二人は偶然ではなく、運命のまま時を過ごしていた。
アキラの父は長男として生家を継ぐことを拒み、アキラが9歳の頃実の弟に家族を委ね出て行った。
全てを捨て。
残されたアキラは父の実の弟と母に育てられた。
アキラの母は、昔から父のことを何も話そうとしなかった。
母は入籍しないまま、父の弟とアキラの三人で石川家を継ぐことになった。
会社に勤め始めてからも自分の過去を辿ることを極端に嫌っていアキラだったが、母のことだけは気がかりだった。
公には何一つ胸を張って言える家庭環境ではなかったが、実家を絶やすことは許されなかった。
会話のない家庭であっても形を保ち続けることの意味すら、アキラにとっては当然のように受け止めるしかなかった。
アキラが生きる選択の余地は、母と父の弟と三人で暮らす家庭しか無かった。
アキラの結婚生活も、今となっては鏡に映したようなものかもしれなかった。
アキラが会社勤め始めた頃、父から一度だけ電話があった。
しかしアキラは電話に出なかった。
当然のごとく父を憎み拒んだ。
しかし仕事上父の会社と関わりを持ち始めると、否応なく抑え込んでいた父に対する感情を意識し始めた。
会話もない母と父の弟が同じ屋根の下で形ばかりの家庭の中で暮らしたアキラは、いつも自分の感情を抑え込み表に出すことは無かった。
そんなアキラにとって唯一心を解放する場所があの丘だった。
アキラが幼い頃、家を出た父は母からアキラの様子を聞いていたのかもしれない。
アキラの母以外知りえない、アキラにとって唯一心を置ける場所を父は知っていた。
そして、父は涼子に話した。
その場所で知り逢えた幼い頃の涼子。
涼子の記憶の中にアキラがあったことが、アキラにとっては心を揺り動かすものだった。
その涼子の過去が、自分の過去の記憶と重なった瞬間だった。
涼子はアキラの父が再婚した女性の連れ子だった。
涼子自身もアキラの父の子として公に知られることは無く、涼子の母との間にできた子の世話をしながら育っていた。
涼子は幼い頃実の父親の記憶がほとんどなく、母親が再婚したアキラの父を本当の父親のように慕い、いつもそばにいた。
幼い頃は父親の会社までついて行くほど父が好きだった。
アキラの父を。
アキラの父が家族を捨て、新たな家庭を築き斉京システム社長というステータスを得た中、何故アキラに近づこうとするのか。
アキラには理解できなかった。
捨てられた家族の感情を、また踏みにじるのかと。
アキラにとって涼子は同じ匂いを感じさせる女性であり、お互いに確かなものを求め続けている。
そう思った。
それが何かは分らないまま、今お互いの人生の不具に共鳴し距離を近づけさせているのか。
父に対する感情を残したまま。
血の繋がりの無い兄弟。
しかし、二人にとってそれすら確かなものではない。
ただ、心の重なりだけが確かなものに感じられていた。
「少し冷えてきたね。中に入ろうか」
アキラが言った。
「うん」
アキラは涼子を抱き寄せるように立ち上がった。
屋内の照明が淡く照らす玄関の戸がカラカラと音をたて、二人の影は離れの奥座敷へと消えた。
つづく


