人の心の内側を
知ったように
他人の心を
批判中傷し
咎(とが)める
薄学と
罵(ののし)り
自らの言動には
触れることも
しない
それを
心の強さと
言うだろうか
言葉にする
過程で
人は
どれほど迷い
傷つき
それ以外に
吐き出せない
言葉が
どれほど
あるのかも
考えていない
他人の
言葉や行動に
なぜ
それほど
執拗に
批判や中傷を
繰り返し
投げかけるのか
それも
やはり
自己満足でしか
ない
社会の中で
自分だけが
正しいかのように
正論を詠う
人々
傷つくことを
恐れているのは
まさに批判する
人間に
他ならない
無言とは
批判を
恐れるのではなく
反論するに
言葉を失うほど
あきらめを
感じるという
こともあるのだ
人は
確かに
心地よい
言葉や
干渉だけを
望む
しかし
それを
そうだと
他人に向け
言葉を
発することが
正しいだろうか
人を
批評する前に
自らの言動を
どう
理解しているのか
いや
自己中心的な
生物である
人間に
その言葉は
通用しない
無言であるべき
だろう
人には
歴史があり
それを
知らずして
言葉の端々を
あげつらい
自らの感情を
投げつけ
全てを
知っているかのように
振る舞う
悲しいが
そういう
人間が
現実には
多い
ただ
受け止め
ただ
呑み込む
そうして
生きている
人間も
いるのだ
言葉にできる
人間より
苦しみも
悲しみも
深い
それを
知るべきかも
しれない
僕自身が
強く感じ
反省すべき
ことなのかも
しれない
今年一年を
振り返り
本年は
今日で
ブログを
閉じます。
温かく見守って
下さった
皆様には
深く感謝申し上げ
終わりにします。
では、来年のいつの日か。。。
皆様
穏やかな新年を
お迎え下さい。
今年一年の
反省と感謝を込め
この詩を綴ります。
++++++++++++++++++
秩序から
廃棄される
人間は
幻覚を
見ている
分けでは
ない
むしろ
無条件に
常識を
呑み込む
ことを
幻想と
呼ぶ
何が
正しく
何が
間違い
なのか
幻覚は
まさに
そこに
ある
排除でも
否認でも
現実を
歪曲する
手段でしか
ない
偽物に
真実を
見
本物に
疑いの目を
向ける
ことに
誰も
疑問を
抱かない
本物も
偽物も
見分けが
つかいない
人間
僕も
その一人
++++++++++++++++
いつだって
精一杯さ
いい加減さなんて
傍目で
判断できるものじや
ない
人間誰しも
必死なんだ
どんなに
投げやりでも
どんなに
いい加減に
見えても
動機も
分らないのに
勝手に人を
決めつけ
判断するなんて
この社会の
常識は
非常識に
成り下がったのか
どうせなら
自由な人間に
成り下がる
ことだ
それを
偽物と判断する
常識こそ
非常識かも
しれない
師走を
行き交う
人よ
立ち止まり
非常識を
もう一度
見直してみよう
常識を
もう一度
疑ってみよう
明日は
そこに
掛かっている
欠けているのは
僕の
良識だけなのか?
いや
それも
理解できないだろう
2013.12.27
マーク





