MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の21日目~22日目のまとめ。

 

【21日目】 2017年06月22日(木)放送
旅の内容:●鍬渓温泉を目指し…姫路市を南へおニューの靴で軽快に歩くくっすん■神様にお神酒を供える祭り?!★亡き子どもに捧げるバラ

 

スタートは兵庫県姫路市・塩田温泉。ゴールは兵庫県姫路市砥堀・『馬車道修築の碑』。約16キロの道のり。

 

午前8:30、兵庫県姫路市・塩田温泉の 『上山旅館』の池の前からオープニング。朝から気持ちの良い快晴。お次の温泉は、40キロほど離れた、小野市にある鍬渓(くわたに)温泉を目指す。

 

スタートからいきなり上り坂。けっこうしんどいが、くっすんはおニューの靴を履いて、意気揚々と進む。ウォーキング専用シューズで、クッション性が高く衝撃をやわらげる。

 

しばらく歩くと、林道を抜け、集落へ出る。そこで、ドローンと操縦しているおとうさんを発見する。ドローンは空を飛びまわり、華麗に着地する。けっこうドローンは見慣れている2人だったが、興味津々にドローンを観察する。

操縦者の坂口さんにお話しをうかがう。操縦は、タブレットをモニターとして付けたプロポでおこなう。ドローンで田んぼを上空から俯瞰して、農作物の栽培状況や、動物による被害状況を調査している。ドローンのお値段は約16万円で、趣味と実益を兼ねている。ドローンを飛ばすにはいろいろと規制があるが、面白いとのこと。2人は、日進月歩の科学技術に、改めて驚かされた。

 

簡素な造りの階段を登って、山の上にある城跡を目指す。思ったより山道は険しく、10分ほど登った5合目辺りで、くっすんは落ち葉の上で寝転んで休憩する。

予想された展開だが、河田アナが「新しいスニーカーで、今日は頑張るとか言うてたのに・・・。全然あかんやん。メーカーの人、怒ってくんで。」とツッコみ、くっすんも「ホンマや。」と納得する。一応、「いや、スニーカーはめちゃめちゃいいんですよ。ただココが厳しいだけです。」と弁明する。

 

さらに10分ほど登ると、近くの集落から遠くの山々まで一望できる、視界の開けた見晴らしの良い場所に出て、2人は活気づく。

午前10:10、恒屋城址に到着。恒屋城は、15世紀中頃、恒屋氏によって築城されたとされる。

 

自治会長さんに、恒屋城についてお話しをうかがう。お城は羽柴秀吉よって滅ぼされるまで、5代140年ほど続いたとのこと。秀吉に焼き討ちにあった折に、敵が滑るだろうと山にタケノコの葉を敷いたら、葉っぱに火をつけられてお城が燃えてしまったという笑い話?が残っている。

恒屋城主は、普段は麓の屋敷に住んでいた。現在は屋敷跡に、温泉施設があるという、耳寄りな情報を得る。

 

山を下りて、少し歩くと、お城風の建物が見えてくる。気持ちは温泉一色の2人だったが・・・。

宿泊施設『姫路市休養センター 香寺荘』の前まできたものの、『本日休館』の予想だにしていない文字に、意気消沈し呆然と立ちつくす。なんと運悪く、月に1度あるメンテナンスの日であった。

 

香寺荘にある、日帰り入浴ができる『竹取の湯』。泉質は高濃度炭酸泉で、脳こうそく・糖尿病の予防などに効く。

 

気を取り直して歩いていくと、家を建築中の施行主さんと、建築現場を見にきていた施主さんたちに出会う。建築中の家は40坪ほどの木造平屋で、基礎工事が終わって枠組みを立てている段階。夢のマイホームは9月に完成見込みで、ご主人と奥さんの笑顔にワクワクウキウキが伝わってくる。

くっすんが「できたときは、壁に大きくサインしますから。」と言って、ご主人に「やめてください。」と断られる。さらに、純粋な興味から「ちなみに、おいくらですか?」と聞いてしまい、テレビで見たとおりの感じだと言われる。

 

スタートから8.5キロ、香寺ハーブ・ガーデンに到着。農薬や除草剤を使用しないハーブを育てる一方、様々な植物の研究開発をおこなっている。店内では、ハーブをつかったエッセンシャルオイル・化粧品などを販売。

 

代表取締役の福岡さんに、ハーブ園にて、最先端の研究内容についてお話しをうかがう。野菜やハーブからエキスを抽出して、世の中に役立てる研究をしている。

例えば、ミントが太陽の光に当たると反応する性質を利用する。ミント抽出成分をカプセルに詰めて、癌患者に投与し、癌の近くまで持っていく。体の外から光を当てると、癌細胞を壊すことができる。まだまだ、実用化はされていないが、アメリカのベンチャー企業と手を組んで、医療としての研究を検討中とのこと。

 

今後、ハーブに限らず植物全般の研究が進めば、医療・建築・様々な分野での応用が期待される。植物由来の成分で、路面の凍結を防止したり、養殖中の魚の栄養として漁獲量を増やしたりと、福岡さんは例を挙げる。

 

植物パワーの凄さを再認識した2人は、

午後1:00、昼ごはんを食べるお店を探す。

緑の植物に紛れて見つけにくい食べ物屋さんの看板を、視力1.5のくっすんが遠くから発見する。

くっすんが取材交渉した『お好みハウス 』にて昼食。くっすん・河田アナともに、牛肉・豚肉・エビ・イカ・すじ肉が入ったお好み焼き・『浩焼スペシャル』を食べる。いつもは、アツアツのメニューは、くっすんが口を火傷しそうになりながら食べるけれど・・・。今回は河田アナが先に食べて、熱さにひいひいしながら「おいひぃ。」とコメントする。

 

スタートから9.5キロ、大歳神社に到着。五穀豊穣を願う大歳神社の1つで、毎年10月に『岩部の樽かき』という例祭が催される。

自治会長さんに、詳しいお話しをうかがう。

 

岩部の樽かき

五穀豊穣を願って、神様にお神酒を供えるお祭り。ふんどし姿の男衆がペアになって、樽を付けた竹を肩にのせて担ぎ、千鳥足で練り歩く。

奈良時代、神社近くの川が氾濫した。それを、一匹の大蛇が身をていしてせき止め、村を救った。大蛇に感謝しお神酒を供えたことが、起源とされる。

 

くっすん・河田アナがペアになって酒樽を担ぐが、25キロもある樽はずっしり重い。自治会長さんに千鳥足のステップを教わり、「イッシ、イッシ、どっこい。」の掛け声とともに、境内を少し歩く。2人の動きはてんでバラバラで、樽に振り回される始末。

ギャラリーの中に、現役とOBの担ぎ手さんがいて、お手本を見せてもらう。河田アナは「どちらの方がOBで、どちらの方だ現役?」と、同世代に見えてしまう。重い樽であるが、地元の方は普段から農作業で鍛えたうえ、相当の練習をしているので、華麗なステップ?をみせる。

 

主婦しているお姉さんと、独身の妹さんに出会う。妹さんが未婚と聞いたくっすんは、「どちらがタイプですか?」と定番の質問をする。河田アナは、その質問をいつも本気で嫌がっている

そこで、お姉さんがくっすんファンと判明し、「よっしゃーあぁ~。」と雄たけぶくっすん。テレビでくっすんのよく泣いているのを見て、かわいいなあと母性本能?をくすぐられるらしい・・・。くっすんに振り回されている河田アナは、「うっとおしいですよ、正直。」と、声を大にして姉妹に説く。「変わった方もいらっしゃいますね。」と、くっすんも立場をわきまえているらしい。

 

午後4:30、スタートから13キロ、薔薇の香高い『姫路ばら園』に到着。1977年に開業した個人で運営しているバラ園。園内のバラたちに、くっすんも心ときめかせるが、それをうまく言葉で表現できない。

 

庭園内で、バラ園の代表・上野さんにお話しをうかがう。今では、850種・3,500本ものバラが咲き誇る姫路ばら園。1977年に亡くなった上野さんの子どものために、空いた土地にご主人が種を植えて、少しのバラをお供えにしたのが始まり。

