冨山和彦氏「会議と社内調整だけのホワイトカラーが賃金下げている」賃金革命(1)(2024.1.5 日経ビジネス)

 

記事(馬塲 貴子)日経ビジネス記者

 

この記事の3つのポイント

  •     ホワイトカラーの賃金は優秀な層とそれ以外とで二分化
  •     ホワイトカラーの労働力はエッセンシャルワーカーに吸収される
  •     エッセンシャルワーカーを中間層並みに稼げる仕事にすべき

 

■連載予定 ※内容や順番は予告なく変更する場合があります
(1)冨山和彦氏「会議と社内調整だけのホワイトカラーが賃金下げている」(今回)
(2)一律賃上げもう古い 人事改革で賃上げの“23年超え”目指せ
(3)三菱ケミカル、「育てて報いる」でジョブ型人事の限界突破
(4)メルカリやレゾナック「バリュー」で成果達成までのプロセスを報酬に反映
(5)ディスコで年収4500万円の社員が誕生する秘密
(6)日本郵政は10年越しで格差是正 非正規が問う、賃金の妥当性
(7)10億円プレーヤーわずか7人 役員報酬の少なさ、日本の経営力に影響
(8)シーメンスに勝つ株価なら役員報酬増、日立の覚悟
(9)日本の役員報酬、投資家はこう見る ブラックロックなど4社に聞く
(10)元宇宙飛行士・向井千秋氏「富士通が社外取の報酬にメス入れる理由」

 

 

(1)要点「中途半端なホワイトカラーの働き方が日本全体の賃金水準低下に影響」

社員が企業に報酬増を求める春闘が2024年も始まる。23年を超える賃上げ率を達成できるかが焦点だが、企業は苦しいと言う。なぜ日本企業は賃金を上げられないのか。経営共創基盤の冨山和彦氏は「中途半端なホワイトカラーの働き方が日本全体の賃金水準低下に影響を与えている」と見る。

 

写真 1985年東京大学法学部卒業。ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、2003年に産業再生機構の最高執行責任者(COO)に就任。07年経営共創基盤(IGPI)を設立、最高経営責任者(CEO)に。20年10月から同グループ会長。(写真=栗原 克己)

 

(2)ホワイトカラーの賃金の現状をどう見ていますか

 

(ア)「グローバル企業からの引き合いがある層と、それ以外の層に二極化」

冨山和彦取締役(以下、冨山氏):ホワイトカラーの報酬は、グローバル企業からの引き合いが強い、専門的なノウハウやスキルを持った優秀な層と、それ以外の「中途半端なホワイトカラー」の層に分かれる形で二極化が進みつつあります。

 前者の報酬

近年大きく上がっています。これは、グローバル企業との人材確保競争に直面した日本企業が、社外の労働市場の基準に合わせて、以前より高い報酬を設定するようになってきたためです。

 

(イ)「中途半端なホワイトカラー」の報酬

停滞気味です。彼らの業務内容は「ジョブ」として規定できないようなものが多く、労働市場で値段が付きにくいためです。複数の会議や社内調整で1日を終えるホワイトカラーの会社員が、日本には大企業を中心にごまんといる。彼らの労働生産性は高いとは言いがたいでしょう。

 

(3)中途半端なホワイトカラーは、なぜ労働市場で値段がつきにくいのでしょうか

 

(ア)「数十年頑張れば役員や経営者などのポジションに就けるキャリアパスを夢見てきた」

冨山氏:転職を前提に働いてきたわけではないため、アピールできるような業績もなく、能力を積極的に高めようとする意識も低いからです。

彼らは「数十年サラリーマンとして頑張った褒美として、役員や経営者などのポジションに就ける」というキャリアパスを長年見てきました。

定年まで今いる企業にしがみつくほかありませんが、企業側としても昔のように高い給料は支払えないので、賃金も上げにくいのが現状です。日本には、大企業を中心にこういったホワイトカラーがごまんといます。」

 

(イ)「大企業幹部の悩み「現場に人がいないのに、本社には社員があふれている」という」

「以前はメンバーシップ型で一生面倒を見るのが良い企業とされてきましたが、社員を大事にする方法論も変わりました。私はこれまで、多くの大企業幹部から「現場に人がいないのに、本社には社員があふれている」という悩みを聞いてきました。

こういった社内における人材バランスのいびつさを改善するためにも、ジョブ型人事制度を導入し、人材のスキルと仕事内容を呼応させた仕組みを確立する必要があるでしょう。

 

エッセンシャルワーカーに吸収される

 

(4)今後、ホワイトカラーの給与や働き方はどうなるのでしょうか

 

(ア)「生成AI(人工知能)でホワイトカラーの人余りが加速」

冨山氏:中途半端なホワイトカラーは今後さらに大変になっていくでしょう。労働市場における需給バランスを考えると、仕方がないことです。生成AI(人工知能)の出現によってホワイトカラーの多くの仕事が省人化され、人余りが加速します。2035年には、特別な措置を講じない限り、国内のホワイトカラーが約500万人余るとの推計もあります。

 

(イ)「優秀なホワイトカラーとエッセンシャルワーカーの賃金上昇に中途半端なホワイトカラーは取り残される」

「さらに長期的な視点では、ホワイトカラーの労働力は、医療・介護や建設などの仕事に携わるエッセンシャルワーカーの層に吸収されていくのではないかと見ています。

エッセンシャルワーカーは、社会インフラを維持するために不可欠な存在ですが、多くの国で深刻な人手不足に陥っています。

海外では既に激しい人材争奪戦が起きており、欧州の一部の先進国では、彼らに年収500万~700万円相当の給料を払っています。国内でも同一労働同一賃金や最低賃金アップに向けた機運が高まる中、賃上げも進んでいるのです。

優秀なホワイトカラーとエッセンシャルワーカーの賃金が上昇する一方で、中途半端なホワイトカラーの賃上げは取り残されています

 

(ウ)「エッセンシャルワーカーとして外国人材を受け入れると社会的、財政的なコストが高すぎる」

冨山氏:労働力需給の観点などからは正しい方向に向かっているのではないでしょうか。エッセンシャルワーカーはこれからさらに人手不足となることが予想されているため、需要も高いです。こういった議論では移民を入れればいいという意見もありますが、社会的、財政的なコストを考えると、エッセンシャルワーカーとして外国人材を受け入れるのはやめた方がいいでしょう。

 

(エ)「エッセンシャルワーカーの仕事を中間層並みに稼げる仕事にしていくべき」

「ホワイトカラーからエッセンシャルワーカーへのジョブシフトが起きなければ、日本における労働需要や賃金のいびつさは解決されないと思います。「ホワイトカラー=中間層」というイメージを捨てて、エッセンシャルワーカーの仕事を中間層並みに稼げる仕事にしていくべきです。

 

(オ)「大学選択は需要が増える優秀なホワイトカラーかエッセンシャルワーカーのどちらかを目指すべき」

 これから社会に出る若者は、将来について十分に考える必要があるでしょう。私は以前から「大学に行くなら、本当に国際的な大学か、いわゆる職業訓練系の大学に行くべきだ」と提言してきました。この主張は議論を呼びましたが、需要が高まり続ける優秀なホワイトカラーかエッセンシャルワーカーのどちらかを目指す、というのが妥当な考え方ではないでしょうか。