなくてはと思ったのと同時に最高学年に近づいている実感を持たせてくれました。
そして最後の年です。結果として夏以外目標を達成することはできませんでしたが、私たちが目指した早稲田の在り方は間違っていないと自信を持って言える一年だったと思います。しかしそれに縛られることなく後輩たちの理想のチームを自分たちの手で作って欲しいと思います。本来であれば4年目になるにつれて文章量が増え、それを楽しみにしてくれた方もいると思うのですが、書きはじめたら止まらなそうなのでこれくらいにしたいと思います。
この1年間で、のあの直向きさとたくみの包容力とまいかの献身性がチームに良い影響をどれだけ与えたかは言わずもがなだと思います。今年度のCommitのスローガンに続く挑戦、責任、犠牲の3つを1番体現していたのは3人だと私が証言します。そんな3人の同期でいれたことを本当に嬉しく思います。
それぞれ個人に書きたいところだけど長くなりそうなので、直接話す機会にゆっくりと語りたいと思います。
これからの早稲田を担う後輩たちへ
まずは4年生についてきてくれてありがとう。
2.3年生はそれぞれ被った2.3年、こんな先輩でも支えてくれて本当にありがとう。
特に今年はミーティングの量も増えたし戸惑うことも多かったと思うけれど最後までやり切ってくれて本当に感謝しています。
素直でホッケーに対して真摯に向き合っている姿は自分もやらなきゃと思わせてくれることが多く、みんなにとても助けられました。個人的にみんなに残せたものがあるかはわからないけれども、それでも1年間このチームの主将ができて幸せでした。これからの競技生活でも楽しいことばかりではなく、つらい時ややらなければいけない時が沢山あると思います。最後に笑うために一つ一つを大切に積み上げてください。口を揃えて四年生のためにと取り組んでくれたみんなならどの代になっても、どんな壁にぶつかろうとも仲間と乗り越えられると信じています。
最後に私の恩師から昔学んだある言葉を後輩たちに送りたいと思います。
"リーダーシップとは、仲間に対して執るものであるが同じく自分に対しても執るものである"
この言葉は私が今年度特に大切にしてきた言葉です。仲間を鼓舞し、先頭に立ってみんなを引っ張る存在であると同時に、自分自身を鼓舞し辛いメニューの時、試合で戦わなきゃいけない時、今やる・逃げるな・自分ならできると自分自身を勇気づけることもまたリーダーシップである。そういった言葉です。チームを組織する上で四年生が中心になると思いますが、一人一人が主役になることができるのが我々の強みです。自信を持ってこれからも頑張ってください。応援してます!
両親へ
まずはアイスホッケーをやらせてくれて、大学まで行かせてくれてありがとうございます。兄弟全員がホッケーで忙しない毎日だったと思いますがほぼ毎試合応援に来てくれ、遠征でも応援に駆けつけてくれ、とても励みになりました。競技での思い出を挙げたらきりがありませんが、特に北海道での中高時代は母親のサポートがなければ満足のいくものにはならなかったと思いますし、いつも陰ながら支えてくれた父にも感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
結びになりますが、先輩、同期、後輩、監督・コーチをはじめこれまで私に携わっていただき、支えていただいた皆様にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。早稲田のこの部で活動できて幸せでした。ありがとうございました!
今後とも早稲田大学スケート部ホッケー部門への熱いご声援を何卒よろしくお願いいたします!
