2017年5月30日(火)、姫路市の兵庫県立歴史博物館にて、特別展『ひょうごの美ほとけ-五国を照らす仏像-』を鑑賞した。特別展の期間は、平成29年4月22日(土)~6月4日(日)までなので、ギリギリ駆け込み鑑賞となった。ゆっくり見るため、人が少ない平日の開場すぐに行った。

 

特別展のコンセプトは・・・

 昭和59年(1984)の特別展「兵庫の仏像」、平成3年(1991)の特別展「播磨の仏像」に続いて四半世紀ぶりに開催する仏像展です。

 この間に兵庫県内各地の文化財調査や、市町史関係の調査で注目すべき多くの仏像が確認されました。

 今回の特別展では、新たに確認された作例、いままであまり公開される機会のなかった仏像等を一堂に会して「ひょうごの仏像」を新たな視点から紹介します。

以上チラシより引用

 

1回目と2回目は7年ほどしか空いてないのに、3回目は26年も空いたのね・・・。これを逃すと、次に兵庫県立歴史博物館での、仏像の特別展を見られる機会はなさそうなので、行くしかあるまいて・・・。

 

火曜日の朝10:15分ごろ博物館に到着。拝観料・大人1,000円を納めて早速、特別展を鑑賞した。入り口には出展目録他、仏像初心者に配慮した『仏像の種類・各部の名称』・『各時代の仏像の特徴』のチラシが置いてあった。私は、解説を読んでいる時間がもったいないので、仏像鑑賞に専念しますが・・・。

 

平日のアサイチということで、空いていてじっくり鑑賞できた。一通り仏像を鑑賞して、気になったものは、なめまわすようにじっくり拝観し、2回目は気に入った仏像をさらにもう一回じっくり鑑賞した。

 

独断と偏見で選んだ『ひょうごの美ほとけ』ベスト仏像TOP5

  1. 薬師如来像(No.16) 丹波市山南町・岡本区
  2. 毘沙門天立像(No.12) 姫路市・随願寺
  3. 性空上人座像(No.14) 姫路市・圓教寺
  4. 文殊菩薩坐像(No.40) 福崎町・神積寺
  5. 阿弥陀如来坐像(No.6) 多可町加美区・金蔵寺

1.は、33年に1度の御開帳の秘仏である。おもわず、しっかりと手を合わせました。

2.は、他の仏像がショーケースに入っているなか、直に展示してある(デカすぎてショーケースに入らない)。随願寺では、年に一回追儺式のときに開帳される(ただし、係員さんが横に付いているので、じっくり見れない)。そして毘沙門堂という暗いお堂で観るしかないが、特別展ではライディングにより明るいので、細部まで鑑賞できる。しかも、360度全方位から鑑賞できるので、普段見られない背中側まで見れて素晴らしい。

3.は、平成12年に書写山圓教寺で発見された。つい最近の発見ですが、どこから出てきたのでしょう・・・。

4.は、文殊菩薩のオーソドックスなスタイル。お鬚がチャームポイントのイケメン。

5.は、チラシにお顔がデカデカと載った。素敵な螺髪ですが、ほとんど後補らしい・・・。

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の15日目~16日目のまとめ。

春日神社の福男選びにちょっと出てみたい。今なら、まだ競争率も高くないので、入賞(ありません)の8位ぐらいに入れるかな?
 

【15日目】 2017年05月11日(木)放送
旅の内容:●丹波市内を歩き柏原八幡宮へ!丹波の福男・福女選び■江戸時代から続く農場★子どもに夢を与えるダンボール

 

スタートは兵庫県丹波市国領温泉。ゴールは兵庫県丹波市柏原町・橿原八幡宮。約13キロの道のり。

 

午前7:30、兵庫県丹波市春日町の国領温泉『助七』の前からオープニング。朝から気持ちの良い快晴で、予想最高気温は22℃。朝早くから国領温泉の方々が、2人の出発を見送ってくれる。

 

誰にも出会うことなく、最初の目的地まで快調に歩く。

スタートから3キロ、春日神社に到着。明智光秀丹波攻めの際に焼失したが、その後再建されたとされる。2016年から、福男・福女選びの神事が行われている。

 

総代の藤本さんにお話しをうかがう。春日神社は、福男選びで有名な西宮神社の分社に当たる。そこで、地元の若人会というグループが発案し、村おこしとして福男・福女選び開催と相成った。

2016年の参加人数は40人ほどだったが、地元のメディアに取り上げられたおかげで、2017年は70人ほどに増えた。

また、地元春日町にあるバレーボールの強豪・氷上高校の選手たちが参加し、エースアタッカーの佐野さんが福女に選ばれた。その御利益か、佐野さんは全国高校女子バレーの選抜メンバーに選ばれたという。

 

福男・福女選びを企画した若人会の代表・萩野さんに、福男になりたくてうずうずしているくっすんが、福男選びのタイマン勝負を挑む。2人ともやる気満々、今年の福をかけて熱いレース?が始まる。

走るコースは、本番と同じ全長230メートル(西宮神社もほぼ同じ距離)で、ゴールが春日神社の鳥居となっている。河田アナのよーいどんの声でスタート。レースは序盤互角の勝負にみえたが、徐々にくっすんが遅れ出す。最後の方は、くっすんがバテて失速し、萩野さんの圧倒的勝利に終わる。

 

勝負の結果はさておき、くっすんの変わった走り方が気になり、河田アナも実況中に「気持ち悪いなぁ。」とコメントした。

レース後、「偉そうなこと言ってすみませんでした。」とくっすんは萩野さんに土下座する

 

