死者の為の祈り


亡くなった人々の為の葬儀の祈り


最後の審判、死者の復活、または中間状態(ハデスや煉獄など)を信じる宗教では、死者に代わって神に祈りを捧げる事がよくあります。


キリスト教・新約聖書


新約聖書の一節で、死者の為の祈りであると一部の人々に見られるのは、テモテへの手紙第二1:16-18です。その内容は次の通りです。


「主がオネシフォロスの家に慈悲を与えて下さいます様に。彼は何度も私を慰め、私の鎖を恥じる事なく、ローマにいた時、熱心に私を捜し、私を見つけました(主が彼にその日に主の慈悲を与えて下さいます様に)。彼がエフェソスでどれほど多くの奉仕をしたかは、貴方もよくご存じの通りです。」


マカバイ記第二の節と同様に、これらの節は、神が「その日」(恐らく審判の日)に死者を慈悲深く扱って下さるという深い願いを反映しています。聖パウロやこの手紙の筆者が祈ったオネシフォロスが亡くなったとは書かれていないが、一部の学者は、この手紙では過去形でしか言及されておらず、彼の家族への現在の祝福を祈っているが、彼の為に祈っているのは「その日」だけである事から、そう推測している。また、同じ手紙の終わりの方、テモテへの手紙第二4章19節には、「プリスカとアキラ、そしてオネシフォロスの家」への挨拶があり、オネシフォロスの状況と、まだ生きているプリスカとアキラの状況を区別している。


伝統


死者の為の祈りは、初期のキリスト教において、著名な教父たちとキリスト教コミュニティ全体の両方でよく記録されています。カトリック教会では、死者が祈りによって彼らに代わって受ける援助は、煉獄として知られる浄化の過程と結びついています。東方正教会では、キリスト教徒は「信仰を持って逝ったが、悔い改めに値する実を結ぶ時間がなかった魂」の為に祈ります。死者の為の祈りは、これらの伝統と東方正教会及び東方アッシリア教会の両方で継続されていますが、多くのプロテスタントグループはこの慣習を拒否しています。


フリギア(2世紀後半)のヒエロポリスのキリスト教徒アベルキウスの墓には、「これを守る全ての友人は私の為に祈って下さい」という碑文があります。つまり、最初から最後まで一人称で話すアベルキウスです。


ローマのカタコンベの碑文にも、次の様な句が残されており、同様の慣習を物語っています。


汝が聖徒たちの間で生きられます様に(3世紀)


神が…の魂を元気づけます様に


彼らに平安あれ。


教会の著述家の中で、死者の為の祈りについて言及した最初の人物はテルトゥリアヌス(230年没)です。「亡くなった夫の為に祈らない未亡人は、夫と離婚したも同然である」。この一節は、3世紀初頭のテルトゥリアヌスの後期の著作の1つに出てきます。その後の著述家も同様に、この習慣は違法でも論争の的でもない(4世紀末にアリウスが異議を唱えるまでは)一般的な物として言及しています。 最も有名な例は、聖アウグスティヌスが398年頃に書いた告白書第9巻の終わりにある、母モニカへの祈りです。


東西両方のキリスト教の典礼の重要な要素は、聖餐式で記念される生者と死者の名前のリストであるディプティクでした。これらのリストに載せられる事は、その人の正統性の確認であり、この慣習から聖人の公式な列聖が生まれました。一方、名前を削除する事は非難でした。


3世紀半ば、聖キプリアヌスは、遺言で聖職者を管財人に任命して教会の規則に違反した亡くなった一般信徒の為に、献金や公の祈りを捧げてはならないと命じました。「聖職者を祭壇から引き離す為に最善を尽くした者は、司祭の祈りの中で名前を挙げるべきではない。」


原則として、古代の典礼で使用された正確な言葉の日付を特定する事は不可能ですが、4世紀と5世紀に東西を問わずキリスト教会のあらゆる場所でこれらのディプティクと死者の為の明確な祈りが普遍的に存在した事は、その様な祈りがいかに原始的であったかを示しています。死者の為の祈りで使用されている言葉は、安息と痛みや悲しみからの解放を求めています。聖ヤコブの典礼の一節はこう述べています。