お客さんの期待に応えようと、バラ園の規模をだんだんと拡張していった。大規模なのに、個人運営していると知った2人はビックリ。くっすんは、バラ園のオーナーの上野さんに「仲良くなりたい。」と伝え、「私もなりたい。」と応えてくれた。

 

姫路ばら園を出て少し歩くと、警察官を目指すおねえさんに出会う。小学2年生から習っている剣道を、警察官の方から指導してもらい、正義感・責任感の強さやたくましさを目の当たりにして、「こんな大人になりたい。」と思ったという。

高校を卒業したばかりで、友達から甘い誘惑も多いが、女手一つで育ててくれたお母さんに恩返しするため、採用試験の勉強に励んでいる。1歳年上のお兄さんがいて、いっしょに警察官を目指している。そんな孝行娘の苦労話を聞いたくっすんは、涙を流し感動する。

 

話をしていると、件のお母さんが登場し、母娘で並ぶ。くっすん・河田アナは娘さんの夢が叶うように応援しつつ、サヨナラを告げる。

特に権限はないが、「もう、兵庫県警の皆さん。彼女をぜひ採用させてください。」とくっすんが太鼓判を押す。

 

小学校が終わった子供たちや、大勢の大人たちにエールをもらいつつ、

午後6:00、スタートから16キロ、ゴールの『馬車道修築の碑』の前に到着。明治時代、今の朝来市にある生野銀山で採掘された銀を輸送するため、馬車道が敷かれた。距離にして、生野銀山から姫路港まで約49キロ。

次回からは、進路を東にとり、小野市方面へ進む。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県姫路市・塩田温泉 恒屋城址竹取の湯? → 香寺ハーブ・ガーデン(8.5km) →昼食: 『お好みハウス 浩』 → 大歳神社 (9.5km) →姫路ばら園 (13km) → ゴール: 『馬車道修築の碑』 (16km)

 

 

 

【22日目】 2017年06月29日(木)放送
旅の内容:●鍬渓温泉を目指し 姫路から東へ!ハプニング発生?!チワワの飼い主を探す■姫センで動物と戯れる★歴代姫路城主に愛されたお寺

 

スタートは兵庫県姫路市・『馬車道修築の碑』。ゴールは兵庫県加西市・一乗寺。約15キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県姫路市・『馬車道修築の碑』の前からオープニング。『馬車道修築の碑』の後ろに隠れていたくっすんが、ひょっこり顔を出す。ロケ日の天気予報は曇りのち晴れ。雨が降らない梅雨に、農家さんの心配をする2人。

 

午前8:30、くっすん・河田アナの通る場所に見当をつけ、待っていた女性2人に出会う。ロケ日の前日に、あるお寺(有乳山岩屋寺)で草刈りをしていたという情報から推理して、通るルートを割り出したという。河田アナは、思わず「探偵やってはるんですか?」と尋ねる。

大のくっすんファンの方で、「珍しい方もいらっしゃる、ありがとうございます。」と謙虚に受け止めるくっすん。ちなみに女性2人は、知り合いではなく、偶然居合わせた。

 

 

スタートから3.5キロ、リードつきのチワワが一匹で飛び出してきたので、くっすんが保護する。辺りを見回しても、飼い主さんが見当たらないので、ルートを外れ、ワンちゃんの歩いてきた方向へ向かう。

くっすんがチワワをだっこして歩きながら、飼い主さんを知っていないか、会う人会う人に聞き込みをする。

 

有力な情報を得ることができず、捜索開始から30分経過。前からやってくるおにいさんに、河田アナが「迷子のワンちゃん見つけたんですけど、このワンちゃん見たことないですか?」と聞くと、探していた飼い主さんであった。

事情を聞くと、おにいさんの親御さんが散歩中にトイレによったスキに、柵につなぎとめていたチワワさんのリードは外れ、逃走したとのこと。チワワさんのお名前はアイさん(♀)。絶妙なタイミングで飼い主さんが見つかり、2人は胸をなでおろす。

 

午前9:30、曇りから晴れてきて、気温がグングン上昇。

 

姫路市の地場産業を取材する。作っているモノは軍用手袋で、略して軍手。軍隊向けに大量生産した軍手は、安くて丈夫だったので、オールマイティーな作業手袋として普及した。

大正時代初期から、姫路では農家を中心に、軍手を一般家庭で製造していた。軍手の製造の最終仕上げの工程をされている、内職の方のお家を訪問する。

 

お家には、大きなビニール袋に詰められている軍手が、あっちこっちに置いてある。ミシンを使ってゴムを縫いこむ作業を見学する。

企業の工場(株式会社ウエダ)の機械で織りあげた軍手が運ばれ、最後は人の手で手首部分にゴムを入れて完成させる。その際、軍手に針など危険なものが入ってないか、安全かどうかの検品作業も兼ねている。

 

近年は、外国製の軍手に押され、日本での軍手生産量は激減している。そんななか、株式会社ウエダでは、日本の技術力をアピールしようと、高機能な軍手を開発した。耐熱温度は約120℃あって、特殊なナイロンを織りこむことで、ガラスや薄い鉄板による切創を防ぐ。

 

軍手づくりの現場を出て、歩くこと3分、

午前11:05、山の向こうに観覧車が見え、指さすくっすん。次の目的地は『姫路セントラルパーク』。遊園地ときて、嬉しそうに向かうが、本来は車であがる入園ゲートへの坂道を歩いていくので、けっこうしんどい。

 

15分ほどかけて、

午前11:30、通行・駐車料金所の前を通る。料金所の方に徒歩でやってくる人がいるか聞いてみると、いるとのこと。駐車料金もバカにならないので・・・。

 

スタートから6キロ、『姫路セントラルパーク』に入園する。1984年にオープンし、甲子園球場48コ分の敷地に、遊園地とサファリパークが併設されている。遊園地では、絶叫マシーンや観覧車などのアトラクションが楽しめ、季節の遊びにプールとアイススケートもできる。また、自家用車やバスで動物園を巡る、ドライブスルーサファリが人気。

 

広報の幸崎に案内され、『SAFARI THA RIDE』を体験する。トラック(バス?)の荷台部分がまるごとオリになっていて、そのオリの中に入って動物園を巡る。人間側がオリに入るという逆転の発想が面白く、間近に迫力ある動物を観察できると、メディアでも取り上げられ話題になっている。

 

午後0:20、2人は、スタッフさんとガイドさんとともにオリの中に載りこみ、いよいよ出発する。

輸送されている動物の気持ちを味わいつつ、トラックは肉食獣のエリアへ入る。ガイドさんはライオンのよだれが飛んでくるかもと言う。「かけられたい。」とテンションのあがるくっすん。

オリ越しに、ベンガルトラや、迫力満点のライオンの群れを観察する。

 

トラックは、『SAFARI THA RIDE』でしか行けない、特別体験ゾーンへ入る。セントラルパークの顔・ホワイトライオンも登場、オリの方へライオンが近寄ってくる。くっすんが、鉄の棒の先に付けた国産牛肉を、オリの格子越しに与える。肉を食べるときに、鋭い牙をのぞかせるライオン。

オリの高さより少し低い岩場にいるライオンに、くっすんが声をかけていると、突然「ガオゥ。」と吠えられ、ビビってオリの反対側へ逃げる。動物好きのくっすんも、「怖かったぁ~。」と乙女のように縮みあがる。

さらに、オリの上には、出発前にお肉を載せているので、岩場からライオンたちが乗り移って食べる。2頭のライオンがエサをめぐってじゃれあう。それを下から見上げていた2人は、あまりの迫力に”ケンカはやめて”とビビりながら懇願する。刺激が強すぎたのか、河田アナは腰が抜けた。テレビ的には、撮れ高最高

 

退散するように肉食獣エリアを後にして、草食獣のエリアでまったりする。シマウマや国内でここしか見れないヌーがいる。

オリから下りて、池の中に潜んでいるカバにエサやりをする。くっすんが、大きく口を開けたカバの口の中目がけてエサを投げるが、惜しくも少しずれた。そして、カバが水中でフンをしたその後、短いしっぽを水面に叩きつけて飛ばしてくる。意外に飛距離があったので、「うんこや」と連呼しながらパニックにおちいる2人だった。