ケーブルの加工をしている会社の従業員さんから、声をかけてもらう。完成したケーブルを工場の外まで持ってきてもらって、拝見。そのケーブルは、川崎重工のロボットに使われるそう。河田アナが「かなり専門的な知識がないと、造れないんじゃないですか?」と質問すると、「いや、握って切れたらOKです。」とのこと。

駆けつけた社長の足立さんは、丹波新聞の足立さんの記事を見て、むかえらの撮影が丹波市内であることを知っていた。

 

改めて丹波新聞の足立さんに感謝しつつ歩いていくと、

江戸時代から続く老舗の農場・婦木農場に到着。農場では、米作り・酪農の他、数百種類の作物を栽培している。

 

代表の婦木さんに案内してもらい、農場内を見学する。牛舎には、生後1か月半のジャージー牛(ジャー子)がいる。その子牛さんを、「これって鹿ですよね?」と尋ねるくっすんに、「どう見ても、牛やろ。」とツッコむ河田アナ。ちなみにオスのジャージー牛は、だいたいカルビくんと命名するらしい・・・(なんか嫌だ)。

 

続いて、ニワトリがぎっしり飼育されているビニールハウスを見学する。ハウス内に入ろうとするくっすんは、カメラマンに「先に(ハウス内を)撮らせてください。」と怒られる。

せっかくだから、ニワトリの卵を取らせてもらうくっすん。ニワトリたちにつつかれながらも、巣箱から5つの卵を拾う。その際、「ちゃんと見せてよ、あんた。テレビなんやから。」と河田アナに怒られる。

 

300羽近いニワトリを飼育しているのは、長男の敬介さん。婦木農場は、家族だけで経営していて、御主人は野菜、長男はニワトリ・牛など担当分けしている。ニワトリの飼育は、啓介さんが就農した2年足らず前に始めた。

ニワトリの生んだ卵を婦木農場で作ったお米とともに、卵かけご飯にしていただく。白味に弾力があり、卵に味があるので醤油なしでイケると、河田アナの感想。

 

また、婦木農場では農家の良さを知ってもらおうと、畑仕事や牛や鶏の飼育など農業体験も行なっていて、農家体験施設「〇 まる」で宿泊もできる。

婦木さんの今後の目標は、農業のことを広く一般の方に知ってもらうこと。そして、一番の目標は、お子さんたちに早く結婚してもらうこと。

婦木農場で卵かけごはんをペロッと完食した2人だが、さすがにお腹が減る。

午後0:30、ガソリンスタンドの従業員さんから紹介された、近くのうどん屋・『うどん そば処 千城』で昼食。河田アナは『田舎うどん』を、くっすんは『天ぷらうどん』を食べる。

 

 

トタクターを高圧洗浄機で洗っているおとうさんに出会う。ロータリー部分に付いた泥を洗うのは、大変とのこと。通販番組のマネをしてみたかったくっすんは、洗浄機で水をかけ、泥を落とす作業に没頭する。トラクターはけっこうキレイになったが、没頭するあまりトラクターに近づきすぎたくっすんは、はね返りの泥で上から下までドロドロになる。

髪の毛まで泥がかかったので、おとうさんにホースで頭に水をかけてもらい洗髪。その際、冷たいを連呼する。いろいろな面でエキセントリックなくっすんを目の当たりにしたお父さんは、「大変、この人。」と指さし、失笑する。

 

さらに、毎日放送をいつも視聴している84歳のおとうさんに、倒れたらあかんと、声をかけてもらう。河田アナ・くっすんのことを孫のようにかわいいのか、「おやつあげたいけど・・・。」とおっしゃるが、生憎持ち合わせがない。2人とスタッフさんたちを気遣ってくれる気持ちだけ有難く受け取る。

 

ダンボール製のおもちゃを作っている会社・『株式会社 堅田紙器』を取材する。まずは、ダンボールで作られている品々を拝見する。等身大の馬や、子供なら入って遊べる小さな家、プロペラ機・汽車が、白色のダンボールで立体的に作られている。

 

社長の堅田さんにお話しをうかがうと、それらは”未完成の完成品”とのこと。2人は意味がチンプンカンプンだったが、子供たちによってダンボールに絵が描かれることで、完成するという深い意味があった。

ダンボールを組み立てて作る大きなおもちゃを作ったきっかけは、会社の近くに住むおばあさんから、犬の防寒にダンボール箱を分けてほしいと頼まれたことである。普通にダンボール箱を渡せば済むところ、わざわざダンボールで犬小屋を作って渡した。

 

おばあさんに喜んでもらえたので、室内犬用にダンボール犬小屋が売れないかと、商業用の試作品を作った。しかし、犬がダンボールを噛んで壊してしまうという、致命的な弱点があるため製品化に至らず。それならばと、子供が遊べる家に用途を転換し、さらに白いダンボールをつかうことで、絵が描けるよう改良した。

 

ダンボールおもちゃの組み立ては道具いらずで簡単ということで、不器用なくっすんが、電車タイプのおもちゃを試しに組み立てる。およそ5分で、パンタグラフの付いた中にお子さんの入れる電車が完成する。

くっすんは電車に入口から乗車し、フロント部分の窓から顔を見せる。そして、「この中に大人が入るとですね・・・まるでヨガのポーズのような、感じがします。」と率直に述べる。

 

電車に乗ったままのくっすんを放置して、河田アナは社長にまとめのインタビューをする。今後は、ダンボールで宇宙船を作ってみたいとのことで、「夢を持ち続けるのが、僕のモチベーション。」と、子どもに夢を与えてゆく。

 

堅田紙器を出て歩いていると、後ろから情報通のおかあさんに声をかけてもらう。なんと、むかえらスタッフが、ロケハンで事前に水分れ公園を訪れていて、急きょ目的地から外したことを知っていた。あまりにむかえら班の内情に詳しかったので、驚き不思議に思う2人。

