MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の13日目~14日目のまとめ。
丹波地方で、すっかり有名人となった河田アナとくっすん。地元新聞掲載で、さらに人気に火がついたみたいです。姫路を通る際も、ケーブルテレビとかミニコミ誌とか何でも、ぜひ取材していただきたい・・・。
【13日目】 2017年04月20日(木)放送
旅の内容:●丹波市を歩き 高山寺へ ▲甘党くっすん大満足のお店■光秀ゆかりのお寺★ダジャレ勝負で小学生に負けるくっすん!?
スタートは兵庫県丹波市・ロールアウトパラグライダースクール。ゴールは兵庫県丹波市氷上町・高山寺。約14キロの道のり。
午前8:00、兵庫県丹波市青垣町のロールアウトパラグライダースクールの前からオープニング。前回は一日中暖かい晴れの天気だったが、今回は打って変わって、一日中寒い雨の天気。
『認定こども園 あおがき』の前を通り、通園途中の傘をさした女の子と保護者の方に出会い、おはようのあいさつをする。河田アナが、幼稚園で何をしているのが一番楽しいか聞いてみると、「さぶい~。」とのこと。
スタートから1キロ、PPロープの生産量全国シェアの20~30パーセントをほこる青垣物産を取材する。PPロープと聞いて、真っ先にPPAPを思い浮かべるくっすん。社長さんにどのようなロープか教えていただく。ポリプロピレンロープを略してPPロープと言い、荷造りや結束など梱包作業に欠かせない。
PPロープの工場を見学する。原料のポリプロピレンは白っぽい半透明で、ビーズのような形をしている。
①ポリプロピレンに250℃の熱を加えて融かす。②ポリプロピレンは薄いフィルム状の、長くつながった巨大な筒の形に姿を変えるので、中から空気を送り込んで冷やす。③薄くなったポリプロピレンの帯を、強度を高めるために引き伸ばし、カッターで縦に4等分する。④機械で巻き取り、一定の長さになると、ロール状の巨大PPロープが完成完成する。
工場での加工はここまで・・・。巨大PPロープは、一般家庭での内職によって2次加工される。
会社のすぐ近くにあり2次加工を請け負っている、家庭内の小さな工場(足立さん宅)を見学させてもらう。内職ながら本格的な機械を導入し、先ほどのロープを2~3本ずつ編んで、紙袋の取っ手や強度のあるロープを作る。この作業は、現在工場近くにある17軒の家庭で行われている。
元々は青垣町の農家の方々が、農閑期の冬でもできる仕事はないかと、組合を創ってPPロープ作りを始めた。
PPロープ作り職人の朝は早い。この家庭内工場では、朝6時前から夕方5時までPPロープを編んでいる。また明美さんは職業病として、お店でもらった紙袋(の取っ手)が気になるとのこと。
青垣物産を出発して順調に歩いていると、オシャレなお店屋さんを発見する。少し離れたところから様子をうかがっていると、お店の方々が外へ出てきて、ウェルカムの大歓迎。
家族で経営しているお店・『丹波レストラン×菓子工房あれっと』にお邪魔し、さっそく冷凍ショーケースに並ぶケーキたちに吸い寄せられるくっすん。
ご主人は、以前京都で”あれっと”というお店を出していた。3年前に奥さんの実家のある丹波市に越してきて、2016年の11月に同名のお店をオープンしたとのこと。話しもそこそこに、くっすんは「とりあえず、一通り・・・(ケーキを食べさせてもらっていいですか)。」と厚かましい。さらに、「ジャーナリストとして(ケーキの味を)伝えたいじゃないですか。」と続けるので、ご主人は「何かちょっとおかしい・・・。どうも(気が)合わん。」と、くっすん独特の調子についていけない。
ケーキが出てくるまで、ご主人が丹波市に住んで受けたカルチャーショックの代表例を聞く。住宅の保険をかける際に、うら若い女性が担当で、初見では小田さんと苗字で呼ばれたが、2回目ぐらいから義之さんと名前で呼ばれたので、ドキッとしたという。その理由は、足立さんが多いからという、先週のロケで思い知らされたことであった。
