早稲田アイスホッケー BLOG
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『引退ブログ Vol.6 杉本 華唯』(FW#21/駒澤大学附属苫小牧高等学校)

みなさん、こんにちは。早稲田大学スケート部ホッケー部門主将の杉本華唯です。

同期のブログを読み、感動していると、気づけば私の番が回ってきていました。遂に、このブログを書かなくてはいけないと考えると非常に寂しく思います。

さて、同期たちのように4年間をざっと振り返ってみます。

1年目は、私自身の1年目のブログでも書いたように最上級生のリーダーシップには驚きました。学生主体の大学スポーツとは、聞いていましたが、ここまでストイックにできるものなのか、と。ただ、おんぶに抱っこ状態で1年目を過ごしていました。主力として、試合に出るはいいものの、先輩たちの力を借りての得点ばかりで、貢献できているのかどうか分からない試合が多かったように思います。また、1年生では、私だけが試合に出ていたこともあり、試合後の1年生トークでは、難しい部分がありました。試合に出たい同期と試合で結果を残すことを考え、悩む私では、少しギャップが生まれていたと思います。更には、他チームの同期たちの活躍に、負けたくないという気持ちもあり、少々焦りの気持ちもありました。今考えると、私は、同期の悩みに比べたら、幸せな悩みを抱えて、アイスホッケーができていました。4年間で最も優勝に近づき、あの緊迫した空気感で試合ができていたことも幸せでした。




2年目は、矢島雄吾さんから受け継いだ21番を背負ってプレーすることになります。21番は、エース番号として、チームが苦しい時間帯の時に、点数を取り、チームを勝利に導かなくてはなりません。正直、上手な先輩方がいる中で、私にそんな事ができるのかという不安が大きかったです。そんな中、迎えた春大会は、忘れられません。21番春大会、無得点。いやいや、なにが21番よ。と、チームメイト、ファンの方々、OB・OGの方々は、思ったでしょう。情けない気持ちでいっぱいでしたし、もう21番外したいとも思いました。そこで逃げ出したら、受け継いでくださった雄吾さんや歴代の21番をつけた方々に顔向けできないだけではなく、自分が弱くてダサい男だと思い、陸トレ期間、自分と向き合うことにしました。ホッケーの勉強をとことん行って、秋リーグで点数を入れたときは、とても嬉しかったです。でも、それだけでは、21番として、足りない部分があり、チームを勝たせる所まで持っていかなくことがどれだけ難しいか痛感した1年間でした。




3年目、いよいよ上級生となり、背負うものも大きく、どんなシーズンになるか期待と不安が入り混じっていたところ、新型コロナウイルスの影響により、1試合もできないという事態になりました。4年生は、ラストシーズンをそんな形で迎えてしまい、どれほど悲しい思いをして、引退して行ったのかと考えると、私には理解できないほどの悔しさがあったかと思います。一つ上の先輩方には、寮生活を通しても、とてもお世話になりました。一緒にホッケーをして、勝った後のあの大きいお風呂で試合のことでも話しながら、笑い合いたかったです。




4年目は、主将として、21番として、チームを勝利に導くことだけを考えていました。やりたいホッケーを殺し、チームの上に立つべきものとして、やらなくてはならないことを最優先に選択し続けてました。ここだけの話、1対2や1対3くらいの状況でも勝負を仕掛けて、掻い潜って、点数をもぎ取りたいと思っていました。しかし、それは、必ず勝てる確信もなく、大きな賭けでした。私は、誰もが憧れるようなNHLのスーパープレー集のようなプレーを夢見ていました。こんなことしたら格好良い、見ている人を魅了できる。こんな思いを常に持ちながら、アイスホッケー人生を歩んできた私にとっては、苦渋の決断でした。1.2年生の時には、好き勝手やらせてもらっていたので、先輩方にはとても感謝しています。だからこそ、次は、自分が後輩たちに好き勝手やってもらっていいように、自分は、やらなくてはいけないことに集中できたのかもしれません。やらなくてはならないことの中で試合前に思っていたことは、1.点数を取ること2.試合中のチームの空気を掴み、指示を与えること3.試合全体の流れを読み、プレーを選択し続けること4.危ない賭けをせず、みんなのお手本となるようなプレーをすること
これらを試合前に自分の中で整理してから臨むようになりました。自分のプレーの出来栄えについて考えることは少なくなり、チームメイトのプレーの調子やメンタルケアを中心に考えるようになりました。だからといって、自身のプレーを疎かにしては、後輩たちも何をすれば良いのか、誰についていけばいいのか迷うはずなので、みんなの指標となるよう意識しました。思うことは、沢山ありますが、主将をやって、21番をつけて、自身が成長できたと感じています。こんな重役をつけてくださった、先輩、監督・コーチ陣にはとても感謝しています。そして、ついてきてくれた後輩たちにも感謝しています。