カメラに撮られ、「もっとキレイにしてきたら良かった。」と言って、口を手で覆いながら、長々と笑うおかあさん。河田アナが目的地を柏原八幡宮だと告げると、階段を登るのがしんどいという情報もくれた。

笑いに笑うおかあさんのマイペースに巻き込まれ、河田アナ・くっすんも大いに笑う。全く怒ることのない仏のような御仁で、最後に「今までペット飼ったことないんです。錦鯉ぐらいしか・・・。」と急に話しの脈絡を無視しておっしゃるので、大爆笑する2人だった。

 

少し歩くと、ウワサの丹波新聞の敏腕記者・足立さんが、道路の角からひょっこり現れる。足立さんの神出鬼没っぷりに驚かされるが、近くにある会社に帰社するところ、偶然2人を見かけたという。足立さんは泥だらけのくっすんの服が気になり、「そんな過酷な道ありましたっけ?」と鋭く?ツッコむ。

足立さんの記事で、河田アナとくっすんは丹波界隈で有名になったが、記事を書いた足立さんも、むかえらに出演したことによって、逆に有名人になっていた。

 

スタッフ一同ビックリした足立さんと別れ、後は柏原八幡宮を目指すのみ。丹波新聞の効果は抜群、道中多くの方々に声をかけてもらう。

 

300段以上の石段を登り、

午後3:45、スタートから13キロ、ゴールの柏原八幡宮に到着。1024年に後一条天皇が創建した。

宮司さんに神社の歴史をうかがう。

 

橿原八幡宮と光秀の最期

天正7年(1579)6月13日に、明智光秀が柏原八幡宮に火を放った。天正10年(1582)6月21日に光秀は本能寺の変を起こし、その11日後に山崎の合戦羽柴秀吉に敗北した。敗走した光秀は、6月13日に討ち取られた。

柏原八幡宮本殿焼失と光秀の命日がともに6月13日なので、秀吉は因縁を感じ、天正13~13年にかけて柏原八幡宮を再興した。

 

2024年には、創建1000年を記念して、大々的にお祝いする予定である。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県丹波市・国領温泉『助七』 春日神社 (3km) → 婦木農場 → 昼食: 『うどん そば処 千城』  → 『株式会社 堅田紙器』   → ゴール: 柏原八幡宮 (13km)

 

 

 

【16日目】 2017年05月18日(木)放送
旅の内容:●丹波市内を歩いて薬草風呂へ!▲丹波の追儺式恐竜で町おこし★不思議な長持ちする花青いバラ!?

 

スタートは兵庫県丹波市・柏原八幡宮。ゴールは兵庫県丹波市山南町・薬草薬樹公園リフレッシュ館。約17キロの道のり。

 

午前7:30、兵庫県丹波市・柏原八幡宮の石段前からオープニング。「お茶の間のアイドル、くっすんです。×2」とくっすんのあいさつ。

 

柏原藩初代藩主・織田信包(のぶかね)の銅像の前を通る。信包は織田信長の弟と聞いたくっすんは、「あ、だからこんなにそっくりなんだ。」と、信長をさも見たことがあるかのようだ。

信包像と道路を隔てて反対側には、柏原藩陣屋跡がある。柏原藩陣屋は柏原藩主のお城の代わりとして、1714年に建てられた。1818年に焼失したが、1820年に再建された。

 

午前8:10、そんなお城のない城下町を歩いていると、どこからともなく甘い香りが漂う。警察犬ばりの鼻の良さで、くっすんが香りの発生源をつきとめる。

開店準備中のパン屋さん『パンの蔵 穂音』を、アポなし突撃取材する。工房にお邪魔して、焼きたてのパンを食べる。くっすんは『めんたいマヨチーズ』のパンを、河田アナは『餅入り こしあんぱん』を食べて、絶妙な味に舌鼓を打つ。

 

店主の斎藤さんは、神戸でパンの修行を終えた後、柏原に移住した。柏原には、もともと妻の祖母とおばが住んでいて、柏原民の人柄の良さを気に入ったから、とのこと。

お客さんは学生が多いので、50種類ものパンを焼き、毎日午前3:00から作っている。1週間に1回は新しいパンをと意欲的な店主さんは、観光地としてお客さんを呼べるパン屋になれたらなぁと、志が高い。

 

柏原から一歩も出てない生粋の柏原っ子のおとうさんに出会う。くっすんを”泣き虫さん”、河田アナを”頭いい”と言ってくれ、むかえらをよく視聴されている。素のくっすんと河田アナのコンビの相性が良いと、気に入っているご様子。

 

丹波市柏原町の街中を抜け、南西へ向かう。

500メートルのトンネルを抜け、

午前10:30、兵庫県丹波市柏原町から山南町へ入る。

 

7か月の娘さんと抱っこしているお母さんに出会う。河田アナが「大きくなったら、どんな女の子になってほしいですか?」と聞くと、「手に職につけてほしい。」と現実的で、ちょっと気の早い答えが返ってくる。さらに、資格がいる仕事で食いっぱぐれないようにと、具体的に娘さんの将来を考えている。

 

スタートから9キロ、365段の階段を登って常勝寺に到着。階段の途中では、くっすんがしれっと座って休憩するので、河田アナに「なんか休む時は一言声かけてくださいよ。」と注意される。

観音山の中腹に建つ常勝寺は、飛鳥時代にインドから渡来した、法道仙人によって創建された。毎年2月11日に600年続くといわれる、無病息災・五穀豊穣を願う追儺式が行われる。飛鳥時代、この辺りに住み着いていた鬼を、法道仙人が改心させたという伝説に由来している。

 

