ホワイトマムの急性リンパ性白血病日記

2005年の春に急性リンパ性白血病を発病し、化学療法のみで10年。
「これで病気ともお別れね」と思った矢先のホワイトマムに起こった出来事は!?


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*記事を一部修正しました。


2014年の10月末から11月初めにかけて

家族でハワイに出かけ、心身ともに元気になった私を見て

主治医をはじめ皆が喜んでくれた。

周りの人たちのこういう反応も私にとっては励みになる。


2週に1回、赤血球2単位の輸血をしながら

短時間でできる仕事だけを残し

週2~3日は仕事に行けるようになった。


継続的な運動ができず、身体がこわばって

痛みや不快感があったが、週1回の整体マッサージと

お灸に似た施術(温熱療法)のおかげで解消した。


代替療法と言われる2種類の施術を受けて

日々の生活を快適なものに保ってはいるが

決してこれらに依存しているわけではないし

ましてや、これで病気を治そうなどとは

全く考えたこともない。

念のため。


命の崖っぷちで踏みとどまっていることに変わりはないが

少しずつこの状態となんとか折り合いをつけて

生活ができるようになっていったように思う。


赤血球以外の血液データは最初の予想に反し

下降のカーブがとても緩やかだった。


12月に予定されていた大きな仕事も

周囲の心配をよそに、無事に終えることができ

公的な場面での荷の重い仕事はこれを最後にすると決めた。


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2014年10月

赤血球の輸血が始り、貧血症状が楽になったとはいえ
輸血日のヘモグロビンは5~6に下がり
受診前は息切れと動悸などの症状が辛かった。

それでも、10月中は仕事の引き継ぎなどもあり
ほとんど普段と同じ生活を続けていた。


来春の娘の結婚式まで生きることが難しいという
厳しい状況に、心は痛んだが
そうであれば、今できることをしようと考えた。

家族だけのハワイでのフォトウェディング。

決めてからは早かった。
家族も仕事の調整をし、8人全員参加となった。

10月末から11月にかけて家族で過ごしたハワイでの
夢のような日々は忘れることができない。
娘のウェディングドレス姿は、それは美しかった。
ビーチでの私達夫婦の2度目の結婚式は
子ども達からのサプライズプレゼント。

最高に楽しい毎日に体も心も力が満ちて
行く前よりもはるかに元気になって帰国した。



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2014年9月中旬

2次性がんの発病と予後についての告知を受けた。

家族にはその日のうちに
新しいがんのこと
来春の娘の結婚式まで生きることが難しいらしいことを伝えた。


それからすぐに

・抗がん剤治療はしない
・骨髄移植はしない
・できるだけ家で過ごす

主治医と話し合い
今までの経験と知識、人生観(価値観)を総動員して
私はこの3つのこと決めた。

決死の覚悟といった心境だった。

*いろいろなご意見があることは承知していますが、治療に関する自己決定の詳しい経緯については書かないことにいたします。お察しください。


「私自身が決めたのだから!」と突き進もうとしたとき
「ちょっと待って。
ご家族のお気もちはどうですか?
このことは、後からでは遅い。
今しかできないことですよ。」

そう言って、猛ダッシュしかけていた私を
引きとめてくれたのは、主治医とがん相談員さんだった。

私は、残された時間がない!と焦っていたように思う。

家族の気持ち、戸惑い、悲しみ、願い、希望・・・
こんなに大切なことを置き去りにして
一人で突っ走っていこうとしていた。

立ち止まって、時間をかけて
家族の思いと向き合った。

この時間は本当に大切な時間だった。

この後も何度もターニングポイントがおとずれたが、
同じように立ち止まり、家族とお互いの気持ちを
確かめ合いながら、その都度主治医に時間を取っていただき
家族一緒に相談をすることができるようになった。

積極的な治療をしないと決めてから今まで
主治医は、医療をとおし、私らしい生き方を全面的に応援し
支えてくださっている。

私が家で過ごす時間を少しでも長く快適に
笑顔でいられるようにしてくれている家族には
感謝してもし尽くせない・・・


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2次性がん

治療が終わり5年経った頃、主治医から2次性がんのリスクがあると知らされたが
まるで人ごとのように聞いていた。

それから時が過ぎ
ALL完治をつかもうとしていたときの発がんだった。


「やりたいことはやり尽くしました。思い残すことはない」と
主治医を前に呟いている自分がいて、今にして思えばかなり動揺していたのだと思う。

娘の結婚式を7ヶ月後に控えていた。

主治医は悲しそうな目をして首を横に振り、私はもう一度「結婚式が・・・」と食い下がったが、主治医は黙って再び首を横に振った。

このことが何より堪えた。


2週おきに2単位の赤血球輸血が始った。


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★今までこのブログを読んでくださったALLの皆さまへ★





これからのブログは、ホワイトマム2度目の病気との日々を綴った日記となります。


ALL治療後にほんの数パーセントの割合で発症する2次性の病気ですが、このブログを読まれて不安になる方がおられるのではないかと、更新することをためらっていました。





2度目の発病から8ヶ月が経ち、このブログをとおして、「生きる」ということを少しでもお伝えできればと思うようになりました。





2014年夏からのことを少しずつ書いていきたいと思います。







***********************





昨年8月、ヘモグロビンが初めて基準値を下まわった。


貧血症状も現れて、息切れがする。





9月、ヘモグロビンがさらに下がり、出血の有無を調べるために消化器の検査をしたが、異常なし。


退院以来初めての骨髄検査となった。





結果は、予想もしていなかった


「2次性がん」





急性骨髄性白血病の病態となっていた。








その日から、私は余命数ヶ月を生きるがん患者になった。










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