「主よ、霊と全ての肉の神よ、私たちが覚えている人々、覚えていない人々、正しいアベルから今日までの真の信仰の人々を思い出して下さい。生者の国、貴方の王国、楽園の喜び、私たちの聖なる父祖アブラハム、イサク、ヤコブの胸の中に、貴方自身が安息を与えて下さい。そこから痛みと悲しみと溜息は逃げ去り、貴方の顔の光が彼らを訪れ、常に彼らを照らします。」


公の祈りは、教会の忠実な信者として亡くなったと信じられている人々の為にのみ捧げられました。然し、202年に殉教した聖ペルペトゥアは、8歳で亡くなった、洗礼を受けていない事はほぼ確実である兄の為に祈る様にという幻視によって励まされたと信じていました。そして、後の幻視で、祈りが聞き届けられ、兄が罰から解放された事が彼女に保証されました。聖アウグスティヌスは、この物語が正典ではない事を指摘する必要があると考え、その子供は恐らく洗礼を受けていたと主張しました。


カトリック教会


西洋では、死者の魂の平安と癒しを常に祈るカタコンベの碑文や、死者を偲ぶ事がよくある初期の典礼に、死者の為に祈る習慣の証拠が十分に残されています。また、テルトゥリアヌス、キプリアヌス、その他の初期の西方教父は、初期キリスト教徒の間で死者の為に祈る習慣が定期的にあった事を証言しています。然し、殉教したキリスト教徒の場合、殉教者の為に祈るのは不適切であると考えられていました。なぜなら、彼らは即座に天国の至福の光景へと移った為、その様な祈りは必要ないと考えられていたからです。理論的にも、地獄(永遠に失われた者の住処と理解されている)にいる人々の為に祈っても無駄でしょう。然し、特定の人が地獄にいるかどうかは確実ではない為、天国にいると信じられている人々を除いて、全ての死者の為に祈りが捧げられます。彼らには、彼らの為にではなく、彼らに祈られます。 死者の為の祈りでは、死者が煉獄にいる事がよく言及される。浄化の過程と信者の祈りの助けによって死者が天国に送られるという確実性から、死者は「聖なる魂」と呼ばれる。洗礼を受けていない者、カトリック教徒でない者、悪名高い罪人の為に公にミサを捧げる事には制限があったが、彼らの為に祈りを捧げ、個人的にミサを捧げる事は可能だった。カトリック教会の現在の教会法典では、死の前に本人が悔い改めの印を示さない限り、悪名高い背教者、異端者、分離主義者、反キリスト教の動機で遺体を火葬する事を選んだ者、及び信者に公の非難を浴びずに教会の葬儀を行えない明白な罪人に対しては、いかなる形式の葬儀ミサも捧げてはならないと規定されている。一方、「自身の司祭がいない場合、非カトリック教会または教会共同体に属する洗礼を受けた人は、地元の司祭の慎重な判断に従って、本人がそれを望まなかった事が証明されない限り、教会の葬儀の儀式を行う事が認められる。」


第一次世界大戦の虐殺の最中、1915年8月10日、ベネディクト15世教皇は、全ての司祭が万霊節に3回のミサを行う事を世界中の司祭に許可した。2回の追加のミサは、司祭自身の利益の為ではなく、1回は亡くなった全ての信者の為に捧げられ、もう1回は当時その戦争の全ての犠牲者の為であると推定されていた教皇の意図の為に捧げられた。許可は残っている。ミサの式典のローマ典礼を含む全ての聖体礼儀には、亡くなった人々の為の祈りが含まれている。


ドイツのルーテル教会とカトリック教会は、コミュニオ・サンクトルムにおいて、死者の為の祈りは「キリストにおいて私たちが結ばれている交わりに相当する。既に亡くなった人々と彼らの為に祈り、彼らを神の慈悲に委ねる」という点で一致した。同様に、米国では、福音ルーテル教会とカトリック教会が「永遠の命への希望」という声明を策定し、「死の隔たりを超えて、生者と死者の間には交わりがある。祈りを込めて死者を神に委ねる事は、葬儀の典礼において有益である。死者の復活と一般的な最後の審判が将来の出来事である限り、各人の為に神の慈悲を祈り、その人を神の慈悲に委ねる事は適切である」と断言した。


