-ポークチョップとバーボン-
錬太郎と恭子は、 記憶の糸を手繰り寄せるように歩いていた。
二人が思い出す情景は、記憶という一枚の写真が深い湖の底から水面に浮き上がり姿を現しては沈み、その輪郭を明瞭にはしなかった。
幼い頃に見た夕焼けの色。
木々や草花の香りや色。
漂う空気の匂い。
二人が深く記憶に刻むための意味付けを、ゆっくりとした足取りが探ろうとしているのかもしれない。
二人は、夕暮れの街を30分程を歩きフォリナーの扉の前に辿りついた着いた。
錬太郎が軋む扉を開けると、マスターはこの前来たときと同じボトルをカウンターに並べ出迎えた。
「いらっしゃい。今夜もお好きなボトルをお選びください」
と言いながら、二人が訪れることを知っているかのようにポークを焼き始めた。
「じゃー、私はエヴァン・ウィリアムス」
恭子が言った。
「マスター珍しいね、ポークなんて。いつもは袋に入ったスーパーのサラミしか出さないのに」
錬太郎が言った。
「たまにお客さんが来た時くらい手料理出さないとね」
マスターはニコニコしながらポークが焼きあがる寸前にバーボンをかけた。
ポークバーベキューだった。
骨付きのポーク・チョップ。
ブッカーズの瓶は温めていたらしい。
温まったバーボンの栓を焼きあがる寸前のポークに振りかけた瞬間、蒸気といい匂いが吹き上がり店内を満たしていった。
「いつものタマさんと俺はお客じゃないんだ。は~ん」
錬太郎が少し拗ねたように言うと
「二人は家族みたいなもんだ。お客とは呼ばない」
マスターはポークを二人に差し出した。
二人は出されたポーク・チョップをは口に運んだ。
アロマ(芳香)とフレーバー(風味)が閉じ込められているバーボンの蒸気が香るポークに思わず吐息をもらす二人。
マスターのもてなしに、二人は心が温まった。
恭子が言った。
「こんどはミント・シュレップ。ダービーでも見に行きたい。こんどみんなで行ってみたいね」
錬太郎も
「いいね。マスター行こうよ、タマさんも誘ってみんなで」
会話は、ポークチョップの匂いと共に弾んでいると 店のドアが不愛想なくらい思い切り開いた。
「あーら。私のいない間にポークなんて。マスター、許しませんよ。あっ、それに錬太郎!隣に素敵な女性。この状況を誰が説明してくれるのかしら?」
そう言うと出された瓶ビールを喉に流し込んだ。
疾風のタマさんの登場だ。
今夜のフォリナーはいつもの静けさとは掛け離れ、過去への旅もどこへやら、笑い声の飛び交う店内だった。
疾風のタマさんがフォリナーに参戦し、ポーク・チョップとバーボンの蒸気の香りが満ちる狭い店内は熱気が増した。
タマさんが言った。
「今の世の中って、みんな同じでなきゃいけないってところあるわよね?」
「それはどういうことですか?」
と恭子が聞き返した。
「都会に住んでいると何かみんな個性を主張しているようで、みんな同じに見えちゃうのよ。特に私なんかシルバーだから10代から20代の若い頃を思うと何にも変わってないじゃないって思う」
タマさんは、タバコをくわえ火を点けた。
「それは服装?考え方とかですか?」
また恭子が聞き返すと
「そうね。昔の制服とか思い出しすと種類が少ないし、みんな同じような服装だった。お国のすることに従ってね。地域の習慣、風習に習って同じように生活してたわぁ。でも、心の中まで同じじゃなかった気がするのよ。自由だったって言うか、エネルギッシュって言うか」
とタマさんが答えた。
「心まで?今の社会って心まで同じってこと?自由じゃないの?」
と錬太郎が言った。するとマスターが
「なんとなく分かるな。タマさんの言いたいこと。個性を尊重してるって言う割に、みんな個性の似通った集団に入っている。そうしでないと不安なんだよ。ここにいる人達は別だけど」
と言うと
「あら、それどういう意味」
と、タマさん。マスターは笑いながら
「昔は田舎に住んでいれば、入ってくる情報なんて限られてる。食のレシピも地域で決まってた。ビジュアルだって目に入ってくるものは鮮明じゃなかったし、僅かな情報や書籍を頼りに想像をめぐらし個人の心は自由だった。創造、想像。心の中で像を描きあげる、ビジョンがあったよね。無いところから作り上げる楽しみがあった。今の世の中の方が窮屈かもしれないよね。タマさん」
と言いタマさんにポーク・チョップを差し出した。
恭子が言った。
「確かに欲しい物はカードやお金さえ払えば手に入る時代だし、テレビや携帯リアルタイムな情報が知り放題。自分で情報を選択する余地が無いくらい頭の中に流れ込んでくる」
すると錬太郎が
「ひまわりが言う通り情報や物は沢山ある。だけど“君達は自由だ”と言われても進む道なんか限られてるよ。ある意味昔と同じ制約を受け、社会の中で必死に生きている。競争社会の中でね」
と言った。そして捨て台詞を並べるかのように話を続けた。
「だから夢を持って生きろと言われても、その限られた中でしか無理だよ。誰しも一人だと不安だから何か自分と似通った集団の中にいないと。その中にいれば考えなくて済むし。集団の流れに乗っていればいいだけ」
するとマスターが言った。
「昔は自分の世界なんて限られてたと思うよ。それが全てだった。その中で精一杯の幸せを願い慎ましく生きてた。でも今は現実には叶わない世界を、手に取るように見せられ。だから、なぜ自分だけがこんな狭い世界でとか、自分も華やかな世界の中で生活したいって思うんだ。でも現実はとても遠い。現実は夢だけを見せ、そんな夢は諦めろって言われる。そんな社会なのかなー」
恭子は二人の話を聞いて
「自分の夢まで、いつのまにか諦めさせられるの?それって悲しいよね。でも分る。私の母なんかいつも子供のために頑張って口癖のように言ってた。時々、それが重荷になったり聞きたくなかった。でも、今自分の子供が成長してくると同じ台詞を言って自分に気付くの。それがとてもショックで。私の人生って、自由って、夢って何だろう。このまま終わっちゃうのかな?」
と言った。
「ひまわりさんておっしゃいました。私なんか何回も人生終わってます。ホホホッ♪まだお若いから♪」
タマさんが笑い飛ばした。
「人間ってもともと死ななかったんじゃないかって。神様が“お前達人間に自由を与える代わりに死を与える”なーんて言ったんじゃないかって」
疾風のタマさん!神のように降臨か。
なんとも突拍子もない話へ展開しそうだが、錬太郎とマスターにとって待ってましたの展開なのだ。
錬太郎はタマさんの神に纏わる話しが大好きだった。
哲学が潜んでいるようで、いつも萎えた心を救ってくれた。
タマさんは滑らかに言葉続け始めた。
何かの事は全てを知り、何の事でも何かを知っている。
そんな人間達の夜が更けていった。
つづく





