①洗足池

今回は東急池上線沿いのスポットにお出かけしますニコ

まずは洗足池から。

洗足池は日蓮と勝海舟にゆかりのある場所で、現在は洗足池公園として整備されています。

池を時計回りに一周しながら名所を見てまわりましょう。

当日は暖かく外出日和でした(花粉もすごかったけどえーん)。

スワンボートで遊んでいる人たちもたくさんいます。

風情のあるアーチ橋の向こうにあるのが千束八幡神社です。

千束八幡神社は、八幡信仰の総本社・宇佐神宮から勧進を受けて創建されました。

源氏と関係がある神社で、「源義家が戦勝祈願をした」「源頼朝が池月(馬の名前)を得た」などの伝説が残されています。

近くには立派な池月の像も建っています。

今回はここで記念写真を撮影しました。

弁財天社や水生植物園を通って、東岸の方へ進みます。

家族連れや犬の散歩をする人など、地域住民の憩いの場になっています。

幕末、勝海舟は江戸城明け渡しについて話し合うため、明治政府軍の本陣が置かれていた池上本門寺へ向かいました。

途中、休憩で立ち寄った洗足池の風景を気に入った勝海舟は1891年(明治24年)、池のほとりに茅葺風民家の別邸・洗足軒を建てました。

勝海舟は明治政府軍の西郷隆盛と会談し、江戸城を無血開城。

江戸の街を戦火から救った英雄であります。

勝海舟の死後、墓は本人の遺志により洗足軒裏の台地に建立されました。
のちに妻・民子の墓も移設され、現在は夫婦並んで眠っています。

同じ敷地内にある西郷隆盛留魂詩碑。
西南戦争で亡くなった西郷さんを悼み、自費で建てた石碑です。
江戸城無血開城は二人の相性が良かったからこそ成し遂げられたのかもしれません。

勝海舟の死後、洗足軒は財団法人清明会によって保護されていましたが、戦後に焼失して現在は案内板が残るのみです。

清明会は、1928年(昭和3年)、洗足軒の近くに図書館・清明文庫を開館。
清明文庫は現在、大田区の管理になっており、2019年(令和元年)に勝海舟の業績を伝える勝海舟記念館としてリニューアルオープンしました。

勝海舟の一生や業績が学べるほか、洗足軒や清明文庫のジオラマなども置かれています。

江戸時代から洗足池は風光明媚な場所として知られていました。

広重の浮世絵にも描かれており、右には日蓮が足を洗う時に袈裟を掛けたという松が大きく描かれています。

日蓮の袈裟懸松(の3代目)は妙福寺境内に残されています。

松の写真を撮りたかったけど、ちょっと撮影しにくかったのでなしであせる

洗足池は季節の花や野鳥の観察もでき、また歴史も学べる素晴らしい観光スポットです。

サークルでもまた時期を変えて訪問してみたいですニコ

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②昭和のくらし博物館

追加スポットの昭和のくらし博物館。。

元々は1951年(昭和26年)に建てられた一般住宅で、館長の小泉和子さん一家が住んでいた家でした。

1999年(平成11年)、昭和の暮らしを後世に伝えることを目的とした博物館に改装され、昭和のくらし博物館として開館。
昭和レトロ感ただよう家屋は文化財に指定されており、館内では小泉家の生活風景がそのまま展示物になっています。

撮影禁止だったので写真はありませんが、ガイドの方の案内で見学させてもらいました。

「この世界の片隅に」という映画のモデルとしても使われたそうです。

映画を見ていた方もいたので、より楽しめたかと思いますにやり

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③池上本門寺

池上駅で降りて、ちょっと疲れたので甘味処・池田屋さんで休憩。

黒蜜かけ放題なので、しこたまかけてしまったぜガハハにやり

甘いものを食べて池上本門寺へ。

本企画は洗足池+池上本門寺のみだったので、物足りなさを感じた人もいたかも…でも、池上本門寺って浅草寺より広くて見どころがいっぱいのお寺なのです。

江戸時代から残る総門を通って境内へ。

奥に見えるのは加藤清正が寄進した96段の此経難持坂。


日蓮は鎌倉時代の僧で、日蓮宗の宗祖です。
1282年、病を患った日蓮は常陸国の温泉に湯治に向かいますが、その途中、武蔵国池上の郷主・池上宗仲の館で亡くなり、遺体もそこで奈毘に付されました。
日蓮の死後、池上宗仲の寄進した広大な土地に建立されたのが池上本門寺です。

大坊本行寺は日蓮が最期を迎えた池上邸跡に建つ寺院です。

日蓮が滞在中に寄りかかっていた「お寄り掛りの柱」にも触れますアセアセ

裏庭の見学もできます。

観光客だらけでやかましい浅草寺より静かな池上本門寺の方が僕は好きです。

日蓮の荼毘所跡に建つ多宝塔は、1831年建立の重要文化財です。

境内には有名人の墓もあります。

江戸時代の御用絵師・狩野探幽のお墓は、ひょうたん型のお墓です。

多宝塔の裏手にある紀州徳川家墓所。

池上本門寺は日蓮宗の熱心な信者だった加藤清正とも関係が深く、下のお墓は清正の娘・瑶林院のお墓です。

お釈迦様を祀る本殿。

仁王像のモデルは20代の頃の猪木だそうですにやり

加藤清正供養塔は清正の娘・瑤林院が寄進したものです。

この供養塔の存在は今回初めて知りました、僕もまだまだ勉強が足りませんzzz

奥の立派な五重塔は江戸時代から残る重要文化財です(江戸四搭の一つ)。
手前にあるお墓は「五重塔」を書いた小説家・幸田露伴のお墓。

五重塔繋がりのツーショットで写真を撮ってみましたカメラ

戦後にプロレスブームを巻き起こした力道山のお墓。

説明したかったのに、変態説明男(お墓の前に陣取って来る人来る人に勝手に説明をするキチ〇イ)がいてあんまり説明できんかった。

観光地にはこの手の輩がたまに出没するので、捕まらないように気をつけましょうえー?

今回はここまで。

追加訪問地も含めたくさん見学して大変だったと思いますが、大田区の名所となるとなかなか来ることもないと思うのでいい思い出になったんじゃないかな。

寒さもやわらぎ、これからは歩きやすい季節になっていくので、またのご参加をお願いいたしますニコ