サークル復活2回目となる今回は、墨田区の横網町~両国を散策してみました。

参加者さんの中からは「両国は江戸東京博物館しか行ったことがない」という声も聞かれましたが、その他にもたくさんの名所がありますぞ。

今回もコロナ対策をしっかりして、楽しく散策しましょうニコ

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①徳川家康像
江戸東京博物館の裏に建つ「徳川家康像」は同館の開館を記念して寄贈されたものです。
台座の亀は「贔屓(ひき)」という中国の伝説上の生物で、重いものを背負うことが好きという性質から石碑や像の土台装飾に使われることがあります。

台座の亀は、またあとから出てくるので覚えておきましょう。

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②横網町公園(陸軍被服廠跡)
「横網町公園」は、1923年(大正12年)の関東大震災の際、火災により3万8千人もの避難民が命を落とした場所です。

震災後に公園として整備され、1930年(昭和5年)、園内に震災遭難者の遺骨を納める慰霊堂が完成。

のちに戦災犠牲者も合祀して、現在は震災と戦災のメモリアルパークとなっています。

まずは「東京都復興記念館」から訪問しましょう。
こちらは、関東大震災の惨事とそこからの復興を後世に伝えるため、1931年(昭和6年)に建てられました。

館内には震災や戦災に関する写真や遺品、絵画や図表が展示されています。

初訪問の方が多かったですが、かなりの充実ぶりに皆さん驚かれていました。

屋外にも展示物があります。

ここ数年工事中で公開されていませんでしたが、今回ようやく見学できました。

溶解した大日本麦酒吾妻橋工場(現在のアサヒビール本社ビル)の鉄柱。

地震も怖いけど、その二次災害(火災、津波など)も本当に怖いですなぁ。。

日本庭園には彼岸花が咲いていました。

かつての惨状は微塵も感じない、穏やかな雰囲気であります。

こちらの花壇は「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」。
正面にはドアがあり、内部には空襲で犠牲になった人々の名簿が収められています。

「東京都慰霊堂」は1930年(昭和5年)、関東大震災による身元不明の遭難者(5万8千人分)の遺骨を納め、霊を祀る「震災記念堂」として創建された建物です。
戦後、空襲による戦災遭難者(10万5千人分)の遺骨も合祀し、1951年(昭和26年)に「東京都慰霊堂」に改称されました。

中ではビデオで公園の歴史を勉強し、その後みんなで御位牌に手を合わせてきました。

東京都慰霊堂、東京都復興記念館は明治~昭和初期の建築家・伊東忠太の設計によるものです。
伊東作品には不思議な怪獣の彫刻物が配置されていることが特徴なので、ちょっと気分を変えて怪獣たちを探してみましょうイヒ

慰霊堂のマモリュー。

鳩みたいなレイレイと、その後ろにはフクロウ的な何かが。

復興記念館のライオー。

風化によって顔がボロボロになっていましたが、最近の復原工事で蘇りましたニコ

ドヤ顔でみんなに説明しましたが、今更ながら調べなおすと実は他にもたくさんいました。

あ、なんかシーサーみたいのがいる…こんなの前からいたっけ。

まだまだ勉強不足ですなぁアセアセ

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③刀剣博物館
刀剣博物館は日本国内でも数少ない日本刀専門の博物館として、1968年(昭和43年)に代々木にて開館し、2018年(平成30年)、旧安田庭園の一角に移転しました。

日本刀の博物館のわりに、随分モダンな感じの建物ですなぁ…。

こちらはかつて同じ場所にあった両国公会堂(老朽化により2015年に解体)。

レトロで可愛らしい建物じゃないの、できればこの建物を改修してほしかった。

照明を落としたちょっと暗めの館内には、切れ味の鋭そうな刀が展示されています。

渋そうな内容の博物館ですが、お客さんはけっこういます。

訪問日は「2020年度現代刀職展-今に伝わるいにしえの技-」を鑑賞。

刀って固いだろうに、よくこんな精巧な彫刻ができるなぁガーン

皆さんに感想を伺いましたが「日本刀は難しくてよく分かりませんでした」という意見が多かったです。

皆さんもう少し僕みたいに日本刀に詳しくなりましょう。

なお、僕が詳しく知っている日本刀と言えば日輪刀くらいなもんなので、博物館の日本刀は難しくてよく分かりませんでしたzzz

お土産に刀の材料になる玉鋼をイメージしたビスコッティを買いました。

味の感想は最後にのせたぞイヒ

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④旧安田庭園
もとは江戸時代に築造された大名庭園(潮入り回遊庭園)で、明治になって安田財閥の所有となりました(現在は墨田区が管理)。
かつては隅田川の干満を利用した眺めの変化を鑑賞することができましたが、現在はポンプによる人工的な潮入が再現されています。

広くはないですが、散策するにはこれくらいでちょうどよいかと。

スカイツリーも間近に見えています。

池は亀だらけで小汚いイメージがありましたが、最近はけっこう綺麗になったような…。

水の中の小さな生き物たちも撮ってみました。

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⑤JR両国駅周辺

JR両国駅に隣接する新観光スポット「-両国-江戸NOREN」には本格的な土俵が置かれています。
コロナも少し落ち着いて外を出歩く人も増えてきましたが、それでも昔に比べると全然人がいません。

