-予感-
錬太郎とタマさんの会話は深夜まで続き、帰宅は深夜0時を過ぎていた。
居酒屋で会った男は“記憶が無い”と言っていた。
記憶の“意味”付けが無くなったのか。
錬太郎は男の頭の中に考えを巡らした。
しかし、なぜこれぼと男の言葉に引っ掛かるのか不思議だった。
そして恭子との再会。
なぜそれほど曖昧な“記憶”に執着し、消されることを恭子は怖がっていたのか。
その記憶を呼び起こすきっかけとなった火事。
錬太郎との繋がりは単に幼馴染というだけに終わるのか。
不思議な感覚に包まれながら錬太郎は眠りに就いた。
翌日からの仕事は、相変わらず問題山積。
仕事の記憶など消し去ってもなんら支障はないと錬太郎は常に思った。
不確かな社会。
何が真実で、何が正義なのか。
嘘と偽善で固め欺瞞に満ちた世の中にどっぷり浸かりながら毎日がが終わる。
今は善でも昔は悪。
昔は悪でも今は善。
社会的規範などどこへやら。
自由気ままに闊歩する人間が手にする“記憶”など考える必要などどこにある。
しかし、錬太郎の心に引っ掛かる言葉。
タマさんの“記憶”には質感があった。
呼び起こされる感覚を強く感じた錬太郎は、恭子の“記憶”を辿ってみたいという衝動に駆られ始めた。
彼女の幼い頃、意味を持って記憶された自分。
いったいどんな自分がそこに居たのか?どんな質感をもって自分が生きていたのか。
今の自分の生き方とはどこか違うように思えてた。
海の隠れ家でタマさんと会話した日から、一月ほど経った金曜日の夜。
11時を丁度過ぎた頃、錬太郎の自宅の電話が鳴った。
恭子からだった。
土曜日、近くまで行くからまたフォリナーで飲もうという電話だった。
遠くを見ることは過去を辿ること。
光は秒速30万キロメートル。
一秒間に地球を7周半できる。
遥か彼方の星々を眺めるとき、人間は遠い過去を眺める。
空間だけでなく時間の広がりを“記憶”は含んでいる。
錬太郎は明日の夜、星々を眺めるより遥か彼方の遠い記憶に巡り逢うような気がした。
土曜日の夕方、錬太郎は仕事を少し早めに切り上げフォリナーへと向かった。
いつもより1時間早い。
いつもの書店で古本でも見ようと立ち止まった。
振り向くとそこに恭子が立っていた。
錬太郎が驚いたように
「あれっ、ひまわり!早いな!仕事もう終わったの?」
と言うと恭子は
「早く来たら駄目?」
と錬太郎の顔を下から覗き込んだ。
「お母様から立ち寄る古本屋の話も聞いたから」
と恭子に言われ
「あぁ、母さんには勝てない」
と苦笑いしながら言った。
他愛ない会話をしながら二人はフォリナーへと向かった。
今夜のフォリナーは、遠い“記憶”を辿る旅になるのか。
錬太郎は、恭子の歩調に合わせゆっくりと歩いた。
つづく