くっすんは目をつけていた『丹波渋皮栗タルト』を食べる。味は、ほっぺたがワンバウンドする美味しさ。河田アナは、柑橘の香り高い文旦チーズタルトを食べる。
ご主人の作ったお菓子の基本レシピをもとに、娘さん2人が一生懸命考えてオリジナルメニューを作っている。
せっかくなので、長女さん・次女さん・奥さんにも改めてカメラの前に登場してもらい、家族4人からお話しをうかがう。河田アナが「ご主人、最高(に幸せ)ですね。」と聞くと、女の中で男が一人なので肩身が狭いとのことだが、やっぱり幸せそう。
丹波の暮らしぶりについてうかがう。娘さんたちは、自然豊かな丹波は住みやすく、子育ての環境が整っている。40年ぶりに丹波の地へ戻ってきた奥さんも、空気がキレイで星もキレイで気持ちいいとのこと。
美味しいケーキを食べて、ご機嫌な2人。歩いていると、”徳岡塾”と看板のでているお店から店主さんが手を振ってくれる。学習塾かと思いきや、スポーツ用品店だった。
お店の前で、店主さんにお話しをうかがう。店主さんが、『塾』という字が好きなので命名。
お客さんとして来てくれた地元の野球少年たちが、高校生になって全国に旅立ち、卒業した後に学校の野球部ユニフォームをお店に送ってくれるので、店内にズラリと飾ってある。
お店の中に入ってユニフォームを拝見すると、野球の名門校ばかり・・・。これらが、中学生・小学生・もっと若い野球少年たちに、夢を与えてくれる。ユニフォームの主のなかに、今も現役で野球をしている方もいて、店主さんは「あとはプロ野球選手が育ってくれる事を待ってる。」と期待している。もしプロ野球選手が出たら、「とりあえず、すがると思います。」とのこと。
午前11:30、スタートから4キロ、加古川沿いの満開の桜を見ながら歩く。ただ、お天気が悪いことが悔やまれる。
加古川沿いの桜は、平成3年から12年度まで兵庫県が整備した、ふるさと桜づつみ回廊というプロジェクトで植えられた。日本海から瀬戸内海を結ぶ170キロの河川沿いに、5万本の桜が植えられている。
実はスタッフがお花見弁当を用意していて、天気が良ければ川沿いで食べる予定だった。
再び大きな道に出て歩いていると、後方から丹波新聞記者の足立さんが近づいてくる。今、河田アナ・くっすんが丹波を歩いていることが巷で話題になっていて、2人は目立つらしく先週から目撃情報が相次いでいるらしい・・・。
そこで、ナウでホットな情報をお伝えする丹波新聞から、むかえらへの取材オファーが舞い込む。河田アナは「よろこんで、何でもさしていただきます。」と快諾する。とりあえず、次の目的地である、円通寺の方まで歩いていってくれまいかと頼まれる。河田アナは、その後に足立さんの取材でトークなどする気まんまんだったが、「あ、結構です。」とあっさり言われて拍子抜けする。逆に「もっと取材してくださいよ。」とほしがる。
再び歩き出し、自分たちが思っていた以上に丹波市で有名人になっていたことを思い知りながら5分ほど歩くと、待ち伏せしていた足立さんが2人にカメラを向けている。せっかくなので、山をバックに写真撮影もする。そして、2017年4月13日(むかえら放送日の木曜日)の丹波新聞に、2人の記事が掲載された。
丹波新聞の取材も終わり、順調に歩いていくと、『アジサイ・もみじの里 圓通寺』の大きな看板がある。
午後0:30、スタートから9キロ、桜咲く円通寺に到着。1382年に後円融天皇が、室町幕府3代将軍・足利義満に命じて創建された。
ご住職に、お寺に伝わる明智光秀ゆかりの品を、特別に見せていただく。
光秀が丹波攻めを行った際、丹波の有力者が円通寺を攻めないように懇願し、また由緒あるお寺だったので、円通寺に下馬札を送った。下馬札とは、寺社の入口に立てて、そこから先は敬意を払って馬から下りて歩くように示した札である。
立派な外箱を開けると、光秀直筆とされる下馬札がお目見え。河田アナが想像していたよりデカく、木の板に下馬と彫ってある様は、巨大な将棋の駒のような形である。
