人間の能力の1つとしてデリート(消去)するという機能があるとおもう。

誰しもが自分の尺度で感じる、痛みや辛いこと、悲しいことを長期間いつまでも感じていると、精神的に異常をきたし、いずれは肉体にまで影響を及ぼしかねないから、ある意味、デリート(消去)するという行為は自衛本能なのかもしれない。

しかし、デリート機能と言っても
人も機械も(ログが残ってるから)
完全に消去したのではなく、心のど真ん中から、少し外れたところだったり、心のずーと奥深いところに一時的にしまい込む(忘れる)だけ。

一部の記憶は消すことが出来ない。

だから、ふとした事で思い出したりするもの。

そのたびに、涙がこみ上げたりして。
痛くて、辛くて、苦しくて。

ときには恥ずかしくて、この世から消えてしまいたいと思ったり。


痛みや、苦しみ、辛いこと、悲しいこと、そして、失敗や後悔を心に積み重ねて
与えられた限りある時間を年老いていくということを、思い知らされる。

20歳の時には永遠に感じていた毎日。

当たり前の幸せもずっと続くと思っていたのに。

でも、なかなかうまく行かない事も多い訳で。

自分だけどうして?とは思わないが。

隣の芝生は青く見える。だけだと思うから。
(でも、私の場合はもうちょっと、人をうらやんだり妬んだりしたほうが人間らしいかもしれない。今までは、ほんとにあんまりそういう感情を嫌悪していたので。だから、成長しない事もあるから・・・そのへんは人間臭さの反省点)

まぁ、私だって人生を真面目に考えたりするのだよってこと。
(普段はそうは見えないと思うけど)


後悔した事を、後悔しないで生きる。

なんて、カッコイイ?こと言いながら
(ほんとにそう思ってはいるけど)

もがき苦しむ毎日なのです。

そしてまた
この苦しみも悲しみも、いつの日かデリートor忘却の彼方にされる事でしょう。

上手に生きていく為のデリート機能とは反対に人はリメンバー機能ももちあわせていると思うわけです。

嬉しい事ヽ(●´∀`)人(´∀`●)ノ楽しい事

ウキウキやドキドキやキュンキュンを感じた時の気持ちを記憶している事で、人生を豊かに過ごせる。

だから私は、辛いことや悲しいこと悔しい思い、心の痛みが多い毎日を打ち消せるぐらいの楽しいことを求めてやまないのです。

ポジティブ要素>ネガティブ要素のバランスが大事なのだと思うから。

それには、毎日笑って過ごせること。
笑い健康法信じています。
笑うと細胞が喜ぶのわかるのですよ。本当に

PS:細胞寿命については120才説がイチオシです(笑)