 

5月22日に誕生したばかりの、双子のホワイトライオンの赤ちゃんを、室内で特別にだっこさせてもらう。河田アナ・くっすんがそれぞれ一頭ずつだっこする。赤ちゃんといえど、さすがライオン、ずっしりと重たい。

 

園内にある洋食レストラン『ビアンコ』にて昼食。河田アナは『オムカレーライス』を、くっすんは

『オムハヤシライス』を食べる。テーブルクロスの柄がゼブラ模様で、「シマウマの上で食べてる、僕たち。」とくっすん。

 

姫路セントラルパークを後にして、歴代姫路城主が大切にしたお寺・有乳山岩屋寺に到着。急な角度で長い参道を息を切らせながら登り、岩屋寺の本堂にたどり着く。しかし、目的地はさらに上で、まだちょっと石段が続く。くっすんはダウン寸前、ぶつぶつ不満をたらしていたが、石段を登ると、今にも落ちて転がってきそうな岩石の下に、ちょこんと岩屋寺創建の社が建っている。645年に、法道仙人によって大きな岩の下に社が建てられたことから、岩屋寺と名付けられた。

姫路城から北東に位置し、鬼門を封じる役目を果たしている。

お社の前に立った2人は、非日常の幻想的風景に浸る。「不思議がいっぱい・・・。」とくっすんがポエムをよむ。

 

ご住職に案内され、本堂に祀られている鬼門を守護するご本尊を、特別に拝観させてもらう。通常は秘仏で、毎年1月の例祭でのみ開帳される。平安時代の『毘沙門天立像』で、国の重要文化財に指定されている。

 

姫路城主と有乳山

姫路城主を、幼少のころと成年してからの2期にわたって務めた松平直矩が、子を授かった。されど、奥さんの母乳が出なかったので、岩屋寺に祈願した。すると、母乳が沢山出るようになった。以来、有乳山という山号がつけられた。

 

歴代姫路城主も祈願した毘沙門天像に手を合わせ、お寺を後にする。

 

午後2:45、スタートから10キロ、兵庫県姫路市から加西市に入る。「拍手喝采・・・し。」とくっすんの地名ギャグ。

 

午後2:50、スタートから10.5キロ、加西市から姫路市へ入る。

 

3市が複雑に入り組んでいるため、市から市をせわしなく移動する。その後、加古川市に入り、また加西市に入る。

 

足を棒にしながら歩き、ゴールの手前にきて、160段の石段を登る。くっすんの付け根・古傷?が悲鳴をあげる。「俺はできる。俺はやれる。」と自分を鼓舞するくっすんだったが、すぐに「僕は・・・、できないわ。」と石段で崩れ落ちる。河田アナに「ココ、おじいちゃんとかおばあちゃんでも上がるんやから・・・。」と尻を叩かれ、何とか歩を進める。

午後4:15、スタートから15キロ、ゴールの一乗寺の本堂前に到着。650年に創建され、西国33所第26番札所。

 

本堂をご住職に案内していただく。

本堂の天井には、その昔西国巡礼者が打ちつけた約5,000枚の巡礼札が貼られたままになっている。巡礼作法として、木札に参詣者の名前を書いて、扇のように広げて打ちつけた。

しかし、天井までは6メートルの高さがあるので、どうやってお札を打ちつけたのか、不思議である。ご住職が言うには、肩車を何段も積み重ねていき、一番上の人が竿の先に木札をつけて、天井に打ちつけたという。アクロバティック・・・。

 

現在は、お堂を傷つけないように、木札の代わりとして、紙の札に名前・住所・願いを書いて奉納する。河田アナ・くっすんも紙の札を奉納し、内陣の聖観音様(秘仏)に向かって手を合わせる。

昔の人が西国巡礼へかけた情熱を再認識して、旅を終える。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県姫路市・『馬車道修築の碑』 軍手づくりの現場姫路セントラルパーク(6km) 園内で昼食: 洋食レストラン『ビアンコ』 → 有乳山岩屋寺 → ゴール: 一乗寺 (15km)

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の19日目~20日目のまとめ。

 

【19日目】 2017年06月08日(木)放送
旅の内容:●市川町を抜け 福崎町・辻川山公園へ昔懐かしの旧車の魅力を知る■これぞアットホームなゴルフクラブ屋さん?!★10分で西国33か所巡りを制覇?!

 

スタートは兵庫県市川町・かさがた温泉。ゴールは兵庫県神崎郡福崎町・辻川山公園。約15キロの道のり。

 

午前6:40、日帰り入浴施設の 『かさがた温泉 せせらぎの湯』前からオープニング。スタート地点は山々に囲まれているので、肌寒いとくっすん。

 

3匹の秋田犬と散歩させているおとうさんに出合う。むかえらのムツゴロウさんことくっすんに、人懐っこい秋田犬たちが同時にじゃれてくる。「やってまえ、やってまえ。」とあおる飼い主さん。河田アナは、少し離れた場所からその様子を見守っている。

ワンちゃんは図体がでかく、賢くてむやみに吠えないが、ブチッと切れたときは恐いとのこと。それを聞いて、少しビビるくっすん。結局最後まで、ワンちゃんを回避する河田アナに、「逃げた、逃げた。」と飼い主さん。

 

天気に恵まれ、足取り軽く進んでいく一行。歩くこと1時間、

広い倉庫っぽい建物内で、阪神タイガースカラーにデザインされた車(2003年阪神タイガース優勝モデルQUNO)が、ちらりと開いた窓から見える。河田アナはリリーフカーだとにらむ。くっすんが「リリーフカーって、あの・・・キャッチャーが・・・。」と言い、即座に「ピッチャー(が乗る車)です。」と河田アナに訂正される。

 

気になって建物の中に入ると、珍しい車が多数置いてある。そこはアモン旧車倶楽部で、旧車の販売・仲介・委託販売を行っているお店である。お店の方にショールームを案内してもらう。店頭の赤い車はスバル360で、昭和41年ごろのシロモノだが、まだまだ現役で動く。

店の奥には、珍しい車がところ狭しと並んでいる。昭和27年式の『日産 オースチン』は、日本で10台も登録されていないレアな一品。『ロータス・ヨーロッパ』や『三菱 デボネア』など、20台ほど旧車が展示されている。

昭和36年式の『日産 ダットサン フェアレディ』は激レアで、価格応談と書かれている。市場価格を聞いてみると、1,700万円のビックリ価格。実は、ここ1~2年で、海外のお金持ちさんが投資目的で日本製の旧車をたくさん買い占めているので、値上がりはなはだしいとのこと。河田アナが「せっかくやったら、乗ってほしい気もするけど・・・。」とコメント。現代の車にない、デザイン多様な旧車の味わい深さを、少し理解できた。

 

アモン旧車倶楽部から少し歩いたところで、シーズンの終わるイチゴの、畑のカラス除けネットを片付けている方々に出会う。2人は残っているイチゴを摘みとってもらい、その場でいただくと、甘くて美味しい。

 

畑の主であるおじいちゃんは、お孫さんといっしょに畑仕事をすると、「先長ないさかいな、凝縮して楽しんで・・・。」と笑顔を見せる。おじいちゃんは一年前に悪性リンパ腫で腸に大きな癌を患った。でも、お孫さんが心配になって東京から馳せ参じたら、すぐに元気になったとのこと。そばに居てくれたお孫さんのおかげで、まだ死ぬわけにはいかないと精神力が高まり、癌を体から駆逐したようだ。おじいちゃんは「人生ちょっと・・・、2段階ギアを入れ直して・・・。」と濃密な人生を送っている。

 

午前10:00、藤本技工にてゴルフクラブ作りを見学する。市川町は国産ゴルフクラブ発祥の地である。

まずは、代表取締役の藤本芳人さんにお話しをうかがう。1903年に日本初のゴルフ場が神戸にオープンし、壊れたクラブを修理する場所が求められた。市川町の近くには鍛冶職人が多く住んでいて、修理を受け持った。修理をきっかけに市川町でのゴルフクラブの開発が始まった。昭和5年に日本初のゴルフクラブが誕生した。

 