午後1:30、ご住職にお願いして円通寺のお堂の軒下にて昼食を食べる。境内の桜を眺めつつ、『箱弁当』と洒落こむ。これはこれで贅沢で、雨は雨で楽しみを見いだす・・・これぞ”むかえら”スタイル。
止む気配のない雨の中を歩いていると、下校中の小学生3人が寄ってくる。男の子一人がきちんと、ちちんぷいぷいの『昔の人は偉かった』を見ていると答えてくれた。一人の男の子の傘は大破していて、体が濡れているが気にしていない。
学校で流行っていることを聞いてみると、ダジャレとのこと。あれこれ聞いてるうちに、小学生たちがどんどん集まってくる。
ダジャレ大好き少年にダジャレを披露していただく。ーーー「アルミ缶の上にあるミカン。」
張り合うくっすんも、駄洒落を披露する。---「イタリア人がいたりあん。」
ダジャレ大好き少年のターン。---「ロシアのころしや、おそろしや。」
その後、くっすんはダジャレを2つ言ったが、編集でカットされた。くっすんはダジャレ少年に「師匠、ありがとうございました。勉強になりました。」と頭を下げ、別れを告げる。
子供たちと別れてすぐに、お家から窓を開けて”むかえら”泉州タオルを振るおかあさんに出会う。おかあさんのもとに行ってお話しをうかがうと、むかえらの大ファンでずっと録画して見ているとのこと。村の総会でロケ一行が自宅の辺りを通ると耳にしたので、仕事を休んで待っていた。せっかくなので、記念に河田アナ・くっすんがタオルにサインする。
おかあさん宅を辞去すると、ゴールはすぐそこ・・・。むかえらロケによくあるパターンで、ゴール間際で雨がだいぶ止む。
午後3:30、スタートから14キロ、桜咲く高山寺に到着。761年に創建されたが、その後荒廃した。鎌倉時代に源頼朝の命を受けた重源上人によって復興された。
桜咲く境内で、ご住職に詳しいお話しをうかがう。
頼朝と高山寺
源頼朝が伊豆に流されて暮らしていたとき、三島明神を日参していた。ある日、不思議な老人が頼朝の前に現れ、「お前は将来天下をとるから、天下を治めた後に丹波国の高山寺を復興せよ。」とのたまった。老人の言う通り、頼朝は奥州藤原氏を滅ぼし全国を平定し、鎌倉幕府を開いた。
老人のお告げのことはすっかり忘れていた、ある日の夜、頼朝の夢の中に、再び老人が出てきて、「あのときの約束はどうしたのだ。」と催促した。その老人の正体は、なんと高山寺の鎮守神・熊野大権現の化身であった。
頼朝は約束を思い出し、当時の東大寺大勧進職であった重源上人に命じて、復興させた。
■簡易チャート
スタート: 兵庫県丹波市・ロールアウトパラグライダースクール → 青垣物産 (1km) → 『丹波レストラン×菓子工房あれっと』 → 徳岡塾 → 加古川沿いの桜 → 円通寺 (9km) [境内で昼食] → ゴール: 高山寺 (14km)
【14日目】 2017年04月27日(木)放送
旅の内容:●高山寺から国領温泉へ! ▲畜産農家の信仰する神社■丹波の赤鬼伝説?!★国産繭から絹糸づくりを見学
スタートは兵庫県丹波市・高山寺。ゴールは兵庫県丹波市春日町・国領温泉。約16キロの道のり。
午前7:00、兵庫県丹波市高山寺境内の、桜の花びらの絨毯の上からオープニング。「お花見ございます。」とくっすんのあいさつ。今回は2週間ぶりに温泉が登場。くっすんはシャワー派なので、お風呂に入るのは3週間ぶりという。ロケでの温泉をより楽しむため、お風呂に入らない?ロケ日の天気予報は晴れ。
犬と散歩中の飼い主の方に出会う。丹波新聞に掲載されたむかえらの記事を見たとのこと。ただし、放送は見ていない。
美容院の方からはパラグライダーの回を見たと、声をかけてもらう。
スタートから2キロ、小学5年生と1年生のお孫さんを学校に送るおじいちゃんに出会う。お孫さんは「本当に目に入れても痛くないほどかわいいです。」と幸せそうに語る。
お孫さんとの微笑ましいお話しを聞いたくっすんは、今春から娘の弁当作りをはじめたと河田アナにプチ報告する。毎日作っているわけではないけれど、完食した後のお弁当箱を見ると、それでけで涙が出るほど嬉しくなる。そこで、こどもたちといっしょに朝6:00に起きるが、子供たちが登校した後、9:00に再び寝る。