東方正教と東洋正教


神学


東方正教と東洋正教は「煉獄」という用語を否定しています。死者の為の祈りは死者の為に役立つと信じて奨励されていますが、信者の祈りが死者にどの様に役立つかは明らかにされていません。東方正教は、伝統が死者の為に祈るべきであると教えていると単純に信じています。


聖バシレイオス大王(紀元379年)は、ペンテコステの第三の跪きの祈りの中で次の様に書いています。「ああ、我らの神キリストよ…(彼は)この完全で救いの祭日に、冥界に囚われている者たちの為の宥めの祈りを慈悲深く受け入れ、我々を妨げ、また彼らを妨げてきた悪霊たちから解放されるという大きな希望を束縛された我々に約束して下さいます。貴方の慰めを送って下さい。そして彼らの魂を正義の住まいに定着させて下さい。そして慈悲深く彼らに平和と赦しを与えて下さい。主よ、死者は貴方を賛美せず、地獄にいる者たちも貴方に告白を敢えて捧げません。然し、生きている我々は貴方を祝福し、祈り、彼らの魂の為に宥めの祈りと犠牲を捧げます。」


聖グレゴリウス・ダイアログス(604年没)は、有名な『対話』(593年執筆)の中で、「我々の救いの犠牲であるキリストの聖なる犠牲(聖体)は、来世で罪が赦される様な物であれば、死後も魂に大きな恩恵をもたらす」と教えている。然し、聖グレゴリウスは続けて、死者の為の教会の祈りの習慣は、地上で敬虔な人生を送らない言い訳になってはならないと述べている。「当然ながら、より安全な道は、死後に他人が私たちの為にしてくれる事を望む事を、生きている間に自分自身の為に行う事です。」セラフィム・ローズ神父(1982年没)は、「教会の祈りは、救いを望まない人、または生涯救いの為にいかなる闘争も捧げなかった人を救う事はできません」と述べている。


東方正教会の実践


死者の為の様々な祈りの目的は、死者の安息、生者の慰め、そして残された人々に死すべき運命を思い出させる事です。この為、追悼式には悔悟の雰囲気が漂います。死者の為の教会の祈りは、死の瞬間に始まります。司祭が魂の旅立ちの祈りを導きます。この祈りは特別なカノンと魂の解放の祈りから成ります。その後、遺体は清められ、衣服が着せられ、棺に横たわった後、司祭が第一パニヒダ(死者の為の祈りの儀式)を始めます。第一パニヒダの後、家族と友人は棺の横で詩篇を声に出して読み始めます。この朗読は、通常葬儀が行われる翌朝、オルトロスの時刻まで続き、終了します。正教会の信者は、死後最初の40日間は故人の為に特に熱烈な祈りを捧げます。伝統的に、死の日に行う儀式に加えて、以下の機会に故人の親族の要請により追悼式が行われます


死後3日目、9日目、40日目、死後1周年、3周年(毎年、死の周年に追悼式を依頼する人もいます)


個人の為のパニヒダスに加えて、1年の内には、死者を偲ぶ特別な日が数日設けられ、亡くなった正教会の信者全員が一緒に祈りを捧げます(これは、地上に祈ってくれる人がいない人々の為に特に行われます)。これらの一般的な追悼式の大部分は、1年を通して様々な「魂の土曜日」(主に四旬節)に行われます。 これらの日には、通常のパニヒダに加えて、晩課と早課に特別な追加があり、聖体礼儀に故人の為の固有の儀式が追加されます。これらの一般的な追悼の日は次の通りです。


肉祭りの土曜日(大斎が始まる2つ前の土曜日)。伝統によっては、家族や友人が週の間に愛する人の多にパニヒダを捧げ、土曜日に一般的な追悼式が行われます。


大斎の第2土曜日


大斎の第3土曜日


大斎の第4土曜日


ラドニツァ(復活祭後の第2火曜日)