次に、昔ながらの手作業でパターを作る様子を、見学する。材料となる鉄の棒を高温に熱して、真っ赤な柔らかいうちに道具を用いて素早く曲げてゆく。パターのネック部分のカーブは、機械では形作れないとのこと。

手作業でのパター作りは手間がかかるので、月産10本が限度。完成品には、”火造り”のロゴがあしらわれ、1本7~8万円のお値段がする。普通のクラブでは飽き足らないお客様に、理想のクラブを製作することが難しいという、職人の藤本竜平さん。

 

とても和気あいあいとしている藤本技工の社員さんたち。代表取締役は初代創業者の次男でその家族と、長男家族と三男家族が、同じ職場で従業員として働いている。全員親族の間柄なのでよくケンカするけれど、絆があるのですぐ仲直りするとのこと。

創業者のクラブ作りの跡継ぎがいなかったので、息子さん・娘さん世代も自然な流れでこの業界に入った。なるべくしてなったゴルフクラブ職人への道に、「せな、しゃあないんやろね。」と長男さんのコメント、親族一同納得する。

事務所の一角にいた、まだ年端もいかない4代目(お孫さん)候補たちが、母親にだっこされ登場する。河田アナが、「まだちょっとなぁ。わけ分かってないけど、たぶんココで働くことになる・・・。」とそう遠くない未来を予測する。

 

午前11:45、お昼ご飯を食べる店を探し始めるが、見つかる気配は全くない。どうしようかと2人してぶつぶつ言いながら歩いていると、絶好のタイミングで『たまごかけごはん』と書いてあるお店に巡り合う。お店の前で、淡路島から初めて来店する女性2人組に出会う。

 

市川の里 千代』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『たまごかけランチ』を食べる(河田アナはプラスとろろトッピング)。基本的に地元の食材をつかい、添加物の入ってないしょうゆをつかっている。店内でお食事中の淡路島の2人組に、河田アナがたまごかけごはんの感想を聞いてみると、普段食べているものとは全然違うとのこと。

 

午後1:00、スタートから9キロ、『市川町文化センター』内にある『橋本忍記念館』を訪れる。橋本忍氏は市川町出身の日本を代表する脚本家の一人。黒澤明監督の映画・『羅生門』でデビューし、『日本沈没』・『七人の侍』・『砂の器』・『白い巨塔』など数々の日本映画を手掛けた。

 

館長さんに館内の常設展示コーナーを、解説・案内していただく。

高倉健さん・北大路欣也さん主演の映画・『八甲田山』の台本が展示してある。北大路さんは、橋本氏の脚本作品に出演できる、さらに高倉さんと共演できるとあって、至上の喜びを得たとのこと。

映画・『砂の器』の手書き原稿も展示してある。『砂の器』は脚本家・山田洋次氏との共作である。山田氏は、わが師と仰いだ橋本先生宅に通い詰めて、書き上げた。

 

黒澤明監督に才能を見出され、映画だけでも72の作品を手掛けた橋本氏は一線を退き、現在99歳と高齢のため、東京の自宅で療養中とのこと。

 

記念館を出てすぐ、市川町立川辺小学校の校庭で、運動会の予行演習をしている。表彰式の練習も行っていたので、「そんな練習する、普通・・・。」と河田アナがいぶかる。さらに、スコアボードに白組310点・紅組262点と表示されていたので、2人は完全に運動会本番と勘違いする

締めに紅組白組の児童代表が感想を述べる段に至って、『平成29年6月3日』と運動会の日付を挙げた。ロケ日は5月30日だったので、念の入ったリハーサルだと判明する。本番となんら遜色のないリハーサルに、いっぱい食わされた2人はバカウケして笑う。

 

校門前で騒いでいた2人の元に、校長先生がご登場したので、お話しをうかがう。スコアボードの得点は、実際のリハのもので、本番ではどうなったのか分からない・・・。

近年、地球温暖化の影響で、秋の運動会では熱中症が心配されてる。ゆえに、5月6月に運動会を行う学校が増えているという。

 

午後3:00、スタートから14キロ、神積寺(じんしゃくじ)に到着。991年に、一条天皇の命により慶芳上人によって建立された。

以前、むかえらでは西国三十三所巡礼の旅をおこなったが、神積寺では10分ほどで33所を巡ることができる。西国三十三所巡礼は草創1300年を迎え、各お寺ごとに限定の御朱印やスイーツが提供され、ブームが再燃している。

 

ご住職に詳しいお話しをうかがう。今から1,000年ほど昔、神積寺創建のころに、慶芳上人が33か所巡るのは大変だと考え、誰でもお手軽にまわれるように、境内にある妙徳山の33か所に観音様を配した。ご住職が山の案内を買ってでられる。すると、くっすんが山の傾斜ぐわいを尋ね、ご住職の示した手の角度から、けっこう急な角度だと判明する。

 

まずは本堂で手を合わせて、ご住職を先頭に、裏手にある山道を登ってゆき、33尊の観音様に手を合わせる。1番札所の後、隣にある2番札所を、華麗にスルーするご住職に、くっすんが「2番ですよ。」と指摘する。歩くことに集中して、うっかり通り過ぎてしまった。その後は次々と観音様に手を合わせ、10分ほどで33番札所まで回りふもとまで戻ってきて、再び本堂で手を合わせる。

33か所の観音様を拝んだ2人に、「間違いなく、ご利益を頂戴できる。」とご住職が太鼓判を押す。汗びっしょりになって案内していただいたご住職に感謝して、神積寺を後にする。

 

下校中の小学4年生の男の子に出会う。ちょっとお話ししようと河田アナがいろいろ質問する。ぽつぽつ答えを返してくれるが、つれなく帰ろうとする。河田アナが引き止め、今日学校であった授業のことを聞くと、体育の「ベース・・・。」とのこと。キックベースかと思いきや、ベースボールだったので、オシャレだと感心する2人。算数の授業では、”1億を超える数”を勉強中で、内容が気になるところ。

宿題をするため、早く帰りたくてしょうがない男の子は、そそくさと会話を切りあげ、駆けていった。

 

大勢のお客さんがお出迎えするなか、

午後4:15、スタートから15キロ、ゴールの辻川山公園に到着。ため池のほとりには、河童の 河太郎 と天狗の銅像がある。

 

福崎町地域振興課の方にお話しをうかがう。福崎町は民俗学者の第一人者・柳田國男の故郷で、妖怪に造詣が深かった。著書に多くの妖怪が登場するので、町おこしに河童や天狗といったメジャーな妖怪をつかった面白ギミックを設置した。

 

ため池から時間ごとに顔を出す河童の河次郎は、大人気で多数のメディアに取り上げられ、多くの観光客を呼んでいる。ロケ日は平日なのに、多くの子供たち・大人たちが妖怪(河田アナ・くっすん)目当てに公園に集まった。リアルな造形の妖怪たちに、河田アナが「最近のゆるきゃらブームの中では、逆行した存在・・・ね・・・。」とコメントする。

 

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県市川町・かさがた温泉 アモン旧車倶楽部藤本技工 → 昼食: 『市川の里 千代』 → 橋本忍記念館 (9km) → 神積寺 (14km) → ゴール: 辻川山公園 (15km)

 

 

 

【20日目】 2017年06月15日(木)放送
旅の内容:●播磨姫路の奥座敷 塩田温泉へむかえらで使える?!合法的な乗り物電話ボックスで愛を確かめるくっすん?!★秘仏に戻ったお地蔵さま

 

スタートは兵庫県神崎郡福崎町・辻川山公園。ゴールは兵庫県姫路市夢前町・塩田温泉『上山旅館』。約15キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県神崎郡福崎町・辻川山公園の河童が出没する、ため池のほとりからオープニング。ため池で泳いでいる鯉たちに向かって、「こいこいこいこい、こいこいこいこい。」と呼びかけるくっすん。そのため池には、河童の河次郎が潜んでいて、うっすらと頭と手が見えている。午前9:00から稼働し始めるので、まだ休憩中・・・。

河田アナがスタンバイ中の河次郎に、「知らん人が見たら、『あれ、誰か沈んでない?』ってなるよね・・・。ちゃんと沈めたほうが、いいような気がしますが・・・。」とダメ出しする。

 