スタートから3.5キロ、天王坂を登っていく。丹波と但馬地方を結ぶ1キロの坂道で、江戸時代以前から交通の要所であった。
午前9:00、スタートから5キロ、天王坂を下りて、ふもとにある舟城神社に到着。1446年に創建され、御祭神として須佐之男命(スサノオノミコト)を祀る。神社で授与しているお札には、大きな牛にまたがった須佐之男命が描かれている。そのことから、多くの畜産農家から信仰を集めている。
詳しいお話しを、御神札授典所で宮司さんからうかがう。授典所では、乳牛守護札と和牛守護札の2種類が置いてある。前者は酪農家が牛乳の生産を願う札で、後者は肉牛が丈夫に育つように願う札と、目的が違う。くっすんが、和牛の札に描かれている牛を見て、「黒い牛、すごく美味しそうですね・・・。霜降りが・・・。」とお肉に目がない。
今でも地元の畜産業者から信仰の厚い舟木神社の御札だが、江戸時代には山を流れる墨の水を用いて、刷られていたという。昨今、川底の真っ黒になっているところから、石を拾ってきて分析してみると、無煙炭(石炭の一種)だと判明した。
午前9:45、田んぼ道を南東に向かって歩いていると、車に関するお店屋さんが気になる2人。
スタートから6キロ、自動車の修理・メンテナンスをおこなう足立自動車鈑金を、アポなし取材する。
自動車の修理中のドアは、新品のパネルで色を塗ってない。調色場で新しく色を調色して塗布する作業を見学する。車の塗料は100種類に及び、それらを混ぜ合わせて、本体と同じ色にもってゆく。最終的には、人の目で見て色を決める。
実は、同じ車種・同じ色の車であっても、製造年月日によって微妙に色が異なる。車を並べて比べてみないと分からないかもしれないが、製造される際の室温や湿度によって色の誤差が生まれる。
スタートから7.5キロ、さくらんぼの果樹園を通る。果樹園には、置いてある巣箱から出入りするミツバチが見える。ちょうど、農園の主がいたので、見学させてもらう。
フルーツファーム春日では、春にいちご狩り、初夏にサクランボ狩り、秋にぶどう狩りが楽しめる。
現在、ニホンミツバチさんに力を借りて花粉を運んでもらい、さくらんぼの受粉作業を行ってる。さくらんぼの木のそばによると、くっすんの鼻を甘酸っぱい香りが刺激する。
今年は、例年より暖かい日が多く、ハチさんも活発に飛び回っている。だから、花の咲き具合が良好で収穫量も多くなるのではないか、と期待しているという。
スタートから9.5キロ、興禅寺に到着し、まずは参拝する。興禅寺は戦国時代の戦の死者を弔うために、1626年に創建された。
お寺が石垣に囲まれているのは、黒井城というお城の跡地に建てられた名残である。その昔、現在のお寺の場所に屋敷を建て、後方にひかえる猪ノ口山(標高356M)の山頂に山城を築いた。普段はふもとの屋敷に住み、有事の際は山城に布陣した。
城主・赤井直正は、”丹波の赤鬼”と呼ばれる猛将であった。丹波の歴史に詳しい村上さんに、山城跡の石垣がよく見える場所(丹波市黒井小学校前)まで案内してもらい、お話しをうかがう。
赤井の呼び込み戦法
1575年、戦国時代の小大名・赤井直正の治める丹波国に、織田信長の命を受けた明智光秀が攻めてきた。直正は、大軍を率いて攻めてくる明智軍を、山城に籠っておびき寄せ、油断させた。
そして、かねてより密約を交わしていた明智軍の武将・波多野秀治の寝返りを機に、反撃開始。直正は山城を下りて、秀治とともに明智軍を挟撃し撃退する。この戦略が、世に言う赤井の呼び込み戦法である。
しかし、1578年に直正は病没し、翌年光秀によって黒井城は落とされた。光秀を裏切った秀治は、信長によって弟とともに処刑された。
ちなみに、直正の末裔で有名人がいるということで、2人は浪速のロッキーの異名を持つ赤井秀和さんしか頭に浮かばない。実はその通り、赤井秀和さんは直正の弟の子孫とされる。さもありなんと思う2人であった。