ペンテコステの前の土曜日。伝統によっては、家族や友人が週の間に愛する人の為にパニヒダを捧げ、土曜日に一般的な追悼式が行われます。


デメトリウスの土曜日(聖デメトリウスの祝日である10月26日の前の土曜日)。ブルガリア正教会では、デメトリウスの魂の土曜日ではなく、11月8日の聖ミカエル大天使の祝日の前の土曜日に死者を偲ぶ儀式が行われます。


死者の為の最も重要な祈りは、聖体礼儀で行われます。聖体礼儀の冒頭のプロスコメディの間に、プロスフォロンから小片が切り取られます。これらの小片は、聖体拝領の間ずっと、小羊(聖体)の下のディスコに置かれます。信者の聖体拝領の後、助祭はこれらの小片を聖杯に払い入れ、「主よ、貴方の全ての聖徒の祈りを通して、貴方の尊い血によって、ここに記念されている全ての人々の罪を洗い流して下さい」と言います。 この行為について、エフェソスの聖マルコはこう言っています。「死者の為に祈る事、典礼で彼らの記念を捧げる事以上に、私たちができる最善の事や偉大な事は何もありません。彼らは常にこれを必要としています。その時、肉体は何も感じません。集まった親しい人たちの姿も見ず、花の香りも嗅がず、葬儀の演説も聞きません。然し、魂は自分の為に捧げられた祈りを感じ、祈りを捧げた人たちに感謝し、精神的に彼らに近づきます。」


通常、聖人候補者は、聖人として列聖される前に、パニヒダを捧げて記念されます。そして、列聖の前夜には、「最後のパニヒダ」として知られる特に厳粛なレクイエムが捧げられます。


ルーテル教会


ルーテル改革派は、初期の教会が死者の為の祈りを実践していた事を認識し、それを原則として受け入れました。従って、1580年の協和聖書では、ルーテル教会は次の様に教えています。


「古代人が死者の為の祈りについて語っている事は知っていますが、私たちはそれを禁止しません。然し、死者の為に聖餐をex opere operatoに適用する事は認めません。」


ルーテル教会の聖職者リチャード・フットレルは「ルーテル教会内の歴史的な慣習では、教会の祈りの中に死者の為の祈りが含まれていました。例えば、ルーテルの生涯における典型的なルーテル教会の礼拝を見ると、教会の祈りの中に、今日でもルーテル教会の礼拝で典型的である執り成し、特別な祈り、主の祈りだけでなく、死者の為の祈りも見つかります。」と書いています。 亡くなった人々について、マルティン・ルターは「私は、この様に、或いはそれに似た方法で、自由な信心をもって祈る事は罪ではないと考えます。愛なる神よ、この魂が慈悲を受けるに足る状態にあるなら、慈悲をお与えください。(ルター著作集、第37巻)」と宣言しました。子供が生まれず洗礼を受けられなかった女性たちを慰める為に、マルティン・ルターは1542年に次の様に書いています。「要するに、何よりもまず、貴方が真のクリスチャンである事、そして、この苦難の時で​​あろうと、他のどんな苦難の時で​​あろうと、真の信仰をもって神に心からの憧れと祈りを捧げる事を教える様にしなさい。そうすれば、自分の子供や自分自身の事で落胆してはならない。貴方の祈りが神に喜ばれる事、そして神が貴方の理解や望みを遥かに超えて全てをして下さる事を知っておきなさい。『私を呼び求めよ。苦難の日に、私は貴方を救い、貴方は私の栄光を現すであろう』」 この為、私たちはその様な幼児を非難すべきではありません。信者やキリスト教徒は、彼らの為に切望し、祈りを捧げてきました。」然し、彼が聖書に反する慣習の延長と見なした物(死者の為のレクイエムミサの繰り返しなど)に関しては、同じ1542年に『埋葬賛美歌』の序文で次の様に述べています。「従って、私たちは教会からカトリックの忌まわしい行為、例えば徹夜、死者の為のミサ、行列、煉獄、その他死者の為の全てのまやかしなどを取り除き、完全に廃止しました。」