ロケ日の天気予報は晴れのち曇りで、朝から快晴。

民家のガレージでツバメの巣を発見、中には可愛いヒナたちがひしめいている。くっすんが、スズメと言い間違って、河田アナに訂正される。

 

スタートから1キロ、自転車で通学中の高校2年生の女の子に出会う。男子バレーボール部のマネージャーをしているとのことで、河田アナが「こんなかわいいマネージャーがいてくれたら、選手もがんばれるよ。」とコメントする。

マネージャーの仕事は大変だけど楽しくて、みんながおいしそうにドリンクを飲んでくれるとやっていて良かったと感じるとのこと。2人は、爽やかで青春を謳歌する高校生に、元気をもらった。

 

午前8:50、スタートから2キロ、自動車の部品を製造している福伸電気株式会社の本社を訪ねる。

総務部長の宮内さんに案内され、ショールームにある電動カートの『ポルカー』を拝見する。昔、ゴルフ場でゴルフバッグを運ぶ手押しのバッテリーカートを製造し、その技術を応用して平成2年から電動カートを製造開始した。今後ますます加速する高齢化社会を見据えて、文字通り高齢者の足として使ってもらえるようにと、日夜開発に取り組んでいる。

現在、電動カートを製造する会社は全国で4社あり、ポルカーのシェアは約10パーセントである。

 

運転操作は非常にシンプル。2つのダイアルがあり、左のダイヤルで2~6キロの間で速度調整し、右のダイヤルで前進・バックの切り替えをおこなう。レバーがアクセル代わりで、握ると進み、離すとブレーキになる。あとは、ウインカーとクラクションが付いている。

福伸電気株式会社本社の敷地内にて、ポルカーを試乗させていただく。作動音は静かで、快適な乗り心地。初めて電動カートに乗る2人も、自由自在にスーイスイ移動できた。

 

また、ポルカーの最高速度は6キロ。法律で時速6キロまでは歩行者扱いのため、運転免許は要らない。

会社を後にしようとしたとき、くっすんはまだお気に入りのポルカーを乗り回していた。河田アナに「もう、いくで~。」と促されたが、総務部長さんに「乗っていってください。」と勧められ、「ほんま、いいんすか?」と、くっすんはポルカーに乗ったまま・・・。いつもは乗り物ご法度とくっすんを注意する立場の河田アナまで、便乗していつの間にかポルカーにちゃっかり乗っちゃっている。

宮内さんの「(ポルカーは)あくまで歩行者なので、歩く企画は外しません。」ともっともな意見に、「”昔の人は偉かった”にも大丈夫!」と河田アナはちょっと悪ノリする。何事もなかったように、2人はポルカーに乗ったまま敷地から出ていこうとする。

 

ポルカーの魅力に取りつかれた2人。河田アナは、今後ポルカーに乗って旅をするという企画もありだなと思う。くっすんも、「僕らが60(歳)になったとき、あれ(ポルカー)で移動するのもありですね。」ともくろむ。ポルカー導入に賛成の河田アナは、「60(歳)までやってんの、このコーナー・・・。」と、ちがうところに食いつく。くっすんがむかえらにかける執念は凄まじい。

 

午前10:30、スタートから5.5キロ、納豆メーカーの相沢食産を取材する。昭和32年に神戸で創業したが、阪神淡路大震災で工場が全壊した。そこで、知り合いを頼りに福崎町に移転し、現在ではインターネットで商品を販売している。

 

社長の相沢さんおすすめ、平成28年農林水産省食料産業局長賞の大粒・中粒部門を受賞した、黒豆納豆を試食させてもらう。文字通り真っ黒の納豆で、ワサビが付属する。2人が食べる様子を横で見守る社長さん、「美味しいって言うてくださいね、必ず。」と一言添える。

2人が食べた感想は、やっぱり”美味しい”で、ワサビが絶妙にマッチする。納豆に、しょうが・カラシなどいろいろ加えてみたが、試行錯誤の結果ワサビがベストらしい(お好みで柚子胡椒も合う)。

商品開発に3年を要した枝豆納豆も試食、オシャレに塩とオリーブオイルをかけていただく。

 

今では日本全国で販売される納豆も、宮城県出身の相沢さんのお父さんが、神戸で販売し始めた昭和30年代は、関西ではなじみがなかった。納豆が普及する前は、納豆が腐っているとクレームがきたり、「納豆屋です。」と言ったらナット屋に間違えられたりしたという。前途多難な関西での納豆販売だったが、”納豆だけに粘ります”と定番のギャグでまとめる相沢さん。

 

午前10:50、スタートから6.5キロ、農道を歩いていると、畑で作業するおとうさんと出会う。ナス科のツノナス(果実が狐の顔に見えることからフォックスフェイスと呼ばれる)を畑で栽培していているが、収穫は9月頃なので、果実は実ってない。2人は、スマホの画像でなじみのないツノナスの実がどんなもの確認する。

ツノナスは食べるものではなく、生け花など観賞用に用いる。おとうさんは栽培を10年ほどやっていて、キレイなツノナスが出来たら嬉しいとのこと。

 

スタートから7キロ、細い道を歩いていると、急な上り坂が立ちはだかる。 「最悪や。」とぶつくさ言うくっすん。しかし、嫌なことは早く終わらせようと悔い改めた?くっすんは、1人猛ダッシュして坂道を上る。後ろを悠々と歩く河田アナは、「なにかあったんかな・・・。ちょっと不安定やねん。」と心配する。

そして大方の視聴者の予想通り、くっすんは力尽きて倒れた。「走らんほうがいいっすわ。」と後悔し、そして無謀な暴走の結果、足の感覚が別人みたいになる。河田アナが「誰の下半身で歩いてんの?」とツッコむ。

 

午後0:10、スタートから8.5キロ、兵庫県姫路市夢前町に入る。

 

午後0:40、スタートから10.5キロ、お昼どきで繁盛している『エンジェルハウス』にて昼食。河田アナは『海老フライとハンバーグの定食』を、くっすんは『海老フライ唐揚げの定食』を食べる。

 

最出発を前に、お店の外で、出会った方々と交流を深める。おねえさんに自分の着ているTシャツにサインを求められ、背中側にマジックで大きくサインする2人。

さらに、少し歩いていると、あるおかあさんにご主人のグランドゴルフのスコア表にサインを求められ、サインする2人。サインを多く求められ、芸能人・スターになったと悪い気はしない。


午後2:20、スタートから12.5キロ、くっすんがバス停の横にある電話ボックスを発見する。珍しいのか、「久々に入ってみましょうよ。」と提案する。スタッフに借りた10円で、くっすんは嫁に電話をかける。嫁の携帯電話の番号を覚えていたので、河田アナに「なんでもっと大切なこと、覚えへんの?」と、きつい言葉をもらう。子供のころから「住所と電話番号は覚えなさい。」と親に言われていたからとのこと。
嫁が電話にに出たので、「電話ボックス見つけたから、うちに電話してみてん。」と手短に説明する。晩御飯のメニューを聞いたが、まだ考えてないとのことで、「最後に愛してるよ。」と言って電話を切った。

公衆電話
19世紀よりヨーロッパで普及し始め、日本では明治33年、東京に日本初の公衆電話が設置された。当時、電話をする人がいれば、珍しさから人だかりができた。昭和59年に公衆電話の設置台数のピークをむかえたが、携帯電話の普及とともに、採算が採れないので激減し、今ではピークの2割と落ちこんでいる。

午後2:50、スタートから13.5キロ、蓮華寺に到着。平安時代に、比叡山延暦寺の慈覚大師によって創建された。本堂の前で、河田アナからくっすんにクイズを出題、「本堂の下の足ぐみ・・・ある有名なお寺にちょっと似てませんか?」。くっすんは見当もつかないが、正解は清水寺で、懸造りという工法を用いている(姫路市の書写山圓教寺の摩尼殿もね)。崖や岸に張り出して建て、格子状に組むことでもう剤同士が支えあい、衝撃を分散させる免震構造。

 

ご住職に案内され、本堂に安置されている秘仏のご本尊を拝観させていただく。全長11センチの地蔵菩薩像で、平安時代に慈核覚大師が地蔵菩薩を発見し祀ったのが、蓮華寺の始まりとされている。

