もう一度強調しておきたいが、日韓併合は不幸な
結果を産んだかもしれないが、併合までの手続きは
あくまで正当に行われたものである。
また、その後の処遇に関しても、コリア人に
日本国籍を与えて、公的な面における差別を
解消する方針であった。ただ、徴兵とか
帝国会議への参加は時期尚早ということで
実現しないでいた。
しかし、軍人でも親補職にはコリア人がいて
、中将になった人もあった。「親補」という
単語は、現行の『広辞苑』にも収められて
いないが、官史中の最上級で、天皇に直属して、
他の政府機関の監督を受けないという、大変な
地位である。若い世代でも、後に韓国大統領に
なる朴正煕青年は、士官学校を出て、少将に
任官している。これは当時の国際常識から
見れば、例外的と言っていいほど人道的な
やり方であった。
ところが、敗戦後はこうした事実を無視した
議論が、ずっと横行しつづけた。しかも、
その傾向はさらに強まる一方である。
その最たる例が「日韓併合条約は無効である」
というような理屈である。
日本が大韓民国に武力で押し付けた条約であって、
コリアにとって本意ではなかったというのが、
その理屈のようだが、国際社会において、こんな
暴論は通用しないであろう。
完全にイーブンな立場で結ばれなければ、
正当な条約とは言えないというのであれば、
世の中にまともな条約は一つもあるまい。
たとえば、「日本がポツダム宣言を受諾したのは、
連合軍の圧倒的な武力の前に、しぶしぶやった
ことであって、あれは無効だ」と言ったら、
世の中の誰がもともに取り上げてくれるであろうか。
こんな極端な例でなくとも、たとえば幕末の条約も、
列強のほうが圧倒的に有利な状況で結ばれた条約である。
この条約において、日本には関税の自主権もなく、
在日韓国人を裁く権利も与えられなかった。
しかし、どんな不利な条約であっても、いったん
結ばれたらそれを誠実に履行するのが、国際社会の
常識というものである。
実際、明治の日本人たちも不平等条約に対しては、
不愉快な思いもあったが、だからと言って
「これらの条約は無効である」などとは一言も言わず、
外交交渉によって、この条約を改定しようと必死に
なって努力した。
しかも、この日韓併合条約に関して言えば、すでに
述べたように、当時の国際社会の主要メンバーが
みな事前に承諾していた。英米のマスコミさえも、
大賛成した。
あらゆる点において、日韓併合条約は正規の条約
であり、日韓併合は適法に行われた。この間の
湾岸戦争でイラクがクウェートを"併合"したのとは、
分けが違うのだ。
聞くところによると、北朝鮮当局は日本政府に向かって、
「あの条約の書面には、当時の韓国皇帝の署名がないから
無効である」ということを言い立てているというが、
ここまでいくと、もはや理屈にもなっていない。
たしかに、日韓併合条約には皇帝の署名はない。
全権大使として、当時の李完用(りかんよう)首相が
皇帝の代わりに、この条約に署名をしているのだから
当然の話である。
国家元首が条約にサインしないかぎり無効であると
したら、これまた世の中に有効な条約は、ほとんど
なくなってしまう。日本の場合だと、天皇の臨席が
なければ、条約が結べないことになってしまう。
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過去を振り返り
歴史観を磨き
自らの命の根拠を
眺め見ることは
確かに大切かも
しれない
しかし史実とは
事実と異なる
解釈がされる
戻れぬ過去を
顧みることは
覚悟がいる
しかしそれを
理解し明日に
生かす知恵を
持たぬ権力は
崩れ去るしかない
常識ではなく
良識という
曖昧な世界に
人間は判断を
委ねていく
底なし沼が
あると信じても
底の無い沼など
存在しない
ようは深みを
どう感じるかであり
どう克服し明日に
繋げる知恵を
持つかに沼の深みは
推し測られる
甦る昭和史を
振り返るごとに
現実の真の姿が
見え始める
幻想にも似た
地の果てまで
人間は
この歴史の
延長線上に
明日を見るしか
できない