先代のご住職に、追儺式で鬼役がかぶるお面を見せていただく。鬼のお面は、ちょうど河田アナ・くっすんのイメージカラー?と同じ、赤色・緑色の2種類がある。

実際にくっすんがお面をかぶると、ずっしり重く、目に穴が開いてないので口から外を覗かなくてはいけない。先代ご住職曰く、鬼の歩き方は3歩進んで1歩戻るだったか、3歩進んで2歩戻るか(365歩のマーチ?)、うろ覚え。河田アナ・くっすんはそれぞれお面をかぶって、3歩進んで2歩下がる鬼の歩きをやってみた。

2人がかぶったのは、昭和62年に作られた3代目のお面で、2代目のお面のデザインを踏襲して作られた。

 

スタートから10キロ、恐竜の首のオブジェが外壁を突き破っている洒落たデザインの『丹波竜化石工房 ちーたんの館』を訪れる(BGM:ジュラシック・パークメインテーマ)。平成22年にオープンし、丹波竜の情報発信や化石の展示をおこなっている。

 

世界で一つしかない、巨大な丹波竜の全身骨格(レプリカ)を見て、迫力に圧倒される2人。丹波竜は正式名称をタンバティタニス・アミキティアエといい、推定1億1千年前に生きていたとされる国内最大級の草食恐竜である。

そもそも丹波竜は、平成18年に丹波氏山南町にある1億数千年前の地層から発見された。

 

館内の丹波竜発掘現場のジオラマの前で、丹波竜化石の第一発見者の村上さんに、お話しをうかがう。大型恐竜の全骨格の30パーセントほどの骨が見つかったということで、国内では非常に稀有な発見としてメディアをにぎわせた。

 

村上さんはサラリーマンを定年退職した後、友人の足立さんに誘われ、恐竜の化石を探しにでかけた。なんと、2回目の化石探索で、丹波竜を発見した。「もってますね、村上さん。」と、うらやむ河田アナとくっすん。

最初に見つかったのは、肋骨の部分で、地面に表面だけが出ていた。表面の部分を触って、奥の方まで50センチも骨が続いていた。掘り出して博物館に骨をもっていくと、専門家により恐竜の骨と認定され、丹波市がお祭り騒ぎとなった。

 

今後も発掘活動を続けていきたいという村上さんは、丹波竜でさらに町おこしを進めていこうと考えている。

 

午後0:50、ちーたんの館のすぐ隣にある『喫茶 ぴゅあ』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『カツカレー』を食べる。くっすんは勝負どき、いつもカツカレーを食べるのだそう。

 

午後2:20、大きな駐車場の上に、たくさんの鯉のぼりが吊るされている。それを見たくっすんが、「空より高い、鯉のぼり。」と微妙な音程で歌う。かぶせぎみに、「めちゃめちゃ高いぞ。めちゃめちゃ高いやんやんか、それ。」と突っ込む河田アナ。

 

鯉のぼり

江戸時代に和紙などに鯉を描いたのぼりがルーツとされる。中国の故事に”鯉の滝登り”がある。激流の滝を多くの魚が登るなか、鯉だけが登りきり、竜になることができたことから、鯉が出世の象徴として飾られた。

 

くっすん曰く、鯉のぼりは男の子のシンボル。なにか誤解を招きそうな言い回しに、河田アナは首を傾げる。

 

スタートから12キロ、柏原の方々に声をかけてもらう。河田アナが薬草風呂に向かっていることを告げると、お風呂の効果は絶大であるという。「体がプリプリ・・・ビーンビーン・・・くっすんバッチこい。」と、とにかく凄いらしい。

ただし、あまり喧伝すると、大勢の客が押し寄せて隠れた名湯に入れなくなって困ると、おとうさんに釘を刺されたので、河田アナは「取材はしますが、そーっと行きます。」と約束する。

 

午後2:50、スタートから14キロ、日本で初めてプリザーブドフラワーを作った会社・大地農園を取材する。創業昭和35年の大地農園は、プリザーブドフラワーやドライフラワーを卸し専門で生産している。ショールームにて御自慢のプリザーブドフラワーを、足立さんに案内され見学する。

プリザーブドフラワーは生花を加工して、生花の美しい状態を保ったまま観賞できる。ドライフラワーは、見た目にかさかさしていて衝撃にもろく、寿命が3~4か月。対してプリザーブドフラワーは、見た目にみずみずしくて壊れにくく、寿命が半年~1年と長持ち。

 

大地農園では、ドライフラワーで培った加工技術を生かし、平成7年に国内で初めてプリザーブドフラワーの開発に成功した。プリザーブドフラワーの作り方は、花が咲いた瞬間に摘み取り、特殊な液で脱色して、漂泊して真っ白な状態にする。その後、特殊な保湿剤を染み込ませるとともに、自由な色を付けることが出来る。自然界にはない、青いバラに染めることも可能である。

花だけでなく、葉っぱやカスミソウ、もみじなどもプリザーブドフラワーの技術を応用して長持ちさせられる(プリザーブドグリーン)。

 

くっすんは、来月が誕生日の妻にプリザーブドフラワーを購入しようか検討中。足立さんは妻にプリザーブドフラワーを贈ったことはないとのことで、河田アナとくっすんは「何でですか?」と非難する。足立さんは、「今後は気持ちを改めて、するようにします。」と約束した。

 

大地農園を出ると、残りは3キロ。ゴールまで多くのファンや下校中の小学生に声援をもらい、

スタートから17キロ、薬草薬樹公園に到着。

山南町は江戸時代より薬草栽培が盛んで、園内には300種類もの薬草が植えられている。

 

午後4:40、園内にあるゴールの『薬草薬樹公園 リフレッシュ館』に到着。平成12年にオープンしたリフレッシュ館の目玉である薬草風呂に、2人は早速入浴する。

 

