ホワイトマムの急性リンパ性白血病日記

2005年の春に急性リンパ性白血病を発病し、化学療法のみで10年。
「これで病気ともお別れね」と思った矢先のホワイトマムに起こった出来事は!?


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5月初め


1回目の地固め療法のために入院したのは、GWが終わった次の日。

先生と二人きりになったところで、骨髄移植のことを聞いてみました。


・フィラデルフィア染色体陰性だった

・薬に対する反応が良い

・初診時の白血球数が少ない

・肉親のHLA適合がフルマッチでない

・私の場合、骨髄移植をしてもしなくても統計上、結果は数パーセントしか違わない

という理由から、「移植は再発の時にとっておきましょう」ということに。


とりあえず「ホッとした」のが正直な心境でした。


かなり元気になっての入院でしたが、

その日のうちに中心静脈カテーテルを入れられ(これ、かなり痛い・・)、定番検査を済ませると、すっかり病気モードに切り替わりました。

翌日から抗がん剤投与です。


今回の使用薬剤は、ペプシド、キロサイド、デカドロン

なんともヘンテコな、それでいて妙に威力ありそうな名前のお薬たちです。


投与から2~3日したころ、すさまじいダルさに、体がベッドの中にズブズブと沈んでいくようで、食事もノドを通りません。

地獄の底に引きずり込まれるような(って経験ないけど)最悪の気分で、ちょっと熱っぽい感じもします。


夜、ナースさんが来たとき優しくされて、つい「こんな辛い治療をあと何回もするなんて・・・」と泣いてしまい、「厳しい治療をしているんだもの、泣きたくなるの当たり前だよ」と言われたその言葉が、とてもとても嬉しかった。

このナースさんには、この後何度も心を救ってもらうことになります。


1週間くらい経ったある日の夕方、突然寒気に襲われました。

震えが始まって歯がガチガチ音を立てるほど。熱です。あっという間に40度まで上がり、電気毛布と湯たんぽを2個、ロキソニンを飲んで震えていました。

気がつくと汗びっしょりになっていました。

総着替えをして、熱を計ると少し下がっていて、ホッとしたのもつかの間、この時から40度を超える熱との闘いが来る日も来る日も続きました。







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いま・・


今日も、外の仕事をひとつ済ませてから職場に。

明後日の会議の準備と本来業務で大忙しの一日でした。


疲れたせいか、あんこたっぷりのお団子を2個も食べてしまった^^;

ちょっとお腹が痛い。

みぞおちの左あたりが痛いのは、膵臓くんが自己主張しているから。


近くの湧水地にホタルを見に行ってきます♪


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5月GW


10日間の退院中、たくさんの人から力をもらいました。


「顔色悪いねー」(当たり前じゃん!)

「やせた?」(おかげさまで!)

・・ストレートにやりとりできる友人たちには本当に励まされました。感謝です。


玄関を開けるなり号泣され、逆に慰める立場になったり、突然、「実は、私もアトピー性皮膚炎が悪化して死にたくなったのよ」「そうだったんだー、大変だねー^^;」なんてこともありましたが、


いろんな人が心配してくれて、こんなにたくさんの人たちに支えられて生きていたんだ・・と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

大切な人をもっと大切にしたい、と心から思い、ひとときひとときを丁寧に生きようと思うようになっていました。


病室の窓から見えていたあの山で、家族と一緒に風に吹かれました。

美味しいものもたくさん食べました。

母の日には花束をもらって、きれいにお化粧して、写真におさまりました。


このころ、「骨髄移植をすることになるのだろうか・・」と、骨髄移植がどんなものなのかよくわからないまま、漠然とした不安が日々ふくらんでいましたが、その不安を誰にも話すことはできませんでした。


楽しい日々はあっという間に過ぎていきました。

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いま・・


お昼にファミレスに行ったら、お粥セットがあったーっ!

膵炎食は簡単♪

「脂肪のない消化の良いもの」なので、基本、炭水化物と植物タンパクになります。

付いていた半熟玉子だけ残して完食(*^^)v

連休以降5キロ減。

夏に向け、ダイエットできてラッキー!

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4月末


やっとマルクにこぎつけて・・

お昼過ぎに骨髄穿刺、夕方4時ころ結果が分かりました。

「寛解です」

山をひとつ越えた気がしました。


HLAの検査では、肉親の中に移植可能が一人みつかり、骨髄バンクの検索では全国に9人いるということがわかりました。これからの治療に対してのバックアップ体制ができたというとことです。


実は、最初のマルクでもこの時のマルクでも、骨髄が十分に採取できなかったため、まだフィラデルフィア染色体が陽性か陰性かはわかっていませんでした。

そして、そのことがどういうことなのかも知りませんでした。


寛解導入療法は成功し、1回目の地固め療法までの10日間を家で過ごせる。

嬉しかったー

ただ・・

感染がなにより怖かったので(白血病の直接の死因は感染症と聞かされていました)、散らかっているであろう我が家に帰るのがちょっと怖くもありました。

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