米国最大のルーテル派であるアメリカ福音ルーテル教会は、「毎週日曜日の人々の祈りで、最近亡くなった人々や教会の聖人暦で記念されている人々を含め、亡くなった信者を偲んでいます。」 福音ルーテル教会の葬儀では、「死者の為に祈る」為に「次の様な推薦文が使われる。『私たちの姉妹/兄弟を、貴方たちの全ての聖人と共にお守り下さい。そして最後に、彼女/彼を蘇らせ、私たちの主キリストの栄光ある復活によって得られた終わりのない喜びと平和を、全ての信者と分かち合います様に。』」このルーテル典礼における死者の為の祈りに対する応答は、永遠の安息の祈りである。「主よ、彼/彼女に永遠の安息を与えて下さい。そして、彼/彼女の上に永遠の光が輝きます様に」。


一方、ルーテル教会ミズーリ教区の信徒の間で広く使用されているルターの小教理問答書の版では、次の事を推奨している。


「私たちは誰の為に祈るべきでしょうか?私たちは自分自身と他の全ての人々、更には敵の為にも祈るべきですが、死者の魂の為に祈るべきではありません。」


この質問と答えはルターの原文には出てきませんが、この説明を教理問答書に加えた20世紀のルター派の見解を反映しています。同様に、保守的なルター派の宗派WELSは次の様に教えています。


「ルーテル派は亡くなった人の魂の為に祈りません。人が死ぬと、その魂は天国か地獄のどちらかに行きます。死後に二度目のチャンスはありません。聖書には、「人は一度死ぬ事と、その後に裁きを受ける事が定められている」と書かれています(ヘブライ人への手紙9:27、ルカによる福音書16:19-31も参照)。亡くなった人の為に祈っても何の役にも立ちません。」


英国国教会


1549年の英国国教会の祈祷書には、死者の為の祈りがまだありました。聖餐式では、「私たちは、信仰の印と共に私たちの下を去り、今は安らかな眠りについている貴方の他の全ての下僕たちを貴方の慈悲に委ねます。彼らに貴方の慈悲と永遠の平和を与えて下さい。」とあります。然し、1552 年以降、祈祷書には死者の為の明確な祈りはなく、この習慣は説教「祈りについて」(第3部)で非難されています。非陪審員には死者の為の祈りが含まれていました。この習慣は19世紀半ばに英国国教会内で広まり、1900年に南アフリカで勤務する軍隊に認可され、それ以降は他の形態の奉仕でも認可されました。 英国カトリックの伝統を継承する多くの管轄区域や教区では、亡くなったキリスト教徒の安らぎの為に日曜の典礼を捧げたり、万霊祭を守ったりするなど、死者の為の祈りを実践し続けています。1979年の米国聖公会の祈祷書には、死者の為の祈りが含まれています。日曜の聖体礼儀の祈りには、亡くなった信者の安息の為の執り成しが含まれています。更に、葬儀の祈りの殆どは、冒頭の祈りを含め、死者の為の物です。


「数えきれない慈悲を持つ神よ、貴方の下僕Nの為に私たちの祈りを受け入れ、貴方の聖徒たちの交わりの中で、彼に光と喜びの国への入り口を与えて下さい。貴方の子、私たちの主、イエス・キリストを通して、彼は貴方と聖霊と共に唯一の神として、今も永遠に生きて統治します。アーメン。」


1979年の祈祷書のカテキズムによると「私たちは(死者の為に)祈ります。なぜなら、私たちは今も彼らを愛しており、神の前で神に仕える事を選んだ人々は、神の愛の中で成長し、遂には神のありのままの姿を見る様になると信じているからです。」この文は、祈りは通常、教会のメンバーであった事が知られている人々(「神に仕えることを選んだ人々」)の為に捧げられる事を示していますが、信仰が不確かであったり知られていなかったりする人々の為にも祈りが捧げられます。祈祷書の埋葬の儀式で認められている選択肢では、故人の宗教生活について知られている事に関する誠実さを保ちながら、故人を神の慈悲に委ねる祈りが認められています。例えば、執り成しの祈りの後、結びの祈りには2つの選択肢があります。1つ目は「主イエス・キリストよ、私たちは、聖なる洗礼において水と聖霊によって再生した私たちの兄弟(姉妹)Nを貴方にお委ねします」で始まります。 然し、二番目は、神の前での信仰と立場が知られていない人に適しています。