薬草風呂の入り口の扉を開けると、漢方のような薬草の香りがぷんぷん漂っている。風呂のお湯も、薬草の成分が溶け込んで緑茶のような色をしている。風呂に浸かったくっすんは、「パッキッパキになりますね。」と疲労回復を実感する。

許可を得て、河田アナが風呂の隅にある薬草が詰まった袋を開けると、”当帰”という薬草がてんこ盛り入っている。当帰湯は、疲労回復・肩こり・肌荒れ・冷え性などに効く。

薬草風呂から「じゃあ今日は、ゆっくり浸かって、疲れを癒してから帰りましょう。」と河田アナが締めくくる。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県丹波市・柏原八幡宮 → 『パンの蔵 穂音』 → 常勝寺(9km) → 『丹波竜化石工房 ちーたんの館』 (10km) → 昼食: 喫茶 ぴゅあ』  → 大地農園(14km) → ゴール: 『薬草薬樹公園 リフレッシュ館』 (17km)

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の13日目~14日目のまとめ。

丹波地方で、すっかり有名人となった河田アナとくっすん。地元新聞掲載で、さらに人気に火がついたみたいです。姫路を通る際も、ケーブルテレビとかミニコミ誌とか何でも、ぜひ取材していただきたい・・・。
 

【13日目】 2017年04月20日(木)放送
旅の内容:●丹波市を歩き 高山寺へ 甘党くっすん大満足のお店■光秀ゆかりのお寺★ダジャレ勝負で小学生に負けるくっすん!?

 

スタートは兵庫県丹波市・ロールアウトパラグライダースクール。ゴールは兵庫県丹波市氷上町・高山寺。約14キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県丹波市青垣町のロールアウトパラグライダースクールの前からオープニング。前回は一日中暖かい晴れの天気だったが、今回は打って変わって、一日中寒い雨の天気。

 

『認定こども園 あおがき』の前を通り、通園途中の傘をさした女の子と保護者の方に出会い、おはようのあいさつをする。河田アナが、幼稚園で何をしているのが一番楽しいか聞いてみると、「さぶい~。」とのこと。

 

スタートから1キロ、PPロープの生産量全国シェアの20~30パーセントをほこる青垣物産を取材する。PPロープと聞いて、真っ先にPPAPを思い浮かべるくっすん。社長さんにどのようなロープか教えていただく。ポリプロピレンロープを略してPPロープと言い、荷造りや結束など梱包作業に欠かせない。

 

PPロープの工場を見学する。原料のポリプロピレンは白っぽい半透明で、ビーズのような形をしている。

①ポリプロピレンに250℃の熱を加えて融かす。②ポリプロピレンは薄いフィルム状の、長くつながった巨大な筒の形に姿を変えるので、中から空気を送り込んで冷やす。③薄くなったポリプロピレンの帯を、強度を高めるために引き伸ばし、カッターで縦に4等分する。④機械で巻き取り、一定の長さになると、ロール状の巨大PPロープが完成完成する。

工場での加工はここまで・・・。巨大PPロープは、一般家庭での内職によって2次加工される。

 

会社のすぐ近くにあり2次加工を請け負っている、家庭内の小さな工場(足立さん宅)を見学させてもらう。内職ながら本格的な機械を導入し、先ほどのロープを2~3本ずつ編んで、紙袋の取っ手や強度のあるロープを作る。この作業は、現在工場近くにある17軒の家庭で行われている。

元々は青垣町の農家の方々が、農閑期の冬でもできる仕事はないかと、組合を創ってPPロープ作りを始めた。

PPロープ作り職人の朝は早い。この家庭内工場では、朝6時前から夕方5時までPPロープを編んでいる。また明美さんは職業病として、お店でもらった紙袋(の取っ手)が気になるとのこと。

 

青垣物産を出発して順調に歩いていると、オシャレなお店屋さんを発見する。少し離れたところから様子をうかがっていると、お店の方々が外へ出てきて、ウェルカムの大歓迎。

家族で経営しているお店・『丹波レストラン×菓子工房あれっと』にお邪魔し、さっそく冷凍ショーケースに並ぶケーキたちに吸い寄せられるくっすん。

 

ご主人は、以前京都で”あれっと”というお店を出していた。3年前に奥さんの実家のある丹波市に越してきて、2016年の11月に同名のお店をオープンしたとのこと。話しもそこそこに、くっすんは「とりあえず、一通り・・・(ケーキを食べさせてもらっていいですか)。」と厚かましい。さらに、「ジャーナリストとして(ケーキの味を)伝えたいじゃないですか。」と続けるので、ご主人は「何かちょっとおかしい・・・。どうも(気が)合わん。」と、くっすん独特の調子についていけない。

 

ケーキが出てくるまで、ご主人が丹波市に住んで受けたカルチャーショックの代表例を聞く。住宅の保険をかける際に、うら若い女性が担当で、初見では小田さんと苗字で呼ばれたが、2回目ぐらいから義之さんと名前で呼ばれたので、ドキッとしたという。その理由は、足立さんが多いからという、先週のロケで思い知らされたことであった。

 

くっすんは目をつけていた『丹波渋皮栗タルト』を食べる。味は、ほっぺたがワンバウンドする美味しさ。河田アナは、柑橘の香り高い文旦チーズタルトを食べる。

ご主人の作ったお菓子の基本レシピをもとに、娘さん2人が一生懸命考えてオリジナルメニューを作っている。

 

せっかくなので、長女さん・次女さん・奥さんにも改めてカメラの前に登場してもらい、家族4人からお話しをうかがう。河田アナが「ご主人、最高(に幸せ)ですね。」と聞くと、女の中で男が一人なので肩身が狭いとのことだが、やっぱり幸せそう。

