春秋(24年2月2日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)新聞各社の社会部には「遊軍」という役どころがある。

災害や事件、事故が発生すると現場に駆けつけ、本社に一報を入れる。まだ若く、黒髪も向上心もあった記者が遊軍担当だったのは昭和が終わり、平成に改元された1989年のこと。実に様々な出来事があった。

 

(2)▼秋篠宮さまのご婚約、東京、埼玉で起きた連続幼女誘拐殺人事件、そしてリクルート事件である。

同年4月だった。竹下登元首相の「金庫番」と呼ばれた元秘書が、都内の自宅マンションで亡くなった。自ら命を絶ったらしい。現場に急行し、岩石のように重い携帯電話で、口伝えでつたない原稿を送ったことを思い出す。

 

(3)▼リクルートの政界工作をめぐり、東京地検特捜部は未公開株譲渡による贈収賄疑惑だけでなく、政治資金規正法を適用することも視野に入れていた。

当時の本紙記事は伝えている。元秘書は特捜部の事情聴取を受けていた。なにを守ろうとしたのか。竹下氏は後に、この悲劇について、「罪万死に値する」と述懐している。

 

(4)▼きのう、35年前に取材したマンションを再訪した。

当時の建物が変わらずそこにあった。自民党派閥のパーティーをめぐる政治資金規正法違反事件でも、政治家本人は「秘書が……」と弁明する。昔日と同じ光景である。議員の責任を問う連座制の法改正は実現するだろうか。流れた時の長さを思い、現場で手を合わせた。