個人的には外国人観光客が減ったのは嬉しいですが、観光業の人は大変だろうなぁ。

両国メンチカツでメンチカツを食べましょう。

いきなり集団で押し掛けましたが、お店の人には迷惑な顔もされずサービスまでしてもらいましたニコ

歩き疲れも出ていた頃なので、揚げ物で体力回復です。

ジューシーでとても美味しかったニコ

両国國技堂のあんこあられ、土俵サブレは両国に来た時はいつも買って帰るお菓子です。

僕に勧められて買った皆さん、美味しかったでしょうかねイヒ


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⑥回向院
江戸時代の明暦の大火による死者を無縁仏として葬った「万人塚」を始まりとする寺院。

江戸末からは相撲の定場所となっていたので、相撲にも縁のあるお寺となっています。

明暦の大火供養搭をはじめ、墓所には古い供養塔やお墓がたくさんあります。

有名人のお墓として、江戸時代の大泥棒・鼠小僧次郎吉のお墓があります。
鼠小僧は庶民から盗みを働かなかったことから(大名屋敷専門の泥棒)当時から人気があり、現在でもお墓詣りに来る人がたくさんいます。

お前立ち(お墓の代わり)を削ってお守りにすると幸運になれるそうなので、参加者さんたちもガリガリ削ってましたイヒ

回向院では「全ての生あるものを供養する」という理念から、亡くなった動物の供養もしています。
見た感じ、人間のお墓詣りに来る人よりも、ペットのお墓詣りに来る人の方が多い気がします。

こんな変わった動物の供養碑もあったりします。

ペット用の卒塔婆の上で猫が昼寝をしています。

こんな罰当たりなことをしても許されるのは回向院ならでは。

↓は下見の時の写真。

よく見たら同じ猫ちゃんかな(ツイッターで調べたところ、うめきちという名前の猫ちゃん)。


台座の亀さん再登場。

こういう江戸時代のお墓や石碑に普通に使われてたりするので、よく探してみましょう。

明治~戦前まで、大相撲本場所は回向院境内の「旧両国国技館」で開催されていました。

戦後、旧両国国技館はスポーツ施設や日大講堂として利用されましたが、1983年(昭和58年)に解体。

現在の跡地には複合ビルが建てられ面影は何もありませんが、当時の土俵の位置がタイルで示されています。

ほぼチャリ置き場と化していますが、ここに止めてる人たちは歴史とか知ってるのだろうかアセアセ

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⑦本所松坂町公園(吉良邸跡)

江戸時代、ここ本所には赤穂浪士たちが討ち入った吉良邸がありました。

有名な赤穂事件(忠臣蔵)のクライマックスとなる歴史の名所であります。

両国の人々はこの名所を惜しみ、当時から残る「吉良の首洗い井戸」を中心にして一部を「本所松坂町公園」として整備。
吉良家の格式の高さを偲ばせるなまこ壁で囲まれた公園はコンパクトですが(当時の86分の1の広さしかありません)、多くの歴史ファンが訪れる史跡となっています。

赤穂浪士の討ち入りにより吉良方の武士には死傷者が出ました。

歴史的事件の犠牲者ながらあまりスポットライトが当たらない部分であります。

赤穂浪士の敵役として登場する幕府の旗本・吉良上野介(きら こうずけのすけ)の像。
物語化され脚色された忠臣蔵では必要以上の悪人にされてしまう、ちょっとかわいそうなおじいさんです。

吉良さんも食べてる大川屋の吉良まんじゅう。

皆さんに勧めている以上、ちゃんと僕も食べてますからねイヒ

裏門跡から正門跡まで歩きました。

当時の面影は全然ないけど、ここがかつての歴史的大事件の現場かと思うと胸が熱くなりますな。

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⑧勝海舟生誕の地

勝海舟は海軍学校を設立し、坂本竜馬など多くの門人を育成しました。
また、戊辰戦争では幕府側代表として官軍の西郷隆盛と会見して江戸無血開城を実現し、江戸の街を戦火から救いました。
幕末に活躍した勝海舟は両国の地で誕生しており、生誕の地には石碑や大型パネル「勝海舟幕末絵巻」などが置かれ、その偉業を讃えています。

サークルでここに来るのも3回目くらいかな?

だけど、未だに椅子に座って写真を撮る人はなしガーン

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⑨芥川龍之介・生育の地
文豪・芥川龍之介は、生後7ヶ月~18歳まで両国で育ちました。
龍之介ゆかりの地・両国には「文学碑」や「生育の地」看板が建てられています。

ここが今回最後の訪問地…って、ただの看板じゃん。

最後が地味だと何だか全てが地味だった気がするんだけど大丈夫かなzzz

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というわけで今回はここまで。

今回の散策範囲はそこまで広くないんだけど、名所をたっぷり含んだ良コースだったと思います。

横網町公園の歴史など、マイナーながらもとても重要なスポットも見学できて勉強になったんじゃないかな。

散策しやすい秋に向けてまた新しい企画もどんどん出していくので、またよろしくお願いしますニコ
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※玉鋼のビスコッティ

甘さは控えめ、サクサクして美味しかったですイヒ