「で、君の願い事はなんだい?」
錬太郎は神様と名乗る白ひげをふさふさと蓄えた老人を正面に見据えて言った。
「恋をしたいんです」
老人はきょとんとして細い目を丸くし、おかわりしたビールグラスを口に運ぶ手を止めた。
すると錬太郎の隣の席にスーツ姿の若い青年が突然入り込み座った。
「はーい、はいはい。お待たせしました」
と大きな声を出し満面の笑顔で錬太郎を見た。
「貴方は?」
と錬太郎が少し驚きながら彼を見つめて言った。
「僕?へへーん。僕は」
と言い掛けると赤鼻の老人神様が
「厄介な奴が来てしまった」
と呟いた。
厄介な奴?錬太郎は朝の8時半からとんでもない連中に囲まれているような気がし始めた。
「なんだよ。そんな顔しなくてもいいだろう神様」
「お前が出てくると話がめちゃくちゃになるんだよ」
「そんなことないよ。"恋"と聞いてだまってる僕じゃない」
二人の会話を聞いていた錬太郎が言った。
「あのー、お二人はお知り合いですか?」
すると神様が少し不機嫌な顔をしながら
「んー。なんとも腐れ縁というか」
青年は軽く笑顔のまま
「そんな。仲間だろう!か み さ ま」
と甘えるような声で返した。
錬太郎は何が起こり始めているのかまだ理解できていなかった。
「僕は"恋"刑事。通称"コイデカ"」
何かややこしい名前だと錬太郎は感じた。
「"コイデカ"とおっしゃるんですね?で、なぜここに?」
「それは決まってるじゃないですか。"恋"を成就させるための潜入捜査です」
「潜入捜査?神様、彼は何を言っているのですか?」
赤鼻の老人神様は少し頭を抱えながらビールを口に運んだ。
「実は、彼も神様なんだよ」
「えーーーーーーーーーーーーーー?神様?コイデカという?」
「そうなんだ。いつも私に願い事をする人の話をつまみ聞きして入り込んでくる」
「そんなことないですよ。反応するのは"恋"だけです」
「ということなんだ錬太郎君。すまんな」
「い、いえ。お二人とも神様なんですね」
"コイデカ"と名乗る青年は神様のビールに手を伸ばし口に運びながら軽く言った。
「そういうこと♪」
錬太郎は、なぜこのビールショップに入りこんでしまったのか自分を責めた。
いつもは入るはずの無い駅のホーム内にあるショップ。確かに会社に行く気分ではなかった。
それは確かだった。
自分が神様に願い事をするなんて思いもよらなかったが、コイデカという神様まで登場するなんて。
コイデカが言った。
「で、貴方が"恋"したいという理由は?特定の女性に"恋"をしているのかな?詳しく話してくれないかな?」
完全に青年は刑事のように質問をし始めた。
錬太郎は少し戸惑いながら
「いえ、そうではなくて」
と言い掛けると神様が
「そうせっつくな、コイデカ」
「そ、そうですね。突然で驚いているでしょうから。失礼しました」
二人の神様と名乗る老人と青年に囲まれた錬太郎は、どう話すべきか考え始めた。
本当にこの二人は神様なのか?いや、そう信じる人間は少ないだろう。
なぜ俺は二人の神様に囲まれ"恋がしたい"という願いを朝の8時半から離さなきゃならなくなったんだ?
とりあえず"恋がしたい"という漠然とした願い事しか思いつかなかったから仕方がないとして、彼らに話す内容によっては願い事が混迷を極める可能性もある。
黙り込む錬太郎を見たコイデカが言った。
「あれれ?錬太郎さんって言う貴方。何を黙り込んでるのかな?もしかして僕達を詐欺師かなんかと思ったりしていません?疑ってるでしょう?」
そりゃ疑だろう。廉太郎は心の中で呟いた。
するとコイデカが言った。
「いま、完璧に疑ったでしょ」
「えっ?そんなことないですよ」
「まぁ、いいか」
二人の会話を聞いて老人神様が言った。
「素直に、焦らず、恐れるな。そして疑うな」
と低い声で笑顔のまま言った。
鼻は相変わらず赤くビール臭いままの老人神様。
錬太郎は腹をくくった。
よしっ、言ってみるか。
ビールショップの外は通勤客でごった返していた。
つづく