『引退ブログ Vol.3 #26 共田野安』(George Eliot Secondary出身)
早稲田大学アイスホッケー部元副将の共田野安です。
拓未と真衣伽に続いて、自分も引退ブログを書くことになりました。正直、二人みたいに感動で泣かせられる自信は全くありません。しかも日本語もまだまだなので、どうかお手柔らかにお願いします。
ホッケー人生について
まずは大学4年間の前に、自分のホッケー人生について少し振り返ります。自分がアイスホッケーを始めたのは、父の影響でした。父はカナダ人で、本当にホッケーが大好きな人で、気づけば3歳の頃にはスケートを履いていました。長野のやまびこバスターズに入り、そこからずっとホッケー中心の生活でした。家でも父と練習して、リンクを作ってもらったり、毎日ホッケーに囲まれて育ちました。そして中学2年生の時、カナダに行くことを決めました。ホッケーをやりたいという気持ちもありましたが、それ以上に「カナダに行きたい」という気持ちが強かったと思います。(あと高校受験したくないって気持ちもありました笑)
カナダでは高校に通いながらホッケーアカデミーで3年間プレーし、その後ジュニアリーグに進みました。しかし、そのジュニアの1年間は、自分の人生で一番つらい時期でした。自分がホッケーが好きな理由は仲間と一緒にいるのが楽しいからでした。小・中学校でもチームメートに恵まれ、カナダでもチームの一員として頑張ることが楽しかったです。しかし、ジュニアでは、その仲間が全員競争相手になり、少しでも結果が出なければカットされる世界でした。常に「残れるかどうか」というプレッシャーの中でプレーしていく中、ホッケーがどんどん嫌いになっていきました。なんでやってるのかもわからなくなり、ホッケーをやめたいと思うようになりました。さらに追い討ちをかけるようにシーズンが終わりには試合中にパックが歯に当たり、前歯を4本折りました。その時は本当に「もう人生終わった」と思いました。ホッケーも嫌い、歯もない、何のためにやってるのかもわからない。あの時は、本気でホッケーをやめようと思っていました。
早稲田との出会い
そんな時に、早稲田の存在が出てきました。最初は正直、「受けても絶対受からない」と思いながら受験しました。書類も母にかなり頼って、写真も家で適当に撮ったものを送るくらいの状態でした。シーズンが終わり、カナダに戻って大学を探していた時、早稲田からメールが来ました。そこに「PASS」と書いてあって、最初はそれが合格なのか不合格なのかすらわかりませんでした。でもその後に合格の連絡が来て、「あ、俺なんかが早稲田入れるんだ」と思ったのが始まりでした。ただ、その時の自分にはホッケーを続ける気は全くありませんでした。日本に戻るか、カナダに残るかも迷っていたし、日本語に対しても不安があるような状態でした。しかし、日本に戻りたい気持ちと、東京で生活したい気持ちの一心で早稲田に行くことを決断しました。そしてタイミングで、父に「もうホッケーはやりたくない」と伝えたものの、「ホッケー部に入らないなら早稲田には行かせない」と言われてしまい非常に困惑しました。当時の自分は、ホッケー自体ももう楽しいと思えなくなっており、そのうえ、歯を折ってしまったことで7回の手術を受けることになり、親にはものすごく大きな負担をかけてしまっている状況でした。そんな中で、さらに大学でも部活を続けるとなれば、またお金がかかる。これ以上親に負担をかけたくないという気持ちがずっとあり、本当に悩んでいました。それでもホッケーを続けるべきなのか。何度も何度も自問自答を繰り返しました。そんな中で、お母さんがかけてくれた言葉は今でも忘れられません。「ホッケーをやらせちゃってごめんね。ホッケー中心の高校生活になってしまって、普通の高校生活を送らせてあげられなくてごめんね。歯も折らせちゃってごめんね」その言葉を聞いた時、涙が止まりませんでした。同時に、ここまで自分のために支えてくれた親に、どれだけ心配と負担をかけてきたのかを改めて強く感じ、だからこそ、これまでの親の努力を絶対に無駄にしてはいけない思い直しました。そして最終的に、自分は早稲田のアイスホッケー部に入ることになりました。正直に言えば、その時は前向きな決断だったわけではありません。でも、あの時のその決断が、今の自分につながっているのだと思います。
早稲田での最初の3年間