「全ての父なる神よ、N.の為に、そして、私たちが愛しながらももう会えない全ての人々の為に祈ります。彼らに永遠の安息を与えて下さい。彼らに永遠の光が輝きます様に。彼の魂と全ての亡き者の魂が、神の慈悲によって安らかに眠ります様に。アーメン。」


メソジスト教会


メソジスト教会の創始者ジョン・ウェスレーは、「私は忠実な死者の為に祈る事を義務だと信じている」と述べています。彼は「死者の為に祈る事の妥当性を教え、自ら実践し、他の人々が行える様に形式を提供しました。」形式にあるその様な祈りの2つは「貴方の信仰と畏れの中で既に死んでいる人々と共に、私たちが喜びに満ちた復活に与る事ができます様に」と「貴方の限りない慈悲によって、貴方の中で死んでいる人々と共に、貴方の前に共に喜ぶ事ができる様にして下さい」です。この様に、多くのメソジストは「眠っている人々の為に」祈ります。メソジスト派の作家、シェーン・レイナーは、この慣習について「時間と空間を超えて、コミュニティ内の他の人々の為に祈る事は適切である」と説明し、聖徒の交わりの教義が「過去、現在、そして未来の全てのキリスト教徒で構成されたコミュニティ」である事に言及している。英国メソジスト教会は、イングランドとウェールズのカトリック教会との共同声明で、「死者の為に祈るメソジストは、それによって死者を神の継続的な慈悲に委ねている」と断言した。


モラヴィア教会


モラヴィア教会は、イースターの典礼で「キリストの信仰において亡くなった人々」の為に祈り、「彼らの聖なる旅立ちに感謝する」。


改革派教会


改革派教会は死者の為の祈りにしばしば反対する。なぜなら、それは無益であると見なされているからだ。然し、米国長老派教会には「信仰において亡くなった人々の記念」がある。それは死者の為の嘆願ではなく、地上の教会が天国の教会と共により大きな聖徒集団の一部である事を思い起こさせる物であり、他の祈りは死者への感謝と生者への嘆願を組み合わせた物である。


アーヴィング派教会


アーヴィング派教会の中で最大の新使徒教会は、死者の為の祈りを実践している。亡くなった信者の為の神聖な儀式は年に3回行われる。更に、「新使徒派キリスト教徒は、救済されないまま亡くなった魂がキリストに救いを見いだせる様にも祈ります。」


その他の教会


バプテスト教会や非宗派キリスト教会の信者は、死者の為の祈りを実践していません。例えば、バプテスト教会の信者は、「死者は生きている者の祈りや犠牲などから何の恩恵も受けない」と考えています。


末日聖徒イエス・キリスト教会


末日聖徒イエス・キリスト教会には、死者の為に執り行われる神聖な儀式や儀礼が数多くあります。その中には、死者の為の洗礼や、死者を家族に結び付ける儀式があります。これらの儀式は、コリント人への第一の手紙15:29-32やマタイによる福音書16:19など、複数の新約聖書の聖句に基づいています。


死者の為のロザリオ


父と子と聖霊の御名において。アーメン


おお神よ、来て私を救って下さい。


主よ、急いで私を助けて下さい


「栄唱」


「使徒信経」


1. ゲツセマネでのイエスの苦しみ


神よ、暗闇の束縛から私を解放して下さい。私が避難所を見つける為に貴方の扉を開いて下さい。死の影響を受けず、腐敗のない人生を生きている貴方。


イエスはゲツセマネと呼ばれる農場に行き、弟子たちにこう言いました。「私の魂は死ぬまで悲しいです。ここにいて一緒に見守って下さい。」少し進んでから、彼は地面に顔を伏せて祈り、こう言いました。「父よ、できる事なら、この杯を私から去らせて下さい。でも、私の望む様にではなく、貴方が望む様に」 (マタ 26、36-39)。


