「Pour coffee。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。







“愛”ってなに?


どうしたんだい?


“愛”ねぇー。。。


“愛”かぁー。。。


愛妻、愛犬、愛猫とか?


愛国もあるよな。。。


ねぇ


でも、それって同じ“愛”じゃないでしょ


そうだな。。。


ギリシャ語の聖書に“愛”ってあるのよ


ふーん


そこには


“愛”について二つの意味があって


上からの“愛”と下からの“愛”


があるのよ




何だよ、その上とか下とか?


違う単語を使ってるってことよ


それを日本語にするとき


ひつとの“愛”って言葉に


訳しちゃったみたい


へーっ。。。







“愛”について


悩んでるの?




その上と下からの“愛”って?


愛国は下からの“愛”


愛犬って上からかの“愛”


でも、愛犬と愛妻は並べられないよね


そうそう


聖書にね




“汝の敵を愛せ”ってあるじやない


この“愛”って


実は“お大切に”とか


“お大事に”ってことみたい


だから“敵でも大事にしろ”ってこと?




“I love you”って言うでしょ


これを今ので訳して言うなら


“私はあなたを大切にします”


になるのよ


ふーん。。。




なんとなくしっくりくるよね♪


でも、何で“愛”って漢字に訳したの?


中国語訳の聖書に“愛”って使ってあったのよ


それを使ったみたいなの


じゃ、日本人って昔“愛”なんて言葉


使ってなかったんだね


なら


日本人としての“愛”に


相当する言葉って何?




名詞じゃなく動詞かもしれないわ


つまり。。。




誰かの“ために”


何かする。。。みたいな


それも無償でね♪




あぁ。。。




僕も無償の“愛”


欲しいな


その前に


あなたは


無償の“愛”を


誰に使うの?


女は心と身体で人を愛するのよ


こんな話があわ


聖書の話しをするけど


パウロによる『コリントの信徒への手紙 一』に


こんなふうに書かれてあるの


なんだい


たとえ


人々の異言


天使たちの異言を語ろうとも


愛がなければ


わたしは


騒がしいどら


やかましいシンバル


たとえ


予言する腸物を持ち


あらゆる神秘と


あらゆる知識に


通じていようとも


たとえ


山を動かすほどの


完全な信仰を持っていようとも


愛がなければ


無に等しい。


てなふうにね。。。


“愛”すなわち


“他人を思いやる心の働き”


があればこそって感じよ


つまりは“思いやり”かな。。。


“思いやり”ねーっ。。。


だぁーかぁーらぁー。。。


ねぇ


珈琲入れてよ♪


ん?


思いやりよ♪


ん?



それが


“愛”?



僕の愛は上からかな。。。



下からかな。。。



まぁ


いっかぁ