2022年9月、早稲田大学に入学しました。最初は本当に不安だらけでした。日本語もちゃんと話せるわけではなかったし、寮に入ってちゃんとやっていけるのか、チームのみんなとコミュニケーションを取れるのか、本当に心配でした。でも、入ってすぐに真衣伽、拓未、朝陽に会って、元々知り合いだった先輩方もいて、少しずつこの環境に馴染んでいくことができました。最初は緊張してばかりで、何を話せばいいのかもわからないし、日本語もなかなか出てこないし、正直かなりぎこちなかったと思います。それでもみんなが自然に受け入れてくれて、本当にありがたかったです。特に自分にとって大きかったのは、カナダでも日本でもずっと家族と住んでいた中で、初めて寮生活をして、チームのみんなと同じ空間で生活したことでした。最初は慣れないことばかりでしたが、気づけばその生活がすごく楽しくて、みんなが本当の家族のような存在になっていました。ホッケーをする時間だけじゃなくて、寮で過ごす何気ない時間も全部含めて、自分にとってはすごく大きなものでした。ジュニアの時に失っていた、「仲間と一緒に戦うホッケー」を、早稲田でもう一度取り戻すことができたのも、この最初の3年間だったと思います。
自分はもともと、勝ち負けだけでホッケーをやってきたわけではありません。もちろん勝ちたい気持ちはあるけれど、それ以上に、仲間と一緒に頑張れること、一緒にふざけたり、笑ったり、同じ目標に向かって進んでいけることが本当に好きで、その気持ちだけでここまでホッケーを続けてきました。だからこそ、早稲田のこの環境は、自分にとって本当に特別なものでした。勝ち負けだけじゃなくて、純粋に「ホッケーって楽しいな」と思わせてもらえたし、こんなに楽しい環境でホッケーをやらせてもらえたことに、心から感謝しています。今振り返ると、先輩にとって自分は本当に面倒くさくて、うるさくて、ばかな後輩だったと思います。変なこともたくさん言ったし、先輩方にもたくさん迷惑をかけたと思います。それでも見捨てずに、仲良くしてくれて、受け入れてくれて、本当にありがとうございました。
そして、そんなふうに楽しい時間を過ごしてきたからこそ、最後のインカレで毎年先輩方を勝たせてあげられなかったことは、本当に悔しかったです。先輩たちが本気で頑張っている姿を見てきたからこそ、自分も「この先輩たちに勝って終わってほしい」「いい形で終わらせてあげたい」という気持ちはどんどん強くなっていき、「負け」と言う形で先輩たちが引退していくのを見るのは本当に悲しかったです。インカレで負けた後のMTG、そして早慶戦後のカラオケで毎年泣き、あの時間は、何度経験してもつらいものでした。でも、そのつらさも含めて、この3年間は本当にかけがえのない時間でした。部活や就活で忙しくて、先輩方と会える時間はそこまで多くないですが、それでも自分の中では本当に家族のような存在だと思っています。これから先もまた会いたいでせし、一生続いていく関係でいたいです。そう思える先輩方に出会えたことが、自分にとって早稲田で得た一番大きな財産のひとつだと思います。
4年生での変化
そして4年生になって、自分は大きく変わりました。正確に言えば、変わったのは自分だけではなく、同期も含めてチーム全体だったと思います。一番大きかったのは、3年生の早慶戦で負けたことです。52年ぶりの敗戦。あの悔しさは今でも忘れられません。先輩たちをあの形で終わらせてしまったことが本当に申し訳なかったし、悔しかったです。だからこそ、次の1年は絶対に中途半端にはしたくないと思いました。4年生になった時、人数は少なくて、頼れる先輩ももういない。自分たちがやらなければいけない立場になりました。それまでの3年間は、先輩についていく立場だったけれど、4年生では自分たちが引っ張る側になりました。そこで初めて、自分たちの代でチームを背負うということの重さを本気で感じました。だからこそ、自分も変わらなければならないと思い、トレーニングへの向き合い方、普段の姿勢、チームへの関わり方、表情ひとつまで、自分なりに全部変えるつもりでやってきました。でも、改めてこの1年間を振り返って思うのは、自分だけが変わったわけではなく、4年生全員が本当に変わった1年だったと言うことです。チームに対する気持ちが変わって、4年生全員が本気でこのチームと向き合えた1年だったと思います。
もちろん簡単なことばかりではありませんでした。話し合いもたくさんしたし、ぶつかることもありました。でも、それでも逃げずに、一緒に考えて、一緒に悩んで、一緒に作ってきた1年でした。あの早慶戦の悔しさがあったからこそ、「今年は本気で頑張りたい」と思えたし、その気持ちに同期が一緒に向き合ってくれて、本当にありがたかったです。だからこそ、同期には本当に感謝しています。今年は人数も少なくて、特に3年生、4年生が少ないこともあって、外からは「弱い代」と思われていたと思います。自分たち自身も正直、不安はありました。でも、その中でここまでやってこられたことを、本当に誇りに思っています。同期のことは心から誇りに思うし、このメンバーで4年生をやれたことを本当に嬉しく思っています。