丹波の暮らしぶりについてうかがう。娘さんたちは、自然豊かな丹波は住みやすく、子育ての環境が整っている。40年ぶりに丹波の地へ戻ってきた奥さんも、空気がキレイで星もキレイで気持ちいいとのこと。


美味しいケーキを食べて、ご機嫌な2人。歩いていると、”徳岡塾”と看板のでているお店から店主さんが手を振ってくれる。学習塾かと思いきや、スポーツ用品店だった。

 

お店の前で、店主さんにお話しをうかがう。店主さんが、『塾』という字が好きなので命名。

お客さんとして来てくれた地元の野球少年たちが、高校生になって全国に旅立ち、卒業した後に学校の野球部ユニフォームをお店に送ってくれるので、店内にズラリと飾ってある。

 

お店の中に入ってユニフォームを拝見すると、野球の名門校ばかり・・・。これらが、中学生・小学生・もっと若い野球少年たちに、夢を与えてくれる。ユニフォームの主のなかに、今も現役で野球をしている方もいて、店主さんは「あとはプロ野球選手が育ってくれる事を待ってる。」と期待している。もしプロ野球選手が出たら、「とりあえず、すがると思います。」とのこと。

 

午前11:30、スタートから4キロ、加古川沿いの満開の桜を見ながら歩く。ただ、お天気が悪いことが悔やまれる。

加古川沿いの桜は、平成3年から12年度まで兵庫県が整備した、ふるさと桜づつみ回廊というプロジェクトで植えられた。日本海から瀬戸内海を結ぶ170キロの河川沿いに、5万本の桜が植えられている。

実はスタッフがお花見弁当を用意していて、天気が良ければ川沿いで食べる予定だった。

 

再び大きな道に出て歩いていると、後方から丹波新聞記者の足立さんが近づいてくる。今、河田アナ・くっすんが丹波を歩いていることが巷で話題になっていて、2人は目立つらしく先週から目撃情報が相次いでいるらしい・・・。

 

そこで、ナウでホットな情報をお伝えする丹波新聞から、むかえらへの取材オファーが舞い込む。河田アナは「よろこんで、何でもさしていただきます。」と快諾する。とりあえず、次の目的地である、円通寺の方まで歩いていってくれまいかと頼まれる。河田アナは、その後に足立さんの取材でトークなどする気まんまんだったが、「あ、結構です。」とあっさり言われて拍子抜けする。逆に「もっと取材してくださいよ。」とほしがる。

 

再び歩き出し、自分たちが思っていた以上に丹波市で有名人になっていたことを思い知りながら5分ほど歩くと、待ち伏せしていた足立さんが2人にカメラを向けている。せっかくなので、山をバックに写真撮影もする。そして、2017年4月13日(むかえら放送日の木曜日)の丹波新聞に、2人の記事が掲載された。

 

丹波新聞の取材も終わり、順調に歩いていくと、『アジサイ・もみじの里 圓通寺』の大きな看板がある。

午後0:30、スタートから9キロ、桜咲く円通寺に到着。1382年に後円融天皇が、室町幕府3代将軍・足利義満に命じて創建された。

 

ご住職に、お寺に伝わる明智光秀ゆかりの品を、特別に見せていただく。

光秀が丹波攻めを行った際、丹波の有力者が円通寺を攻めないように懇願し、また由緒あるお寺だったので、円通寺に下馬札を送った。下馬札とは、寺社の入口に立てて、そこから先は敬意を払って馬から下りて歩くように示した札である。

 

立派な外箱を開けると、光秀直筆とされる下馬札がお目見え。河田アナが想像していたよりデカく、木の板に下馬と彫ってある様は、巨大な将棋の駒のような形である。

 

午後1:30、ご住職にお願いして円通寺のお堂の軒下にて昼食を食べる。境内の桜を眺めつつ、『箱弁当』と洒落こむ。これはこれで贅沢で、雨は雨で楽しみを見いだす・・・これぞ”むかえら”スタイル。

 

止む気配のない雨の中を歩いていると、下校中の小学生3人が寄ってくる。男の子一人がきちんと、ちちんぷいぷいの『昔の人は偉かった』を見ていると答えてくれた。一人の男の子の傘は大破していて、体が濡れているが気にしていない。

学校で流行っていることを聞いてみると、ダジャレとのこと。あれこれ聞いてるうちに、小学生たちがどんどん集まってくる。

 

ダジャレ大好き少年にダジャレを披露していただく。ーーー「アルミ缶の上にあるミカン。」

張り合うくっすんも、駄洒落を披露する。---「イタリア人がいたりあん。」

ダジャレ大好き少年のターン。---「ロシアのころしや、おそろしや。」

その後、くっすんはダジャレを2つ言ったが、編集でカットされた。くっすんはダジャレ少年に「師匠、ありがとうございました。勉強になりました。」と頭を下げ、別れを告げる。

 

子供たちと別れてすぐに、お家から窓を開けて”むかえら”泉州タオルを振るおかあさんに出会う。おかあさんのもとに行ってお話しをうかがうと、むかえらの大ファンでずっと録画して見ているとのこと。村の総会でロケ一行が自宅の辺りを通ると耳にしたので、仕事を休んで待っていた。せっかくなので、記念に河田アナ・くっすんがタオルにサインする。

 

おかあさん宅を辞去すると、ゴールはすぐそこ・・・。むかえらロケによくあるパターンで、ゴール間際で雨がだいぶ止む。

 

午後3:30、スタートから14キロ、桜咲く高山寺に到着。761年に創建されたが、その後荒廃した。鎌倉時代に源頼朝の命を受けた重源上人によって復興された。

桜咲く境内で、ご住職に詳しいお話しをうかがう。

 