4年間の思いをつらつらと書いていると、こんなにも長くなってしまうのかと、びっくりしています。

最後に、私は、家族にとても感謝しています。高校から親元を離れ、ホッケーをするためにサポートしてくれたこと、毎月、仕送りを欠かさず送ってくれたこと、プレーが悪く落ち込んでそうなら声をかけてくれたこと、全ての面において、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。これから、様々な形で恩返ししていくので、楽しみにしていてください。

OB・OG訪の方々、監督・コーチ、トレーナーのグニョンさん、ダソムさん、常に近くでサポートしてくれたマネージャー、いつも応援に駆けつけてくれるファンの方々、4年間本当にお世話になりました。ありがとうございます。
来年もアイスホッケーを続けるので、是非、応援に来て頂けると嬉しいです。


またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

『引退ブログ Vol.5 浅井 万菜』(MG/早稲田本庄高等学院)

1月8日に引退してから2ヶ月が経ちました。

今まで何度かブログを書いてきましたが、今回は部活と向き合ってきた4年間を振り返り、感謝の気持ちを綴ろうと思います。



私は2018年6月、他の同期より約3ヶ月遅れて早稲田大学スケート部ホッケー部門に入部しました。

それからの毎日は朝3時に起床し、自転車を漕いで東伏見のリンクに向かう日々でした。


入部する前は、アイスホッケーのルールも知らなければ見たことすらありませんでした。

大学では全力を注げることをしたいと漠然と考えており、体育会の新歓広告を眺めていました。そこでアイスホッケー部の新歓を見つけ、なんとなく見学に行った日にアイスホッケーというスポーツのかっこよさやチームの雰囲気に惹かれて入部したいと思いました。しかし練習開始時間は朝の4時。「毎朝3時に起きるなんて自分にはできない」と思い、一度入部を断ろうと思いました。

それでも折角興味を持った部活を自分の怠惰な気持ちで諦めてしまうことに対する忌避感を抱き、そしてたまたまリンクが実家から自転車で通える距離にあったため、始発電車すら動いていない時間から始まる氷上練習に参加できるという他の人だったら厳しい条件を満たしていることは何かの縁があるはずだと思い直し、入部を決意しました。

あの時の選択をした自分は間違っていなかったと、今、胸を張って言えます。

それからの4年間、とても充実した日々を送ることができました。




私が入部したときのマネージャーである紗季さん、樹さん、歩実さんは3人とも本当に仕事が完璧で、憧れの存在でした。
何もわからない私に対して、マネージャーとしての仕事だけでなく心構えを教えてくださりました。自分が4年生になった今でも先輩方には到底追いつけないと思わされるほど尊敬している存在です。





早スポの卒業対談(http://wasedasports.com/news/20220305_164091/)でも瑞基が話しているように、初めの頃は私は全然仕事ができず、チームに迷惑をかけてばかりでした。私のできないところをしっかりと指摘してくれる同期や先輩方が周りにいたおかげで今では少しは成長できたのではないかと思います。




4年目は自分の中で大きな変化の年でした。

3年目は新型コロナウイルスの影響で試合ができず活動も制限された中だったので、4年目になり突然最上級生になり、3人の後輩マネージャーを持つことに大きな不安を抱えました。
今までずっと一番下の後輩として先輩についていく立場から自分が率いていく立場になることで自分がすべき行動について何度も考えました。

4年目の私にとっては当たり前になったことでも後輩マネージャーにとっては初めてのことばかり。全てを一から教えてあげなければいけない立場なのに説明不足で困らせてしまったこともたくさんありました。
それでも自ら率先して行動してくれた歩紀、京香、明里にはとても感謝しています。






そして、最も長い時間を一緒に過ごした同期には特にお世話になったなあと思います。

同期が集まれば永遠とホッケーの話で盛り上がり、「あの試合のあのプレーがどうだった」「あの時はもっとこう動いた方がいい」と互いにアドバイスし合う、そんな熱い思いを間近で聞いている時間が好きでした。

私の悩みもたくさん聞いてもらい、時には厳しく時には優しく本音をぶつけてくれたことが成長の糧になりました。

この代のマネージャーで本当に良かったと心から思います。ありがとう。






また、かっこよくて面白い素敵な先輩や後輩
4年間同じスタッフとしてマネージャーを気にかけてくださった内藤監督、小堀コーチ、山崎コーチ、ダソムS&Cコーチ
試合会場や合宿先でお会いした際に温かい言葉をかけてくださる保護者の皆様
いつもチームを応援してくださるファンの皆様
部を支えてくださるOB・OGの皆様

アイスホッケー部に入っていなければ出会えなかった素敵な人々に出会うことができました。

多くの方々に支えられ、周りの人に恵まれた4年間を過ごすことができました。

これから先、大きな壁にぶつかるときが来てもこの4年間で培った経験が必ず活きてくると信じ、何事にも全力で励んでまいります。

今まで本当にお世話になりました。
引き続き、早稲田大学スケート部ホッケー部門の応援をよろしくお願いいたします!!