そして、後輩たちにも本当に感謝しています。今年はチームのやり方もかなり変えたし、求めることも増えたと思います。ミーティングも増えたし、練習への向き合い方も変わったし、きついこともたくさんあったと思います。それでもその変化についてきてくれて、本当にありがとうと心の底から思っています。実際に、この1年で後輩たちはみんな本当に変わったし、上手くなったし、成長したと感じています。自分たち4年生だけでここまで来られたわけではなくて、後輩たちがその変化を受け入れて、本気でついてきてくれたからこそ、このチームはここまで来られました。
結果としては、春9位、夏4位、秋5位、インカレベスト8位。目標だったインカレ優勝には届きませんでした。でも、本当に悔いはありません。この1年間、自分たちなりにやれることは全部やったし、積み上げてきたものは全部出し切れたと思っています。それだけは胸を張って言えます。勝てなかった悔しさはもちろんあります。でもそれ以上に、この1年間を同期、後輩、チーム全員で本気でやり切れたこと、そのこと自体が自分にとってすごく大きいです。だからこそ、結果だけではなく、この1年間の過程を自分は誇りに思っています。
後輩へ
正直、自分はすごく頼れる先輩だったかと言われると、たぶん全然そんなことはなかったと思います。ふざけることも多かったし、こちょこちょしたり、うるさかったり、めんどくさい4年生だなって思われていたと思います。それでも最後までついてきてくれて、本当にありがとう。そんな自分でも、みんなと過ごしたこの1年は本当に楽しかったし、みんなが後輩で良かったと心から思っています。練習の時も、試合の時も、普段の何気ない時間も含めて、みんなと一緒に過ごせたことは自分にとってすごく大きかったです。本当はインカレで勝って、もっといい形で終わりたかったし、みんなにもっといい景色を見せたかったです。そこは今でも悔しいです。でも、それでもこのメンバーで最後までやれたことを、自分はすごく嬉しく思っています。みんなのことは本当に家族みたいな存在だと思っています。だからこれからも遠慮せずに連絡してほしいし、就活が落ち着いたらぜひ飲みにも誘ってください。普通に会いたいです。これからは、自分たちの代で、自分たちのチームを作っていってください。周りに何を言われても、自分たちで考えて、自分たちが信じるやり方で進んでいってほしいです。みんななら絶対に大丈夫だと思っています。本当にありがとう。これからもずっと応援しています。
同期へ
たくお
たくお、大好きだよ❤️たくみとは部屋も一緒で、たぶん同期の中で一番長い時間を過ごしたと思います。まず最初に言いたいのは、こんなにめんどくさくてうるさいルームメイトでごめんねってことです笑。イライラする時も絶対あったと思うし、喧嘩もしたけど、それでもここまで一緒にいてくれて本当にありがとう。たくみには、もうひとつちゃんと謝っておきたいことがあります。部活が拓未にとってつらい時もたくさんあったと思うし、プレイヤーではない立場で苦しいこともたくさんあったと思う。でも、自分はそれに毎回は気づけなかったし、そばにいてあげられなかった時もあったと思っています。拓未はあまり表に出さない人で、自分の中で抱え込むところもあるからこそ、そこにもっと気づいてあげられたらよかったなと思っています。本当にごめん。それでも、この4年間ホッケー辞めたい気持ちやプレイヤーじゃない立場もあったけどここまで頑張ってくれて、本当にありがとう。拓未がいたから助けられたことは本当にたくさんあったし、このチームにとっても、自分たち同期にとっても、拓未の存在はめちゃくちゃ大きかったです。これから部長として大変なこともいっぱいあると思うし、きついこともたくさんあると思う。でも、絶対に一人で抱えすぎないでほしい。拓未が立派な社会人になることはもうわかってるけど、だからこそ苦しい時はちゃんと言ってほしい。相談でも、愚痴でも、何でもいいからいつでも連絡してね。同期LINEにもたまにはちゃんと顔出してね。本当にありがとう。これからもよろしく。
マイカチン
