アキラは低く小さな声で呟いた。
「運命か」
人間は、運命という言葉を幾度立ち上げるだろう。
運命という言葉を口にしたアキラは、自分のrootsを辿り始める意志を確かめているかのようだった。
アキラは江口がここにいる理由を聞こうともせず、目の前にいる彼女の瞳を真摯に見つめ頷いた。
理由の無いことが、今二人にとって最も確かな理由なのだろうか。
二人は"やはり"という言葉以外何も言わず、タクシーの後部座席へと滑り込んだ。
アキラはビジネスホテルの名前を運転手に告げ、タクシーは音も無く走り始めた。
互いに言葉にすべきことは限りなくあるに違いない。
しかし、今ここで何故という言葉を告げることは意味を持たないだろう。
人間は、自分が本当に聞いて欲しいと願うことはめったに聞いくれない。
本当に聞いて欲しいことは心の一番深いところにしまってあるから。
期待しないまま会話は流れるもの。
江口自身の過去とアキラの過去がクロスする理由でもあるのか、或いは社長から命を受けここにいるのか。
アキラが列車に乗る時間も行先も彼女は知らないはず。
まして退社するタイミングも分らないはずだとアキラは思った。
彼女が何らかの理由でここにいるとしたなら、それは自らの判断でしかないのかもしれない。
何故なんだ。
アキラの思考は深く彼女に向けられていた。
15分ほどタクシーは街中を走りビジネスホテルの前に停車した。
無言のまま二人は車を降り、少し距離を置きホテルへと入っていった。
チェックインの後、二人はそれぞれの部屋へ消えた。
アキラはジャケットを脱ぎ無造作に椅子に掛け、身体を放り投げるようにベッドに横たわった。
暫く天井を眺めたまま、ゆっくりと瞳は閉じていった。
どれほと時間が経っただろう。
ボサボサの頭のままアキラは腕時計を見た。
時計は午前3時を過ぎていた。
ゆっくりと起き上がり煙草に火を点けた。
右手をジャケットに伸ばし、そのの内ポケットから江口の名刺を取り出し携帯番号を眺めた。
暫く眺め、また名刺を内ポケットに戻し立ち上がった。
窓のカーテンを開け白み始めた空を眺めた。
乾いた雨が窓に跡を残していた。
明けきらぬ戸惑いの空へ、二人は飛び立とうとしていた。
つづく