 

実は地蔵様が秘仏になったのは、つい最近のことである。今のご住職が4年前に就任してかた当初は、厨子の扉は開けたままであった。いろいろ調べると、「ご本尊が秘仏である。」という文献を発見し、秘仏にもどったとのこと。

河田アナが「気づいて良かったですね・・・。ご本尊も、やっと閉めてくれたと・・・、思ってはるかもしれないですね。」とご住職に言う。

 

午後4:10、スタートから15キロ、ゴールの塩田温泉上山旅館』に到着。上山旅館の創業は明治7年で塩田温泉の湯元として、源泉を守っている。宿泊客の料理では、源泉を利用したしゃぶしゃぶと朝食の温泉がゆが人気。

 

2人はさっそく露天風呂に入る。自然豊かな景色で、秋には紅葉も観賞できる。塩田温泉の泉質は炭酸水素塩泉で、筋肉痛・疲労回復・冷え性などに効く。

奈良時代に、塩分を含む温泉が田んぼから湧いたことから、塩田温泉と名付けられたとされる。江戸時代から湯治場として利用され、明治から大正時代にかけては、温泉郷としていくつかの旅館が立ち並んでいた。

 

温泉に浸かりながら、汲みたての源泉をいただく。しょっぱくて超微炭酸。飲泉は、昔は胃腸病回復などに用いられ、1日に1升の源泉をちびちび飲みながら、温泉に入ったという。

15キロ歩いてきた疲れを温泉でリセットして、2人は来週の旅に備える。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県神崎郡福崎町・辻川山公園 福伸電気株式会社 (2km) → 相沢食産 (5.5km) → 昼食: 『エンジェルハウス』 (10.5km) → 電話ボックス (12.5km) → 蓮華寺 (13.5km) → ゴール: 塩田温泉上山旅館』 (15km)

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の17日目~18日目のまとめ。

17日目は、多可町の往年のにぎわいを知り、伝統文化を学ぶ。

18日目は、河田アナ・くっすんが別ルートで離れ離れになる珍しい展開。くっすんが男を見せる。
 

【17日目】 2017年05月25日(木)放送
旅の内容:●丹波市を抜け多可町 翠明湖へ!10万人の参詣者が訪れたお祭り■絶やすな播州の歌舞伎★多可の巨人伝説

 

スタートは兵庫県丹波市山南町・薬草薬樹公園。ゴールは兵庫県多可郡多可町・翠明湖。約12キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県丹波市山南町の薬草薬樹公園内からオープニング。「おはようございます。お茶の間のアイドル、くっすんです。」と前回と同じあいさつ。5週にわたって歩いた丹波市を抜け、多可郡へ・・・。

 

歩いていると、おとうさんと恥ずかしがりやのおかあさんに出会う。2人は、北海道の足寄町から大阪へ、大阪から丹波へ引っ越してきて40年住んでいるとのこと。足寄町では、松山千春さんとご近所で、千春さんの高校時代のことをよく知っている(BGM:大空と大地の中で)。

 

さらに歩いていると、畑で薬草の育成のために、雑草の草むしりをしているおかあさんペアに出会う。薬草の種類はセネガといい、主にお風呂に入れて使う(薬草薬樹公園他)。草むしりは一日8時間のフルタイムで、腰やら脚が痛くなるけれど、鍛えているので大丈夫とのこと。河田アナが、「お元気で、お若いですよ。」と感心していると、「しわくちゃまんきんたんじゃ(播州弁?)。」と謙遜される。

 

人気もなく車だけが行き交う道をひたすら歩くと、

スタートから4キロ、兵庫県丹波市から多可町へ入る。

 

スタートから7キロ、大歳金刀比羅神社に到着。1795年に藤井孫右衛門が病気平癒のため、讃岐金琴平宮より勧請した神社。毎年11月に開催される金刀比羅大祭は、”播州三大祭”の一つに数えられる。

 

宮司さんに、金刀比羅大祭についてお話をうかがう。昭和30年ごろの大祭の写真を拝見する。大勢の人でにぎわう通り・金魚すくいの出店・サーカス小屋など、往年の写真を見つつ、解説していただく。

かつては10万人もの参詣者が訪れた大祭だが、人口減少や鍛冶屋線廃線などにより年々規模が縮小されつつある。

 

大歳金刀比羅神社を出てすぐ、巨大なサインポールが目立つ床屋さんの前を通る。お店の前で、店主さん夫婦から大祭についてお話をうかがう。往年のころは、”むかしむかしの心斎橋ぐらい”人が多かったという。また、1年で播州三大祭の3つにお店を出せば、1年間めし食えたといわれたほどで、祭りの盛況ぶりをうかがえる。

そんな祭り景気のおかげでお店を建てたのではと、くっすんが聞いてみると、「若い人がパーマあてたりパンチパーマあてて、これが建った。」と店主さん。

 

お祭りにやってきた人たちでいっぱいになったという道をしばらく歩いていると、

スタートから7.5キロ、鍛冶屋線記念館に到着。鍛冶屋線は大正12年~平成2年まで運行された鉄道路線。多可郡・鍛冶屋駅~西脇市・野村駅を結んでいた。鍛冶屋駅の駅舎と車両を残して、記念館では一般に公開している。駅舎内を見ると、鍛冶屋線に関する写真や展示品が公開されている。廃線前に車両に取り付けられた『ご利用ありがとうございました さよなら鍛冶屋線』ヘッドマークもある。

 

ボランティアガイドの宮崎さんに、鍛冶屋線についてお話をうかがう。西脇市では、播州織という綿織物の生産が盛んであった。播州織の工場に勤める女性従業員の乗客が最も多かった。加古川方面へ向って通勤・通学するサラリーマン・学生も多く利用した。

昭和40年ごろから自動車の普及によって利用者が年々減少し、平成2年に廃線となった。

 

金刀比羅大祭の3日間は、乗降客が鍛冶屋駅に臨時列車でピストン輸送された。駅舎から神社までの1キロは、人であふれかえっていたとのこと。

 

午後0:30、お昼ご飯を食べるお店を探す。

駐車場は満車のお食事処を発見、くっすんが偵察・取材交渉する。ココナッツの香りが充満し、ハワイアン音楽が流れる『田園ダイニング&カフェ リリハ』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『リリハ特製ランチ』を食べる。ジューシーな肉汁が詰まったハンバーグやエビフライがメインの、ハワイ風のランチプレート。

 

店内で、オーナーさんにお話しをうかがう。元々うどん屋さんを経営していたが、フラダンスと出会って講師を務めているうちに、ハワイ風のお店を出すことになった。

いつものようにフラダンスを見せてほしいと無茶ぶりする2人に、フラダンスを披露してくれるオーナーさん。さらに、フラダンスの基礎ステップを教えてもらい、見よう見まねで腰をふる2人。お上手だと褒められ、「腰づかいは得意なんです。」とくっすんがコメント。河田アナは腰痛に効きそうだと思った。

 

リリハを出て歩いてすぐ、

スタートから9キロ、『道の駅 多可』の駐車場内に設置された、播州歌舞伎のモニュメント前にて、播州歌舞伎クラブ代表の山根さんにお話しをうかがう。

 

播州歌舞伎

ルーツは、加西市・東高室発祥の高室歌舞伎。江戸時代より、播州地方に根付いた農村歌舞伎で、アドリブが多く形式にとらわれない自由な演技が特徴。昭和に入り、様々な娯楽が増えた結果、ほとんどの一座が消えた。

 

現在ではプロの座はなくなったが、プロの一座に手ほどきをうけた、播州歌舞伎クラブが地元を中心に活動している。

多可町で生まれ育った山根さんは、小学3年生のときに播州歌舞伎クラブに入った。一時期地元を離れたこともあったが、播州歌舞伎を多くの人に知ってもらいたいと、再び多可町にもどり、クラブの代表を務めている。

 

せっかくだから、播州歌舞伎の見得を切る動作を教えていただく。足を前後に開き、両手で胸を突く。両手を前に出し、左上に引いて下から回して、前に突き出す。決めポーズのときに顔の表情は、眉間にしわをよせ眉を逆ハの字にする。