マイカチーーーーーーン❤️ 真衣伽は本当に仕事ができて、面倒見も良くて、まさにチームのお母さんみたいな存在でした。俺がうるさくて、ちょっかい出して、特にベトナムでは結構頭にきてた時もあったと思うけど、それでも4年間ちゃんと反応してくれてありがとう笑。真衣伽には、この4年間本当にお世話になりすぎました。マネージャーとして見えないところでもいっぱい支えてくれて、選手と同じかそれ以上にチームのことを考えて動いてくれていたと思います。そういう真衣伽の存在に、何回も助けられました。真衣伽がいたから、この4年間がちゃんと回っていた場面は本当に多かったと思うし、同期として一緒にいてくれたことをすごくありがたく思っています。これからもどうせ飲みに行くと思うし、試合も一緒に見に行きたいし、同期でもいっぱい集まろうね。これから社会人になっても、真衣伽は絶対にすごい人になると思います。だから頑張って、そして俺のこと奢ってね。あと、これからはアイスホッケーじゃなくて恋愛にも一生懸命になってください。絶対に運命の人に出会えると思うし、占い師が言ってたこともきっと叶うと思うので、そこも含めて真衣伽らしく頑張ってください。本当にありがとう。これからもよろしく。
あーちゃん
あーちゃん、可愛いー❤️朝陽はまず、この1年間主将を務めてくれて本当にありがとう。俺らは喧嘩することもあったし、4年生になる前なんて、「俺がこのままうるさい感じで4年生になったら舐められる」みたいなことでぶつかったこともあったと思う。でも、それも全部、朝陽が本気でチームのことを考えてくれていたからだと思っています。いつも先頭に立って、強くキャプテンとしてチームを引っ張ってくれて、本当にありがとう。朝陽が主将としてしっかり立ってくれていたからこそ、自分も副将としてここまでやってこられたし、4年生になってからも自分らしく、思いきりやることができました。朝陽がいなかったら、絶対にここまで続けてこられなかったと思います。普段はあまり感情を見せないし、強い主将っていう印象があるけど、その反面で、本当にチーム思いで、周りのことをちゃんと見ていて、いつも他の人のことを気にかけている朝陽のことを、自分は本当にすごいと思っているし、大好きです。これから社会人になって、日本のどこに行くのかはまだわからないけど、朝陽は絶対に会社でもキャプテンみたいな存在になると思います。でも、俺らのことは忘れないでね。東京じゃなかったらたまには東京にも戻ってきて、またみんなで遊ぼうね。本当にありがとう。これからもよろしく。
家族へ
両親へ
本当にありがとうございました。ここまでホッケーを続けさせてくれて、ずっと支えてくれて、本当に感謝しています。歯も折ったし、たくさん迷惑もかけました。でも、後悔はひとつもありません。本当に楽しいホッケー人生でしたし、自分にとってこのホッケー人生は一生の宝物です。
お父さんへ。
お父さんとはホッケーのことで何度もぶつかって、言い合いになったこともたくさんありました。正直、何回ももう辞めたいと思ったし、お父さんのせいで続けてたとこもありました。でも今になって振り返ると、あの時お父さんが自分を押してでもホッケーを続けさせてくれたことに、本当に感謝しています。ここまで支えてくれて、ホッケーをやらせてくれて、本当にありがとう。
お母さんへ。
今までたくさん心配をかけてごめんね。怪我をした時も、気持ちが落ちていた時も、ホッケーが楽しくないと感じた時も、いろいろ相談してしまって、お母さんには心配ばかりかけてきた気がします。でも、もう大丈夫です。アイスホッケーは本当に楽しかったし、ここまでやってきてよかったと心から思っています。これからは就活も頑張って、ちゃんと社会人になるので、少し安心してください。最近は海外にいてなかなか会えていないけど、たまにはちゃんと会いに行くので、これからもよろしくお願いします。
妹へ。
今まで本当にごめん。自分のホッケーのせいで我慢させたこともたくさんあったと思うし、家族の予定も自分中心になってしまうことが多かったと思います。それでもここまでいてくれて、本当にありがとう。セラは、自分よりちゃんとしていて、優しくて、頭も良くて、面白くて、めんどくさくなくて、うるさくもなくて、本当にすごい妹だと思っています。今は大学生活も始まって、きっといろいろ頑張っていると思うけど、セラはこれからもっとすごいことをしていく人だと思っています。もうこれからは、自分のホッケーも、家族のことも、セラのやりたいことを止めるものは何もないので、自分の人生を思いきり全力で生きてください。いつもめんどくさい兄でごめん。でも、たまには日本にも遊びに来てね。
最後になりますが、この4年間、また、アイスホッケー人生は、自分にとって一生忘れない時間です。仲間と出会えて、本気で何かに向き合えて、本当に幸せでした。今まで支えてくださった皆さん、本当にありがとうございました。