2022年3月21日
早稲田大学スケート部ホッケー部門 浅井万菜

『引退ブログ Vol.4 村上 隼斗』(GK#39/駒澤大学附属苫小牧高等学校)

ブログをご覧の皆さんこんにちは。
GK#39村上隼斗です。(実は総合主将)
もう卒業ブログを書くことになったのか、卒業するの嫌だな。というくらい大学生活は楽しくてあっという間でした。
さっそく、大学での思い出を綴りまくっていきたいと思います。
あ、同期に感謝する文章を入れる部分なかったから先に言っとく、マジでありがとう。




…では、いきましょう。

1年生はとにかく全てが新鮮でした。
中、高では入れ違いで関わらなかった4年生との交流、朝3時起きの氷上練習、練習後の朝食を食べながらのみんなで見た7:50〜のZIP!(第二紺碧寮の食堂は絶対日本で1番ZIP!を見て熱くなっていた場所)
人が多すぎる芋洗い場(浴室)
寮生活では優しく接してもらい、いつも楽しい時間を、ホッケーでは優勝争いが出来るチームの姿を当時の4年生をはじめ2、3年生の先輩方に見せてもらうことが出来て貴重な1年間でした。
しかし、自分の競技生活としては1年からチームの守護神になるという目標が達成出来ぬまま、1年間が終わってしまいました。悔しさと焦りが込み上げてきました。

2年生になっても試合に出れない、大学進学、上京させてもらったのに活躍する姿を親に見せれず申し訳なさでいっぱいでした。焦っている内に2年生の半分以上が経過し、気づけば秋リーグになっていました。もう1試合でも落としたら優勝争いから脱落、そんな状況の中での中央戦、先発出場させて貰えたことはすごく嬉しかったです。緊張などは珍しく全く無く(いつもは吐きそうになる)、「チームを勝たせる」「親に良いところを見せる」その2つの事しか考えていませんでした。その試合は味方のサポートもあり、勝利することができ、すごく嬉しかった事を覚えています。(この試合で内藤さんにチームの一員として認められました笑)
少しは良いところ見せれたかな。




3年生になると、「嘉鷹さんに負けないくらいチームを勝たせるゴールキーパーになる」と意気込んでいたものの、コロナの影響で公式戦を1回もすることが出来ずに終わります。
ヤングガイオブザイヤーの太樹さん、黒馬の純希さん、国体では太ってた仁ちゃん、酔ったら昭和の男になる泰平さん、炊飯器のネジを作ってる?勢司さん、パリピのリルヨッティーさん、いつも私が欲しいスニーカーを先に持ってる悠佑さん、ビールのポスターに載ってもおかしくないくらい美味しそうにビールを飲むマネージャーの歩実さん、本当にお世話になった先輩方なので一緒に試合して勝ちたかった。。。

そんな思いも束の間4年生になります。
僕たちの気持ち的には「え?急に最上級生?ムリムリムリムリムリ笑」です。
2年生から急に4年生になった感覚です。
そんな中でも自分達なりに考えた1年間、
キャプテンの華唯には負担をものすごくかけた1年間だったと思います。
結果はインカレベスト8の壁を破れず終わってしまいました。完敗でした。悔しくて整列の後しばらく立てなかったです。このチームで勝ちたかった。後輩達や、内藤さん、私たちと同じ年にチームに加わっていただいた小堀コーチ、山崎コーチ。
陸トレを見ていただいたトレーナーのダソムさん、ファンの皆さん。一緒に優勝したかった。一緒に校歌を歌いたかった。力不足ですみませんでした。

最後に後輩たちへ。
皆が同じ方向を向けば必ず結果もついて来ると思います。それくらい個性を持った良い選手が揃ってると思います。ただし皆が同じ方向を向けば、の話です。
1人でも違う方向を向けば、そこから先は言わなくても分かると思います。
最後だからあえて厳しく言わせてもらいました。
応援しています。大好きだよ。

本当の最後に親へ。
小6からわがまま言って特に金のかかるゴールキーパーやらせてもらってありがとう、感謝しかありません。試合に出ることも少ない競技人生だったのに最後まで応援してくれてありがとう。
やらせてもらったアイスホッケーで学んだ事を活かして社会人になっても頑張ります。
愛してるよ。

これで僕の卒業ブログおーわり!
これからも早稲田大学スケート部ホッケー部門の応援をよろしくお願いします。
じゃ🤚




#39村上隼斗
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