河田アナが見得を切ってみると、様になっていて歌舞伎っぽい迫力がある。次にくっすんがやってみると、表情が豊かでなぜかコミカル

 

山根さんは、自分が大好きな播州歌舞伎の伝統の灯を絶やさないように、今後も力を尽くしてゆく。

 

道の駅を出ると、ゴールの翠明湖まで、残り3キロ。

のどかな田園風景が続く多可町を順調に歩いてゆく。今回は、珍しく?アップダウンの少ない経路なので、くっすんの付け根も鳴りを潜める。

 

次にやってきたのは、多可の由来になっている巨人伝説にまつわる石の前。その名を『あまんじゃこの長石』と呼ぶ。

ボランティアガイドの竹内さんにお話しをうかがう。あまんじゃこ=天邪鬼(あまのじゃく)は気の良い大男で、農業の神様のように、多可郡で迎えられた。

 

多可のあまんじゃこと長石

あまんじゃこは、その巨体ゆえに立ってしまうと、天に頭をぶつけてしまうので、いつもかがんで歩いていた。たまたま多可郡へ来たとき、天が高かったので、普通に立ったまま歩くことが出来た。「空が高いなあ。」と喜び、嬉しさのあまり『高い』と何度も言っていたので、この辺りを多可と呼ぶようになった。

やんちゃなあまんじゃこは数々のいたずらをした。多可郡の丘山と太子山を取り除けば、耕作地をたくさん作れるだろうと思って、長く大きな石の棒で、2つの山を担ごうとした。だがしかし、山が重すぎて棒がポッキリ折れた。折れた欠片が、あまんのじゃこの長石(奥中の長石)として残っている。

播磨国風土記より

 

そら、折れますよね、この細さなら。」とくっすんの一言に、同調する竹内さん。多可郡では、天邪鬼はお茶目で憎めない鬼として好かれている。ちなみに多可町のゆるキャラは、あまんじゃこをモデルとした”たか坊”である。

 

巨人伝説ゆかりの地を後にした一行は、順調に歩いていると、気になるものを発見する。民家の庭先に、古い路線バスが停めてある。バスの停めてある敷地の、すぐ隣の家を訪ねてみるが、お留守だった。どうにも気になって情報収集していると、バスを設置した方のお義父さん夫婦に出会う。

娘婿さんは趣味が高じて、古いバスを置いたとのことで、お義母さんは、「そんなん置いて何で?」と怒った(そら怒る)。件の娘婿さんは、現在神戸市西区に住んでいて、月1・2回遊びに来る。

 

もともとバスは、神戸のあるボーイスカウトで倉庫代わりに使われていた。電気工事も行ったプレハブ小屋と引き換えに、バスを頂戴した・・・いわゆる物々交換。

 

旅の終盤に待ち構えていたのは、長い上り坂。最後の力を振り絞って歩き、

午後3:30、スタートから12キロ、翠明湖(翠大橋の上)に到着。翠明湖は、糀屋(こうじや)ダムが仕出原川をせきとめてできたダム湖で、北播磨最大の貯水量を誇る。

湖にかかる橋の上で、丹波市での思い出を振り返る。フレンドリーに応援してくれた丹波の皆さんに感謝する。「やっぱり、丹波・サンバ・丹波・サンバ・・・。そういうラテンのノリがあるんじゃないですか?」とくっすんの見解に、「(うまいこと言えたか)スタジオの皆さんに聞いてください。また、怒られると思いますけど・・・。」と河田アナがかわす。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県丹波市・ 薬草薬樹公園 大歳金刀比羅神社 (7km) → 鍛冶屋線記念館 (7.5km) → 昼食: 『田園ダイニング&カフェ リリハ』 → 『道の駅 多可』 播州歌舞伎モニュメント → 『あまんじゃこの長石』 → ゴール: 翠明湖(翠大橋) (12km)

 

 

 

【18日目】 2017年06月01日(木)放送
旅の内容:●多可町から市川町・かさがた温泉へ!敬老の日のルーツ■童心にかえって竹とんぼ作り★河田・くっすんが離れ離れ?!

 

スタートは兵庫県多可郡多可町・翠明湖。ゴールは兵庫県神崎郡市川町・かさがた温泉。約13キロ?の道のり。

 

午前7:30、兵庫県多可郡多可町・翠明湖の翠大橋の上からオープニング。「おはようございます。お茶の間のアイドル、くっすんです。」と最近お気に入りのあいさつ。絶好の歩き日和で、すでに河田アナの手元の温度計は、23℃を示している。今回の度は、3つのトンネルを抜ける。

 

翠明湖の外周道路を、湖面に映る山々を眺めつつ歩く。

 

スタートから1キロ、1つ目のトンネル・天神トンネルをくぐる。日光の届かないトンネル内は、冷たい風が通り抜けて、半袖の2人には肌寒い。

 

スタートから2.5キロ、待ち伏せしていた3名のおかあさん方に出会う。先週も河田アナ・くっすんを追いかけ回したが、そのときは出会えなかったとのこと。42歳のくっすんを、かわいいと言ってくれた・・・さすがお茶の間のアイドル。褒めてくれたお礼に、ファンサービスのハグをするくっすん。

 

 

歩きながら、多可町の豆知識を河田アナが紹介する。多可町は”敬老の日”発祥の町である。2017年現在、9月の第3月曜日が”敬老の日”として、祝日に定められている。

 

多可町の前身・野間谷村の村長である門脇政夫氏が、お年寄りを大切にしようと、昭和22年に村主催の敬老会を開いたのが、始まりとされる。翌年、農作業が落ち着く9月15日を、村独自の祝日に定めた。

お年寄りを敬う”敬老の日”を日本全国に広めたいと、尽力した門脇さんたちのおかげで、昭和41年に国民の祝日となった。そんな話を聞いて、「ありがたいですねぇ。それがなかったら、祝日一日少なかったかもわかんないですよね。」と感謝するくっすん。

 

スタートから3.5キロ、田植え中のおかあさん・おとうさんに出会う。おとうさんは田植機に乗って苗を植えている。

お年寄りを大切にする町ということで、くっすんが田植えの手伝いを申し出る。軽トラの荷台から、稲の苗を運ぶ手伝いをする。くっすん・河田アナは、1人で苗箱1つごとに運ぶが、水分を多く含んだ苗は意外に重い。おかあさんは片手に1つずつ、1度に2つの苗箱を軽々と運搬する。都会っ子の2人は、稲づくりの大変さを身をもって知る。

 

作業中、突如「うわあぁ~。」とおかあさんの悲鳴が響く。カメラが捉えてないところで、なんとくっすんが足を滑らせて、田んぼ脇の泥の中へ盛大にコケる。靴は泥に埋まり、ズボンと手は泥まみれの無残な姿となった。河田アナが駆けつけた?おとうさんに、「なんかちょっとお手伝いさせてくださいって、お邪魔してたんです。」と、かくかくしかじか説明する。「それで邪魔してんのか。」とおとうさんに、漫才ばりに綺麗にツッコミを入れられる。

 

午前9:20、泥だらけになった衣装を着替え、最初に向かうお寺を目指す。

スタートから4.5キロ、安海寺に到着。7世紀中ごろに創建され、境内には聖徳太子のお師匠さんを祀っているお墓がある。

 

恵便法師と海の安全

6世紀に朝鮮半島の高句麗から仏教を伝えるため、恵便という僧侶が来日した。恵便法師は蘇我馬子聖徳太子にも仏教を教えた。しかし、当時の日本で仏教が弾圧された時代があり、恵便法師は播磨の地に幽閉され生涯を過ごした。

やがて、彼は村の娘と結ばれて男の子をもうけた。息子を朝鮮半島の祖国に帰そうと、弟子に託して船を出させた。息子が安全に海を渡れますようにという恵便法師の願いを受け継ぎ、後にできたお寺は、安海寺と名付けられた。

 

ご住職にお寺の宝物殿を拝観させていただく。恵便法師坐像と聖徳太子立像が隣同士で並んでいる。

師弟像の前で、その後の恵便法師の息子について、ご住職にうかがう。朝鮮半島に戻って仏教を学んだ息子さんは、恵慈と名乗り再び日本へ渡った。そこで、親子2代にわたって、聖徳太子の元で仏教の教えを説いたという。恵慈の話の後、ご住職が「私とえらい違いですね。」とおっしゃった。