頼朝と高山寺

源頼朝が伊豆に流されて暮らしていたとき、三島明神を日参していた。ある日、不思議な老人が頼朝の前に現れ、「お前は将来天下をとるから、天下を治めた後に丹波国の高山寺を復興せよ。」とのたまった。老人の言う通り、頼朝は奥州藤原氏を滅ぼし全国を平定し、鎌倉幕府を開いた。

老人のお告げのことはすっかり忘れていた、ある日の夜、頼朝の夢の中に、再び老人が出てきて、「あのときの約束はどうしたのだ。」と催促した。その老人の正体は、なんと高山寺の鎮守神・熊野大権現の化身であった。

頼朝は約束を思い出し、当時の東大寺大勧進職であった重源上人に命じて、復興させた。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県丹波市・ロールアウトパラグライダースクール 青垣物産 (1km) → 『丹波レストラン×菓子工房あれっと』 → 徳岡塾 → 加古川沿いの → 円通寺 (9km) [境内で昼食] → ゴール: 高山寺 (14km)

 

 

 

【14日目】 2017年04月27日(木)放送
旅の内容:●高山寺から国領温泉へ! 畜産農家の信仰する神社■丹波の赤鬼伝説?!国産繭から絹糸づくりを見学

 

スタートは兵庫県丹波市・高山寺。ゴールは兵庫県丹波市春日町・国領温泉。約16キロの道のり。

 

午前7:00、兵庫県丹波市高山寺境内の、桜の花びらの絨毯の上からオープニング。「お花見ございます。」とくっすんのあいさつ。今回は2週間ぶりに温泉が登場。くっすんはシャワー派なので、お風呂に入るのは3週間ぶりという。ロケでの温泉をより楽しむため、お風呂に入らない?ロケ日の天気予報は晴れ。

 

犬と散歩中の飼い主の方に出会う。丹波新聞に掲載されたむかえらの記事を見たとのこと。ただし、放送は見ていない。

美容院の方からはパラグライダーの回を見たと、声をかけてもらう。

 

スタートから2キロ、小学5年生と1年生のお孫さんを学校に送るおじいちゃんに出会う。お孫さんは「本当に目に入れても痛くないほどかわいいです。」と幸せそうに語る。

お孫さんとの微笑ましいお話しを聞いたくっすんは、今春から娘の弁当作りをはじめたと河田アナにプチ報告する。毎日作っているわけではないけれど、完食した後のお弁当箱を見ると、それでけで涙が出るほど嬉しくなる。そこで、こどもたちといっしょに朝6:00に起きるが、子供たちが登校した後、9:00に再び寝る。

 

スタートから3.5キロ、天王坂を登っていく。丹波と但馬地方を結ぶ1キロの坂道で、江戸時代以前から交通の要所であった。

 

午前9:00、スタートから5キロ、天王坂を下りて、ふもとにある舟城神社に到着。1446年に創建され、御祭神として須佐之男命(スサノオノミコト)を祀る。神社で授与しているお札には、大きな牛にまたがった須佐之男命が描かれている。そのことから、多くの畜産農家から信仰を集めている。

 

詳しいお話しを、御神札授典所で宮司さんからうかがう。授典所では、乳牛守護札と和牛守護札の2種類が置いてある。前者は酪農家が牛乳の生産を願う札で、後者は肉牛が丈夫に育つように願う札と、目的が違う。くっすんが、和牛の札に描かれている牛を見て、「黒い牛、すごく美味しそうですね・・・。霜降りが・・・。」とお肉に目がない。

 

今でも地元の畜産業者から信仰の厚い舟木神社の御札だが、江戸時代には山を流れる墨の水を用いて、刷られていたという。昨今、川底の真っ黒になっているところから、石を拾ってきて分析してみると、無煙炭(石炭の一種)だと判明した。

 

午前9:45、田んぼ道を南東に向かって歩いていると、車に関するお店屋さんが気になる2人。

スタートから6キロ、自動車の修理・メンテナンスをおこなう足立自動車鈑金を、アポなし取材する。

 

自動車の修理中のドアは、新品のパネルで色を塗ってない。調色場で新しく色を調色して塗布する作業を見学する。車の塗料は100種類に及び、それらを混ぜ合わせて、本体と同じ色にもってゆく。最終的には、人の目で見て色を決める。

実は、同じ車種・同じ色の車であっても、製造年月日によって微妙に色が異なる。車を並べて比べてみないと分からないかもしれないが、製造される際の室温や湿度によって色の誤差が生まれる。

 

スタートから7.5キロ、さくらんぼの果樹園を通る。果樹園には、置いてある巣箱から出入りするミツバチが見える。ちょうど、農園の主がいたので、見学させてもらう。

フルーツファーム春日では、春にいちご狩り、初夏にサクランボ狩り、秋にぶどう狩りが楽しめる。

 

現在、ニホンミツバチさんに力を借りて花粉を運んでもらい、さくらんぼの受粉作業を行ってる。さくらんぼの木のそばによると、くっすんの鼻を甘酸っぱい香りが刺激する。

今年は、例年より暖かい日が多く、ハチさんも活発に飛び回っている。だから、花の咲き具合が良好で収穫量も多くなるのではないか、と期待しているという。

 

スタートから9.5キロ、興禅寺に到着し、まずは参拝する。興禅寺は戦国時代の戦の死者を弔うために、1626年に創建された。

お寺が石垣に囲まれているのは、黒井城というお城の跡地に建てられた名残である。その昔、現在のお寺の場所に屋敷を建て、後方にひかえる猪ノ口山(標高356M)の山頂に山城を築いた。普段はふもとの屋敷に住み、有事の際は山城に布陣した。