「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」


神よ、慈悲深い父よ、貴方は、忠実な死者の中で、死んで復活した御子の奥義が成就するという確信を私たちに与えて下さいました。私たちが告白するこの信仰によって、キリストにあって眠りについた兄弟(姉妹)が復活の喜びの中でキリストと共に目覚める様に与えられるのです。私たちの主キリストを通して。


2. イエスの十字架上の死


神よ、見て下さい。私の屈辱的な肢体を見て、私の静かな溜息を聞いて下さい。最後の切望の時に、貴方だけが無限の救いを与える事ができます。


それは正午頃で、太陽が食われ、午後3時まで地球全体が暗くなりました。神殿のベールが真ん中で破れた。イエスは大声で叫びながら、「父よ、私の霊を御手に委ねます」と言われました。そう言って彼は息を引き取った(ルカ23章44-46節)。


「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」


おお神よ、貴方は許しを与える愛です。この世から貴方の所へ去って行った私たちの兄弟(姉妹)を貴方の中に迎え入れて下さい。そして彼は貴方を望み、信じているのですから、彼に無限の幸福を与えて下さい。私たちの主キリストを通して。


3. イエスの埋葬


貴方の慈悲を私から遠ざけないで、貴方の優しさを私から奪わないで下さい。神よ、私は貴方と共に喜びを感じ、私の魂は貴方の愛を喜ぶでしょう。


アリマタヤのヨセフはイエスの遺体を引き取り、白いシーツに包み、新しい墓に安置しました。それから彼は墓の扉に大きな石を転がして立ち去りました。彼らは墓の前に、マグダラのマリアともう1人のマリアがいました(マタ27、59-60)。


「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」


おお慈悲の父よ、ようこそ、もう私たちの中には目に見えない貴方の忠実な方です。救い主の呼びかけに用心深い心で耳を傾けた彼(彼女)は、貴方の御子、私たちの主、そして永遠に生きて統治する私たちの神であるキリストの永遠の宴に備えて入る事ができるでしょう。


4. イエスの復活


再燃せよ、おおキリストよ、聖なる復活祭よ、私の燻蒸ランプよ。貴方は恩寵の火の中で輝く為に戻ってきて、私が貴方の宴会に参加できる様にします。


天使は女性たちにこう言いました。「恐れる事はありません、貴女たち。貴女が十字架につけられたイエスを探している事は知っています。ここにはありません。彼が言った様に、彼は復活しました。彼が埋葬された場所を見に来て下さい。急いで行って、弟子たちに告げなさい。『彼は死から蘇った』」(マタイ28、5-6)。


「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」


おお、私たちの救いの為に、十字架につけられ復活したキリストの神秘に私たちを参加させて下さった父よ、私たちの兄弟(姉妹)が死の束縛から解放され、永遠の復活祭に聖徒の共同体と団結して下さいます様に。私たちの主キリストを通して。


5. イエスの昇天


最も純粋な天に存在し、永遠から世界を統治する貴方。私にも命の扉を開いて下さい。主よ、私を貴方の食卓に迎え入れて下さい。


心を騒がせないで下さい。神を信じて下さい。そして私も信じて下さい。私は貴方の為に場所を用意します。私が行って貴方の為に場所を用意したら、戻ってきて貴方を連れて行き、貴方も私のいる場所に来られる様にします(ヨハネ 14、1-3)。


「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」


おお、永遠の神よ、全ての慰めと全ての希望の父よ、私たちの兄弟(姉妹)に、終わりの日に解放と平和の言葉を喜びをもって聞き、永遠に幸福な被造物の中での地位と報酬を与えて下さい。私たちの主キリストを通して。


出典元・piccolifiglidellaluce(イタリア語・Google翻訳)、Wikipedia(英語版・Google翻訳)




おはようございます。昨日は「死者のためのロザリオ」専用ロザリオを製作しました。大珠は聖ベネディクト、センターメダイは尊者ルイザ・ピッカレータです。


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