午後1:00、昼ごはんを食べるお店を探す。くっすんが求めるお店は、「たらふく食べられて、美味しくて、安い。この3つさえそろってたら、最高なんですけどねぇ。」とのこと。河田アナはくっすんのハードルの高さに、「そんな店、ある?」と首をかしげるが・・・あったのです。
繁盛している『台湾料理 豊源』にて昼食。河田アナは『塩ラーメン+唐揚げ飯セット』を、くっすんは『台湾ラーメン+本店特製飯セット』を食べる。くっすんは「台湾にきたも同然ですね、ココ。」と台湾に行ったことがあるかのような、感想を述べる(たぶん行ってない・・・)。河田アナは、くっすんの3つの条件を満たした店だったので、しんそこ驚いた。
午後2:30、お腹パンパンの河田アナ、腹ごなしとばかり歩き、
スタートから13キロ、染織工房こおり舎を訪れ取材する。築120年の古民家を改修し、工房と住居を兼ねている。原田さんの工房では、蚕を飼って養蚕し、絹糸を作って、染織し、機織りするという一連の作業を全て行っている。
繭から糸を作る作業を見学する。まずは、大きな鍋で炊いたたくさんの繭から、糸口(糸の端)を出していく。木の棒を鍋に差しこんで引き上げて、繭の外側のほぐれた毛羽の部分から糸を絡めとる。その様子を見たくっすんは、「おねえさん、スパイダーマンに見える。」と例える。くっすんが糸を触ると、しなやかさと丈夫さを兼ね備えている。糸の硬さは、同じ太さの鋼鉄線より強いとのこと。
次に、繭から出た糸を数本に束ね、木枠に巻きつける”座繰り”という作業をおこなう。専用の手動マシーンをつかい、左手でハンドルを一定速度で回して木枠を回転させ、右手で繭を取ったり付けたりする。
くっすんは、ハンドルを回す座繰り体験をさせてもらう。
原田さんが養蚕・絹糸づくりをはじめたきっかけをうかがう。仕事でアメリカに住んでいたときに趣味の編み物が高じて、日本産の糸や布を輸入販売しているお店にお客さんとして行った。そこで、日本の絹織物を目の当たりにして、日本に帰って日本の絹織物を勉強しようと思った。
日本で自分の作品を作るにあたって、原料である国産の繭が欠かせない。だが、国産の繭はどんどん入手困難になっているので、それならば自分で蚕を育ててみようかなと思い立った。
養蚕の技術を習得するため、丹波市で今も残っている現役蚕農家さんのもとへ行って、「弟子にしてください。」とお願いし、今日に至る。
原田さんのこれからの夢は、若い世代に養蚕や糸・布づくりを伝えてゆくこと。
終始晴天に恵まれた今回のロケ、開始から歩くこと約9時間、
午後4:10、スタートから16キロ、ゴールの国領温泉に到着。江戸時代後期に徳本上人によって開かれた。温泉の前には街道が通っていたため、旅人たちの疲れを癒す温泉街が形成された。大正時代には、14軒の旅館が営業していた。
現在営業している旅館は『助七』さんのみで、2人はご褒美の露天風呂に入って旅の疲れを癒す。国領温泉の泉質は単純二酸化炭素鉱泉で、神経痛・筋肉痛・関節痛などに効く。温泉の成分は鉄分を多く含むため、酸化して赤褐色のお湯に見える。また、お湯の色と、今回の旅で学んだ戦国武将・赤井直正の別名”丹波の赤鬼”にちなんで、『赤鬼の湯』と名付けられている。
2人は温泉に浸かりながら、若女将さんに運んでもらったコップに入った源泉を飲む。源泉は酸化する前は無色透明で、サイダーのようにみえる。ノドごしは炭酸でさわやか、鉄の味がかすかにする。源泉を飲むことによって、慢性消化器病・慢性便秘など内臓の疾患に効く。くっすんは、飲んでも効果がある温泉を、「鬼に金棒ですね。」と例える。愛想笑いしてくれる若女将さんに、「そこまで美味くなかったですよ。」と河田アナが気遣う。
■簡易チャート
スタート: 兵庫県丹波市・高山寺 → 天王坂 (3.5~4.5km) → 舟城神社 (5km) → 足立自動車鈑金 (6km) → フルーツファーム春日 (7.5km) → 興禅寺 (9.5km) → 昼食:『台湾料理 豊源』 → 染織工房こおり舎 (13km) → ゴール: 国領温泉『助七』 (16km)