 

城主・赤井直正は、”丹波の赤鬼”と呼ばれる猛将であった。丹波の歴史に詳しい村上さんに、山城跡の石垣がよく見える場所(丹波市黒井小学校前)まで案内してもらい、お話しをうかがう。

 

赤井の呼び込み戦法

1575年、戦国時代の小大名・赤井直正の治める丹波国に、織田信長の命を受けた明智光秀が攻めてきた。直正は、大軍を率いて攻めてくる明智軍を、山城に籠っておびき寄せ、油断させた。

そして、かねてより密約を交わしていた明智軍の武将・波多野秀治の寝返りを機に、反撃開始。直正は山城を下りて、秀治とともに明智軍を挟撃し撃退する。この戦略が、世に言う赤井の呼び込み戦法である。

 

しかし、1578年に直正は病没し、翌年光秀によって黒井城は落とされた。光秀を裏切った秀治は、信長によって弟とともに処刑された。

ちなみに、直正の末裔で有名人がいるということで、2人は浪速のロッキーの異名を持つ赤井秀和さんしか頭に浮かばない。実はその通り、赤井秀和さんは直正の弟の子孫とされる。さもありなんと思う2人であった。

 

午後1:00、昼ごはんを食べるお店を探す。くっすんが求めるお店は、「たらふく食べられて、美味しくて、安い。この3つさえそろってたら、最高なんですけどねぇ。」とのこと。河田アナはくっすんのハードルの高さに、「そんな店、ある?」と首をかしげるが・・・あったのです。

 

繁盛している『台湾料理 豊源』にて昼食。河田アナは『塩ラーメン+唐揚げ飯セット』を、くっすんは『台湾ラーメン+本店特製飯セット』を食べる。くっすんは「台湾にきたも同然ですね、ココ。」と台湾に行ったことがあるかのような、感想を述べる(たぶん行ってない・・・)。河田アナは、くっすんの3つの条件を満たした店だったので、しんそこ驚いた。

 

午後2:30、お腹パンパンの河田アナ、腹ごなしとばかり歩き、

スタートから13キロ、染織工房こおり舎を訪れ取材する。築120年の古民家を改修し、工房と住居を兼ねている。原田さんの工房では、蚕を飼って養蚕し、絹糸を作って、染織し、機織りするという一連の作業を全て行っている。

 

繭から糸を作る作業を見学する。まずは、大きな鍋で炊いたたくさんの繭から、糸口(糸の端)を出していく。木の棒を鍋に差しこんで引き上げて、繭の外側のほぐれた毛羽の部分から糸を絡めとる。その様子を見たくっすんは、「おねえさん、スパイダーマンに見える。」と例える。くっすんが糸を触ると、しなやかさと丈夫さを兼ね備えている。糸の硬さは、同じ太さの鋼鉄線より強いとのこと。

 

次に、繭から出た糸を数本に束ね、木枠に巻きつける”座繰り”という作業をおこなう。専用の手動マシーンをつかい、左手でハンドルを一定速度で回して木枠を回転させ、右手で繭を取ったり付けたりする。

くっすんは、ハンドルを回す座繰り体験をさせてもらう。

 

原田さんが養蚕・絹糸づくりをはじめたきっかけをうかがう。仕事でアメリカに住んでいたときに趣味の編み物が高じて、日本産の糸や布を輸入販売しているお店にお客さんとして行った。そこで、日本の絹織物を目の当たりにして、日本に帰って日本の絹織物を勉強しようと思った。

日本で自分の作品を作るにあたって、原料である国産の繭が欠かせない。だが、国産の繭はどんどん入手困難になっているので、それならば自分で蚕を育ててみようかなと思い立った。

養蚕の技術を習得するため、丹波市で今も残っている現役蚕農家さんのもとへ行って、「弟子にしてください。」とお願いし、今日に至る。

 

原田さんのこれからの夢は、若い世代に養蚕や糸・布づくりを伝えてゆくこと。

 

終始晴天に恵まれた今回のロケ、開始から歩くこと約9時間

午後4:10、スタートから16キロ、ゴールの国領温泉に到着。江戸時代後期に徳本上人によって開かれた。温泉の前には街道が通っていたため、旅人たちの疲れを癒す温泉街が形成された。大正時代には、14軒の旅館が営業していた。

 

現在営業している旅館は『助七』さんのみで、2人はご褒美の露天風呂に入って旅の疲れを癒す。国領温泉の泉質は単純二酸化炭素鉱泉で、神経痛・筋肉痛・関節痛などに効く。温泉の成分は鉄分を多く含むため、酸化して赤褐色のお湯に見える。また、お湯の色と、今回の旅で学んだ戦国武将・赤井直正の別名”丹波の赤鬼”にちなんで、『赤鬼の湯』と名付けられている。

 

2人は温泉に浸かりながら、若女将さんに運んでもらったコップに入った源泉を飲む。源泉は酸化する前は無色透明で、サイダーのようにみえる。ノドごしは炭酸でさわやか、鉄の味がかすかにする。源泉を飲むことによって、慢性消化器病・慢性便秘など内臓の疾患に効く。くっすんは、飲んでも効果がある温泉を、「鬼に金棒ですね。」と例える。愛想笑いしてくれる若女将さんに、「そこまで美味くなかったですよ。」と河田アナが気遣う。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県丹波市・高山寺 天王坂 (3.5~4.5km) → 舟城神社 (5km) → 足立自動車鈑金 (6km) → フルーツファーム春日 (7.5km) → 興禅寺 (9.5km) → 昼食:『台湾料理 豊源』 → 染織工房こおり舎 (13km) → ゴール: 国領温泉助七』 (16km)