 

午前10:20、朝は気持ちよく晴れていたが、曇ってきて少し涼しくなる。

歩いていると、河田アナ・くっすんを歩道で待っていたおかあさん2人組に出会い、握手を交わす。知り合いが携帯電話で通報してくれたから、待っていたとのこと。

 

スタートから5キロ、竹とんぼ作りの名人宅を訪問する。名人の數原さんは、20年前ほど前にお孫さんにプレゼントするため竹とんぼを作ったのがきっかけで、竹とんぼ作りを始めたとのこと。竹とんぼの飛んだ高さ・距離・滞空時間を競うコンテストでは、数々入賞している(姫路科学館主催”作って飛ばそう”第1回たけとんぼ大会など)。

 

ご自宅前の空き地で、竹とんぼのフライトを見せていただく。軸がカーボン製の竹とんぼは、天高く舞い上がり、滞空時間も長い。竹とんぼマスターなら、50メートルの高さまで飛ばすことが出来る。

 

せっかくだから、ご自宅横にある竹とんぼの工房で、名人に手ほどきを受けながら、2人は竹とんぼ作りに挑戦する。短冊状の竹を、小刀で羽根の形に削っていく。「子供にとっては、こういう経験って今なかなかできないから、いいかもなあ・・・。」と河田アナがコメント。

童心にかえって竹とんぼ作りに熱中する2人。名人に仕上げの微調整をしてもらっているくっすんに、「自分でやりなさいよ。」と河田アナがツッコむ。作業開始からおよそ30分で、竹とんぼが完成(SE:アニメドラえもんより)。

 

外に出て、河田アナが自分で作った竹とんぼを回すと、うまく飛んではしゃぐ。くっすんも同様に回すが、なぜか全然飛ばない。名人がくっすんの竹とんぼを回すと、天高く舞い上がった。単にくっすんの回し方が下手だった・・・。

名人は「子どもも(昔の遊びを)受け継いで、次の世代にね、贈ってもらったら・・・。」と願う。テレビゲームやスマホといった現代の遊びだけでなく、こういうアナログな遊びが、心のゆとり・単純な好奇心・科学への興味・世代間交流など、日本人の忘れかけている大切なモノを思い出させてくれる。

 

午前11:50、再び晴れ間がのぞき、気温がグングン上昇(気温:30℃)。2つめのトンネルを抜けると、強い日差しが2人を照りつける。

 

スタートから8キロ、毘沙門堂に到着。1309年に創建され、五穀豊穣・無病息災のご利益がある。地元の農家さんの信仰が厚く、日照りが続くと雨乞い祈願が行われた。

境内には、雨乞いに用いられた梵鐘がある。雨乞いの際、普通に鐘をつくのではなく、変わった方法で祈願するので、鐘がボロボロに傷んだという。現在の鐘は3代目。

 

お堂を管理されている高原さんにお話しをうかがう。その昔、お堂の北1キロにある山奥の滝に、鐘を運んで、滝つぼに落として願掛けをした。雨乞いの滝つぼには、荒々しい神様の不動明王像が祀られている。

重たい鐘を1キロも運んで、滝つぼに落として、持って帰るにはかなりの労力がかかる。しかし、雨の降らないのは農家にとって死活問題なので、その労力をいとわなかったのだろう。

 

雨乞いの儀式は、江戸時代後期まで行なわれた。現在は、お堂の掃除の際に、平和を願って月一で鳴らされている。

最後に、くっすんが鐘をつかせてもらい、澄み渡る音が広まった。

 

午後1:10、境内のベンチに座って、地元のお弁当屋さんに届けてもらったお弁当を食べる。地元の食材を中心にしたヘルシーな弁当で、ピクニック気分を満喫。

 

午後2:00、スタートから10キロ、市川町から歩いてやってきた、河田アナのことをご存知のおとうさんに出会う。だがしかし、くっすんのことは「知らん、片一方は・・・。」とのことで、ご存じでない。あいさつを交わし、「えらいところで出おうたね。」と言いつつ颯爽と歩いていった。

 

くっすんは、自分だけが知られていなかったことがショックで、納得できない。船坂トンネルの前で河田アナが、もっと視聴者にアピールした方がいいとアドバイスする。すると、くっすんはアピールする方法を思いつく。河田アナはトンネルをくぐる正規ルートを進み、くっすんはトンネルの上を通る山道を進むという策である。河田アナは、「知らんで、迷子になっても。」と忠告するが、楽天家のくっすんは、「なんとかなるんちゃいますか、真っすぐ歩いたら・・・。」と行き当たりばったりに非正規ルートを進む。

 

というわけで・・・河田アナは700メートルのトンネルを歩き、くっすんは3キロの船坂峠道を歩くはこびとなった。

 

河田アナはくっすんのことを心配しつつ、視聴者に語りながら一人でトンネルを抜け、

午後2:35、神崎郡市川町に入る。

 

スタートから11キロ、野山でフキ採りをしているおかあさんに声をかける。山の中を案内してもらい、山菜のイタドリを採ってもらう。河田アナは皮を剥いたイタドリの茎をかじって食べる。その味は、シャキシャキとした歯ごたえでレモンのような酸味がする。

むかえらもくっすんもご存じのおかあさんに、くっすん不在の経緯を伝える。すると、くっすんが道を間違えると、山の反対側に出て大変なことになると教えてくれた。

 

一方くっすんは・・・山での運命の分かれ道で、立て看板の地図を見ていた。地図の解読がいい加減で、案の定間違った道をチョイスする。スタッフさんの助言のおかげで、正しいルートを進み、事なきを得る。知名度を上げたいという一心で「人生で今日一番がんばったかも・・・。」と本人が言うぐらい必至のパッチで歩き、

午後3:30、河田アナとは約1時間遅れで市川町に入る。

 

やっとこさ山を下りたくっすんは、河田アナの目撃情報を出会ったおとうさんから得る。気まぐれに、おとうさんに自分の名前を知っているか尋ねると知らなったので、「くっすんです。」と名乗る。名前は知らなかったけれど、何故か付け根が悪いということは知られていた。

 

一方河田アナは・・・ゴール目前に迫っていた。「くっすんは、今頃・・・どこでどうしてるんだろう。」と言いながら歩いていると、「河田さ~ん。」と遠くから声がする。しばらくして、後ろからくっすんと御一行が現れ、ダッシュして河田アナの元へやってくる。

「早かったやん。」と褒める河田アナの前を、「ありがとうございます。お先です。」と駆け抜けるくっすん。「ちょっと、待ってよ。」と置いてかれる河田アナ。

 

無事合流を果たした河田アナとくっすん。くっすんの健闘をたたえる河田アナ。くっすんは「やるときはやる男なんですよ、皆さん。」と、視聴者にアピールすることができた。

 

開始から歩くこと9時間

午後4:00、スタートから13キロ(くっすんは+2キロ)、ゴールの『かさがた温泉 せせらぎの湯』に到着。平成9年にオープンした日帰り温泉施設で、年間12万人が訪れる。

 

2人は、かさがた温泉併設の、『足湯喫茶 はんせ』にて、足湯に浸かりながらアイスコーヒーで疲れを癒す。かさがた温泉の泉質はアルカリ単純泉で、筋肉痛・神経痛などに効く。足湯の効果で、棒のように固まったくっすんの足は、タコの足のようにふにゃふにゃになったらしい・・・。

河田アナが地元の方から聞いた話では、くっすんが超えた船坂峠は心霊スポットであるとのこと。それを知ったくっすんは、大いにビックリし、「知ってたらトンネル選んでたのに・・・。」と後悔する。うまい具合にオチがついた。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県多可郡多可町・翠明湖 安海寺 (4.5km) → 竹とんぼ名人宅 (5km) → 毘沙門堂 [昼食:境内にて弁当] → 河田ルート:船坂トンネル くっすんルート:船坂峠→ ゴール: 『かさがた温泉 せせらぎの湯』 (13・15km) → 『足湯喫茶 はんせ